Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commonsこの
城へ向かうのに坂を上らず、町から下っていく「穴城」。
見逃したくない3つ
Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons
shikabane taroCC BY 3.0Wikimedia Commons
さか訪問の目安
- 最寄り駅
- 小諸駅から
徒歩約3分 - 登り
- 未確認
- 所要時間の
目安 編集部の目安 - 園内を
ひと回 りするなら 1時間ほど、 資料館や記念館にも 入るなら 2時間ほど。 大手門までは 駅を はさんで 歩いて 数分 - 料金
- 散策券高校生以上
300円・ 小中学生100円。 共通券 (散策・ 動物園・ 徴古館・ 藤村記念館・ 小山敬三美術館・ 小諸義塾記念館) 高校生以上 500円・ 小中学生200円 (20名以上の 団体は 400円・ 150円)。 未就学児は 保護者同伴で 無料 - 時間
- 公園 9:00〜17:00。
徴古館・ 藤村記念館・ 小山敬三美術館は 4〜11月 9:00〜17:00、 12〜3月 9:00〜16:30 (最終入館16:00) - 立入り
- 自由に
見学できる 三之門から
内側の 懐古園は 有料 (散策券または 共通券)。 大手門は 懐古園の 外に あり、 門は 終日開いている。 酔月料金所 からは 階段が ある ため車いすで 入れない。
確認日:
この城の物語
武田信玄が形をつくった
もとは
この城の人びと
家臣に
武田信玄
Takeda Shingen
1521–1573
甲斐
城を
仙石秀久
Sengoku Hidehisa
1552–1614
豊臣秀吉に
城主
青山氏
Aoyama clan
城主
徳川氏
Tokugawa clan
城主
松平氏
Matsudaira clan
城主
石川氏
Ishikawa clan
城主
酒井氏
Sakai clan
城主
武田氏
Takeda clan
城主
仙石氏
Sengoku clan
年表
建物と遺構
天守の
天守は失われた
仙石秀久の
城全体の
三之門から
主な建物
大手門
1612年の
三之門
1742年の
天守
黒門
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 平山城平地の
中の 編集部記事丘に 築いた城 - 時代
- 中世・
近世 編集部記事 - 天守の
状態 - 天守は
失われた 天守はあったが、 編集部記事今は 残っていない (天守台などが 残る 場合が ある) - 築城者
- 武田信玄、
仙石秀久 日本城郭協会 - 築城
- 天文23年
(1554)、 日本城郭協会慶長末期 (1614~15) - 主な
城主 - 武田氏、
仙石氏、 日本城郭協会徳川氏、 松平 (久松) 氏、 青山氏、 酒井氏、 西尾氏、 石川氏、 牧野氏 - 廃城
- 1873年
(明治6年) Wikipedia - 見られる
遺構 - 門・
天守台・ 編集部記事石垣・ 堀・ 曲輪 - 文化財指定
- 国重要文化財
(大手門・ 編集部記事三之門) (1993年)、 小諸市名勝 (小諸城址懐古園) (2019年) - 名城選定
- 日本100名城 26番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に三之門から
住所
〒384-0804 長野県小諸市丁311
最寄り駅と行き方
開館時間・料金
- 時間
- 公園 9:00〜17:00。
徴古館・ 藤村記念館・ 小山敬三美術館は 4〜11月 9:00〜17:00、 12〜3月 9:00〜16:30 (最終入館16:00) - 休館・
休み - 11月30日
までは 無休。 12月〜3月第2週は 水曜休園。 12月29日〜1月3日 - 料金
- 散策券高校生以上
300円・ [2]小中学生100円。 共通券 (散策・ 動物園・ 徴古館・ 藤村記念館・ 小山敬三美術館・ 小諸義塾記念館) 高校生以上 500円・ 小中学生200円 (20名以上の 団体は 400円・ 150円)。 未就学児は 保護者同伴で 無料
- 時間
- 10:00〜15:00
(公開日のみ) - 休館・
休み - 2026年度の
公開日は 10月が 土日祝と26〜30日、 11月が 1〜15日と21〜23日 など (こもろ観光局の 案内で 確認) - 料金
- 無料[8]
車・駐車場
上信越
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
地形を
ここを見ると面白い
三之門を
訪ねる前に
懐古園は
楽しみかた
園内には
写真
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異説・未確認の点
- 「穴城は
日本で ここだけ」は、 こもろ観光局の 「日本で 唯一といわれる」という 説明に よる。 - 山本勘助が
縄張りを したという 話は、 小諸市の 説明に あるが 伝承の 性格が 強い。 勘助の 鏡石も 「伝 えられている」と される。 - 金箔瓦の
3重の 天守が あった ことは 「といわれる」段階。 焼失年は 観光局が 「寛永の 初め頃」、 Wikipediaが 1626年としている。 - 三之門を
建てたのを 仙石忠政とする 市の 説明と、 現在の 門が 1765〜66年 ごろの 再建である ことは 両立する (最初の 門を 忠政が 建て、 流された あと建て 直された)。 - 駅から
懐古園までの 道の 段差、 館内の 撮影ルール、 英語の 案内は 確認 できなかった。 こもろ観光局の ページの 料金 (中学生以下 200円など)は 市の 利用案内と表現が 違う ため、 市の 案内に 合わせた。
出典
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掲載の状況
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城跡として 確認済み確認 - 基本情報を
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