上空から見た小机城跡(2020年4月撮影)。中央の森が城跡で、右手を第三京浜道路が走る。城の西の端は道路の建設で削られた。
Hovering CatCC0Wikimedia Commons

神奈川県 · 横浜市港北区

小机城

こづくえじょう

Kozukue Castle

神奈川県横浜市港北区

城平山城続日本100名城 122番

この城らしさ

竹林の中に深い空堀が残る戦国の城のすぐ脇を、第三京浜道路の車が走り抜けていく。

なぜ?

小机城は、石垣を使わず、土を掘って盛った堀と⁠土塁で守った中世の城です。1963年に第三京浜道路を造ったとき、城の範囲の一部が⁠見つかりましたが、十分な調査はされないまま⁠西⁠の端が削られました。それでも残った部分には、大きな空堀や⁠土塁がほぼ元の形のまま残っています。[7][1]

見逃したくない3つ

01
東郭(いまの二の丸広場)の北側をめぐる空堀(2022年3月撮影)。竹林の中に深い堀がそのまま残る。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

曲輪をぐるりと⁠囲む巨大な空堀

見る場所
東郭(二の丸広場)から西郭(本丸広場)までの間。散策路から見下ろせる
注目する部分
堀の深さと、堀の両側に盛られた土塁⁠(「二重土塁」⁠)
ここが面白い
空堀は東郭から西郭まで大きく囲むように残っています。堀の両側に土塁をめぐらせるのは、小田原の北条氏の城づくりの特徴と⁠されます。市の発掘調査では、北側の空堀の面がなめらかに整えられ、上の方で約35度、下の方で約49度の急な傾きだったことが分かりました。[2][7]
見られるか
外から見られる小机城址市民の森と⁠して自由に歩ける。堀の中は柵で仕切られた場所が多い。
02
西郭(いまの本丸広場)(2022年3月撮影)。小机城址まつりの出陣式の会場にもなる。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

本丸はどっち? 西郭と東郭

見る場所
本丸広場(西郭)⁠と⁠二の丸広場(東郭)
注目する部分
ふたつの広い平らな広場と、そのあいだをつなぐ曲輪(くるわ)⁠の位置
ここが面白い
いまは西郭を本丸、東郭を二の丸と⁠呼んでいますが、どちらが本丸だったかははっきりしません。東郭が初めの本丸で、北条氏が武蔵国(いまの東京・埼玉・神奈川の一部)⁠へ進むなかで、東から西へ大きく造り変えたと⁠考えられています。[2]
見られるか
外から見られるどちらの広場も自由に入れる。
03

櫓台から城全体を見張る

見る場所
東郭と⁠西郭をつなぐ高い場所(城跡マップの「櫓台」⁠)
注目する部分
まわりより一段高い土の台と、そこからの見通し
ここが面白い
城でいちばん高いこの場所には、遠くを見張る物見櫓(ものみやぐら)⁠があったのではないかと⁠考えられています。城全体を見渡しながら、南から攻め込んできた敵を横から攻撃する守りの役目もあったと⁠説明されています。[2]
見られるか
外から見られる散策路沿いで見られる。建物は残っていない。

訪問の目安

最寄り駅
JR小机駅から徒歩約15分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
駅からの往復を入れて1時間半ほどが目安
料金
無料(受付を済ませてから見学)
時間
月〜土 9:00〜21:00、日・祝 9:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

小机城址市民の森と⁠して自由に歩ける。駐車場はないので公共交通で行く。続日本100名城⁠のスタンプは小机駅近くの城郷小机地区センター1階⁠にあり、開館時間のみ押せる(2020年発行⁠のガイドマップによる)⁠。⁠同センター2階には横浜市歴史博物館⁠が作ったミニ展示「戦国の城・小机城の歴史」がある。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

鶴見川に突き出た丘の⁠上

小机城は、鶴見川に突き出た丘の上に築かれた城です。背後の神奈川湊(いまの神奈川区)と、鶴見川、鎌倉へ向かう鎌倉街道が交わる交通の大事な場所で、横浜市北部一帯をおさえる拠点でした。15世紀半ばごろ(室町時代)までには築かれていたと⁠考えられていますが、くわしい築城年代は⁠分かっていません。[1][7]

02
史実

太田道灌に攻め落と⁠される

1478年、関東で起きた長尾景春の乱のなかで、景春側の武将が立てこもった「小机要害」を太田道灌が攻めたことが記録に残っています。小机城はこのとき道灌に攻め落と⁠されたとされます。[7][1]

03
史実

北条氏の重要な拠点に

戦国時代には、関東に勢力を広げた小田原の北条氏の大事な軍事拠点と⁠なり、城も造り変えられたようです。北条氏の重臣・笠原信為(越前守)⁠が城代(城をあずかる家臣)⁠と⁠なり、そのあとは北条氏の一族が城主をつとめました。[1]

04
史実

戦わずに役目を終え、堀と⁠土塁が残った

1590年の豊臣秀吉の小田原攻めでは、小机城で戦いがあった記録はありません。徳川家康が関東に入ったあとに廃城と⁠なりました。建物は⁠残っていませんが、大きな空堀や⁠土塁、本丸・二の丸などの主な遺構は、ほぼ元の形のまま残っています。[1]

05
史実

道路に削られ、いま⁠調⁠べ⁠直されている

1963年の第三京浜道路の建設で城の範囲の一部が⁠見つかりましたが、高度経済成長のころで十分な調査はされませんでした。1977年に城跡は「小机城址市民の森」になり、市民が歩ける森と⁠して⁠守られてきました。横浜市教育委員会は、よりよく守り生かす方法を考える第一歩と⁠して、2021年度から発掘調査を行っています。[7][8][6]

この城の人びと

年表

  1. 推定

    このころまでに築かれたと⁠考えられる[1]

  2. 長尾景春の乱で太田道灌が「小机要害」を攻める[7][1]

  3. 家康の関東入りの⁠後

    北条氏が滅び、のちに廃城と⁠なる[1]

  4. 第三京浜道路の建設で城の一部が見つかる[7]

  5. 「小机城址市民の森」になる[8]

  6. 横浜市教育委員会⁠が発掘調査を始める[7][6]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

土の堀と⁠土塁で守った中世の城で、天守はもともとない。

城全体のいま

城跡は横浜市の「小机城址市民の森」(約4.6ha)⁠として整備され、竹林の中を散策できる。西の端は第三京浜道路で削られている。

主な建物

跡地のみ

櫓(櫓台・櫓跡)

物見櫓や⁠武器庫があったと⁠いわれる場所。建物は残っていない。[2]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城
15世紀以前(推定)日本城郭協会
主な城主
笠原氏(城代)⁠、北条氏日本城郭協会
廃城
1478年(文明10年)⁠、1590年(天正18年)Wikipedia
見られる遺構
堀切・堀・土塁・虎口・櫓・櫓台・曲輪編集部記事
名城選定
続日本100名城 122番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

小机城址市民の森と⁠して自由に歩ける。駐車場はないので公共交通で行く。続日本100名城⁠のスタンプは小机駅近くの城郷小机地区センター1階⁠にあり、開館時間のみ押せる(2020年発行⁠のガイドマップによる)⁠。⁠同センター2階には横浜市歴史博物館⁠が作ったミニ展示「戦国の城・小机城の歴史」がある。

住所

神奈川県横浜市港北区小机町(小机城址市民の森)[8][7]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR小机駅JR横浜線(各駅停車のみ⁠)

徒歩約15分 · 少⁠し登る

駅から線路沿いに西へ進み、JR横浜線を渡って市民の森の入口へ。城跡の中は丘の上り下りがある。[5][1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

城郷小机地区センター(スタンプ・ミニ展示)
時間
月〜土 9:00〜21:00、日・祝 9:00〜17:00
休館・休み
毎月第4月曜日(祝日の場合は翌日)⁠、年末年始(12月28日〜1月4日)
料金
無料(受付を済ませてから見学)[1][11]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

城跡に駐車場はない。公共交通で来るよう案内されている。[1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
駅からの往復を入れて1時間半ほどが目安
階段・坂・足もと
丘の上の森で、土の道と⁠坂、堀に沿った起伏がある。[2]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
英語の案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
毎年春に「小机城址まつり」が開かれ、武者行列が町を歩き、本丸広場で出陣式が行われる(2026年は4月12日、雨天中止)⁠。[4][3]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
横浜市教育委員会⁠が城跡の発掘調査を続けている。調査中は一部に立ち入れない場合がある(未確認)⁠。[6][9]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣のない「土の城」を見てみたい人、都会のすぐそばで戦国の城の形を感じたい人に向く。新横浜や⁠日産スタジアムからも近く、ほかの用事の前後に寄りやすい。

ここを見ると⁠面白い

いちばんの見どころは空堀。堀の底と⁠土塁の上の高さの差を見ると、攻めてきた敵が上からどれだけ狙われたかが想像できる。上空写真で見ると、城のすぐ横を第三京浜が通っていて、城の西の端が道路で削られたことも分かる。

訪ねる前に

建物や⁠石垣は残っていない、森の中の城跡。土の道で滑りやすいところもあるので歩きやすい靴で。駐車場はない。

楽しみかた

先に城郷小机地区センター⁠のミニ展示でジオラマを見て城の形を頭に入れておくと、森の中で堀や⁠曲輪の位置が分かりやすい。港北観光協会のガイドマップを手に、根古谷(城主の館があった麓)から本丸広場まで順に歩きたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    小机城址ガイドマップ(表面)(令和2年2月発行)港北区役所・港北観光協会municipal確認日:
  2. 2
    小机城址ガイドマップ(裏面・城跡マップ)(令和2年2月発行)港北区役所・港北観光協会municipal確認日:
  3. 3
    小机城址まつりの紹介港北観光協会tourism確認日:
  4. 4
    小机城址まつり横浜市港北区municipal確認日:
  5. 5
    公共交通港北観光協会tourism確認日:
  6. 6
    文化財・埋蔵文化財(小机城跡の発掘調査)横浜市教育委員会municipal確認日:
  7. 7
    小机城を明らかに―令和5年度小机城跡発掘調査成果報告会―横浜市教育委員会report確認日:
  8. 8
    市民の森指定一覧横浜市municipal確認日:
  9. 9
    令和3年度・4年度に実施した小机城跡埋蔵文化財調査⁠の成果報告会を開催します横浜市教育委員会municipal確認日:
  10. 10
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    城郷小机地区センター一般財団法人こうほく区民施設協会other確認日:
  12. 12
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    Wikipedia「小机城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  14. 14
    Wikidata Q2969498Wikidatawikidata確認日:
  15. 15
    OpenStreetMap node/2422538226© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
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近くの⁠城

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