山頂部に残る江戸時代の高い石垣(2012年10月撮影)。
AltomarinaCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

新潟県 · 村上市

村上城

むらかみじょう

Murakami Castle

新潟県村上市

城平山城続日本100名城 131番

この城らしさ

牛が⁠寝そべったような小山に、戦国の竪堀と⁠江戸の石垣が重なって残る。

なぜ?

村上城は標高135mの臥牛山(がぎゅうさん)⁠に築かれました。戦国時代には本庄氏の山城で、斜面をたてに掘った竪堀などが造られました。江戸時代に入ると⁠城主たちが山の上を石垣で固めて造りかえたため、二つの時代の遺構がまざって残っています。この姿が評価されて1993年に国の史跡になりました。[1][2]

見逃したくない3つ

01
山頂部に残る江戸時代の高い石垣(2012年10月撮影)。AltomarinaCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

出櫓と⁠本丸の高石垣

見る場所
山頂の本丸の下、黒門跡のあたり。馬の背のような細い道沿い
注目する部分
細い道に沿って続く出櫓(でやぐら)⁠の台と⁠高い石垣
ここが面白い
細い道を進む敵に、上から一斉に攻撃できるようにした造りです。保存育英会は村上城を代表する眺めと⁠しています。崩れかけていた出櫓台の石垣は2003〜2015年⁠に解体して積み直され、いまは下の黒門跡の石垣の整備が続いています。[1][4]
見られるか
外から見られる無料で見学できる。工事中の場所は立入りが制限されることがある。
02

山腹に残る戦国の竪堀

見る場所
三ノ丸の西の端と、本丸の下の東側の斜面など
注目する部分
斜面をまっすぐ下へ掘り下げた⁠溝
ここが面白い
敵が斜面を横に移動するのを妨げるための堀で、お城山には8本ほど残ります。大きいものは深さ8m・長さ100mを超えます。江戸時代の石垣のすぐそばに中世の堀が残るのが、村上城ならではの見どころです。[1][4]
見られるか
外から見られる登城道や⁠散策路から見られる。
03
山頂の本丸、天守台の跡(2012年10月撮影)。天守は1667年に落雷で焼け、その後は建てられなかった。AltomarinaCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

天守台と⁠山頂からの眺め

見る場所
山頂の本丸
注目する部分
天守台の石垣に残る黒ずみと、城下町・日本海・三面川の眺め
ここが面白い
本丸には三層の天守がありましたが、1667年に落雷で焼け、その後は⁠建てられませんでした。石垣には焼けたあとと⁠みられる黒ずみが残ります。晴れた日には粟島や⁠佐渡島まで見えると⁠保存育英会は紹介しています。[1][4]
見られるか
外から見られるふもとから徒歩15〜20分。

訪問の目安

最寄り駅
JR村上駅から徒歩約25分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから山頂を往復し、主な遺構を見て1時間〜1時間半
料金
未確認
時間
9:00〜16:30(2018年の市の案内)
立入り
自由に見学できる

無料で見学できる。本丸の天守台跡までは歩いて登る。冬は積雪や⁠凍結で通りにくいことがあり、近年は熊の出没で登山道が閉鎖される場合もある。続日本100名城⁠のスタンプは、村上市郷土資料館(おしゃぎり会館)1階ロビー、東北電力村上電力センター正面入口(エントランスは常時開放と⁠市が案内)⁠、村上城跡保存育英会事務所(平日のみ⁠)⁠の3か所。御城印は三の丸にある藤基神社で授与(9:00〜17:00、500円)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

本庄氏の山城と⁠して始まる

村上城がいつ⁠築かれたかは⁠分かっていませんが、16世紀前半にはあったと⁠考えられています。このあたり(小泉荘)⁠を治めていた本庄氏の本拠で、もとは本庄城と⁠呼ばれました。本庄氏は越後北部の有力な武士の一族でした。[1][3]

02
史実

上杉謙信を相手に籠城

1568年、城主の本庄繁長は武田信玄と⁠通じて上杉謙信にそむき、謙信の軍に囲まれました。繁長は山の地形を生かした城にこもって長く持ちこたえ、和議を結びました。城内の千貫丸井戸は、このときの籠城を支えた井戸と⁠伝わり、今も水がわいています。[1][3][4]

03
史実

江戸時代に石垣の城へ

1598年に本庄氏が去ると、村上頼勝が入って石垣や⁠堀を備えた城へ改修を始めました。1618年に入った堀直竒は、三層の天守を建て、城下町を土塁と⁠堀で囲む総構えの城を完成させました。1649年に入った松平直矩はさらに大きな普請を行い、天守や⁠多くの櫓を新しくしました。[1][3]

04
史実

雷で天守を失い、明治に建物が消えた

天守は1667年に落雷で焼け、その後は再建されませんでした。1720年からは内藤氏が8代、約150年にわたって治めました。戊辰戦争のあと、明治8年(1875年)までに石垣を除く建物や門はすべて⁠取⁠り⁠壊されました。いま城下にあった14の城門のうち、跡が残るのは下渡門跡だけです。[1][3][4]

05
史実

石垣の積み直しが続く

1993年に国の史跡に指定されました。1999年度から、崩れかけた山上の石垣を積み直す工事と、それにともなう発掘調査が続いています。2003〜2015年には本丸出櫓台の石垣を解体して積み直し、2014年度からは黒門跡の石垣まわりの調査と⁠整備が⁠進められています。[1]

この城の人びと

年表

  1. 16世紀前半(推定)

    本庄氏の城と⁠して存在[1]

  2. 本庄繁長が上杉謙信を相手に籠城[1][3]

  3. 堀直竒が入り、天守と⁠総構えの城を完成させる(1620年ごろ)[3]

  4. 天守が落雷で焼失[3][4]

  5. 内藤氏が入り、幕末まで治める[1][3]

  6. 石垣を除く建物と⁠門がすべて取り壊される[3]

  7. 国の史跡に指定[1]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

三層の天守があったが1667年に落雷で焼失し、再建されなかった。天守台が残る。

城全体のいま

臥牛山(お城山)⁠の山上に本丸・二の丸・三の丸の石垣と⁠天守台、山腹に中世の竪堀や⁠曲輪が残る。建物はない。ふもとには外郭の土塁や⁠下渡門跡があり、三の丸だった場所に藤基神社がある。城下町は町屋の町並みと⁠して残る。

主な建物

現存しない

天守

1667年に落雷で焼失。[3]

現存しない

門・櫓など

明治8年までにすべて取り壊された。鐘御門・冠木門・四ツ門などは跡が残る。[3][4]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
本庄氏日本城郭協会
築城
16世紀初頭日本城郭協会
主な城主
本庄氏、村上氏、堀氏、本多氏、松平氏、榊原氏、間部氏、内藤氏日本城郭協会
廃城
1871年(明治4年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・天守台・曲輪・虎口・土塁編集部記事
文化財指定
国史跡(村上城跡)(1993年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 131番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

無料で見学できる。本丸の天守台跡までは歩いて登る。冬は積雪や⁠凍結で通りにくいことがあり、近年は熊の出没で登山道が閉鎖される場合もある。続日本100名城⁠のスタンプは、村上市郷土資料館(おしゃぎり会館)1階ロビー、東北電力村上電力センター正面入口(エントランスは常時開放と⁠市が案内)⁠、村上城跡保存育英会事務所(平日のみ⁠)⁠の3か所。御城印は三の丸にある藤基神社で授与(9:00〜17:00、500円)⁠。

住所

新潟県村上市二之町ほか(お城山入口は二之町)[2][5]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR村上駅JR羽越本線

徒歩約25分 · 急⁠な登り

駅からお城山の入口まで徒歩約20〜30分(タクシー約5分)⁠。ふもとから山頂の本丸まで、さらに徒歩15〜20分登る。[2][9]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

村上市郷土資料館(おしゃぎり会館)⁠・スタンプ設置
時間
9:00〜16:30(2018年の市の案内)
休館・休み
12月29日〜1月4日(変更あり、事前に確認)
料金
未確認[7]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

日本海東北自動車道村上瀬波温泉ICから約10分。専用の無料駐車場がある。周辺は狭い住宅地で、市が通行ルートを案内している。大型バスは駐車スペースまで入れないので、村上市役所や⁠郷土資料館の無料駐車場を使う。[2][9]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認(通年登れるが冬は天候しだい⁠)[5]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから山頂を往復し、主な遺構を見て1時間〜1時間半
階段・坂・足もと
急な坂と⁠段差、石段や⁠土の道が多い。雨の日は滑りやすい。子どもでも登れる山で、市内の遠足の定番。[5]
車椅子・ベビーカー
急な坂と⁠段差が多く、ベビーカーや⁠車いすでは登れない。ふもとの散策がすすめられている。[5]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
ふもとにトイレあり。山頂付近にはない。[5]
英語案内・音声ガイド
英語の案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
夏は虫よけと⁠日よけがあると⁠よい。冬は積雪や⁠凍結に注意。[5]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
黒門跡のあたりで石垣の復旧工事が続いている。熊の出没で登山道が閉鎖されることがあるので、最新情報を確かめてから行く。[4][5]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

藤基神社

城の三の丸にあたる場所に立つ神社で、一帯は国史跡に含まれる。村上城跡の御城印をここで授与している。城跡から徒歩8分。[8]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣好きの人、戦国の山城と⁠江戸の城の両方を一度に見たい人、城下町歩きも楽しみたい人に向く。山は低く、子ども連れでも登れる。

ここを見ると⁠面白い

登りながら、斜面の竪堀(戦国)と、上のほうの石垣(江戸)⁠の両方を探したい。山頂近くの出櫓と⁠高石垣、冠木門の鏡石(山の岩盤をそのまま使った大石)⁠、天守台の焼けあとと⁠みられる黒ずみがとくに見どころ。

訪ねる前に

建物は残っておらず、山道を15〜20分登る。歩きやすい靴で行き、熊の出没情報や⁠冬の積雪を確かめておく。スタンプは山の上ではなく、郷土資料館などふもとの3か所にある。

楽しみかた

山頂で城下町と⁠日本海を眺めたあと、ふもとの町屋の町並みを歩くと、城と⁠城下町のつながりが分かる。藤基神社で手書きの御城印を受けるのもよい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    国指定史跡村上城跡村上市生涯学習課文化行政推進室municipal確認日:
  2. 2
    国指定史跡村上城跡(お城山)村上市municipal確認日:
  3. 3
    歴史と⁠概要一般財団法人村上城跡保存育英会(村上城跡公式サイト)official確認日:
  4. 4
    構造と⁠見どころ一般財団法人村上城跡保存育英会(村上城跡公式サイト)official確認日:
  5. 5
    アクセス・よくあるご質問一般財団法人村上城跡保存育英会(村上城跡公式サイト)official確認日:
  6. 6
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    城郭スタンプラリー村上市municipal確認日:
  8. 8
    御城印・続100名城スタンプ一般財団法人村上城跡保存育英会(村上城跡公式サイト)official確認日:
  9. 9
    アクセス一般財団法人村上城跡保存育英会(村上城跡公式サイト)official確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「村上城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q11522758Wikidatawikidata確認日:
  13. 13
    OpenStreetMap node/3854634768© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

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  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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