SHIKAKU DAILY 052
ほんとはね
HONTO WA NE
退職届の裏に 最初の聴き手がいた
LYRICS / 052
ほんとはね
ほんとはね
湯のみが置かれて 七秒だけ待った
二つ折りの退職届を テーブルへすべらせた
母は買い物の紙から 青いペンを上げた
洗いもののそばで歌う声を 今日は飲み込んでいた
会社を辞める、と言った声が 少し裏返った
会社を辞めて 歌で暮らしたい
味噌汁の湯気の向こうで 母がまばたいた
プリサビ
母の返事を怖がって 自分の返事を遅らせた
それでも両手を 膝から離した
逃げるためじゃないと 母の目を見た
黙った部屋へ 声を押し出した
サビ
ほんとはね
怖いままで 歌いたい
母さんの願いを 捨てるんじゃない
わたしの願いも 隣に置きたい
白い紙より まっすぐに
わたしの声で 暮らしたい
だめと言われても 消えない声を
今度はわたしが 育てていく
母は退職届を 端まで開いた
文字より先に わたしの顔を見た
それで食べられるの、と 低く聞いた
うなずいた顎が まだ頼りなかった
それでも歌う、と 椅子から立った
母は怒らずに 目を細めた
心配してる、と 紙を押さえた
わたしは初めて 震えを隠さなかった
プリサビ
母の指が 折り目をゆっくりなぞった
青いペン先を 母が持ち直した
わたしは紙より先に 答えを決めた
サビ
ほんとはね
怖いままで 歌うんだ
許されるまで待つのは もうやめる
母の心配から 逃げたりしない
白い紙より まっすぐに
わたしの声で 暮らしてく
だめと言われても 消えない声を
ここからわたしが 育てていく
ブリッジ
母は退職届を 裏返した
青いペン先が 紙に触れた
ほんとはね
洗いもののそばで あなたは歌ってた
そのときだけ 伏せた目が上がってた
青い字が 紙の裏を進んだ
最初に聴くのは 私でいたい
退職届の裏に 最初の聴き手がいた
わたしは返事の代わりに 息を吸った
さっきまで黙った部屋で わたしは歌い出した
母は目を閉じて 続きを待った
ラストサビ
ほんとはね
怖いままで 歌うんだ
母さんが守ったわたしで 歌うんだ
隠してきた声まで ちゃんとわたしだ
白い紙より まっすぐに
わたしの声で 暮らしてく
だめと言われても 消えない声を
最初の聴き手へ いま届ける
アウトロ
皿の触れる音に 母の拍手が重なった
今夜は喉の奥に 何も隠さなかった