「史跡浪岡城跡」の標柱と、草におおわれた館跡(2019年10月撮影)。浪岡城は石垣を使わず、堀と土塁で館を区切った中世の城。
MChewCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

青森県 · 青森市

浪岡城

なみおかじょう

Namioka Castle

青森県青森市

城平城続日本100名城 103番

この城らしさ

南北朝の名門・北畠氏の子孫と⁠伝わる一族が、本州の北の端で京都と⁠行き来しながら暮らした城。幅20mの二重堀で区切られた八つの館が、扇のように広がる。

なぜ?

浪岡城は1460年代に浪岡北畠氏が築いた城です。一族は、南北朝時代に後醍醐天皇を助けた北畠親房の子孫と⁠伝えられ、1500年代前半⁠の最盛期には京都と⁠盛んに交流し、寺社も建てました。城は石垣を使わず、幅約20m・深さ約5mの二重堀などで八つの⁠館(郭)⁠に分けた形が特徴です。[1]

見逃したくない3つ

01
浪岡城跡の空中写真(2011年、国土地理院)。堀で区切られたいくつもの館(郭)が、東西に扇のように並ぶ様子が分かる。国土地理院 (Geospatial Information Authority of Japan)AttributionWikimedia Commons

館を区切る二重堀と⁠土塁

見る場所
内館・北館・東館などの間を走る⁠堀
注目する部分
幅約20m・深さ約5mの堀と、堀の中に築かれた土塁
ここが面白い
堀の中に土塁を築いて守りを固め、土塁の上は通路と⁠しても使って、城全体を迷路のようにしていたと⁠考えられています。石垣の城とはまったく違う、土で守る中世の城の姿がよく分かります。[1]
見られるか
外から見られる通年見学できる(入場無料)⁠。冬は雪のため一部の区域のみ。
02

城主が住んだ内館

見る場所
城の中心にある内館(本丸のような場所)
注目する部分
平場全体が一つの屋敷だった広がりと、礎盤石建物の⁠跡
ここが面白い
1984〜1987年⁠の発掘で、内館は平場全体が一つの屋敷で、柱穴の底に石を置いた特別な建物の跡が見つかりました。この建物には「九間(ここのま)⁠」⁠と呼ばれる部屋があり、政務や⁠客をもてなす⁠場だった可能性が高いと⁠市は説明しています。[2]
見られるか
外から見られる城跡と⁠して見学できる。建物は残っていない。
03

家臣の屋敷が並んだ北館

見る場所
内館の北にある北館
注目する部分
東西の道の両側に分けられた屋敷の区画と、屋敷ごとの井戸の⁠跡
ここが面白い
1977〜1983年⁠の発掘で、道の南北に屋敷割りがあり、時期によって区画が変わったことが分かりました。屋敷ごとに木枠の井戸が一つ以上あり、家臣たちが独立した屋敷に⁠住⁠む武家屋敷のような場所だったと⁠考えられています。浪岡城が戦いのためだけでなく、人が暮らす「居館」だったことを示しています。[2][1]
見られるか
外から見られる城跡と⁠して見学できる。

訪問の目安

最寄り駅
JR浪岡駅から徒歩約15分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
城跡を歩いて1時間、中世の館もあわせて1時間半〜2時間ほど
料金
一般210円(団体110円)⁠、高校生110円(団体60円)⁠、中学生以下無料
時間
9:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

城跡は通年見学でき、入場は無料。冬は雪のため一部の区域だけ見学できる。続日本100名城⁠のスタンプは青森市中世の館の正面玄関わきに24時間置かれている。

確認日:

この城の物語

01
史実

丘を掘り切って館を並べる

浪岡城は、東西約940m、南北約245mの指定範囲に、八つの⁠館(郭)⁠が扇のように広がる城です。補助資料によると、城は北東へ続く丘の南の端にあり、南側の急な崖の下を浪岡川と⁠正平津川が流れて、天然の堀と⁠水源を兼ねていました。[1][5]

02
伝承

北の地の「北畠氏」

城を築いたのは浪岡北畠氏で、1460年代のことです。一族は、南北朝時代に後醍醐天皇を助けた北畠親房の子孫と⁠伝えられています。1500年代前半⁠の最盛期には京都と⁠盛んに交流し、寺社も建てました。[1]

03
史実

一族の争いと⁠落城

1562年、一族どうしの争い(川原御所の乱)⁠で勢いが衰え、1578年に大浦(のちの津軽)為信に攻められて落城しました。落城のあと、東館には一時、為信の弟が代官と⁠して置かれたと⁠いわれます。[1][2]

04
史実

400年、畑と⁠田んぼの下に

落城後の約400年、城跡は畑や⁠水田と⁠して⁠使われてきました。そのため建物は⁠残っていませんが、堀や⁠土塁などの地形がよく残りました。1977年度から始まった発掘で、食器や⁠調理道具、武器、農具、宗教用具などが5万点以上⁠見つかっています。調査が終わったのは全体の3割ほどで、まだ多くの跡が地中に眠っています。[1]

05
史実

青森県で最初の国の史跡

浪岡城跡は1940年2月10日、青森県で初めて国の史跡に指定されました。青森市は、当時の人々の暮らしを体験しながら歴史を学べる史跡公園を目指して整備を続けています。出土品は近くの青森市中世の館で展示され、2017年には続日本100名城⁠に選ばれました。[1][3]

この城の人びと

年表

  1. 1460年代

    浪岡北畠氏が浪岡城を築く[1]

  2. 1500年代前半⁠の最盛期。新館は大永年間(1520年代)⁠に広げられたと⁠考えられる

    最盛期。京都と⁠交流し、城も広げられる[1][2]

  3. 一族の争い(川原御所の乱)⁠で勢いが衰える[1]

  4. 大浦(津軽)為信に攻められ落城[1]

  5. 青森県で初めて国の史跡に指定[1]

  6. 発掘調査が始まる[1][2]

  7. 続日本100名城⁠に選ばれる[1][4]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

中世の館の集まりからなる城で、天守はもともとない。

城全体のいま

史跡公園と⁠して整備が続いている。八つの館と⁠堀・土塁の地形が残り、建物はない。見学者用に浪岡城跡案内所(駐車場・休憩所)⁠があり、出土品は近くの青森市中世の館で展示されている。

主な建物

跡地のみ

内館の礎盤石建物など

発掘で建物跡が見つかっている。建物は残っていない。[2]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城
1460年代(推定)日本城郭協会
主な城主
浪岡(北畠)⁠氏日本城郭協会
見られる遺構
土塁・堀・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(浪岡城跡)⁠。青森県で最初の国史跡(1940年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 103番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は通年見学でき、入場は無料。冬は雪のため一部の区域だけ見学できる。続日本100名城⁠のスタンプは青森市中世の館の正面玄関わきに24時間置かれている。

住所

青森県青森市浪岡大字浪岡(浪岡城跡案内所⁠は浪岡大字浪岡字五所14-1)[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR浪岡駅JR奥羽本線

徒歩約15分 · 未確認

補助資料による目安。公式の案内は⁠見つからなかった。[5]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

青森市中世の⁠館(展示室)
時間
9:00〜17:00
休館・休み
月曜(祝日の場合は翌日)⁠、毎月第3日曜、年末年始(12月28日〜1月4日)
料金
一般210円(団体110円)⁠、高校生110円(団体60円)⁠、中学生以下無料[3]
確認日: 2026-10-03
浪岡城跡案内所
時間
9:00〜16:00
休館・休み
12月1日〜3月31日⁠は閉館。休館日は中世の館に準じると⁠みられる(未確認)
料金
無料(駐車場・休憩場所)[1][3]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

浪岡城跡案内所⁠の駐車場(普通車24台・大型車3台、臨時駐車場は普通車約100台)⁠を利用する。中世の館にも駐車場がある(普通車84台・大型車3台)⁠。[1][3]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
通年見学可(時間の記載なし)[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城跡を歩いて1時間、中世の館もあわせて1時間半〜2時間ほど
階段・坂・足もと
堀と⁠土塁で区切られた館を行き来する。冬は積雪で歩ける範囲が限られる。[1]
車椅子・ベビーカー
城跡のバリアフリー情報⁠は確認できなかった。中世の館の対応状況は市のページにアイコンで示されている(内容は未確認)⁠。[3]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
トイレの位置は確認できなかった(案内所は休憩場所と⁠して使える)⁠。[1]
英語案内・音声ガイド
英語案内の有無は未確認。
季節の楽しみ
冬は雪のため一部の区域しか見学できない。[1]
撮影のルール
撮影についての公式なルールは⁠見つからなかった。
工事・休館・立入制限
浪岡城跡案内所⁠は12月1日〜3月31日⁠は閉館。中世の館の敷地にある県重宝「旧坪田家住宅」は雪害のため立入禁止。[1][3]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

青森市中世の⁠館

浪岡城跡の出土品と⁠推定復元模型で中世の浪岡城の暮らしを紹介する展示室「よみがえる浪岡城」がある市の施設。[3]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣も天守もない「土の城」の大きさを体で感じたい人、東北北部の中世や⁠津軽の歴史に関心がある人に向く。弘前城と⁠あわせて、津軽為信が台頭していく流れをたどるのもよい。

ここを見ると⁠面白い

館どうしを区切る二重堀と、堀の中の土塁。城主の館だった内館と、家臣の屋敷が並んだ北館の違い。中世の館では、出土品と⁠復元模型で当時の暮らしを確かめたい。

訪ねる前に

建物は残っておらず、見どころは堀や⁠土塁の地形。冬は雪で一部しか歩けず、案内所も12月〜3月は閉まる。中世の館は月曜と⁠毎月第3日曜が休館。

楽しみかた

先に中世の館で模型を見て八つの館の並び方を頭に入れてから城跡を歩くと、堀の深さや⁠館の広さが実感しやすい。続日本100名城⁠のスタンプは中世の館の正面玄関わきで24時間押せる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    史跡浪岡城跡概要青森市municipal確認日:
  2. 2
    史跡浪岡城跡の発掘調査や⁠各館の概要青森市municipal確認日:
  3. 3
    青森市中世の⁠館青森市municipal確認日:
  4. 4
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  5. 5
    浪岡城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  6. 6
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    Wikipedia「浪岡城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  8. 8
    Wikidata Q11558405Wikidatawikidata確認日:
  9. 9
    OpenStreetMap way/239998599© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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