この
大宰府の南の守りとして665年に築かれた古代の山城。基山の谷をふさぐ石塁には、同じ石垣に4つも水の通り道が開いている。
見逃したくない3つ
基山山頂からのながめ
- 見る
場所 - 基山の
頂上 (標高約405m) - 注目する
部分 - 南の
有明海や雲仙方面、 東の 耳納連山まで 広がる 景色と、 山頂の 台地を 囲む 空堀 - ここが
面白い - 大宰府の
南を [4]見張るのに ふさわしい 場所だと実感できます。 山頂の 台地は、 中世に 基肄城が 「木山城」として 再び 使われた ときの 中心部と推定 されています。 南の 端の 巨石 「タマタマ石」は、 ふもとの 荒穂神社が かつて ここに あった ころの 磐座 (神が 宿る 岩)と伝わります。 - 見られるか
- 外から
見られる 山頂まで歩いて 登る。
訪問の目安
- 最寄り駅
- JR基山駅から
徒歩約50分 - 登り
- 急な
登り - 所要時間の
目安 編集部の目安 - 駐車場から
水門・ 大礎石群・ 山頂を めぐるなら 2〜3時間が 目安 - 立入り
- 自由に
見学できる 山の
中の 史跡で、 山道を 歩いて 見て回る。 ふもとの 関屋 土塁は 主要部が 消えて 会社の 敷地内に 標柱が あるだけで、 見学には 向かない。
確認日:
この城の物語
この城の人びと
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
7世紀の
城全体の
基山の
主な建物
基本データ
- 種類
- 古代山城7世紀ごろ、
大陸からの 侵攻に 備えて 西日本に 築かれた 山の城 - 地形に
よる 分類 - 山城山の
上に 編集部記事築いた城。 登りが ある - 時代
- 古代・
中世 編集部記事 - 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城者
- ヤマト政権日本城郭協会
- 築城
- 天智天皇4年
(665) 日本城郭協会 - 主な
城主 - 不明日本城郭協会
- 見られる
遺構 - 土塁・
石垣・ 編集部記事門・堀 - 文化財指定
- 国特別史跡
(基肄 編集部記事(椽) 城跡) (1954年) - 名城選定
- 続日本100名城 184番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に山の
住所
佐賀県三養基郡基山町大字小倉
最寄り駅と行き方
徒歩約50分 · 急な
駅から
車・駐車場
宮浦ICから
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
古代史や大宰府に
ここを見ると面白い
まずは
訪ねる前に
本格的な
楽しみかた
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異説・未確認の点
- 城壁の
長さは、 基山町は 約4km (別の ページでは 約3.9km)、 国の 追加指定の 解説は 約4.3kmとしている。 基山の 標高も 約405mと404.5mの 表記が ある。 - 「日本最古の
本格的な 山城」 「我が 国最初の 本格的な 朝鮮式山城」は 基山町の 説明に よる。 同じ 665年に 大野城も 築かれている。 - 「朝鮮式山城」
「神籠石系山城」と いう 分け方は、 近年は 学史上の 用語として 扱われる ことが 多い (Wikipediaに よる)。 - 交通・
駐車場・ 山道の 所要時間は Wikipediaに よる もので、 公式の 案内は 確認 できなかった。 トイレ、 スタンプの 場所、 通行止めなどの 情報も 確認 できなかった。
出典
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掲載の状況
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発見 確認済み - 城郭・
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