ブレイズマンPublic domainWikimedia Commonsこの
大阪平野を見下ろすこの山の上から、三好長慶は将軍をかつがず、自分の名で畿内に号令した。
なぜ?
1553年から
見逃したくない3つ
ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons
ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons斜面を一直線に下る竪土塁
- 見る
場所 - 城の
東側の 曲輪群 - 注目する
部分 - 斜面を
上から 下へ まっすぐ 下っていく 土の 盛り 上がり (竪土塁) と、 土塁で 囲まれた 曲輪 - ここが
面白い - 竪土塁は
珍しい [2]遺構で、 斜面を 横へ 回りこんで 攻めてくる 敵を 止める ための しかけと考 えられています。 石垣を 使わず、 土を 削り 盛って 守った 戦国時代の 山城の 工夫が よく 分かります。 - 見られるか
- 一部
見られる 木や竹が茂っていて、 遺構は 見分けにくい 場合が ある。
ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons主郭と山頂からの眺め
- 見る
場所 - 三好山の
山頂 (標高182.69m)。 主郭は 江戸時代の 城の 本丸に あたる - 注目する
部分 - 平らに
ならした 山頂と、 三好長慶を まつる ほこら。 山頂近くの 休憩場所からの 大阪平野の 眺め - ここが
面白い - 1993年度の
発掘で、 [1][2][3]主郭から 礎石を 使った 東西6.6m以上の 建物の 跡が 見つかり、 床を 張った 部屋が 4つ以上 あって 縁側が めぐる 本格的な 建物だったと分かりました。 1556年に 城で 火事が あったという 記録と合う 焼けた 跡も 出ています。 山城には 簡単な 建物 しかなかったという 見方を 変えた 発見です。 山頂からは 生駒山地から 大阪市内まで 見渡せます。 - 見られるか
- 外から
見られる 山頂は自由に 見られる。 発掘した 礎石が 現地で 見られるかは 未確認。
訪問の目安
- 最寄り駅
- 高槻市営バス
「塚脇」 停留所から 徒歩約30分 - 登り
- 急な
登り - 所要時間の
目安 編集部の目安 - バス停から
往復と山上の 見学で 2時間ほどが 目安 - 料金
- 無料
(特別展は 有料) - 時間
- 10:00〜17:00
(入館は 16:30まで) - 立入り
- 自由に
見学できる 城跡は
私有地で、 整備された 史跡ではない。 木が 茂り、 虫や蛇も いて 危ない 場所も ある ため、 下調べを したうえで 自己責任で 見学する よう市は 呼びかけている。 地面を 掘ったり遺物を 持ち 帰ったりしない こと。 ゴミは 持ち帰る。 続日本100名城の スタンプは 現地ではなく、 高槻市しろ あと歴史館に ある (休館日は 押せない)。
確認日:
この城の物語
三方を谷に守られた山
三好山
管領・細川高国が築く
城は
三好政権の「首都」
1553年、
この城の人びと
城を
三好長慶
Miyoshi Nagayoshi
1522–1564
戦国時代に
築城者・
細川高国
Hosokawa Takakuni
1484–1531
室町幕府の
城主
細川氏
Hosokawa clan
城主
三好氏
Miyoshi clan
城主
能勢氏
Nose clan
城主
細川晴元
Hosokawa Harumoto
1514–1563
城主
和田惟政
Wada Koremasa
1530–1571
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
天守の
城全体の
三好山の
主な建物
主郭の礎石建物
1993年度の
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 山城山の
上に 編集部記事築いた城。 登りが ある - 時代
- 中世編集部記事
- 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城者
- 細川高国日本城郭協会
- 築城
- 永正13年
(1516)頃 日本城郭協会 - 主な
城主 - 細川氏、
三好氏、 日本城郭協会和田 - 廃城
- 元亀4年
(1573年)頃 Wikipedia - 見られる
遺構 - 曲輪・
堀切・ 編集部記事石垣・ 土塁・ 虎口・堀 - 文化財指定
- 国史跡
(芥川城跡) 編集部記事(2022年) - 名城選定
- 続日本100名城 157番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に城跡は
住所
大阪府高槻市大字原
最寄り駅と行き方
開館時間・料金
車・駐車場
城跡用の
周辺の楽しみ
博物館
高槻市立しろあと歴史館
高槻城の
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
建物より
ここを見ると面白い
大手筋の
訪ねる前に
城跡は
楽しみかた
市が
写真
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異説・未確認の点
- 築城年は、
市の ページで 「1515年から 翌年に かけて」とする 一方、 別の ページや城郭協会は 「1516年 までに」 「1516年頃」と している。 - 大手の
石垣が 誰の 時代に 積まれたか (三好長慶の 時代か、のちの 和田・ 高山の 時代か)は はっきりしていない。 - バス停から
山頂までの 時間は、 市の ページでは 約30分だが、 市の 地図に 書かれた 区間ごとの 時間を 足すともう 少し かかる。 - 当時は
「芥川城」と呼ばれ、 ふもとの 高槻市殿町付近 にも 同じ名の 城が あった ため、 記録に 出る 「芥川城」が どちらを 指すか 分かりにくい 場合が ある (国史跡の 名称は 「芥川城跡」)。 - 写真の
多くは 2008年撮影 で、 その後の 木の 伐採や案内の 設置などで 様子が 変わっている 可能性が ある。 撮影ルール、 山頂付近の 案内板の 有無は 確認 できなかった。
出典
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