内堀ごしに見る本丸の石垣と天守。天守は1954年に再建された3層の天守
663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons

大阪府 · 岸和田市

岸和田城

きしわだじょう

Kishiwada Castle

大阪府岸和田市

城平城続日本100名城 159番

この城らしさ

天守の最上階から見下ろすと、本丸に敷かれた石の「陣形」が、空から見るための庭だったと⁠分かる。

なぜ?

本丸の八陣の庭は、1953年に作庭家の重森三玲がつくった枯山水の庭です。翌年に建つことが決まっていた天守の上や、飛行機からながめることも考えて設計され、中国の諸葛孔明の「八陣法」をテーマに9組の石組みを並べています。伝統的な日本庭園にはなかった発想で、国の名勝に指定されています。[3][1]

見逃したくない3つ

01
天守の上から見下ろした八陣の庭。1953年に重森三玲がつくった枯山水の庭で、国の名勝Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

八陣の⁠庭(国の名勝)

見る場所
本丸、天守の前の⁠庭
注目する部分
中央の「大将」の石組みと、それを守るように置かれた天・地・風・雲・竜・虎・鳥・蛇の8つの陣の石組み。庭の外形の折れ曲がった⁠線
ここが面白い
庭の平面は中世の城の縄張り図を参考にしていて、上・中・下の3段に分かれています。石組みはどの方向からも見られるように置かれ、天守の最上階からは庭の全体を見下ろせます。重森三玲は、八陣法は攻めるためではなく外敵から守る陣形だと⁠して、平和への願いをこめたと⁠書いています。石は主に和歌山県の沖ノ島の緑色の石です。[3]
見られるか
外から見られる地上から見られる。上から見るには天守(有料)⁠に入る。
02
八陣の庭の石組みの向こうに立つ天守と小天守Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

天守と⁠阿吽の⁠鯱

見る場所
本丸の天守。屋根の上の両端
注目する部分
3層の天守と⁠2層の小天守の組み合わせ、屋根の上の口を開けた鯱と⁠閉じた⁠鯱
ここが面白い
いまの天守は1954年に図書館と⁠して使うために建てられたもので、昔の絵図では5層の天守だったことが分かっています。屋根の鯱は、寺の仁王や⁠神社の狛犬と⁠同じように、口を開けた「阿形」(南側・高さ約1.7m)⁠と閉じた「吽形」(北側・約1.6m)⁠の一対です。[1][2]
見られるか
外から見られる外から見られる。中は有料。
03
内堀に囲まれた本丸。堀と石垣は江戸時代の城の姿を今に伝えるSaigen JiroCC0Wikimedia Commons

本丸の石垣と⁠内堀

見る場所
本丸のまわり。内堀の外側の道から
注目する部分
水をたたえた内堀と、その上に立ち上がる本丸の石垣
ここが面白い
明治維新のころ、藩は櫓や⁠門などを自ら壊したため、江戸時代より前からの構造物で残っているのは堀と⁠石垣だけです。本丸と⁠二の丸を重ねた形が、はた織りの道具「ちきり」に似ていることから「ちきり城」とも呼ばれます。[1][2]
見られるか
外から見られる外から自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
南海岸和田駅から徒歩約10分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠庭、堀のまわりで1時間〜1時間半⁠が目安
料金
大人300円、中学生以下無料。25人以上の団体は3割引。岸和田だんじり会館・きしわだ自然資料館との3館共通券は大人700円
時間
9:00〜17:00(入場は16:30まで)⁠。⁠お⁠城まつり期間⁠の指定日は20:30まで
立入り
自由に見学できる

城のまわりと⁠本丸の庭は見学できる。天守の中は有料。続日本100名城⁠のスタンプは天守にあり、臨時休場の日は二の丸広場観光交流センター⁠で押せる。

確認日:

この城の物語

01
史実

海に面した丘の⁠城

岸和田城は海岸の段丘の上にあり、北西は大阪湾に面していました。戦国時代、城は今の二の丸の場所にあり、海に突き出た小高い丘で、近くまで潮が⁠入っていたと⁠市⁠は紹介しています。[4][2]

02
伝承

「岸の和田」から始まったと⁠いう伝え

1334年、楠木正成の一族の和田氏が、当時「岸」と⁠呼ばれていたこの地に城を築き、「岸の和田氏」と⁠呼ばれたことが「岸和田」の地名のおこりになったと⁠いわれます。ただし、これは言い伝えで、正確な築城の時期は⁠分かっていません。[1][2][4]

03
史実

秀吉の命で本格的な城に

1585年、羽柴(豊臣)秀吉は紀州の根来寺を攻め落としたあと、叔父の小出秀政を城主にしました。秀政が城を整え、天守もこのときに築かれました。そのあと⁠城主は小出家、松平(松井)家とかわりました。[1]

04
伝承

紀州藩のお目付け役

1640年に岡部宣勝が入り、そのあと⁠明治維新まで岡部家13代が岸和田藩を治めました。宣勝が岸和田に置かれたのは、紀州藩の徳川頼宣をおさえるためだったと⁠いわれます。江戸城で頼宣にそのことを聞かれた宣勝が、「せいぜい足の裏についた飯粒くらいのこと」と⁠答えたと⁠いう話が伝わっています。[1][2]

05
史実

落雷で天守を失い、堀と⁠石垣が残った

天守は1827年に落雷で焼け、そのあと⁠再建されませんでした。明治維新のころには、櫓や⁠門などの城の建物を藩が自ら壊したため、江戸時代より前からの構造物で残っているのは堀と⁠石垣だけです。[1][4]

06
史実

庭と⁠天守が戻った昭和の⁠城

1953年に八陣の庭がつくられ、1954年11月⁠に3層3階の天守が完成しました。もとは中を図書館にするための建物でした。いまは城の資料を展示する観光施設で、2014年には八陣の庭が国の名勝になり、2017年には続日本100名城⁠に選ばれています。市は2029年の再建75周年に向けて、展示のリニューアルを進めています。[1][2][3][5]

この城の人びと

年表

  1. 小出秀政が城主と⁠なり、城を整え天守を築く[1]

  2. 岡部宣勝が入り、以後岡部家13代が治める[1]

  3. 落雷で天守が焼ける[1]

  4. 重森三玲が八陣の庭をつくる[3]

  5. 3層3階の天守が完成[1][2]

  6. 八陣の庭が国の名勝に指定[3]

  7. 続日本100名城⁠に選ばれる[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

戦後の再建(復興)

1954年に建てた3層3階の天守(2層の小天守つき)⁠。もとの天守は5層だったことが絵図で確認されており、形は同じではない。大阪府のページは「模擬天守閣」と書いている。

城全体のいま

本丸に再建天守と⁠八陣の庭があり、二の丸は公園と⁠観光交流センター⁠になっている。堀と⁠石垣が残り、まわりは市街地。

主な建物

再建(復興)

天守・小天守

1954年完成。高さは石垣の上から鯱を含めて約22m。中は展示施設。[1][2]

確認中

多聞櫓・隅櫓

ギャラリーや⁠イベントに使われている。建てられた年は未確認。[1]

現存しない

江戸時代の天守

5層。1827年に落雷で焼失。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
戦後の再建(復興)昭和以降に建て直した天守。形や⁠位置が当時と⁠違う場合がある編集部記事
築城
不明日本城郭協会
主な城主
小出氏、松平氏、岡部氏日本城郭協会
廃城
明治4年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・櫓・櫓台・門・天守台・曲輪編集部記事
文化財指定
大阪府指定史跡(岸和田城跡)(1943年)⁠、国の名勝(岸和田城庭園〈八陣⁠の庭〉)(2014年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 159番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城のまわりと⁠本丸の庭は見学できる。天守の中は有料。続日本100名城⁠のスタンプは天守にあり、臨時休場の日は二の丸広場観光交流センター⁠で押せる。

住所

〒596-0073 大阪府岸和田市岸城町9番1号[1]

確認日: 2026-10-04

最寄り駅と⁠行き方

南海岸和田駅南海本線

徒歩約10分 · 未確認

駅から南西へ歩く(大阪府の案内)⁠。[4]

確認日: 2026-10-04

開館時間・料金

岸和田城(天守)
時間
9:00〜17:00(入場は16:30まで)⁠。⁠お⁠城まつり期間⁠の指定日は20:30まで
休館・休み
年末年始(12月29日〜1月3日)⁠、展示替えの期間。2025年4月から月曜も開場
料金
大人300円、中学生以下無料。25人以上の団体は3割引。岸和田だんじり会館・きしわだ自然資料館との3館共通券は大人700円[1]
確認日: 2026-10-04

車・駐車場

未確認

確認日: 2026-10-04
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-04
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠庭、堀のまわりで1時間〜1時間半⁠が目安
階段・坂・足もと
未確認
車椅子・ベビーカー
障害者手帳の提示で本人と⁠介助者の入場料が免除される。館内のエレベーターなどは未確認。[1]確認日: 2026-10-04
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
市のページは自動翻訳のみ。館内の英語表示は未確認。[1]
季節の楽しみ
啓発キャンペーンなどにあわせて天守をさまざまな色でライトアップしている(2026年10月〜12月⁠の予定は市のページに掲載)⁠。[1]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年10月5日(月)⁠は施設定期点検、12月21日(月)⁠は停電検査のため臨時休場。1階の駕籠の体験展示は一時休止中(写真撮影は可)⁠。[1]確認日: 2026-10-04

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

庭園や⁠デザインが好きな人、天守に⁠のぼって景色を楽しみたい人、駅から歩いて気軽に城を見たい人に向く。だんじり祭の町を歩くついでにも寄れる。

ここを見ると⁠面白い

いちばんの見どころは八陣の庭。まず地上で石組みの間を歩き、それから天守の最上階に上って真上から見下ろすと、庭の形の意味がよく分かる。外に出たら内堀ごしに石垣を眺め、江戸時代から残るものが堀と⁠石垣だけであることを確かめたい。

訪ねる前に

いまの天守は1954年の再建で、もとの5層の天守とは形が違う。天守は臨時休場の日があり(2026年は10月5日・12月21日)⁠、展示替えでも休むので、行く前に市のページを確認すると⁠安心。

楽しみかた

屋根の両端の鯱を見比べて、口を開けた阿形と⁠閉じた吽形を探してみたい。岸和田だんじり会館なども回るなら、3館共通券が使える。

訪問者レビュー

レビュー募集中

この城を訪ねた方の声を募集しています。

レビューを書く
評価

体験に基づかない投稿・宣伝・個人情報を含む投稿は公開しません。

異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    岸和田城岸和田市municipal確認日:
  2. 2
    岸和田城いまむかし岸和田市municipal確認日:
  3. 3
    岸和田城庭園(八陣の庭)⁠が国の名勝に指定されました岸和田市municipal確認日:
  4. 4
    府内の史跡公園等の紹介【大阪府指定史跡岸和田城跡】大阪府教育庁文化財保護課heritage確認日:
  5. 5
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  6. 6
    岸和田城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  7. 7
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    Wikipedia「岸和田城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  9. 9
    Wikidata Q2969493Wikidatawikidata確認日:
  10. 10
    OpenStreetMap way/573872905© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

現地の変化や⁠誤り、使ってよい写真をご存じでしたらお知らせください。

情報の訂正・写真の提供