内堀に木橋がかかる太鼓門(2010年9月撮影)。奥が高さ11.8mの櫓門、手前が橋詰門。2004年に復元された。
baku13CC BY-SA 2.1 jpWikimedia Commons

長野県 · 長野市

松代城

まつしろじょう

Matsushiro Castle

長野県長野市

城平城日本100名城 24番

この城らしさ

武田信玄が川中島の戦いの最前線に築いた城に、のちに真田家が250年住んだ。

なぜ?

松代城は、武田信玄と⁠上杉謙信が争った川中島の戦いのとき、武田方の拠点と⁠して築かれた「海津城」が始まりと⁠されます。その後、城主が何度も代わったあと、1622年に真田信之が上田から移ってきて、明治まで約250年間、⁠真田家10代の居城になりました。戦国の最前線の城が、江戸時代には真田家の城下町の中心になったのです。[1][2][4]

見逃したくない3つ

01
内堀に木橋がかかる太鼓門(2010年9月撮影)。奥が高さ11.8mの櫓門、手前が橋詰門。2004年に復元された。baku13CC BY-SA 2.1 jpWikimedia Commons

2004年に復元された太鼓門と⁠木橋

見る場所
本丸の南側の正面
注目する部分
高さ11.8mの櫓門、手前の高麗門(橋詰門)と、内堀にかかる木橋
ここが面白い
本丸にあった3つの櫓門のなかで最も大きな門です。藩士に登城の時刻を知らせたり、急ぎの連絡をしたりする太鼓が置かれていたことから、この名があります。長野市が江戸時代の絵図や⁠発掘をもとに、1717年の大火のあとに建て直された姿から廃城までの姿を基本に復元しました。[1][3]
見られるか
外から見られる入場無料。4〜10月は9:00〜17:00、11〜3月は9:00〜16:30。
02
本丸北西の戌亥隅櫓台と石碑(2006年4月撮影)。本丸でいちばん高い櫓台。ELKCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

天守台だったかもしれない戌亥隅櫓台

見る場所
本丸の北西のすみ
注目する部分
本丸で最も高い櫓台の石垣と、そこからの川中島平(善光寺平)⁠の眺め
ここが面白い
絵図には2階建ての櫓が描かれていて、川中島平を広く見渡せたと⁠考えられています。天守台と⁠して築かれた可能性もありますが、高い天守があったことを裏付ける発掘の成果や⁠古文書は⁠見つかっていません。石垣は地元の柴石や⁠皆神山の石を自然の形のまま積む「野面積み」です。[1][3]
見られるか
一部見られる保存工事のため、一部に入れない区域がある(真田宝物館の案内)⁠。
03
真田邸(新御殿)の正面玄関(2013年7月撮影)。真田家の六文銭の紋が入った幕がかかる。QurrenCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

城の外に建てられた御殿・真田邸

見る場所
松代城跡の南、文武学校の東どなり
注目する部分
式台のある正面玄関と⁠家老も使った小玄関、山を借景にした座って眺める庭、土蔵
ここが面白い
1862年に参勤交代がゆるめられ、大名の妻子が国元に⁠帰れるようになったため、9代藩主・真田幸教が義母の住まいと⁠して建てた「新御殿」です。江戸末期の御殿建築の様式をよく伝え、松代城と⁠一体のものとして国の史跡になっています。城の御殿が残る例は少なく、貴重です。[5][6][7]
見られるか
外から見られる有料(料金は公式の表で確認)⁠。4〜10月9:00〜17:00、11〜3月9:00〜16:30。

訪問の目安

最寄り駅
長野駅(バス利用)から徒歩約5分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
本丸だけなら40分ほど。真田邸・真田宝物館もあわせて2時間半〜3時間⁠が目安
料金
無料
時間
4〜10月 9:00〜17:00(入場16:30まで⁠)⁠、11〜3月 9:00〜16:30(入場16:00まで⁠)
立入り
自由に見学できる

松代城跡(本丸)⁠は入場無料で、開場時間内に見学できる。年末年始(12月29日〜1月3日)⁠は本丸に入れない。戌亥隅櫓の付近は保存工事のため一部立入禁止。公園を独占して使う催しや⁠営業目的の撮影には事前の許可が必要。

確認日:

この城の物語

01
史実

千曲川を外堀にした天然の要塞

松代城は、千曲川の流れを外堀にした天然の要塞でした。北に千曲川、東と⁠南に大きな堀があり、本丸と⁠二の丸は川沿いの自然の堤防の上に、外堀はその後ろの湿地を掘って築かれました。自然の地形をうまく使った平城です。[1][4]

02
伝承

川中島の戦いの武田方の拠点「海津城」

1553〜1564年⁠の川中島の戦いのとき、武田信玄が上杉謙信に備えて築いた「海津城」が始まりと⁠され、1560年ごろに完成したと⁠伝わります。文化庁の解説では、1556年ごろに工事を始め、1561年の激しい戦いのころには完成していたらしいとしています。最初の海津城は砦のような簡単なつくりだったと⁠考えられています。[2][4][7]

03
史実

城主が次々に代わり、1622年に真田家へ

武田氏が滅ぶと、城は織田・上杉の支配を経て、関ヶ原の戦いの後は森忠政、松平忠輝らが城主になり、名前も「待城」「松城」と⁠変わりました。1622年、⁠真田信之が上田から⁠移ってきてからは、約250年のあいだ真田家の居城と⁠なり、3代藩主幸道のときの1711年、幕府の命令で「松代城」と⁠改められました。[2][4]

04
史実

洪水と⁠火事に悩まされた⁠城

千曲川はたびたび洪水を起こし、とくに1742年の「戌の満水」の被害は大きなものでした。城内では1625年、1717年、1853年などに火事も起き、1717年の大火では本丸・二の丸・三の丸が焼けています。水につかりやすい本丸にかわり、江戸時代の中ごろからは本丸の南西の花の丸御殿が、藩主の政治と⁠暮らしの場になりました。[2]

05
史実

廃城後は桑畑に。真田家が本丸を守る

1872年に廃城になると、土地と⁠建物は払い下げられ、石垣はくずされ、堀は埋められて、ほとんどが桑畑や⁠麦畑になりました。荒れた姿を心配した真田家は1886年に本丸の跡地を買い取って松代町に寄付し、本丸跡は遊園地と⁠して開放されました。城の建物で残るのは、城の外にあった新御殿(真田邸)などわずかです。[2][4]

06
史実

国史跡と⁠「平成の大普請」

1981年、本丸を中心と⁠する城の一部が新御殿とともに国の史跡になり、2015年には二の丸の南東部や⁠三日月堀・丸馬出しなどが追加されました。長野市は1995〜2004年度⁠に整備を行い、太鼓門・北不明門の復元、石垣の修復、土塁や⁠堀の整備をして、江戸時代終わりごろの城の姿をよみがえらせました。本丸の御殿は平面表示をせず、見つかった礎石は土を盛って守っています。[2][3][4][7]

この城の人びと

年表

  1. ごろ・伝承

    武田信玄の海津城が完成したと⁠伝わる[2][4]

  2. 真田信之が上田から移り、⁠真田家の居城になる[2][8]

  3. 幕府の命で「松代城」と⁠改名[4]

  4. 大火で本丸・二の丸・三の丸が焼ける[2][3]

  5. 廃城。土地・建物が払い下げられる[2]

  6. 新御殿とともに国の史跡に指定[2][7]

  7. 太鼓門・北不明門・木橋・石垣・土塁・堀の復元整備が完了[1][3]

建物と⁠遺構

天守の状態

確認中

城郭協会の一覧は「天守台のみ残る」と⁠している。長野市は、戌亥隅櫓台が天守台と⁠して築かれた可能性はあるが、高い天守があった証拠は発掘でも古文書でも⁠見つかっていないと説明している。

城全体のいま

本丸を中心に史跡公園と⁠して整備され、太鼓門・北不明門・木橋などが復元されている。入場無料。二の丸・三の丸・花の丸は市街地や⁠旧鉄道用地などで失われた部分が多い。南には新御殿(真田邸)⁠や⁠真田宝物館がある。

主な建物

木造で復元

太鼓門(櫓門・橋詰門)

2004年復元。⁠高さ11.8mの櫓門と⁠高麗門・続塀。[3][1]

木造で復元

北不明門

本丸北側の裏門。2004年に櫓門と⁠高麗門・続塀を復元。18世紀前半までは千曲川の河原に面し「水ノ手御門」とも呼ばれた。[3][1]

跡地のみ

戌亥隅櫓台

本丸で最も高い櫓台。保存工事のため一部立入制限あり。[1][4]

現存国史跡(松代城跡附新御殿跡)

新御殿(真田邸)

城の外に建てられた幕末の御殿。主屋・表門・土蔵・庭園が残る。[5][7]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
確認中天守の有無・状態は確認中編集部記事
築城者
武田信玄日本城郭協会
築城
永禄3年(1560)⁠頃日本城郭協会
主な城主
武田氏、織田氏、上杉氏、田丸氏、森市、松平氏、酒井氏、⁠真田氏日本城郭協会
廃城
1873年(明治6年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・堀・門・曲輪・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(松代城跡附新御殿跡)(1981年)編集部記事
名城選定
日本100名城 24番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

松代城跡(本丸)⁠は入場無料で、開場時間内に見学できる。年末年始(12月29日〜1月3日)⁠は本丸に入れない。戌亥隅櫓の付近は保存工事のため一部立入禁止。公園を独占して使う催しや⁠営業目的の撮影には事前の許可が必要。

住所

長野県長野市松代町松代44[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

長野駅(バス利用)JR北陸新幹線・信越本線ほか

徒歩約5分 · 登りなし

長野駅善光寺口3番乗⁠り場からアルピコ交通の松代行き(30番)⁠で約30分、「松代駅」で降りて徒歩約5分⁠(「松代駅」はバス停の名前)⁠。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

松代城跡(本丸)
時間
4〜10月 9:00〜17:00(入場16:30まで⁠)⁠、11〜3月 9:00〜16:30(入場16:00まで⁠)
休館・休み
12月29日〜1月3日
料金
無料[1]
確認日: 2026-10-03
真田邸(新御殿)
時間
4〜10月 9:00〜17:00(入場16:30まで⁠)⁠、11〜3月 9:00〜16:30(入場16:00まで⁠)
休館・休み
未確認
料金
有料(金額は真田宝物館サイト⁠の料金表で確認。今回は読み取れず未確認)[5][10]
確認日: 2026-10-03
真田宝物館
時間
10月まで 9:00〜17:00(入館16:30まで⁠)⁠、12月から 9:00〜16:30(入館16:00まで⁠)
休館・休み
毎週火曜(祝日の場合は開館)
料金
有料(金額は未確認)[6][11]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

長野ICから約10分。城跡そばの駐車場は大型バス7台・乗用車23台程度、松代城北駐車場(城跡の北、徒歩5分)⁠は大型バス10台・乗用車60台程度(料金は未確認)⁠。身障者用駐車場⁠は市営駐車場2台、⁠真田宝物館前1台、松代城北駐車場2台。[1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
4〜10月 9:00〜17:00、11〜3月 9:00〜16:30(本丸)[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
本丸だけなら40分ほど。真田邸・真田宝物館もあわせて2時間半〜3時間⁠が目安
階段・坂・足もと
平城なので大きな坂はない。本丸の入口にスロープあり。[1]
車椅子・ベビーカー
本丸内の入口にスロープ、多目的トイレ、身障者用駐車場(市営駐車場2台・真田宝物館前1台・松代城北駐車場2台)⁠がある。[1]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
多目的トイレあり。[1]
英語案内・音声ガイド
真田宝物館の公式サイトに英語・中国語・韓国語・タイ語のページがある。現地の英語表示は未確認。[1]
季節の楽しみ
桜の名所と⁠して知られ、4月中旬ごろが見ごろ。[1]
撮影のルール
営業目的の撮影など、公園を独占して使う場合は事前に許可が必要(申請から許可まで約1週間)⁠。[12]
工事・休館・立入制限
戌亥隅櫓の付近は保存工事のため一部立入禁止。真田宝物館では特別展「松代城花の丸ー真田家の御殿ー」を2026年12月14日まで開催中(後期9月16日〜)⁠。[1][11]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

真田宝物館

真田家12代当主から1966年に譲られた武具・調度品・書状など約5万点を収蔵する博物館。真田昌幸の具足や⁠武田信玄・豊臣秀吉・徳川家康らの書状などがあり、年4回展示替えをする。火曜休館。[6]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

武田信玄・上杉謙信の川中島の戦いや⁠真田家が好きな人に向く。入場無料で平らな城なので、気軽に歩ける。真田邸や⁠真田宝物館と⁠あわせると、城と⁠城下町の暮らしまで見られる。

ここを見ると⁠面白い

まず太鼓門を木橋から正面に見て、櫓門の大きさを感じる。本丸に入ったら野面積みの石垣と、天守台だったかもしれない戌亥隅櫓台へ。帰りは北不明門から千曲川の方向をながめて、川が堀だった時代を想像したい。

訪ねる前に

門や⁠木橋は2004年に復元されたもので、江戸時代から残る城の建物はない(城外の真田邸は幕末の建物)⁠。戌亥隅櫓の付近は保存工事で一部入れない。年末年始は本丸に入れない。

楽しみかた

4月中旬の桜の季節が特に人気。真田宝物館の特別展「松代城花の丸」(2026年12月14日まで⁠)⁠を見てから歩くと、失われた御殿の姿を⁠思⁠い⁠浮かべやすい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    松代城跡真田宝物館(長野市)official確認日:
  2. 2
    松代城の歴史長野市(文化財課)municipal確認日:
  3. 3
    松代城跡第1期整備長野市(文化財課)municipal確認日:
  4. 4
    松代城跡太鼓門(長野市文化財データベース)長野市municipal確認日:
  5. 5
    真田邸真田宝物館(長野市)official確認日:
  6. 6
    真田宝物館真田宝物館(長野市)official確認日:
  7. 7
    松代城跡附新御殿跡文化遺産オンライン(文化庁)heritage確認日:
  8. 8
    真田家とは真田宝物館(長野市)official確認日:
  9. 9
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    入館料について真田宝物館(長野市)official確認日:
  11. 11
    特別展「松代城花の丸ー真田家の御殿ー」真田宝物館(長野市)official確認日:
  12. 12
    松代城跡(公園)利用許可について真田宝物館(長野市)official確認日:
  13. 13
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  14. 14
    Wikipedia「松代城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  15. 15
    Wikidata Q11104236Wikidatawikidata確認日:
  16. 16
    OpenStreetMap node/5217915021© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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