堀越しに見る広島城天守(2025年8月撮影)。1958年に外観を復元して再建された鉄筋コンクリートの天守で、2026年3月22日に閉城した。外観はいまも見られる。
ノボホショコロトソCC BY 4.0Wikimedia Commons

広島県 · 広島市中区

広島城

ひろしまじょう

Hiroshima Castle

広島県広島市中区

城平城日本100名城 73番

この城らしさ

原爆で倒れた天守を、復興のしるしと⁠して建て直したコンクリートの天守。その天守が2026年に役目を終え、いま木造での復元が検討されている。

なぜ?

広島城の天守は1945年8月6日⁠の原爆で倒壊し、1958年に外観を復元した鉄筋コンクリート⁠の天守が建てられました。この天守もコンクリートの劣化や⁠設備の古さから、2026年3月22日⁠に閉城しました。広島市は天守群の木造復元を「最有力」と⁠する検討結果をまとめ、2026年度から詳しい調査を始めますが、整備の方針はまだ⁠決まっていません。[1][2]

見逃したくない3つ

01
堀越しに見る広島城天守(2025年8月撮影)。1958年に外観を復元して再建された鉄筋コンクリートの天守で、2026年3月22日に閉城した。外観はいまも見られる。ノボホショコロトソCC BY 4.0Wikimedia Commons

閉城した天守を外から見る

見る場所
本丸の北西の角。内堀ごしや⁠本丸の中から
注目する部分
5重の天守の外観と、その足もとの天守台、南小天守・東小天守の⁠跡
ここが面白い
もとの天守は大天守と⁠2つの小天守を廊下で結んだ形で、建てられた当時は大坂城の天守に次ぐ大きさだったと⁠広島市は説明しています。いまの天守は1958年に大天守の外観だけを再建したもので、小天守はありません。2026年3月⁠に閉城しましたが、解体の予定はいまのところなく、外観は見られます。[1][2][4]
見られるか
一部見られる外観のみ。天守の中は2026年3月22日から入れない。
02
二の丸の表御門と御門橋(2024年8月撮影)。原爆で焼け、1989〜94年に木造で復元された。Jakub HałunCC BY 4.0Wikimedia Commons

木造で復元された二の⁠丸

見る場所
本丸の南。御門橋を渡って表御門から入る
注目する部分
表御門・平櫓・多聞櫓・太鼓櫓の木造の建物と、その⁠中
ここが面白い
二の丸は本丸の出入口を守る小さな区画「馬出(うまだし)⁠」でした。戦前まで江戸時代の門や⁠櫓が⁠残っていましたが、原爆で石垣を残してすべて失われました。1989〜94年に、戦前の写真や⁠図面、発掘の成果をもとに木造で江戸時代の姿に復元され、中を無料で見学できます。[5][6][7]
見られるか
外から見られる内部公開(無料)⁠。靴を脱いで入る。
03
中御門跡(2017年3月撮影)。被爆時の火災の熱で、石垣の石が赤く焼けてひび割れている。そらみみCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

城に残る被爆の⁠跡

見る場所
二の丸と⁠本丸の間の中御門跡、二の丸のユーカリ、本丸の大本営跡まわり
注目する部分
火災の熱で赤く焼けてひび割れた石垣の石と、爆心地から1km以内で生き残った被爆樹木
ここが面白い
広島城は爆心地から約1kmの場所にあり、天守は倒れ、門や⁠櫓も焼けました。中御門跡の石には、そのときの火の熱で赤く焼けた跡が残ります。二の丸のユーカリ(爆心地から約740m)⁠や本丸のクロガネモチなど、焼け野原の中で生き残った木もあります。[4]
見られるか
外から見られる城跡公園の中で自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
広島電鉄「紙屋町東」「紙屋町西」電停から
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
城跡公園と⁠二の丸を回って1時間前後が目安
料金
無料
時間
4〜9月 9:00〜17:30、10〜3月 9:00〜16:30(入館は閉館30分前まで⁠)
立入り
一部のみ見学できる

城跡公園は自由に歩ける。天守は2026年3月22日⁠に閉城し、中には入れない(外観は見られる)⁠。二の丸の復元建物は無料で公開。中国軍管区司令部⁠の防空作戦室跡は中に入れない。100名城スタンプ⁠は公式サイトで「天守閣入口前の屋根付き通路」と案内されている。

確認日:

この城の物語

01
史実

太田川の三角州に築いた⁠城

広島城は、太田川の河口に小さな島や⁠砂州が点在していた三角州に築かれた平城です。中国地方を広く治めていた毛利輝元は、1588年に豊臣秀吉に会ったあと、中国地方全体を治める城と⁠城下町の場所と⁠して、祖父の元就が重く見ていた広島湾の奥を選び、1589年に城づくりを始めました。[8][2]

02
史実

大天守と⁠2つの小天守

輝元が築いた天守は、5重の大天守の東と⁠南に3重の小天守を置き、廊下で結んだ形でした。建てられた当時は大坂城の天守に次ぐ大きさで、関ヶ原の戦いより前から残る天守と⁠して、1931年には国宝に指定されました。[2][4]

03
史実

無断の修理で城主が交代

関ヶ原の戦いのあと、1600年に毛利氏に代わって福島正則が城主になりました。正則は1617年の大洪水で壊れた城を、幕府に届けずに直しました。これをとがめられ、条件を十分に守らなかったため1619年⁠に城を⁠取⁠り⁠上げられました。代わって浅野長晟が入り、浅野家が明治まで治めました。本丸の北東には、正則が命令で壊したと⁠考えられる石垣が残っています。[9][4]

04
史実

軍の城と⁠なり、原爆で倒れる

明治になると⁠城内には軍の施設が次々に置かれ、1894年の日清戦争では、明治天皇とともに大本営が城内に移りました。1945年8月6日、爆心地から約1kmにあった天守は原爆で倒れ、残っていた門や⁠櫓も焼けました。いまも本丸には大本営跡の基礎の石や、焼けた石、被爆樹木が残ります。[10][4]

05
史実

復興の天守から、木造復元の検討へ

城跡は1953年に国の史跡になり、1958年の広島復興大博覧会⁠にあわせて、外観を復元した鉄筋コンクリート⁠の天守が建てられ、博物館になりました。二の丸の門と⁠櫓は1989〜94年⁠に木造で復元されました。天守は2026年3月22日⁠に閉城し、博物館の役目は2027年に開館予定の「広島城三の丸歴史館」に引き継がれます。広島市の検討会議は、天守群全体を「幕末から明治初期」の姿で木造復元する案が最も望ましいと⁠いう見解を示しました。市は2026年度から最短でも5年ほど(2030年度ごろまで⁠)詳しい調査を行い、そのあと⁠整備方針を決める予定です。[1][2][6][10][11]

この城の人びと

年表

  1. 毛利輝元が築城を始める[8][2]

  2. 関ヶ原の戦いのあと⁠福島正則が城主に[9]

  3. 福島正則が改易され、浅野長晟が入る[9]

  4. 日清戦争で大本営が城内に置かれる[10]

  5. 8月6日、原爆で天守が倒壊[1][2]

  6. 外観を復元した鉄筋コンクリート⁠の天守が完成[1][10]

  7. 3月22日、天守が閉城[1][3]

建物と⁠遺構

天守の状態

外観を復元

1945年に原爆で倒壊。1958年に倒壊前の外観を模して鉄筋コンクリート⁠で再建(外観復元)⁠。小天守は再建されていない。2026年3月22日⁠に閉城し、内部には入れない。現時点で解体の予定はなく、市が木造復元などの整備方針を検討中。

城全体のいま

本丸と⁠二の丸が内堀とともに城跡公園(史跡広島城跡)⁠として残る。外堀などはほぼ市街地になった。本丸に天守(閉城中)⁠、二の丸に木造復元の門と⁠櫓がある。南側の三の丸跡では「広島城三の丸」の整備が進む。

主な建物

外観を復元

天守(大天守)

1958年再建。2026年3月22日閉城、外観のみ見学可。[1][4]

現存しない

南小天守・東小天守

明治期に取り壊され、跡だけが残る。[4]

木造で復元

二の丸表御門・平櫓・多聞櫓・太鼓櫓

原爆で焼失。1989〜94年⁠に木造で復元。内部公開(無料)⁠。[6][7]

跡地のみ

広島大本営跡

日清戦争の大本営の建物跡。原爆で倒壊し、基礎の石が残る。[4]

跡地のみ

中御門跡

被爆時の火災で赤く焼けた石が残る。[4]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
近世・近代以降編集部記事
天守の状態
外観を復元外観は史料に基づいて復元。中は鉄筋コンクリート⁠の資料館など編集部記事
築城者
毛利輝元日本城郭協会
築城
天正17年(1589)日本城郭協会
主な城主
毛利氏、福島氏、浅野氏日本城郭協会
廃城
1871年(明治4年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・門・櫓・櫓台・曲輪・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(広島城跡)(1953年)編集部記事
名城選定
日本100名城 73番日本城郭協会

旅の情報

立入り

一部のみ見学できる

城跡公園は自由に歩ける。天守は2026年3月22日⁠に閉城し、中には入れない(外観は見られる)⁠。二の丸の復元建物は無料で公開。中国軍管区司令部⁠の防空作戦室跡は中に入れない。100名城スタンプ⁠は公式サイトで「天守閣入口前の屋根付き通路」と案内されている。

住所

〒730-0011 広島県広島市中区基町21-1[3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

広島電鉄「紙屋町東」「紙屋町西」電停広島電鉄(JR広島駅南口から1・2・6番の電車)

登りなし

電停から地下通路を通って城へ向かう(徒歩時間は公式に記載なし)⁠。バスなら広島駅南口7・8番のりばから合同庁舎前経由⁠のバスで「合同庁舎前」へ。[3]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

二の丸復元建物
時間
4〜9月 9:00〜17:30、10〜3月 9:00〜16:30(入館は閉館30分前まで⁠)
休館・休み
2026年は12月8日、12月29日〜31日
料金
無料[5][7]
確認日: 2026-10-03
広島城天守
時間
2026年3月22日⁠に閉城(入館不可)
休館・休み
閉城中
料金
なし(閉城中)[1][5]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

山陽自動車道の広島ICから約20分。城跡に駐車場はなく、城南通り北側の広島城三の丸駐車場(30分210円)⁠が便利で、天守まで徒歩約5分。観光バスは中央公園バス駐車場⁠を予約。[3]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認。ライトアップは日没から22時まで。[13]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城跡公園と⁠二の丸を回って1時間前後が目安
階段・坂・足もと
平城で大きな坂はない。本丸の上段と⁠下段の間に階段がある。[4][12]
車椅子・ベビーカー
未確認(二の丸の建物は靴を脱いで入る⁠)[7]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
公式サイトに英語の城跡マップ(PDF)⁠がある。[7]
季節の楽しみ
ソメイヨシノを中心に城内に237本、堀の外まわりに109本、合わせて約350本の桜がある(2025年調べ)⁠。天守や⁠二の丸は日没から22時までライトアップ。[13]
撮影のルール
公園を使った撮影などは、公園管理者(広島城アソシエイツ)⁠と事前に協議し、許可申請が必要。個人の記念撮影のルールは未確認。[14]
工事・休館・立入制限
天守は2026年3月22日⁠に閉城(外観のみ見学可)⁠。博物館の役目を引き継ぐ「広島城三の丸歴史館」は2027年6月1日⁠に開館予定(2階の常設展示室・企画展示室は2027年10月1日公開予定)⁠。[1][11]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

庭園

縮景園

広島藩主・浅野長晟が1620年から別邸の庭園と⁠して築いた庭。作庭は家老で茶人の上田宗箇。広島城から徒歩約13分。[15][13]

確認日: 2026-10-03

体験

広島城三の⁠丸

城の三の丸跡に整備中のエリア。第1期は2025年3月⁠に開業し、2027年6月1日⁠に「広島城三の丸歴史館」と⁠第2期エリアが開く予定。[11]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

広島の戦後の歩みと⁠あわせて城を知りたい人、平和記念公園と⁠あわせて回りたい人、木造で復元された櫓の中を見たい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

閉城した天守は外から、天守台と⁠小天守の跡もあわせて見たい。二の丸の木造の門と⁠櫓は中まで入れる。中御門跡の焼けた石、被爆樹木、大本営跡は、この城が戦争と⁠原爆を通ってきたことを伝えている。

訪ねる前に

天守は2026年3月22日⁠に閉城し、中には入れない。館内の展示を見たい場合は、2027年に開館予定の「広島城三の丸歴史館」を待つことになる。城跡に駐車場はない。

楽しみかた

内堀ごしに天守を眺め、二の丸の御門橋を渡って表御門から入ると、江戸時代の登城の道筋をたどれる。原爆ドームまでは徒歩約18分なので、平和記念公園と⁠あわせて歩くとよい。週末には観光PR武将隊⁠の練り歩きや⁠演舞がある。

訪問者レビュー

レビュー募集中

この城を訪ねた方の声を募集しています。

レビューを書く
評価

体験に基づかない投稿・宣伝・個人情報を含む投稿は公開しません。

異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    広島城天守は、令和8年3月22日⁠をもって閉城しました。(2026年9月30日更新)広島市municipal確認日:
  2. 2
    広島城天守の復元等に関する調査・検討について(令和5年度〜令和7年度)(2026年7月13日更新)広島市municipal確認日:
  3. 3
    アクセス広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  4. 4
    広島城跡見どころマップ広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  5. 5
    広島城公式サイトトップ広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  6. 6
    二の丸のご案内広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  7. 7
    広島城址公園利用案内広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  8. 8
    築城前の広島/広島城築城広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  9. 9
    福島氏の入国と⁠改易/浅野氏の治世広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  10. 10
    明治〜平成(広島城の歴史)広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  11. 11
    「広島城三の丸歴史館」が2027年6月1日(火)⁠に開館決定!(2026年10月1日)広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  12. 12
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    よくあるご質問広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  14. 14
    使用許可等の申請広島城(広島城アソシエイツ)official確認日:
  15. 15
    縮景園公式サイト縮景園(広島県)official確認日:
  16. 16
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  17. 17
    Wikipedia「広島城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  18. 18
    Wikidata Q41977Wikidatawikidata確認日:
  19. 19
    OpenStreetMap way/145661233© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

現地の変化や⁠誤り、使ってよい写真をご存じでしたらお知らせください。

情報の訂正・写真の提供