本丸の高石垣の上に並ぶ巽櫓(右)と坤櫓(左)。2つの三重櫓は江戸時代から残る国の重要文化財(2020年6月撮影)。
KishujiRapidCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

兵庫県 · 明石市

明石城

あかしじょう

Akashi Castle

兵庫県明石市

城平山城日本100名城 58番

この城らしさ

駅のホームから、長い石垣の両端に立つ2つの三重櫓が見える。

なぜ?

明石城は駅から北へ歩いて5分の城です。天守は建てられず、本丸の高石垣の上に立つ巽櫓と⁠坤櫓が城の顔になっています。この2つは、全国に12基しか残っていない江戸時代の三重櫓のうちの2基で、国の重要文化財です。[1][3][5][4]

見逃したくない3つ

01
本丸の高石垣の上に並ぶ巽櫓(右)と坤櫓(左)。2つの三重櫓は江戸時代から残る国の重要文化財(2020年6月撮影)。KishujiRapidCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

江戸時代から残る巽櫓と⁠坤櫓

見る場所
本丸の南東の⁠隅(巽櫓)⁠と⁠南西の⁠隅(坤櫓)⁠。南側の広場から2つ並んで見える
注目する部分
2つの櫓の屋根の向きの違い。坤櫓は巽櫓よりひと回り大きく、壁の広い面を西へ向けている
ここが面白い
坤櫓は伏見城から、巽櫓は船上城から移したと⁠伝わります。天守のない明石城では、城内でいちばん大きい坤櫓が天守の代わりと⁠されました。公園は、西の大名に威厳を示すため坤櫓の広い面を西へ向け、2つの櫓の向きをあえてそろえず、どの方向からも弱く見えないようにしたと⁠説明しています。[3][5][6][7]
見られるか
一部見られる外からはいつでも見られる。中は特別公開日だけ(春は巽櫓、秋は坤櫓。土日祝の10:00〜16:00)⁠。
02
天守台へ上る石段(2020年6月撮影)。天守台は5重の天守が建つほどの広さだが、天守は建てられなかった。KishujiRapidCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

天守が建たなかった大きな天守台

見る場所
本丸の北側、坤櫓のすぐ⁠北
注目する部分
天守台の広さと、上る石段の1段目に使われた宝篋印塔(石の塔)⁠の基礎
ここが面白い
天守台は東西25m・南北20mあり、5重の天守が建てられる大きさですが、天守は⁠建てられませんでした。理由は⁠分かっていません。大砲の的になりやすいためとも考えられ、中津城(大分県)⁠の天守を移す計画もあったようです。[3]
見られるか
外から見られる公園の中なので自由に上れる。
03
高石垣の上に立つ三重櫓(2021年6月撮影)。DrivephotographerCC0Wikimedia Commons

長さ380mの高石垣と⁠石の色の違い

見る場所
本丸・二の丸の南面。三の丸側の広場から見上げる
注目する部分
白っぽい花崗岩と、あとで補修した凝灰岩(竜山石)⁠の部分の違い、櫓台の角をノミでとがらせた「江戸切」
ここが面白い
高石垣は東西380m、三の丸からの⁠高⁠さ約20mあります。幕府が最初に築いた部分は主に花崗岩、明石藩があとで補強した部分は主に凝灰岩で、石を見れば工事の時期の違いが分かります。1995年の阪神・淡路大震災で石垣の一部が崩れましたが、修復されました。[3][4]
見られるか
外から見られる公園内から自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
JR・山陽電車明石駅から徒歩約5分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
城跡をひと回りして1時間ほど。櫓の公開日に中も見るなら1時間半が目安
料金
未確認(公式の案内に料金の記載なし)
時間
土日祝日のみ10:00〜16:00(16:00が櫓から出る時間)⁠。⁠春(3〜5月)⁠は巽櫓、⁠秋(9月第3土曜日〜12月第2日曜日。2026年は9月19日〜12月13日)⁠は坤櫓
立入り
自由に見学できる

城跡は兵庫県立明石公園で、散策は自由・無料。巽櫓・坤櫓の中は特別公開の日だけ入れる(予約不要、ガイドの指示に従う)⁠。雨の⁠日(小雨を含む)⁠や⁠荒天時は公開が急に中止になることがある。

確認日:

この城の物語

01
史実

西国街道と⁠明石海峡をおさえる

明石にはもともと⁠船上城がありましたが、1615年の一国一城令で壊されました。それでも西日本には豊臣家に恩のある大名が残っていたため、2代将軍徳川秀忠⁠は1618年、姫路城・尼崎城とともに京・大坂を守る新しい城を、明石に入った小笠原忠政に命じました。場所は候補の3か所から人丸山に決まり、西国街道と⁠明石海峡と⁠いう陸と⁠海の要所をおさえる城になりました。[2][8]

02
史実

幕府の費用で、1年足らずで築く

工事は1619年正月⁠に始まり、幕府が費用と⁠して銀千貫を出して奉行3人を送りました。8月までは幕府が石垣・土塁・堀の土木工事を、9月からは明石藩が櫓・御殿・門などの建築工事を進め、年末に本丸御殿ができて忠政が移りました。1620年には本丸に4つの三重櫓がそろいました。義父で姫路城主の本多忠政も設計に深く関わりました。[2][4]

03
伝承

天守の代わりに4つの三重櫓

本丸の四隅には三重櫓が立ちましたが、大きな天守台を築いたのに天守は⁠建てませんでした。城下町の町割り(区画づくり)⁠は宮本武蔵が行ったと、江戸時代の地誌『明石記』などに伝わります。[3][8]

04
史実

黄金の御殿が焼け、城主が次々と⁠替わる

築城から12年後の1631年、三の丸の台所から出た火で本丸御殿などが焼けました。金箔を張りめぐらせた豪華な御殿だったと⁠公園は紹介しています。1632年に小笠原家が豊前小倉へ移ると、松平家・大久保家・本多家などが次々と⁠入り、1682年からは越前大野から来た松平直明の家が10代続いて明治を迎えました。[2][4]

05
史実

城は公園になり、2つの櫓が残った

1873年に廃城と⁠なり、1875年には建物が民間に払い下げられました。1883年に地元の人たちが国から土地を借りて公園を開き、1918年には兵庫県立明石公園⁠になりました。4つあった三重櫓のうち、巽櫓と⁠坤櫓が残り、1957年に国の重要文化財に指定されました。1945年の空襲では公園一帯が爆弾の被害を受けています。[2]

06
史実

震災からの修復と⁠国史跡

1995年の阪神・淡路大震災で石垣が⁠崩れたりふくらんだりし、櫓も傷みました。修復では櫓をそのまま動かす「曳家⁠(ひきや)⁠」⁠の方法が使われ、2000年に工事が終わって両櫓の間の土塀も復元されました。2004年に城跡が国の史跡に、2006年に日本100名城⁠に選ばれています。[2][3][9]

この城の人びと

年表

  1. 徳川秀忠が小笠原忠政に築城を命じる[2]

  2. 築城開始。年末に本丸御殿が完成し、忠政が船上城から移る[2]

  3. 火事で本丸御殿などが焼失[2]

  4. 松平直明が入り、以後10代が明治まで治める[2][1]

  5. 巽櫓・坤櫓が国の重要文化財に[2][3]

  6. 阪神・淡路大震災で石垣と⁠櫓が被災(2000年に修復完了)[2]

  7. 城跡が国の史跡に指定[2][3]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守台は築かれたが天守は⁠建てられなかった。日本城郭協会の表現は「天守台のみ残る」。坤櫓が天守の代わりと⁠された。

城全体のいま

城跡は兵庫県立明石公園⁠になっていて、本丸・二の丸の石垣と⁠堀がよく残る。園内には図書館や⁠運動施設もある。当時の内堀が駅前の堀で、外堀は国道2号付近にあった。

主な建物

現存国重要文化財

坤櫓

伏見城から移築と⁠伝わる三重櫓。1982年の大改修で、ほかから移された建物であることが構造から裏付けられた。[3][4]

現存国重要文化財

巽櫓

船上城から移築と⁠伝わる三重櫓。1628年または1631年に焼けて江戸時代に建て直された。震災後に曳家工法で修復。[3]

木造で復元

両櫓間の土塀

2000年の震災復旧工事で復元。[2]

跡地のみ

太鼓門跡

城の正門で、枡形虎口の跡。いまの明石公園の正面入口。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
小笠原忠政(のちの忠真)日本城郭協会
築城
元和5年(1619)日本城郭協会
主な城主
小笠原氏、松平氏、大久保市、本多氏日本城郭協会
廃城
1874年(明治7年)Wikipedia
見られる遺構
櫓・櫓台・石垣・堀・門・曲輪・虎口・天守台編集部記事
文化財指定
国重要文化財(巽櫓・坤櫓)(1957年)⁠、国史跡(明石城跡)(2004年)編集部記事
名城選定
日本100名城 58番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は兵庫県立明石公園で、散策は自由・無料。巽櫓・坤櫓の中は特別公開の日だけ入れる(予約不要、ガイドの指示に従う)⁠。雨の⁠日(小雨を含む)⁠や⁠荒天時は公開が急に中止になることがある。

住所

兵庫県明石市明石公園1-27[5][6]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR・山陽電車明石駅JR神戸線(山陽本線)⁠・山陽電鉄本線。新幹線は西明石駅からJRで5分

徒歩約5分 · 少⁠し登る

北口を出て北へ徒歩5分で公園の正面入口。本丸へは坂と⁠石段を上る。[5][6]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

巽櫓・坤櫓の特別公開
時間
土日祝日のみ10:00〜16:00(16:00が櫓から出る時間)⁠。⁠春(3〜5月)⁠は巽櫓、⁠秋(9月第3土曜日〜12月第2日曜日。2026年は9月19日〜12月13日)⁠は坤櫓
休館・休み
平日。雨天(小雨を含む)⁠・荒天時は中止することがある
料金
未確認(公式の案内に料金の記載なし)[5][6]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

第二神明道路の大蔵谷ICから約10分、玉津ICから約15分。公園の南駐車場(366台・24時間、30分ごと⁠200円、1日の上限は平日800円・土日祝1,000円)⁠と北駐車場(134台・7:30〜21:00、30分未満無料、5時間まで550円)⁠がある。障害者割引はない。[7]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
公園の開園時間の定めは確認できなかった(南駐車場は24時間営業)⁠。[7]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城跡をひと回りして1時間ほど。櫓の公開日に中も見るなら1時間半が目安
階段・坂・足もと
公園の入口から本丸へは坂と⁠石段を上る。本丸は三の丸より約20m高い。[3]
車椅子・ベビーカー
明石観光協会が櫓への車いすルート(PDF)⁠を公開している。櫓の近くに障害者用トイレ⁠がある。公園には障害者専用駐車場(5台・9:00〜16:00、手帳の提示が必要)⁠がある。[6][7]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
櫓の近くに障害者用トイレ⁠がある。[6]
英語案内・音声ガイド
明石公園公式サイト⁠に英語ページがある。明石城公式サイト⁠はメニューに英語の表記があるが、本文は日本語。櫓公開日のボランティアガイド⁠の英語対応は未確認。[10][1]
季節の楽しみ
春は巽櫓、秋は坤櫓の中が公開される。明石城の別名「喜春城」は、春の城の美しさにも由来すると⁠言われる。[5][4]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年の坤櫓の秋の特別公開は9月19日〜12月13日⁠の土日祝日、10:00〜16:00。[5][6]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

新幹線や⁠在来線の乗り換えの合間に城を見たい人、江戸時代の本物の櫓を見たい人、石垣の積み方や⁠石の違いを見比べたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

南の広場から見上げる、高石垣の両端に立つ2つの三重櫓。天守台に上ると、5重の天守が建てられた広さを実感できる。

訪ねる前に

天守は最初からない。櫓の中に入れるのは春と⁠秋の土日祝日だけで、雨の日は中止になることがある。公園の駐車場は有料。

楽しみかた

駅のホームから城を眺めてから歩き出すと⁠よい。石垣では、白っぽい花崗岩と、あとで補修した凝灰岩の部分を探してみたい。坤櫓の公開日はボランティアのガイドが案内している。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    明石城公式ウェブサイト(トップ)一般社団法人明石観光協会official確認日:
  2. 2
    歴史明石城公式ウェブサイト(明石観光協会)official確認日:
  3. 3
    見どころ明石城公式ウェブサイト(明石観光協会)official確認日:
  4. 4
    城跡(明石城について⁠)明石公園公式サイト(兵庫県園芸・公園協会)official確認日:
  5. 5
    9月〜12月土日祝限定【坤櫓】秋⁠の特別公開(2026年8月31日)明石公園公式サイト(兵庫県園芸・公園協会)official確認日:
  6. 6
    明石城「櫓特別公開」(2026年7月29日更新)一般社団法人明石観光協会tourism確認日:
  7. 7
    ご利用案内(アクセス・駐車場)明石公園公式サイト(兵庫県園芸・公園協会)official確認日:
  8. 8
    トリビア(築城の経緯・明石の町割り)明石城公式ウェブサイト(明石観光協会)official確認日:
  9. 9
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    Akashi Park (English)明石公園公式サイトofficial確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「明石城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q1151831Wikidatawikidata確認日:
  14. 14
    OpenStreetMap node/2459072285© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

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  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
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  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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