川越しに見た人吉城跡(2018年3月撮影)。川沿いの石垣の上に、白壁の櫓と塀が並ぶ。城の北は球磨川、西は胸川が天然の堀になっていた。
Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

熊本県 · 人吉市

人吉城

ひとよしじょう

Hitoyoshi Castle

熊本県人吉市

城平山城日本100名城 95番

この城らしさ

鎌倉時代から明治まで、ひとつの家・相良氏が治めつづけた城。

なぜ?

人吉球磨を治めた相良氏は、まわりを険しい九州山地に囲まれた土地を生かして外からの侵入をはばみ、「相良700年」と呼ばれる長い統治を続けました。人吉城はその本拠で、城を築くときに三日月の模様の石が出たことから「三日月城」「繊月城」とも呼ばれます。[5][6]

見逃したくない3つ

01

全国に例がない石造りの地下室遺構

見る場所
人吉城歴史館の館内
注目する部分
石組みで囲まれた地下の部屋と、いまも湧き出る⁠水
ここが面白い
人吉市は、この地下室遺構を全国に例がないものと⁠説明しています。もとの場所に保存されていて、石組みに囲まれたところには湧き水がたまっています。市はさまざまな角度から見られる3Dモデルもネットで公開しています。[1]
見られるか
外から見られる人吉城歴史館の観覧料が必要(火曜休館)⁠。
02
上の段の石が外へ突き出した「刎ね出し(はねだし)石垣」(2018年3月撮影)。幕末に築かれた石垣とされる。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

上の石が突き出した「刎ね出し石垣」

見る場所
球磨川側の石垣(御館まわり⁠)
注目する部分
石垣のいちばん上に、平らな石が外へ張り出すように積まれているところ
ここが面白い
石垣を登ってきた敵がそれ以上⁠上がれないようにする工夫で、ヨーロッパの築城技術を応用したものと⁠されます。1862年の「寅助火事」で城が燃えたあとに築かれ、同じ形の石垣は国内では五稜郭(北海道)などごくわずかしかないと言われます。[8][3]
見られるか
一部見られる城跡の東側の園路の一部が、球磨川沿いの石垣の災害復旧工事のため2027年3月31日まで(予定)通行止め。
03
胸川に架かる大手橋(2024年11月撮影)。江戸時代に城の正面の入口(大手口)が西側に移されたとき、胸川に大手橋が架けられた。GpwitteveenCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

御館の堀と⁠石橋、大手橋

見る場所
相良神社のあたり(かつての御館)と、西側の胸川
注目する部分
御館の前の水堀と、そこに架かる石橋「御館御門橋」、城の正面入口へ渡る大手橋
ここが面白い
江戸時代の領主の館「御館」は、いまの相良神社の本殿のあたりにありました。館の前の堀に石橋ができたとき、領内の臼太鼓踊りの組が40組集まり、12日間にわたって踊って祝ったと⁠人吉市は紹介しています。殿様と⁠領民がいっしょに祝った、相良の城らしい話です。[6][2]
見られるか
未確認現地での見学範囲は未確認。本丸は2026年7月⁠の地震のあと⁠立入禁止。

訪問の目安

最寄り駅
JR人吉駅から
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
歴史館と⁠開いている城跡の範囲で1時間ほどが目安
料金
個人330円、20人以上の団体220円(1人)⁠、高校生以下無料
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
立入り
一部のみ見学できる

城跡公園は見学できるが、2026年7月28日から本丸は崩落の危険のため終日立入禁止(解除は未定)⁠。城跡東側の園路の一部は球磨川沿いの石垣工事のため2026年9月7日〜2027年3月31日(予定)通行止め。人吉城歴史館は有料。日本100名城スタンプ⁠は歴史館の建物内(正面入口の左)で、9時〜17時のみ押せる(休館日もこの時間はスタッフに声をかければ押せる)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

川と⁠山に守られた天然の要塞

人吉城は、北を球磨川、西を胸川に、東と⁠南を険しい山に囲まれた場所にあり、「難攻不落の自然の要塞」と⁠人吉市は説明しています。球磨川沿いに三の丸、その南に二の丸、丘の上に本丸が並びます。[5][8]

02
伝承

相良氏の700年

鎌倉時代、相良長頼が人吉の地頭と⁠してこの地に入り、以後、相良氏が明治維新まで人吉球磨を治めました。長頼が城の工事をしたとき三日月の模様の石が出たことから、城は「三日月城」とも呼ばれると⁠伝わります。相良氏の長い統治のなかで育った文化は、「相良700年が生んだ保守と⁠進取の文化」と⁠して日本遺産に認定されています。[5][6]

03
史実

山の上の砦から石垣の城へ

戦国時代の城の中心は、いまの本丸の南の谷をはさんだ「上原城」で、中原城・下原城などの曲輪が⁠並⁠ぶ南九州らしい形の城でした。天正年間(1570〜90年代)から改修が進み、慶長年間(1600年代)以降に石垣を備えた近世の城に造り変えられ、中心もいまの場所に移りました。正面の入口(大手口)⁠は東から西へ移され、胸川に大手橋が架けられました。[6]

04
史実

大火で焼け、石垣が残った

1862年、城下町の大半を焼いた「寅助火事」で城も焼けました。城には天守はなかったとされます。いまは石垣が残る城跡公園と⁠なり、春は桜、秋は紅葉が楽しめます。櫓や⁠塀の一部は木造で復元されています。[5][8][10]

05
史実

豪雨と⁠地震をこえて

2005年に城跡に人吉城歴史館が開館しました。2020年7月⁠の豪雨で城跡と⁠周辺は大きな被害を受け、歴史館は休館しましたが、2025年7月11日⁠に再開しています。豪雨で形が変わった球磨川沿いの石垣はいまも復旧工事中です。さらに2026年7月28日⁠の「令和8年熊本地震」で崩落の危険が生じ、本丸は当面のあいだ終日立入禁止⁠になっています。[5][1][3][2]

この城の人びと

年表

  1. 相良長頼が人吉荘の地頭になる[8]

  2. 寅助火事で城が焼ける[5]

  3. 国の史跡に指定[8]

  4. 人吉城歴史館が開館[5]

  5. 7月豪雨で城跡が被災、歴史館が休館[1][5]

  6. 人吉城歴史館が7月11日に再開[1]

  7. 令和8年熊本地震⁠で本丸が立入禁止に[2]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守は築かれず、本丸には護摩堂があったと⁠いわれる。鹿児島県のリーフレットも人吉城を「元々天守がない」城と⁠して紹介している。

城全体のいま

城跡公園と⁠して整備され、人吉城歴史館がある。石垣と、木造で復元した櫓・塀が残る。2026年7月⁠の地震以降、本丸は立入禁止。球磨川沿いでは2020年豪雨⁠の石垣復旧工事が続く。

主な建物

木造で復元

隅櫓・多聞櫓・長塀

1989年と⁠1993年に木造で復元された(Wikipediaによる)⁠。[8]

跡地のみ

御館(領主の館)

いまの相良神社本殿のあたり。前の堀に石橋「御館御門橋」が架かる。[6]

現存

地下室遺構

人吉城歴史館の中に保存されている。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
相良長頼、相良為続、相良長良日本城郭協会
築城
建久10年(1199)⁠、文明2年(1470)頃、天正17年(1589)日本城郭協会
主な城主
相良氏日本城郭協会
廃城
明治4年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・櫓・櫓台・門・堀・曲輪・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(人吉城跡)(1961年)⁠、日本遺産「相良700年が生んだ保守と⁠進取の文化」の構成文化財(2015年)編集部記事
名城選定
日本100名城 95番日本城郭協会

旅の情報

立入り

一部のみ見学できる

城跡公園は見学できるが、2026年7月28日から本丸は崩落の危険のため終日立入禁止(解除は未定)⁠。城跡東側の園路の一部は球磨川沿いの石垣工事のため2026年9月7日〜2027年3月31日(予定)通行止め。人吉城歴史館は有料。日本100名城スタンプ⁠は歴史館の建物内(正面入口の左)で、9時〜17時のみ押せる(休館日もこの時間はスタッフに声をかければ押せる)⁠。

住所

〒868-0051 熊本県人吉市麓町18-4(人吉城歴史館)[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR人吉駅未確認(鉄道の運行状況は事前に確認)

未確認

駅からバスで「五日町」まで行き、徒歩約9分(Wikipediaによる)⁠。市の案内は車での行き方のみ。[8]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

人吉城歴史館
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
火曜(祝日の場合は翌日)⁠、12月29日〜1月3日
料金
個人330円、20人以上の団体220円(1人)⁠、高校生以下無料[1]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

九州自動車道の人吉ICから約2.5km(タクシー約10分)⁠、人吉球磨スマートICから約2.6km(タクシー約5分)⁠。[1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
歴史館と⁠開いている城跡の範囲で1時間ほどが目安
階段・坂・足もと
川沿いの三の丸は平らだが、二の丸・本丸へは丘を上る(本丸はいま立入禁止)⁠。[8]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
春は桜、秋は紅葉。[5]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
本丸は令和8年熊本地震⁠の影響で2026年7月28日から立入禁止(解除未定)⁠。史跡・相良家墓地も同日から立入禁止。城跡東側の園路の一部は2027年3月31日まで(予定)通行止め。[2][9][3]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

青井阿蘇神社

806年創建と⁠伝わる人吉球磨を代表する神社。本殿・廊・幣殿・拝殿・楼門は2008年に国宝に指定され、茅葺きの社寺建築と⁠して全国で初めての国宝。[5]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守のない石垣と⁠川の城をゆっくり歩きたい人、700年続いた一つの家の歴史に興味がある人、球磨川の川下りや⁠温泉と⁠合わせて城を楽しみたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

歴史館の地下室遺構は、ほかの城では見られない人吉城だけのもの。外では、川沿いの石垣と、上の石が突き出した刎ね出し石垣を探したい。

訪ねる前に

2026年7月⁠の地震のあと⁠本丸は立入禁止で、東側の園路にも通行止めがある。歴史館は火曜休館。行く前に人吉市のお知らせで最新の状況を確かめたい。

楽しみかた

まず歴史館で相良氏と⁠城の歩みを知ってから城跡を歩くと⁠分かりやすい。球磨川の対岸や⁠川下りの船からは、川沿いに続く石垣を外から眺められる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    人吉城歴史館人吉市municipal確認日:
  2. 2
    【人吉城跡】令和8年熊本地震⁠の影響による本丸への立入禁止について人吉市municipal確認日:
  3. 3
    【人吉城跡】球磨川沿⁠い石垣災害復旧工事⁠に伴う一部通行止めについて人吉市municipal確認日:
  4. 4
    日本100名城スタンプ「人吉城」設置場所人吉市municipal確認日:
  5. 5
    人吉のおすすめ人吉市municipal確認日:
  6. 6
    人吉城跡(日本遺産構成文化財。文責人吉市文化課)日本遺産ポータルサイト(文化庁)heritage確認日:
  7. 7
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    人吉城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  9. 9
    【史跡相良家墓地】令和8年熊本地震⁠の影響による立入禁止について人吉市municipal確認日:
  10. 10
    リーフレット「天守を築かなかった城鹿児島城跡」(2026年3月。飫肥城・人吉城も「元々天守がない」城と⁠して紹介)鹿児島県観光・文化スポーツ部文化振興課official確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「人吉城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q8011484Wikidatawikidata確認日:
  14. 14
    OpenStreetMap node/1735884331© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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