紅葉に包まれた唐澤山神社の参道。唐沢山城の本丸を中心とする山頂一帯は、秋の紅葉の名所でもある。
SanosightseeingCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

栃木県 · 佐野市

唐沢山城

からさわじょう

Karasawa Castle

栃木県佐野市

城山城続日本100名城 116番

この城らしさ

藤原秀郷をまつる神社が建つ山頂の本丸を、関東の山城では珍しい高さ8mを超える石垣が囲む。

なぜ?

関東の戦国の城は土を盛って堀を掘る「土の城」が中心でした。唐沢山城は、豊臣秀吉の家臣の子が城主になったのをきっかけに、本丸のまわりを西日本の進んだ技術で積んだ高石垣で固めました。山の中には、それより前の時代の堀や⁠土塁も残っていて、土の城から石垣の城への移り変わりを1か所で見られます。[1][2][6]

見逃したくない3つ

01

本丸と⁠南城の高石垣

見る場所
山頂の本丸(唐澤山神社)⁠のまわりと、その南の南城
注目する部分
高さ8mを超える石垣と、平たい大きな石を立てて並べた積み方
ここが面白い
安土桃山時代(織豊期)⁠に積まれた石垣で、国は「関東では数少ない織豊期の高石垣」と⁠説明しています。1592年に秀吉の家臣・富田氏の⁠子(佐野信吉)⁠が城主の養子になったのをきっかけに整えられたと⁠考えられています。市の調査では、平たい巨石を立てて積む「鏡積み」の内部のつくりも⁠確かめられました。[1][2][4][5]
見られるか
外から見られる遊歩道から見られる。崩れる危険のある場所があるため、遊歩道からはずれないこと。
02

本丸西側の虎口(出入口)⁠と⁠積み直した石垣

見る場所
本丸の西側。神社から二の丸へ下りる階段の北側
注目する部分
城門の礎石が残る虎口(こぐち:出入口)と、2022〜2023年⁠に積み直された石垣
ここが面白い
崩れるおそれがあったため、市は2020年に石垣をいったん解体して調べました。石垣に上る階段状の「雁木(がんぎ)⁠」⁠が見つかり、石垣の上に櫓門のような建物があった可能性も出てきました。積み直しには地元の小学生がメッセージを書いた石も、石垣の裏の詰め石と⁠して使われています。[4][5][3]
見られるか
外から見られる外から見られる。工事や⁠調査の際は立入りが制限されることがある。
03

天狗岩からの関東平野の眺め

見る場所
本丸の西、大手口の近くにある天狗岩。南城からも遠くを見渡せる
注目する部分
足もとに広がる関東平野と、条件がよい日に見える遠くの山や⁠街
ここが面白い
空気が澄んで天気がよければ、筑波山、富士山、東京スカイツリー、日光の男体山まで見えると⁠市は案内しています。広い平野を見下ろせるこの眺めこそ、交通の要所をおさえた山城の強みでした。[7][8][6]
見られるか
外から見られる遠くの山などが見えるかは天気と⁠空気の澄み具合しだい。

訪問の目安

最寄り駅
東武佐野線田沼駅から徒歩約45分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
山頂駐車場から本丸と⁠高石垣、天狗岩を回るなら1時間ほど。田沼駅から歩いて登るなら往復で2時間半〜3時間⁠が目安
立入り
自由に見学できる

城跡は自由に見学できる(山頂は唐澤山神社の境内)⁠。山の中には危険な場所があり、貴重な植物もあるため、参道や⁠遊歩道からはずれないよう⁠市⁠が呼びかけている。石垣の工事や⁠調査をしている場所には立ち入らないこと。

確認日:

この城の物語

01
史実

交通の要所を見下ろす標高242mの⁠山

唐沢山城は、佐野の市街地の北にある標高242mの唐沢山の山頂を本丸とし、まわりの尾根に曲輪(くるわ:城の区画)⁠を並べた山城です。ふもとの根小屋地区との高さの差は約180m。佐野は交通の要所で、山頂からは関東平野を広く見渡せました。[1][2][3]

02
史実

佐野氏の城。秀郷の築城は伝承

城を築いたのは、藤原秀郷の子孫を名乗る佐野氏と⁠考えられています。秀郷が942年に築いたと⁠いう伝承もありますが、その時代の資料や跡は⁠見つかっていません。記録に初めて出てくるのは1471年で、僧が書いた『松陰私語』に「佐野城」の名が見えます。発掘から推定される築城の時期とも合っています。[1][2]

03
史実

北条と⁠上杉が奪い合った境目の⁠城

唐沢山城は、小田原の北条氏と⁠越後の上杉氏がぶつかる境目にありました。上杉謙信が佐野氏を従えていた時期には、謙信の家臣が城に置かれたこともあります。1585年ごろには北条氏忠が城に入り、佐野氏を名乗りました。1590年の小田原合戦のとき、秀吉と⁠親しかった天徳寺宝衍(佐野房綱)⁠が城を取り戻しました。[1][2]

04
研究上の解釈

秀吉方の技術で石垣の城へ

1592年、秀吉の家臣・富田知信の子の信種が宝衍の養子(佐野信吉)⁠になりました。これをきっかけに、本丸を中心に高石垣を積むなど、秀吉方の城づくりで整えられたと⁠考えられています。[1][2]

05
史実

山を下りて廃城に。遺構は山全体に残る

秀吉の死後の慶長年間、信吉は本城をいまの佐野市街地にある佐野城へ移し、唐沢山城は廃城になりました。その後は建物は⁠残っていませんが、山頂の高石垣、山腹の曲輪や⁠堀切、ふもとの根小屋(領主や⁠家臣の屋敷跡)まで、城の跡が山全体に残っています。山頂の本丸跡には唐澤山神社が建っています。[1][2][6]

06
史実

国史跡になり、石垣の修理が進む

2014年に国の史跡に指定されました。指定された範囲は約194ヘクタール⁠に⁠のぼります。石垣は築かれて400年以上たって傷みが進んでいるため、佐野市は本丸西虎口の石垣を積み直し、2029年度までにすべての石垣の状態を記録する調査を進めています。[1][2][5][9]

この城の人びと

年表

  1. 『松陰私語』に「佐野城」と⁠して初めて記録される[1]

  2. 小田原合戦のとき天徳寺宝衍が城を取り戻す[1][2]

  3. 富田信種(佐野信吉)⁠が養子に入り、石垣の城へ整備が進む[1]

  4. 慶長年間(1596〜1615年)⁠のこと

    本城を佐野城へ移し、廃城と⁠なる[1]

  5. 国の史跡に指定される[1]

  6. 続日本100名城(114番)⁠に選ばれる[10]

  7. 本丸西虎口北側⁠の石垣の積み直しが終わる[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

城郭協会の一覧では天守は「−」。天守があったことを示す公式の説明は⁠見つからなかった。

城全体のいま

唐沢山県立自然公園の中にあり、山頂の本丸跡には唐澤山神社が建つ。山頂近くまで車道があり、駐車場・トイレがある。建物は残っていない。

主な建物

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
佐野氏日本城郭協会
築城
15世紀後半日本城郭協会
主な城主
佐野氏日本城郭協会
廃城
慶長7年(1602年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・虎口・土塁・竪堀・堀切・井戸・堀・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(唐沢山城跡)(2014年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 116番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は自由に見学できる(山頂は唐澤山神社の境内)⁠。山の中には危険な場所があり、貴重な植物もあるため、参道や⁠遊歩道からはずれないよう⁠市⁠が呼びかけている。石垣の工事や⁠調査をしている場所には立ち入らないこと。

住所

栃木県佐野市富士町1409(唐澤山神社)[6]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

東武佐野線田沼駅東武佐野線

徒歩約45分 · 急⁠な登り

市のパンフレットでは本丸まで徒歩45分(2.7km)⁠。栃本町を通って栃本公園(駐車場・トイレあり)⁠へ行き、そこから山道を本丸まで約25分登る。時間は40代の女性が実際に歩いて測ったもので、休憩は含まない。タクシーなら約7分。[3][6]

確認日: 2026-10-03
東武佐野線吉水駅東武佐野線

徒歩約60分 · 急⁠な登り

市のパンフレットでは本丸まで徒歩60分(3.5km)⁠。南のふもとから山道を登る。[3]

確認日: 2026-10-03

車・駐車場

北関東自動車道の佐野田沼ICから山頂駐車場まで約10分(4.3km)⁠。佐野サービスエリア⁠のスマートICからは約13分(7.0km)⁠。山頂の唐澤山神社に駐車場と⁠トイレがある。[3][8]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
山頂駐車場から本丸と⁠高石垣、天狗岩を回るなら1時間ほど。田沼駅から歩いて登るなら往復で2時間半〜3時間⁠が目安
階段・坂・足もと
山頂の本丸は標高242m、ふもととの高さの差は約180m。ふもとから登る道は山道。山頂部も石段や⁠坂があり、遊歩道の外は危険な場所がある。[1][3]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
山頂の唐澤山神社にトイレがある。ふもとの栃本公園・梅林公園などにもトイレがある(市のパンフレットの地図による)⁠。[8][3]
英語案内・音声ガイド
市のパンフレットは一部英語で書かれている(城の紹介文など)⁠。現地の英語表示は未確認。[3]
季節の楽しみ
春は桜、秋は紅葉が本丸のまわりで楽しめる。ふもとの梅林公園は早春に梅祭りでにぎわう。[7][3]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
佐野市は石垣の状態調査(石垣カルテ作成)⁠を2029年度まで続ける予定。工事や⁠調査の場所には立ち入らないこと。[9][4]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

田沼駅から歩いて本丸へ(45分) 45分

  1. 東武佐野線の田沼駅を出て、栃本町を通り栃本公園へ(駐車場・トイレあり)
  2. 栃本公園から山道を登る(本丸まで約25分)
  3. 山頂の本丸(唐澤山神社)⁠に着いたら、高石垣と⁠本丸西側の虎口、天狗岩を回る

45分は市のパンフレットにある片道の時間(2.7km)で、40代の女性が実際に歩いて測ったもの。休憩や⁠山頂での見学時間は含まない。

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣の城と⁠土の城の両方を見たい人、関東平野を見渡す山歩きを楽しみたい人に向く。車なら山頂近くまで行けるので、山登りが苦手でも主な見どころは見られる。

ここを見ると⁠面白い

まずは本丸と⁠南城の高石垣。関東の戦国の城ではあまり見られない、高く積み上げた石の壁に注目したい。そのうえで山腹の堀切や⁠土塁を見ると、石垣の前の時代の「土の城」の姿も分かる。

訪ねる前に

城の建物は残っておらず、山頂は神社の境内になっている。ふもとから歩くなら山道を登るので、歩きやすい靴で。石垣は古く崩れやすい場所もあるので、遊歩道からはずれないこと。

楽しみかた

天気のよい日を選び、天狗岩から関東平野を見渡したい。春の桜や⁠秋の紅葉の季節もおすすめ。市の地形起伏図入⁠りパンフレット⁠を手に、尾根に並ぶ曲輪や⁠堀切を探しながら歩くと、山全体が城だったことが実感できる。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    国指定文化財等データベース唐沢山城跡文化庁heritage確認日:
  2. 2
    唐沢山城跡について佐野市教育委員会municipal確認日:
  3. 3
    史跡唐沢山城跡パンフレット(外側・内側)佐野市教育委員会municipal確認日:
  4. 4
    唐沢山城跡本丸虎口⁠の石垣解体に伴う発掘調査について佐野市文化財課municipal確認日:
  5. 5
    令和4年度唐沢山城跡保存整備事業⁠の状況佐野市文化財課municipal確認日:
  6. 6
    唐沢山城跡佐野市観光協会tourism確認日:
  7. 7
    唐沢山城跡Q&A(答え1・答え3)佐野市municipal確認日:
  8. 8
    四季を彩る文化財唐沢山城跡栃木県(と⁠ちぎの文化財)heritage確認日:
  9. 9
    令和5年度唐沢山城跡保存整備事業⁠の状況佐野市文化財課municipal確認日:
  10. 10
    続日本100名城一覧(114 唐沢山城)公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「唐沢山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q11418602Wikidatawikidata確認日:
  14. 14
    OpenStreetMap node/2501554801© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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