野面積みの天守台の上に立つ天守(2020年2月撮影)。いまの天守は1958年に建てた鉄筋コンクリートの復興天守で、天守台より小さく造られている。
Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

静岡県 · 浜松市中央区

浜松城

はままつじょう

Hamamatsu Castle

静岡県浜松市中央区

城平山城続日本100名城 151番

この城らしさ

家康が17年を過ごした城の天守台に、ひと回り小さな天守が載っている。

なぜ?

天守台は一辺約21mありますが、1958年に建てた復興天守は、その3分の2ほどの大きさです。もとの天守は家康のあとの城主・堀尾吉晴の時代に建てられ、いまより一回り大きい4重5階だったと⁠市⁠は考えています。江戸時代のはじめには失われ、姿を描いた資料は⁠見つかっていません。[1][6][8][15]

見逃したくない3つ

01
大小の自然石をそのまま積んだ天守台の野面積み(2013年12月撮影)。くろふねCC BY 3.0Wikimedia Commons

荒々しい野面積みの石垣

見る場所
天守台と⁠天守門のまわり
注目する部分
形をほとんど整えない自然石の積み方、角に長い石を互い違いに組んだ算木積み、天守門の両脇に据えた大きな「鏡石」
ここが面白い
崩れそうに見えますが、約400年たったいまも⁠残る、浜松城でいちばん価値の高い遺構です。石の多くは浜名湖の北岸あたりで切り出され、舟で運ばれたと⁠考えられています。積んだのは1590年ごろの堀尾吉晴と⁠いう説が有力で、家康の時代にはまだ石垣はなかったとされます。[7][8][18]
見られるか
外から見られる公園内から自由に見られる。
02
左が2014年に木造で復元された天守門、右が天守(2020年2月撮影)。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

発掘から復元した天守門

見る場所
天守曲輪(天守のまわりの区画)⁠の東の入口
注目する部分
門の上に⁠櫓(やぐら)⁠が載る櫓門の形と、両側にのびる瓦葺きの土塀
ここが面白い
天守が消えたあと、江戸時代を通じて城でいちばん⁠高⁠い⁠所⁠に立っていた建物です。1873年に解体されましたが、2009・2010年の発掘で礎石や⁠瓦が見つかり、1854年の絵図と⁠あわせて2014年に木造で復元されました。[1][5][12][14]
見られるか
外から見られる外観は自由に見られる。続日本100名城スタンプ⁠は天守門にある(休館日は押せない)⁠。
03
天守の地下に残る井戸(2020年2月撮影)。天守を建てる前の発掘で見つかった。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

天守の地下に残る井戸

見る場所
天守閣の地下
注目する部分
天守台の中に掘られた井戸
ここが面白い
いまの天守を建てる前の発掘で見つかりました。天守の中の井戸は、籠城にそなえたものと⁠考えられ、松江城にも例があります。江戸時代の絵図には描かれておらず、早い時期に埋められたと⁠みられます。[15][1]
見られるか
外から見られる天守閣への入場(有料)⁠が必要。

訪問の目安

最寄り駅
JR浜松駅北口から徒歩約20分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
公園と⁠天守閣で1時間ほどが目安
料金
大人(高校生以上⁠)200円、中学生以下は無料。70歳以上⁠・障害者手帳をお持ちの方なども対象と⁠して案内されている。30人以上の団体は割引
時間
8:30〜16:30(最終入場は10分前まで⁠)⁠。行事で変わることがある
立入り
自由に見学できる

浜松城公園は自由に歩ける。天守閣の中は有料。続日本100名城スタンプ⁠は天守門にあり、休館日は押せない。

確認日:

この城の物語

01
史実

引馬城を広げて「浜松」に

1570年、徳川家康は拠点を岡崎城からここにあった引間(引馬)城へ移し、城を大きく広げて名を浜松城に改めました。三方原台地の端の地形を使い、東西に曲輪(くるわ。城の区画)⁠を並べた城で、北側には守りに向いた湿地が広がっていたと⁠考えられています。[1][8]

02
史実

家康が天下へ向かった17年

家康は1586年に駿府城へ移るまで17年間をここで過ごしました。1572年12月には、武田信玄の軍に城の北の三方原で大敗し、浜松城へ⁠逃⁠げ⁠帰っています。家康の時代の城には、まだ石垣も天守もなく、土塁で囲んだ曲輪に板葺きの建物が⁠並んでいたとみられます。[1][8][19]

03
研究上の解釈

堀尾吉晴が石の城に変えた

1590年に家康が関東へ移ると、豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が城主になりました。吉晴は高い石垣を築き、瓦葺きの櫓や⁠門、そして天守を建てたと⁠考えられています。いま見られる石垣の多くはこの時代のものと⁠されます。[7][8][20]

04
史実

城主が次々に出世した「出世城」

江戸時代の浜松城は、徳川家に古くから仕えた譜代大名が次々に城主を務めました。城主のうち、幕府の老中など重い役に就いた人が多かったことから「出世城」と⁠呼ばれます。よく⁠知られているのが水野忠邦です。天守は江戸時代のはじめには失われ、天守門が城でいちばん高い建物でした。[9][20][8]

05
史実

明治に建物はすべて失われた

1872〜1873年⁠に建物と⁠土地が払い下げられ、城の建物はすべて失われました。二の丸や⁠三の丸は市街地になり、本丸の東半分も1960年代に削られて道路や⁠市役所になりました。天守曲輪と⁠本丸の一部だけが、野面積みの石垣とともに残りました。[8][14][17]

06
史実

1958年の復興天守と⁠2014年の天守門

1950年に浜松城公園ができ、1958年に天守が鉄筋コンクリート⁠で再建されました。公式はこれを「復興天守」と⁠呼んでいます。もとの天守の姿は分かっておらず、当時の姿を写したものではありません。翌1959年に天守曲輪と⁠本丸周辺が市の史跡になりました。2014年には発掘の成果をもとに天守門が木造で復元され、本丸の石垣や⁠堀の発掘もいまも⁠続いています。[1][13][14][11]

この城の人びと

年表

  1. 徳川家康が引間城に入り、浜松城と⁠改める[1][8]

  2. 三方原の戦いで家康が武田軍に大敗[19]

  3. 家康が駿府城へ移る[8]

  4. 堀尾吉晴が城主と⁠なり、石垣や⁠天守を築く[8][20]

  5. 建物と⁠土地の払い下げで建物がすべて失われる(1872〜1873年)[8][5]

  6. 鉄筋コンクリート⁠の復興天守が完成[1][13]

  7. 天守門を木造で復元[14]

建物と⁠遺構

天守の状態

戦後の再建(復興)

1958年に鉄筋コンクリート⁠で建てた「復興天守」(公式の表現)⁠。もとの天守の姿を伝える資料はなく、天守台の3分の2ほどに縮小して建てられている。中は資料館と⁠展望台。

城全体のいま

天守曲輪と⁠本丸の一部が浜松城公園になっている。公園には日本庭園や⁠芝生広場、浜松市美術館などがある。二の丸・三の丸や⁠本丸の東半分は市街地・市役所・学校の敷地になった。

主な建物

再建(復興)

天守閣

1958年の復興天守。3重3階(地下1階)⁠。もとの天守は江戸時代はじめに失われた。[1][8]

木造で復元

天守門

1873年に解体。発掘調査と⁠1854年の絵図をもとに2014年に木造で復元。木造・入母屋造・本瓦葺きの櫓門。[5][12][14]

現存市史跡(浜松城跡)⁠の一部

天守台

一辺約21mのやや⁠いびつな四角形。西に八幡台、東に付櫓の張り出しがある。上部は後の時代に積み直されたと⁠みられる。[6][17]

跡地のみ

富士見櫓

本丸北側の櫓。発掘で礎石が見つかったが、建物の全体像はまだ分かっていない。[10][13]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
戦後の再建(復興)昭和以降に建て直した天守。形や⁠位置が当時と⁠違う場合がある編集部記事
築城者
徳川家康日本城郭協会
築城
元亀元年(1570)日本城郭協会
主な城主
徳川氏、堀尾氏、松平氏、水野氏など日本城郭協会
廃城
1871年(明治4年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・曲輪・土塁・天守台・⁠堀編集部記事
文化財指定
市史跡(浜松城跡)(1959年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 151番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

浜松城公園は自由に歩ける。天守閣の中は有料。続日本100名城スタンプ⁠は天守門にあり、休館日は押せない。

住所

〒430-0946 静岡県浜松市中央区元城町100-2(浜松城公園)[2]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR浜松駅北口JR東海道新幹線・東海道本線

徒歩約20分 · 少⁠し登る

北口から徒歩約20分。バスなら北口バスターミナル1・15番乗り場のバスで約10分、降りて徒歩約6分。公園は台地の斜面にあり、天守まで高低差がある。[2][1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

浜松城天守閣
時間
8:30〜16:30(最終入場は10分前まで⁠)⁠。行事で変わることがある
休館・休み
12月29日〜31日。台風など荒天時に休館することがある
料金
大人(高校生以上⁠)200円、中学生以下は無料。70歳以上⁠・障害者手帳をお持ちの方なども対象と⁠して案内されている。30人以上の団体は割引[1]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

浜松城公園駐車場(8:00〜21:30)⁠。最初の90分無料、以降30分ごとに100円、土日祝は上限520円。天守閣・天守門などの利用で60分無料が付く。公園施設の利用者専用。大型バスは予約制。[2]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
公園の開園時間は未確認(駐車場は8:00〜21:30)[2]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
公園と⁠天守閣で1時間ほどが目安
階段・坂・足もと
自然の地形を使った公園で、駐車場から天守まで高低差がある(駐車場から徒歩8分ほど)⁠。天守台の下まではスロープがあるが、天守閣の出入口前は階段。[1]
車椅子・ベビーカー
天守閣内にエレベーター・スロープはない。補助犬は同伴可。[1]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
天守閣内にトイレ(男女共用1か所)[1]
英語案内・音声ガイド
浜松市が天守閣の展示解説や⁠園内の解説看板の英語訳をウェブで公開している。[14][15][9]
季節の楽しみ
約330本の桜があり、見ごろは3月下旬〜4月上旬。期間中は日没〜21時ごろに夜桜ライトアップ⁠がある。[3]
撮影のルール
天守閣内の撮影はできる(ほかの人の迷惑にならないように)⁠。仕事と⁠しての撮影や⁠ドローン撮影は事前の申請が必要。展望台には落下防止ネット⁠がないので落とし物に注意。[1][3]
工事・休館・立入制限
天守閣内は禁煙・飲食禁止・ペット不可。小学3年生以下⁠は保護者の同伴が必要。[1][4]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

浜松市美術館

浜松城公園の中にある市立の美術館。利用すると⁠公園駐車場が60分無料になる。[2]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

徳川家康の若いころの歴史が好きな人、古い石垣の積み方を見比べたい人に向く。市の中心にあり、乗り換えの合間でもバスで行ける。

ここを見ると⁠面白い

主役は天守より石垣。天守台と⁠天守門まわりの野面積みと、門の両脇の大きな鏡石を近くで見たい。天守台の上で、いまの天守がどれだけ小さいかを確かめると、もとの天守の大きさが想像しやすい。

訪ねる前に

いまの天守は1958年の復興天守で、もとの天守の姿を写したものではない。天守門は2014年の木造復元。天守閣の中にエレベーターはない。

楽しみかた

まず天守門から天守曲輪に入り、天守の地下の井戸と⁠展望台からの眺めを見る。そのあと⁠本丸南側へ下りて、発掘で見つかった石垣の説明板を読むと、城がどこまで⁠広がっていたかが分かる。

訪問者レビュー

レビュー募集中

この城を訪ねた方の声を募集しています。

レビューを書く
評価

体験に基づかない投稿・宣伝・個人情報を含む投稿は公開しません。

異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    ご利用案内浜松城浜松城公園(指定管理者遠鉄アシスト)official確認日:
  2. 2
    アクセス浜松城公園(指定管理者遠鉄アシスト)official確認日:
  3. 3
    ご利用案内浜松城公園浜松城公園(指定管理者遠鉄アシスト)official確認日:
  4. 4
    浜松城⁠ご来場予定⁠の方へ(2026年8月3日)浜松城公園(指定管理者遠鉄アシスト)official確認日:
  5. 5
    天守門(解説看板)浜松市municipal確認日:
  6. 6
    天守台(解説看板)浜松市municipal確認日:
  7. 7
    浜松城の石垣(解説看板)浜松市municipal確認日:
  8. 8
    浜松城の変遷浜松市municipal確認日:
  9. 9
    浜松城跡(解説看板)浜松市municipal確認日:
  10. 10
    富士見櫓解説看板⁠の多言語表記浜松市municipal確認日:
  11. 11
    浜松城本丸と⁠その石垣・堀跡の多言語表記浜松市municipal確認日:
  12. 12
    文化財情報vol.27 浜松城跡⁠を発掘調査しました浜松市文化財課municipal確認日:
  13. 13
    浜松城公園歴史ゾーン整備基本計画第2章計画地⁠の概要と⁠現状浜松市municipal確認日:
  14. 14
    The symbol of a new era(天守閣展示解説英語訳)浜松市municipal確認日:
  15. 15
    Secrets of the Hamamatsu Castle Main Keep(天守閣展示解説英語訳)浜松市municipal確認日:
  16. 16
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  17. 17
    浜松城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  18. 18
    門脇の鏡石(解説看板)浜松市municipal確認日:
  19. 19
    The greatest defeat of Ieyasu's life: The Battle of Mikatagahara(天守閣展示解説英語訳)浜松市municipal確認日:
  20. 20
    Hamamatsu Castle and its successive lords(天守閣展示解説英語訳)浜松市municipal確認日:
  21. 21
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  22. 22
    Wikipedia「浜松城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  23. 23
    Wikidata Q1152352Wikidatawikidata確認日:
  24. 24
    OpenStreetMap way/689644600© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

現地の変化や⁠誤り、使ってよい写真をご存じでしたらお知らせください。

情報の訂正・写真の提供