野面積みの天守台に立つ天守(2018年8月撮影)。1986年に江戸時代の絵図をもとに建てた鉄筋コンクリートの天守。
Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

京都府 · 福知山市

福知山城

ふくちやまじょう

Fukuchiyama Castle

京都府福知山市

城平山城続日本100名城 156番

この城らしさ

明智光秀の時代から残る天守台の石垣に、墓石や⁠石仏が500以上も⁠積⁠み⁠込まれている。

なぜ?

福知山城の石垣には、五輪塔や⁠宝篋印塔など、もとは寺や⁠墓にあった石の塔が「転用石」と⁠して大量に使われています。その数は500以上で、市は、これほど多くの転用石を間近で見られるのは福知山城だけと⁠しています。天守台には光秀の時代(天正年間)⁠の石垣が良い状態で残ると⁠専門家は説明しています。[3][1][5]

見逃したくない3つ

01
石垣に積み込まれた転用石(2006年6月撮影)。石塔などを石材として使っている。663highlandCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

転用石だらけの天守台

見る場所
天守台から本丸にかけての石垣
注目する部分
石垣のあちこちに見える、四角い石塔の部材や⁠五輪塔、石仏
ここが面白い
自然の石をあまり加工せずに積んだ野面積みの石垣に、寺や⁠墓の石造物がたくさん混ざっています。公式は、400年以上の歳月に耐えた石垣と⁠説明しています。改築の跡も残り、天正時代の部分と⁠後の時代の部分を見分けられます。[3][4][1]
見られるか
外から見られる公園から無料で見られる。
02

深さ50mの井戸「豊磐の井」

見る場所
天守の東側
注目する部分
直径2.5mの井戸と、のぞき込んだときの深さ
ここが面白い
岩盤を地下の水脈まで掘り下げた井戸で、深さは約50mあります。公式は本丸の井戸と⁠して日本有数の深さと⁠しており、いまも水をたたえています。[4]
見られるか
外から見られる公園から無料で見られる。
03
野面積みの天守台に立つ天守(2018年8月撮影)。1986年に江戸時代の絵図をもとに建てた鉄筋コンクリートの天守。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

絵図から建てた天守と⁠2階の石落とし

見る場所
本丸の天守(大天守・続櫓・小天守)
注目する部分
大天守と⁠小天守を続櫓でつないだ形と、2階に設けた石落とし
ここが面白い
石落としは石垣を登る敵を真上から攻撃する仕掛けで、ふつうは1階に付けます。2階に設けて外から目立たなくしているのが工夫だと、城郭考古学者の千田嘉博さんが公式サイトで紹介しています。天守は1986年に江戸時代の絵図をもとに建てられ、のちに見つかった明治の古写真と⁠大枠で一致すると⁠指摘されています。[5][6]
見られるか
外から見られる外観は無料。天守の中は有料。

訪問の目安

最寄り駅
JR・京都丹後鉄道福知山駅から徒歩約15分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠公園で1時間ほどが目安
料金
おとな360円(30人以上の団体320円)⁠、こども110円(団体90円)⁠。佐藤太清記念美術館・福知山鉄道館フクレルとの共通券はおとな900円・こども400円。障害者手帳をお持ちの方と⁠介助者1名は半額
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

福知山城公園はいつでも無料で入れる。天守閣の中は有料。続日本100名城スタンプ⁠は天守閣受付にあり、休館日はJR福知山駅北口⁠の福知山観光案内所⁠で押せる。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

由良川に突き出した丘に

福知山城は、由良川に突き出した丘の上に築かれました。弥生時代の土器も見つかるほど、古くから人が使ってきた場所です。城郭考古学者の千田嘉博さんは、光秀が山城でなく町と⁠一体の平山城を築いたのは、人と⁠物を集めて北近畿の中心をつくるためだったと⁠みています。[5]

02
伝承

明智光秀が築き「福智山」と⁠名付けた

1579年、織田信長の命で丹波を平定した明智光秀が、西国攻めの拠点と⁠して城と⁠町を築きました。明智の「智」の字を使って「福智山」と⁠名付けたと⁠伝わります。光秀は初代城主と⁠なり、娘婿の明智秀満を城代に置きました。[5][4]

03
史実

城主が変わり、江戸初期に完成

光秀が本能寺の変のあとに亡くなったのち、城主はたびたび変わり、改修と⁠増築が続きました。大天守と⁠小天守をつないだいまの形は、江戸時代の初めにはほぼ完成していたと⁠考えられています。1669年からは朽木氏が13代約200年⁠にわたって治めました。[5][7]

04
史実

明治に天守が壊され、石垣と⁠番所が残った

1873年の廃城令のあと、天守は取り壊され、建物は払い下げられました。堀や池は、二の丸の高台を削った土などで埋められました。残ったのは天守台の石垣と、二の丸の登り口にあった銅門番所だけでした。[6][3]

05
史実

市民の「瓦一枚運動」で再建

1968年に旧城主ゆかりの長崎県島原市で江戸時代の福知山城の絵図が見つかり、再建の機運が高まりました。1983年から4年間、瓦1枚分3,000円⁠の寄付を募る「瓦一枚運動」に約8,500の個人・団体が応じ、5億円以上が集まりました。1986年11月9日、3層4階の天守が完成しました。市は「復元」と⁠表現し、瓦の裏には寄付した人の名前が書かれています。[6][3]

この城の人びと

年表

  1. 明智光秀が丹波を平定し、城と⁠町を築く[5][4]

  2. 朽木稙昌が入り、以後朽木氏が13代治める[7]

  3. 廃城令のあと⁠天守が取り壊される[6][5]

  4. 島原市で江戸時代の福知山城絵図が見つかる[6]

  5. 「瓦一枚運動」が始まる(4年間)[6]

  6. 11月9日、天守が完成[6][3]

建物と⁠遺構

天守の状態

外観を復元

1986年に江戸時代の絵図をもとに建てた3層4階の天守。市は「復元」、公式サイトは「再建」と⁠表現している。構造は鉄筋コンクリート(補助資料による)⁠。明治初期の古写真と⁠大枠で一致すると⁠模型作家が公式サイトで指摘する一方、屋根の勾配など違う点もあると⁠している。

城全体のいま

本丸のあたりが福知山城公園になり、天守は郷土資料の展示施設。公園には佐藤太清記念美術館⁠や福知山鉄道館フクレル⁠がある。二の丸などは市街地になった。

主な建物

外観を復元

天守(大天守・続櫓・小天守)

1986年完成。中は明智光秀や⁠歴代城主の展示と、4階の望楼。[3][8]

移築して現存

銅門番所

二の丸の登り口にあった番所。大正時代に天守台へ移され、天守の再建にともない本丸跡へ移った。[4]

現存市史跡(福知山城跡)⁠の一部

天守台・本丸の石垣

野面積み。500以上の転用石を含む。[4][3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世・近代以降編集部記事
天守の状態
外観を復元外観は史料に基づいて復元。中は鉄筋コンクリート⁠の資料館など編集部記事
築城者
明智光秀日本城郭協会
築城
天正7年(1579)⁠頃日本城郭協会
主な城主
明智氏、有馬氏、岡部氏、松平氏、朽木氏日本城郭協会
廃城
1873年(明治6年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・石垣・井戸・門・天守台編集部記事
文化財指定
福知山市史跡(福知山城跡)(1965年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 156番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

福知山城公園はいつでも無料で入れる。天守閣の中は有料。続日本100名城スタンプ⁠は天守閣受付にあり、休館日はJR福知山駅北口⁠の福知山観光案内所⁠で押せる。

住所

〒620-0035 京都府福知山市字内記5番地[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR・京都丹後鉄道福知山駅JR山陰本線・福知山線、京都丹後鉄道

徒歩約15分 · 少⁠し登る

駅から徒歩約15分。バスもある。京都から特急で約1時間15分、大阪から特急で約1時間30分。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

福知山城天守閣
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
12月28日〜31日、1月4日〜6日。臨時休館あり(2026年4月から⁠)
料金
おとな360円(30人以上の団体320円)⁠、こども110円(団体90円)⁠。佐藤太清記念美術館・福知山鉄道館フクレルとの共通券はおとな900円・こども400円。障害者手帳をお持ちの方と⁠介助者1名は半額[1][2]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

舞鶴若狭道福知山ICから国道9号で約3km。無料駐車場はゆらのガーデン駐車場(約70台)⁠。バスは5台で要予約。[1][3]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
福知山城公園はいつでも入園可・無料。夜間ライトアップ⁠は日没〜22時(変更あり)[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠公園で1時間ほどが目安
階段・坂・足もと
丘の上にあり、登城坂を上る。[5]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
公式サイトで桜の季節の城のドローン映像が紹介されている。見ごろの時期は未確認。[1]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
天守閣2階で再建40周年記念特別展「市民の力 〜瓦一枚運動と⁠天守閣再建〜」(2026年8月1日〜11月30日)⁠。福知山観光案内所⁠の受付時間は2026年10月1日から9:00〜17:00。[3][4]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

明智光秀に興味がある人、石垣をじっくり見たい人、市民の力で城がよみがえった話が好きな人に向く。駅から歩いて行ける。

ここを見ると⁠面白い

まず天守台の石垣で転用石を探したい。四角い石塔の部材や⁠五輪塔が、ほかの石と⁠一緒に積まれている。天守の中では光秀が定めた軍法の展示、4階からは明智藪の方向の眺めも楽しめる。

訪ねる前に

天守は1986年に絵図をもとに建てたもので、江戸時代の建物ではない。石垣は本物の古い石垣。天守閣の休館日は年末年始と⁠臨時休館のみ。

楽しみかた

京都から山陰線で来るなら、福知山に近づいたら進行方向右側の車窓から城を探してみたい。夜はライトアップされた天守も見られる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    福知山城公式サイトトップ(入城・アクセス)福知山城(福知山市)official確認日:
  2. 2
    休館日および入館料⁠の変更について(お知らせ)福知山城(福知山市)official確認日:
  3. 3
    福知山城天守閣福知山市municipal確認日:
  4. 4
    〈GUIDE〉城&城下町福知山城(福知山市)official確認日:
  5. 5
    〈STORY 1〉光秀時代 -築城-福知山城(福知山市)official確認日:
  6. 6
    〈STORY 2〉昭和 -再建-福知山城(福知山市)official確認日:
  7. 7
    福知山城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  8. 8
    福知山城天守閣(展示内容)福知山城(福知山市)official確認日:
  9. 9
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「福知山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q2969288Wikidatawikidata確認日:
  13. 13
    OpenStreetMap node/847895509© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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