内堀と天守台の石垣、その奥の指月山。天守は1874年に解体され、いまは石垣と堀が残る(2005年10月撮影)。
renfield kurodaCC BY-SA 2.0Wikimedia Commons

山口県 · 萩市

萩城

はぎじょう

Hagi Castle

山口県萩市

城平山城日本100名城 75番

この城らしさ

天守はないが、すそが大きく広がる「扇の勾配」の天守台が、海に突き出た指月山の前で堀に映る。

なぜ?

萩城の天守台は高さ約11mで、下はゆるやかに広がり、上へ行くほど急に反り上がります。萩は川にはさまれた三角州で地面がやわらかいため、5層の天守の重さを分散させる工夫だったと⁠説明されています。天守は1874年に解体され、石垣と⁠堀が残りました。[2]

見逃したくない3つ

01
内堀と天守台の石垣、その奥の指月山。天守は1874年に解体され、いまは石垣と堀が残る(2005年10月撮影)。renfield kurodaCC BY-SA 2.0Wikimedia Commons

扇の勾配の天守台と⁠内堀

見る場所
本丸の南西、内堀に面した天守跡
注目する部分
すそが広く上で反り上がる石垣の曲線と、堀の水面に映る⁠姿
ここが面白い
やわらかい三角州の地面の上に大きな天守を載せるため、力を分散させる形にしたと⁠説明されています。上まで登ることもでき、夜は日没から22時までライトアップされます。[1][2]
見られるか
外から見られる萩城跡・指月公園の⁠中(入園料が必要)⁠。堀の外からも見える。
02
指月山の山頂(標高145m)に残る詰丸(要害)の石垣。戦いのときに立てこもる最後の砦だった(2012年8月撮影)。TT mk2CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

指月山の山頂に残る詰丸

見る場所
指月山の山頂(標高145m)⁠。登山道入口から山頂まで730m
注目する部分
山頂を囲む石垣、水をためた跡、⁠鏨(たがね)⁠や⁠矢穴の跡が残る石切場
ここが面白い
詰丸(要害)⁠は戦いのときに立てこもる最後の砦で、ふだんは櫓から陸と⁠海を見張りました。山頂を平らにするときに切り出した花崗岩をそのまま石垣に使ったため、石を割った跡が今も見られます。[1][2]
見られるか
外から見られるつづら折りの山道を歩いて登る(観光協会の案内で約20〜30分)⁠。
03
二の丸南門跡。門は残っていないが、曲がり角をつくる枡形の石垣が残る(2017年5月撮影)。そらみみCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

二の丸南門跡の枡形と⁠石垣

見る場所
二の丸の南側。毛利輝元の像のそば
注目する部分
ほぼ垂直に積まれた大きな石垣、巨大な鏡石や⁠縦に置いた⁠石
ここが面白い
門は⁠残っていませんが、敵をまっすぐ通さないための枡形(ますがた)⁠の石垣が残っています。天守台のゆるやかな反りと⁠見比べると、場所によって石垣の積み方が違うのが分かります。[2]
見られるか
外から見られる屋外で見学できる。

訪問の目安

最寄り駅
まぁーるバス「萩城跡・指月公園入口・北門屋敷入口」から徒歩約5分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
麓の城跡だけなら1時間ほど、指月山の詰丸まで登るなら2時間ほどが目安
料金
大人・大学生・高校生220円、中学生・小学生100円(30名以上の団体は120円・60円)⁠。旧厚狭毛利家萩屋敷長屋との共通券
時間
4〜10月 8:00〜18:30、11〜2月 8:30〜16:30、3月 8:30〜18:00
立入り
自由に見学できる

萩城跡・指月公園は有料(料金所あり)⁠。花江茶亭の中はふだん非公開。日本100名城スタンプ⁠は料金所にある。

確認日:

この城の物語

01
史実

海に突き出た山と⁠三角州

関ヶ原の戦いのあと、毛利家は周防・長門の2国に減らされ、新しい城の場所を探しました。候補は山口・防府・萩の3つでした。幕府とのやりとりの結果、日本海に突き出た萩の指月山に決まりました。萩は川にはさまれた三角州で、川や⁠海の船で物を運びやすい場所でした。[2]

02
史実

毛利輝元が築いた

城を築いたのは、毛利元就の孫の毛利輝元です。輝元は関ヶ原の戦いで西軍の総大将格をつとめ、敗れて中国地方8か国から2国に減らされました。1604年に工事を始め、その年のうちに一部ができた城に入り、1608年に完成させました。[2]

03
史実

山の上と⁠麓を合わせた⁠城

萩城は、指月山の山頂の詰丸(要害)と、麓の本丸・二の丸・三の丸からなる平山城です。指月山の北と⁠西は日本海の断崖で、城は背後を山と⁠海に⁠守らせていました。麓の本丸には5層の天守と⁠藩主の御殿があり、城は三重の水堀で⁠囲まれていました。[1][2]

04
史実

藩庁が山口へ、そして解体

萩城は約260年、萩藩の政治の中心でした。1863年、13代藩主毛利敬親は、海に近い萩では外国船の攻撃を防ぎにくいと⁠して、藩庁を内陸の山口に移しました。明治に入り、1874年に天守や櫓、門はすべて解体されました。[2][1]

05
史実

石垣と⁠堀、そして世界遺産の城下町

いまは石垣と⁠内堀がよく残り、1951年に国の史跡になりました。本丸跡には1879年に志都岐山神社が建てられ、指月公園と⁠して⁠整えられています。萩城跡(中堀の内側)は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」を構成する「萩城下町」の一部です。5層の天守はVRで再現され、現地でも見られます。[2][3]

この城の人びと

年表

  1. 毛利輝元が指月山の麓で築城を始める[2]

  2. 萩城が完成[2]

  3. 藩庁が萩から山口へ移る[2]

  4. 天守・櫓・門などがすべて解体される[1][2]

  5. 本丸跡に志都岐山神社が創建される[2]

  6. 国の史跡に指定される[2]

  7. 日本100名城⁠に選ばれる[2][5]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

5層の天守は1874年に解体され、天守台(高さ約11m)だけが残る。再建されていない。

城全体のいま

本丸・二の丸の跡は萩城跡・指月公園(有料)⁠。石垣と⁠内堀が残り、本丸跡に志都岐山神社がある。指月山の山頂には詰丸の石垣が残る。三の丸だった堀内地区は武家屋敷の町並みが残る。

主な建物

現存しない

天守

高⁠さ約14.4m、5層の白い望楼型天守。1874年に解体。明治初期の古写真が残る。[2]

移築して現存

花江茶亭

毛利敬親が別邸に造った茶室。1889年ごろ城跡⁠に移築。ふだんは非公開で、不定期に呈茶席がある。[2]

再建(復興)

北の総門

三の丸と⁠城下町を分けた外堀の門の1つ。2004年、萩開府400年⁠に復元。[2]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
毛利輝元日本城郭協会
築城
慶長9年(1604)日本城郭協会
主な城主
毛利氏日本城郭協会
廃城
明治7年(1874年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・石垣・堀・門・天守台・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(萩城跡)(1951年)⁠、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」構成資産「萩城下町」の一部編集部記事
名城選定
日本100名城 75番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

萩城跡・指月公園は有料(料金所あり)⁠。花江茶亭の中はふだん非公開。日本100名城スタンプ⁠は料金所にある。

住所

山口県萩市堀内1-1[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

まぁーるバス「萩城跡・指月公園入口・北門屋敷入口」萩循環まぁーるバス(西回り)

徒歩約5分 · 登りなし

バス停から徒歩5分。JRの駅からは歩ける距離と⁠して公式に案内されていないので、バスか車を使う。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

萩城跡・指月公園
時間
4〜10月 8:00〜18:30、11〜2月 8:30〜16:30、3月 8:30〜18:00
休館・休み
無休
料金
大人・大学生・高校生220円、中学生・小学生100円(30名以上の団体は120円・60円)⁠。旧厚狭毛利家萩屋敷長屋との共通券[1]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

指月第一駐車場(無料・普通車51台、大型車2台)⁠。中国道美祢東JCT〜絵堂ICから約25分。[1][4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
上の開園時間のとおり。天守跡の石垣のライトアップは日没〜22:00(通年)[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
麓の城跡だけなら1時間ほど、指月山の詰丸まで登るなら2時間ほどが目安
階段・坂・足もと
麓の城跡はほぼ平ら。指月山への登山道はつづら折りの山道で、山頂まで730m。[1][2]
車椅子・ベビーカー
未確認。障がい者割引(大人100円、小中学生50円)⁠がある。[1]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
料金所でタブレットを無料で借りられ、5層の天守を再現したVRを見られる(言語は未確認)⁠。[1][2]
季節の楽しみ
春は約600本のソメイヨシノが咲く桜の名所(見ごろは3月下旬〜4月上旬)⁠。秋はツワブキ、冬は自生の北限と⁠されるサザンカが咲く。[2]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
萩市の「萩城本丸・二の丸コース」ガイドは、熱中症防止のため6月中旬〜9月中旬⁠は休み。[4]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

萩城本丸・二の丸コース(ガイド付き) 120分

  1. 指月第一駐車場付近⁠の二の丸入口に集合
  2. 本丸・二の丸の史跡や⁠石垣を見学
  3. 潮入門跡の展望所
  4. 旧厚狭毛利家萩屋敷長屋
  5. 二の丸入口に戻る

萩市の萩まちじゅう博物館の解説員が案内するコース。約2時間・約2km、3日前の正午までに予約が必要で有料(大人2,000円、2名以上は1人1,500円)⁠。6月中旬〜9月中旬⁠は休み。

周辺の楽しみ

博物館

萩博物館

旧萩城三の丸にあたる堀内地区にある市の博物館。武家屋敷にならった外観で、2004年に開館。[6]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣の形や⁠堀が好きな人、建物より「城の地形」を見たい人、萩の城下町歩きと⁠あわせて歴史をたどりたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

まず天守台の「扇の勾配」を堀ごしに見て、次に上に登って指月山と⁠海を見たい。時間と⁠体力があれば山頂の詰丸まで登ると、山と⁠麓を組み合わせた城の仕組みがよく分かる。

訪ねる前に

天守は1874年に解体されて残っておらず、再建もされていない。指月山の登山道は山道なので歩きやすい靴で。開園時間は季節で変わる。

楽しみかた

料金所でタブレットを借りてVRの天守を天守台の前で見ると、失われた姿を重ねて想像できる。明治初期の古写真と⁠見比べるのもよい。夜のライトアップでは石垣が堀に映る。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    萩城跡・指月公園萩市観光協会tourism確認日:
  2. 2
    萩城跡(歴史・構造・見どころ⁠)萩市観光協会tourism確認日:
  3. 3
    萩エリア~萩市⁠の資産萩城下町萩市municipal確認日:
  4. 4
    萩城本丸・二の丸コース萩市まちじゅう博物館推進課municipal確認日:
  5. 5
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  6. 6
    萩博物館について萩博物館(萩市)official確認日:
  7. 7
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    Wikipedia「萩城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  9. 9
    Wikidata Q1064830Wikidatawikidata確認日:
  10. 10
    OpenStreetMap node/11630385962© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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