Nami-jaCC BY-SA 4.0Wikimedia Commonsこの
江戸時代の最後に完成した城の門を、いまは毎朝、高校生が自転車でくぐって登校する。
見逃したくない3つ
Nami-jaCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons藩主の隠居所と五島氏庭園(心字が池)
- 見る
場所 - 二の
丸跡の 南西の端 (五島市池田町1-7) - 注目する
部分 - 「心」の
字の 形を した 池、 鬼岳の 溶岩で つくった 庭石と築山、 ソテツなど南の 植物 - ここが
面白い - 城の
完成が [4][6]近い 1858年、 藩主の 五島盛成が 隠居して 二の 丸に 屋敷と庭を つくりました。 いつ造 られたかが はっきりしていて、 屋敷と庭が いっしょに 残っている ことから、 城の 中の 庭として 珍しい 例として 国の 名勝に 指定 されています。 島の 火山の 石と南国の 植物を 使っているのも 五島 ならではです。 - 見られるか
- 一部
見られる 有料。一般 公開は春 (4〜6月)と秋 (9〜11月)の 土・ 日曜9:00〜17:00と 月曜9:00〜13:00だけ。 10人以上の 団体は 予約で 通年 (1月・ 7月・ 8月と年末年始を 除く)。
Nami-jaCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons訪問の目安
- 所要時間の
目安 編集部の目安 - 外
まわりだけなら 約30分、 資料館に 入るなら 1時間〜1時間半、 庭園の 公開日 ならさらに 30分〜1時間が 目安 - 料金
- 一般300円
(20人以上の 団体 240円)、 高校生・ 中学生・ 小学生100円 (団体80円)、 小学生未満は 無料。 山本二三美術館 との 共通観覧券500円 - 時間
- 1〜5月・
10〜12月は 9:00〜17:00 (入館16:30まで)、 6〜9月は 9:00〜18:00 (入館17:30まで) - 立入り
- 一部のみ
見学できる 城跡の
まわり (堀・ 石垣・ 門)は 自由に 見られる。 本丸跡は 県立五島高校の 敷地で、 校内の 見学に ついての 公式案内は 確認 できなかった ため、 外から 見る。 五島氏庭園は 有料で、 公開は 春・ 秋の 土日月のみ。 五島観光歴史資料館は 有料。 続日本100名城 スタンプは 五島氏庭園に あり、 庭園の 休園日は 五島観光歴史資料館で 押せる。
確認日:
この城の物語
この城の人びと
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
天守は
城全体の
本丸跡は
主な建物
蹴出門(裏門)
隠殿屋敷
本丸の二重櫓など
明治初めに
五島観光歴史資料館
1989年
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 海城海に
面し、 編集部記事海水を 堀に 引き込んだ城 - 時代
- 近世編集部記事
- 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城者
- 五島盛成日本城郭協会
- 築城
- 嘉永2年
(1849) 日本城郭協会 - 主な
城主 - 五島氏日本城郭協会
- 廃城
- 1872年
(明治5年) Wikipedia - 見られる
遺構 - 櫓・
櫓台・ 編集部記事門・ 石垣・ 堀・ 土塁・ 曲輪 - 文化財指定
- 長崎県史跡
(石田城跡) 編集部記事(1966年)、 国名勝 (石田城五島氏庭園) (1991年) - 名城選定
- 続日本100名城 187番日本城郭協会
旅の情報
立入り
一部のみ城跡の
住所
〒853-0007 長崎県五島市池田町1-2[5]
確認日: 2026-10-04開館時間・料金
- 時間
- 1〜5月・
10〜12月は 9:00〜17:00 (入館16:30まで)、 6〜9月は 9:00〜18:00 (入館17:30まで) - 休館・
休み - 12月29日〜1月3日。
くん蒸・ メンテナンス などで 臨時休館あり - 料金
- 一般300円
(20人以上の [2]団体 240円)、 高校生・ 中学生・ 小学生100円 (団体80円)、 小学生未満は 無料。 山本二三美術館 との 共通観覧券500円
- 時間
- 春
(4〜6月)と秋 (9〜11月)の 土・ 日曜9:00〜17:00、 月曜9:00〜13:00 - 休館・
休み - 上記以外の
期間・ 曜日は 一般 公開なし (10人以上の 団体は 前月20日 までの 予約で、 1月・ 7月・ 8月と12月27日〜1月8日を 除き公開) - 料金
- 大人800円、
小人400円 [6]
車・駐車場
鉄道は
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
幕末の
ここを見ると面白い
堀ばたを
訪ねる前に
本丸跡は
楽しみかた
常灯鼻や武家屋敷通りとあわせて
写真
訪問者レビュー
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異説・未確認の点
- 完成から
解体までの 年数を、 五島市の 資料館は 「築城5年後に 明治維新 となり 解体」、 長崎県と観光案内は 「築城9年に して解体」と説明している。 - 資料館の
場所を、 五島市の 資料館ページは 「二の 丸跡」、 観光案内は 「北の 丸跡」としている。 - 残る
門の うち、 写真の 門が 蹴出門か別の 門かは 確認 できなかった。 - 築城者を、
城郭協会は 五島盛成、 ほかの 資料は 完成時の 藩主・ 五島盛徳とする ことがある。 盛成は 1858年に 隠居した あとも 実権を握 っていたとされる。 - 本丸跡
(五島高校)の 校内見学の 可否、 トイレ、 バリアフリー 情報は 確認 できなかった。
出典
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掲載の状況
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