山上の曲輪に残る石垣と、まわりの山並み(2009年6月撮影)。岩村城は標高717mの城山の上にある。
takami toraoPublic domainWikimedia Commons

岐阜県 · 恵那市

岩村城

いわむらじょう

Iwamura Castle

岐阜県恵那市

城山城日本100名城 47番

この城らしさ

標高717mの山の上に、建物のない石垣だけが段になって森の中に続いている。

なぜ?

岩村城は城山の頂に築かれた山城で、明治の廃城で建物はすべて⁠取⁠り⁠壊されましたが、曲輪や⁠高い石垣、井戸がよく残っています。恵那市は、いま見られる遺構は1601年に城主と⁠なった大給松平氏が築いたものと⁠説明しています。霧が出やすい山で、別名を「霧ヶ城」と⁠いいます。[1][4][7]

見逃したくない3つ

01
山の斜面に長くのびる高い石垣(2009年6月撮影)。takami toraoPublic domainWikimedia Commons

本丸まわりの高石垣と⁠六段壁

見る場所
山頂の本丸の周辺
注目する部分
山の斜面に何段にも重ねて積まれた石垣
ここが面白い
山の上にこれだけの石垣が残る城は多くありません。地元の団体は本丸まわりの石垣を、遺跡を思わせる壮大さから「東洋のマチュピチュ」とも紹介しています。恵那市は六段壁を市の持つ土地と⁠して挙げていて、自由に見学・撮影できます。[2][4]
見られるか
外から見られる見学自由。山道を歩いて上る。
02

霧ヶ井

見る場所
八幡曲輪
注目する部分
城主専用と⁠された井戸
ここが面白い
山の上なのに城内には17か所も井戸がありました。江戸時代の地誌『巌邑府誌』には、敵が攻めてきたときに城に秘蔵した大蛇の骨をこの井戸に投げ入れると、霧がわき出て城を包んだと⁠書かれていて、「霧ヶ城」の名の由来と⁠されます。[2]
見られるか
未確認現在の見学の様子は未確認。
03
山のふもとの藩主邸跡に復元された表御門と太鼓櫓(2023年5月撮影)。となりに岩村歴史資料館がある。名古屋太郎CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

ふもとの藩主邸跡と⁠岩村歴史資料館

見る場所
城山の北西のふもと、岩村藩の藩主邸跡
注目する部分
復元された正門(表御門)⁠と⁠太鼓櫓、県の重要文化財の城絵図
ここが面白い
江戸時代の初め、松平家乗は山の上にあった城主の住まいをふもとに移しました。その跡に正門・太鼓櫓・御殿茶室が復元され、藩校知新館の正門も移されています。資料館では1718年の「岩村城絵図」など、城と⁠藩の資料を見られます。[3][5][7]
見られるか
外から見られる資料館は有料(一般300円)⁠。本丸まではここから徒歩約20分。

訪問の目安

最寄り駅
明知鉄道岩村駅から徒歩約40分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
資料館から本丸まで往復と⁠見学で2時間〜2時間半⁠が目安
料金
一般300円、65歳以上200円、高校生以下無料
時間
4〜11月 9:00〜17:00、12〜3月 9:30〜16:00
立入り
自由に見学できる

山上の城跡は見学自由。本丸・東曲輪・出丸・六段壁などは市の土地で、写真撮影に許可はいらない(ドローンは事前に市文化課へ連絡)⁠。市の土地以外は地権者による。日本100名城スタンプ⁠の場所は未確認。

確認日:

この城の物語

01
伝承

鎌倉時代から続く山の⁠城

城のはじまりは1185年、源頼朝の重臣・加藤景廉がこの地の地頭になって築いたと⁠伝わります。その子孫の遠山氏が戦国時代まで城主でした。城山は高さの差が180mあるけわしい地形で、それをうまく使って守りを固めていました。[2][5]

02
伝承

織田と⁠武田のあいだで揺れた「女城主」

戦国時代、岩村城は織田氏と⁠武田氏の勢力の境目にありました。城主の遠山景任が亡くなると、織田信長のおばにあたる夫人が信長の子・御坊丸を養子にして城を守ったと⁠伝わります。武田方の秋山信友(虎繁)⁠に攻められた夫人は、信友と⁠結婚することを条件に城を明け渡しました。1575年、信長の子・信忠が城を取り戻し、夫人と⁠信友は処刑されたと⁠いわれます。[2][5]

03
史実

いまの石垣は江戸時代の松平氏のもの

織田方の城になったあと、河尻秀隆や⁠森氏の城代・各務元正らが城を造り変えました。1601年に大給松平氏の松平家乗が城主と⁠なって岩村藩ができ、恵那市はいま見られる遺構はこの大給松平氏の築城によるものと⁠しています。家乗は城主の住まいを山の上からふもとに移し、城下町を整えました。[4][5]

04
史実

建物は消え、石垣と⁠井戸が残った

岩村城は江戸時代を通じて藩の城と⁠して使われ、明治の廃城令で建物が取り壊されて石垣だけになりました。1881年には残っていた藩主邸も焼けました。城門の一部は町の寺の山門などと⁠して移されて残っています。[5]

05
史実

県の史跡と⁠して守られる

城跡は岐阜県の史跡になっています。ふもとの藩主邸跡には正門や⁠太鼓櫓が復元され、岩村歴史資料館⁠が建ちました。2006年には日本100名城⁠に選ばれ、恵那市は2008〜2012年度⁠に発掘調査と⁠城下町の調査を行い、報告書にまとめています。[1][3][7][5]

この城の人びと

年表

  1. 加藤景廉が築いたと⁠伝わる[2][6]

  2. 年は資料により異なる

    武田方の秋山信友に城を明け渡す[2][5]

  3. 織田信忠が城を取り戻す[2][5]

  4. 松平家乗が城主と⁠なり岩村藩ができる[4][5]

  5. 廃城で建物が取り壊される[5]

  6. 日本100名城⁠に選ばれる[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

城郭協会の表記は「−」。本丸に天守はなく、二重櫓などがあったとされる。

城全体のいま

山上は建物のない城跡で、曲輪・高石垣・井戸が残る。ふもとの藩主邸跡に岩村歴史資料館⁠と復元された正門・太鼓櫓などがある。城跡には市の土地と⁠それ以外の土地がある。

主な建物

現存しない

山上の櫓・門など

明治の廃城で取り壊された。一部の門は町の寺に移されて残る。[5]

再建(復興)

藩主邸跡の正門(表御門)⁠・太鼓櫓

藩主邸跡に復元整備された(補助資料によれば1990年に木造で復元)⁠。[3][5]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
加藤景廉(伝)⁠、遠山氏、河尻秀隆、各務兵庫、松平家乗日本城郭協会
築城
文治元年(1185)⁠、永正年間(1504~21)⁠、天正3年~慶長年間(1575~1615)日本城郭協会
主な城主
遠山氏、秋山氏、河尻氏、団氏、各務氏(城代)⁠、田丸氏、松平氏、丹羽氏日本城郭協会
廃城
1871年(明治4年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・曲輪・井戸・門・虎口編集部記事
文化財指定
岐阜県史跡(岩村城跡)編集部記事
名城選定
日本100名城 47番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

山上の城跡は見学自由。本丸・東曲輪・出丸・六段壁などは市の土地で、写真撮影に許可はいらない(ドローンは事前に市文化課へ連絡)⁠。市の土地以外は地権者による。日本100名城スタンプ⁠の場所は未確認。

住所

岐阜県恵那市岩村町(城山)[5]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

明知鉄道岩村駅明知鉄道(JR中央本線恵那駅⁠で乗り換え)

徒歩約40分 · 急⁠な登り

駅から岩村歴史資料館まで徒歩約20分、そこから本丸まで山道を徒歩約20分。[3]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

岩村歴史資料館
時間
4〜11月 9:00〜17:00、12〜3月 9:30〜16:00
休館・休み
月曜(祝日の場合は翌日と⁠翌々日)⁠、祝日の翌日、12月28日〜1月4日。ゴールデンウィーク⁠後⁠は年により変わる
料金
一般300円、65歳以上200円、高校生以下無料[3]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

中央自動車道恵那ICから国道257号で約20分(岩村歴史資料館まで。駐車場あり、大型バス可)⁠。[3]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
資料館から本丸まで往復と⁠見学で2時間〜2時間半⁠が目安
階段・坂・足もと
本丸は標高717mの山頂。ふもとから山道を約20分上る。[3][4]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
地元団体「城下町ホットいわむら」が英語の案内PDFを出している。現地の英語案内は未確認。[2]
季節の楽しみ
雨の前後には霧に包まれることがある。[2]
撮影のルール
市の土地(本丸・東曲輪・出丸・六段壁など)⁠は公開目的でも撮影の許可申請はいらない。ドローンは事前に日時を市文化課へ連絡。市の土地以外は地権者による。[4]
工事・休館・立入制限
岩村歴史資料館⁠は2026年9月24日〜28日⁠に展示替えのため休館した(終了)⁠。現在のお知らせは市のページで確認を。[3]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

山を歩くのが苦にならない人、建物がなくても石垣の迫力を味わいたい人、戦国の「女城主」の話に興味がある人に向く。

ここを見ると⁠面白い

山の上の本丸まわりで、段になって重なる石垣を見たい。ふもとの資料館では江戸時代の城絵図を見ておくと、山上で石垣の配置を想像しやすい。

訪ねる前に

本丸までは山道を約20分上る。山上に建物はない。資料館は月曜と⁠祝日の翌日が休み。霧が出やすいので足元に注意。

楽しみかた

城下町の本通りを歩き、資料館で予習してから山へ上ると、町・藩主の住まい・山上の城がひとつながりで分かる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    恵那市の城館跡(県史跡岩村城跡)恵那市教育委員会文化課municipal確認日:
  2. 2
    岩村城跡城下町ホットいわむらtourism確認日:
  3. 3
    岩村歴史資料館恵那市教育委員会文化課municipal確認日:
  4. 4
    指定文化財の保存と⁠活用恵那市教育委員会文化課municipal確認日:
  5. 5
    岩村城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  6. 6
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    史跡(岩村城跡・歴史資料館ほか⁠)城下町ホットいわむらtourism確認日:
  8. 8
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    Wikipedia「岩村城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  10. 10
    Wikidata Q1196356Wikidatawikidata確認日:
  11. 11
    OpenStreetMap node/1948821501© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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