紅葉の中の石垣と園路(2017年11月撮影)。盛岡城の石垣はすべて城の周辺でとれた花崗岩で積まれている。
663highlandCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

岩手県 · 盛岡市

盛岡城

もりおかじょう

Morioka Castle

岩手県盛岡市

城平山城日本100名城 6番

この城らしさ

建物はほとんど⁠残っていないのに、石垣だけで約90年分の城づくりの歴史が読める。自然石を積んだ慶長の石垣から、四角く整えた石の貞享の石垣まで、同じ城の中に並んでいる。

なぜ?

盛岡城の石垣はすべて城の周辺でとれた花崗岩で積まれ、築いた時期によって積み方がちがいます。本丸東側には築城当初の自然石の野面積、腰曲輪には矢穴の残る割石、二の丸西側には「貞享三年(1686)⁠」⁠の銘をもつ、四角く加工した石の高い石垣があります。市は「東北随一の美しい石垣」と⁠紹介しています。[1][3][2]

見逃したくない3つ

01
紅葉の中の石垣と園路(2017年11月撮影)。盛岡城の石垣はすべて城の周辺でとれた花崗岩で積まれている。663highlandCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

時代ごとに積み方がちがう石垣

見る場所
本丸東側(野面積)⁠、腰曲輪(割石の乱積)⁠、二の丸西側(布積)⁠、三の丸北側
注目する部分
自然石をそのまま積んだ部分、割った石に残るくさびの⁠穴(矢穴)⁠、四角い石が横一列にそろい、角が美しく反り上がる部分
ここが面白い
本丸東側の野面積は慶長年間(1596〜1614年)の、城でいちばん古い石垣と⁠考えられています。腰曲輪は1615〜1620年代、二の丸西側は北上川の流れを付け替えたあと⁠1686年に積まれ、三の丸北側には1705年の銘があります。歩きながら石垣の「年代」を見比べられるのが、この城の面白さです。[1][3]
見られるか
外から見られる公園の中から自由に見られる。一部は修理工事中の場合がある。
02

渡雲橋(廊下橋跡)と、その下に残る古い石垣

見る場所
本丸と⁠二の丸のあいだ。廊下橋のあった場所に架かる渡雲橋
注目する部分
橋の上から見た本丸と⁠二の丸の高い石垣、橋の下に見える古い時代の石垣
ここが面白い
江戸時代には本丸と⁠二の丸が屋根付きの廊下橋で⁠結ばれていました。いまの渡雲橋はその跡に架かる橋で、市はこの橋の下を、築城当初に近い古い石垣が見られる場所の一つとして挙げています。[1][3]
見られるか
外から見られる公園の中から自由に見られる。
03
鶴ヶ池(2024年4月撮影)。盛岡城の内堀の跡で、中津川から水を引いている。石巻敎祖CC BY 4.0Wikimedia Commons

内堀の名残、鶴ヶ池と⁠亀ヶ池

見る場所
公園の北側、桜山神社の鳥居をはさんで東が鶴ヶ池、西が亀ヶ池
注目する部分
中津川から水を引く池の水面と、5月の鶴ヶ池の藤棚、7月に池を囲むアジサイ
ここが面白い
二つの池は盛岡城の内堀の跡です。石垣の多い本丸側とちがい、水をたたえた堀の姿をいまに伝えています。[1]
見られるか
外から見られる公園の中から自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
JR盛岡駅(東口)から徒歩約20分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
公園の石垣めぐりで1時間ほど。歴史文化館を足すなら2時間が目安
料金
一般450円、高校生300円、小・中学生150円(20人以上の団体は360円・240円・120円)
時間
4〜10月 9:00〜19:00(受付18:30まで⁠)⁠、11〜3月 9:00〜18:00(受付17:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

盛岡城跡公園は無料で歩ける。城の建物の内部見学はない。城の歴史はとなりのもりおか歴史文化館(有料)⁠で展示している。

確認日:

この城の物語

01
史実

二つの川の合流点の丘へ

南部氏はもと⁠糠部(いまの青森県三戸郡・八戸市周辺)⁠を地盤とした一族です。1590年に南部信直が豊臣秀吉から南部七郡の領有を認められ、翌1591年、秀吉の重臣・浅野長政の助言で、居城を三戸から不来方へ移すと⁠決めました。選ばれたのは北上川と⁠中津川の合流点に突き出した丘で、家臣の福士氏の不来方城があった場所でした。[2][1]

02
伝承

36年がかりの築城

1597年、信直は嫡子の利直を総奉行にして工事の鍬入れを行ったと⁠伝えられ、翌1598年の正式な許可のあと⁠工事が本格化しました。北上川や⁠中津川の洪水に何度もみまわれながら工事は続き、ほぼ完成した1633年に3代藩主の重直が入城しました。以後、明治まで盛岡南部氏の居城と⁠なりました。[1][2]

03
史実

石垣の内曲輪と、堀で囲んだ城下

丘の上に本丸・二の丸・三の丸・淡路丸などの曲輪を置いて大きな石垣で固め、これを「御城内」(内曲輪)⁠と⁠しました。その北側は土地を平らにして堀と⁠土塁で囲み、一族や⁠重臣の屋敷を置く外曲輪に。さらに中津川の対岸までを堀と⁠土塁で囲んで、武士や⁠町人の住む遠曲輪(総構)⁠と⁠しました。1609〜1612年には中津川に橋が架けられ、城下町づくりが進みました。[1][2]

04
史実

土の城から石の城へ

石垣の解体と⁠発掘調査で、城の移り変わりが⁠分かってきました。戦国時代の不来方城は空堀と⁠土塁の「土の城」でした。最初の盛岡城では本丸と⁠二の丸の一部だけが石垣で、ほかは土手と⁠木の柵でした。次の段階で腰曲輪も石垣になり、本丸の石垣も⁠積⁠み⁠直されましたが、まもなく本丸の三重櫓などが落雷で焼けます。1674年から再建が始まり、1686年にかけて二の丸西側に高い石垣が積まれ、主な櫓には赤い瓦がふかれるようになりました。[4]

05
史実

建物は消え、石垣が残った

1868年、戊辰戦争で盛岡藩は降伏し、城は新政府のものになりました。1872年に陸軍省の所管と⁠なり、1874年には城内の建物や⁠樹木が入札で払い下げられて⁠取⁠り⁠壊されました。1890年に南部家が払い下げを受け、1906年、近代公園の先駆者・長岡安平の設計で「岩手公園」と⁠して開かれました。1934年には市が敷地の大部分を南部家から買い取っています。[1][2]

06
史実

続く石垣の修理

城跡は1937年に国の史跡になりました。石垣は地震や雨、木の根の影響で傷みが進んだため、市は1984年から調査とともに解体修理を続けています。石垣の総面積約1万6千㎡のうち、傷んだ約5千㎡が対象です。2006年には開園100年を記念して「盛岡城跡公園」の愛称がつけられました。[1][2]

この城の人びと

年表

  1. 南部信直が利直を総奉行と⁠して築城を始めたと⁠伝わる[1][2]

  2. ほぼ完成し、3代藩主・南部重直が入城[1]

  3. 二の丸西側の高い石垣が完成(銘あり)[3][4]

  4. 城内の建物が払い⁠下げられ⁠取⁠り⁠壊される[1][2]

  5. 岩手公園と⁠して開園[1][2]

  6. 国の史跡に指定[2][5]

  7. 石垣の解体修理と⁠発掘調査が始まる[1][2]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

本丸には三重櫓があったが、明治に建物はほとんど取り壊された。日本城郭協会は「天守台のみ残る」と⁠している。

城全体のいま

盛岡城跡公園(岩手公園)⁠として市街地の真ん中に公開。城の建物はほとんど残らず、石垣と⁠堀の⁠跡(鶴ヶ池・亀ヶ池)⁠が残る。公園のとなりに、もりおか歴史文化館⁠がある。

主な建物

現存しない

本丸の三重櫓など

江戸時代前期に落雷で焼け、1674年から再建。1874年に城内の建物とともに取り壊された。[4][1]

現存

石垣

総面積約1万6千㎡。慶長年間から1705年ごろまでの積み方が見られる。1984年から傷んだ部分を解体修理中。[1][3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
南部信直・利直・重直日本城郭協会
築城
慶長2~3年(1597~98)日本城郭協会
主な城主
南部氏日本城郭協会
廃城
1871年Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・堀・門・曲輪・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(盛岡城跡)(1937年)編集部記事
名城選定
日本100名城 6番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

盛岡城跡公園は無料で歩ける。城の建物の内部見学はない。城の歴史はとなりのもりおか歴史文化館(有料)⁠で展示している。

住所

岩手県盛岡市内丸1番37号(盛岡城跡公園)[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR盛岡駅(東口)東北・秋田新幹線、JR東北本線ほか

徒歩約20分 · 未確認

開運橋から大通りを⁠通って、もりおか歴史文化館まで徒歩約20分。バスなら盛岡中心市街地循環バス「でんでんむし」(左回り)か、盛岡バスセンター⁠行きで約10分、「県庁・市役所前」から徒歩約4分。[7]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

もりおか歴史文化館
時間
4〜10月 9:00〜19:00(受付18:30まで⁠)⁠、11〜3月 9:00〜18:00(受付17:30まで⁠)
休館・休み
毎月第3火曜日(祝・休日の場合は翌日)⁠、12月31日〜1月1日
料金
一般450円、高校生300円、小・中学生150円(20人以上の団体は360円・240円・120円)[8][7]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

もりおか歴史文化館⁠に一般車の駐車場はない。となりの盛岡城跡公園地下駐車場など近くの有料駐車場を使う。[7]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
公園の石垣めぐりで1時間ほど。歴史文化館を足すなら2時間が目安
階段・坂・足もと
城は丘の上にあり、本丸・二の丸は高い石垣の上にある。園内は上り下りがある。[1]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
梅(約100本)⁠が4月上旬まで、そのあと桜。5月は鶴ヶ池の藤棚、7月は池のまわりのアジサイ。秋は紅葉と⁠石垣の取り合わせがよい。[1]
撮影のルール
もりおか歴史文化館⁠の館内は基本的に撮影できる(フラッシュ・三脚・自撮り棒・動画は禁止。企画展示室は展示によって撮影禁止の場合あり)⁠。[8]
工事・休館・立入制限
特になし(2026年10月3日時点⁠で確認できた範囲)⁠。石垣の修理工事は1984年から続いており、一部の区域で工事が行われている場合がある。[1]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

もりおか歴史文化館

盛岡城跡公園のとなりにある歴史の展示施設。「盛岡城御城大絵図」など盛岡城の絵図を所蔵している。[7][2][4]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣を見るのが好きな人、城の移り変わりを「積み方」で読み解きたい人に向く。駅から歩ける町なかの公園で、散歩がてら⁠寄れる。

ここを見ると⁠面白い

本丸東側の自然石の石垣と、二の丸西側の四角い石の石垣を見比べるのが一番の楽しみ。腰曲輪の石に残る矢穴も探したい。そのあと⁠鶴ヶ池・亀ヶ池で、水をたたえた内堀の名残を見る。

訪ねる前に

城の建物はほぼ残っておらず、見どころは石垣と⁠地形。城のかつての⁠姿は、となりのもりおか歴史文化館⁠で確かめると⁠よい(第3火曜休館)⁠。

楽しみかた

先に歴史文化館で城の展示を見てから公園を歩くと、どこにどんな建物があったかを重ねて想像できる。春の梅と⁠桜、秋の紅葉の時期は石垣とのコントラストがきれい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    盛岡城跡公園(岩手公園)盛岡市municipal確認日:
  2. 2
    盛岡城跡盛岡城⁠の歴史盛岡市municipal確認日:
  3. 3
    盛岡城跡石垣の⁠美盛岡市municipal確認日:
  4. 4
    盛岡城跡城の変遷盛岡市municipal確認日:
  5. 5
    盛岡城跡(文化遺産オンライン)文化庁heritage確認日:
  6. 6
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    ご利用案内・周辺地図・交通案内もりおか歴史文化館official確認日:
  8. 8
    ご利用案内(お客様へのお願い・写真撮影)もりおか歴史文化館official確認日:
  9. 9
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    Wikipedia「盛岡城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  11. 11
    Wikidata Q251650Wikidatawikidata確認日:
  12. 12
    OpenStreetMap node/1945044787© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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