飫肥城の大手門(2019年8月撮影)。1970年代の飫肥城復元事業で1978年に復元された門で、江戸時代の建物ではない。
NaokijpCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

宮崎県 · 日南市

飫肥城

おびじょう

Obi Castle

宮崎県日南市

城平山城日本100名城 96番

この城らしさ

伊東氏と⁠島津氏が84年にわたって奪い合った、シラス台地を堀で刻んだ城。

なぜ?

飫肥は戦国時代、日向の伊東氏と⁠薩摩の島津氏が84年にわたって争った土地でした。豊臣秀吉の九州平定のあと、1588年に伊東祐兵が城主と⁠なり、以後約280年、伊東家が飫肥藩を治めました。城は、やわらかいシラス台地を空堀で区切って曲輪を並べた造りで、日南市はそれぞれの曲輪の独立性が高いことを特徴にあげています。[1][3]

見逃したくない3つ

01
飫肥城の大手門(2019年8月撮影)。1970年代の飫肥城復元事業で1978年に復元された門で、江戸時代の建物ではない。NaokijpCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

大手門と⁠枡形

見る場所
城の正面。城下町から坂を上った⁠先
注目する部分
石垣にはさまれた木造の櫓門と、門をくぐった先の四角い空間(枡形)⁠と⁠石段
ここが面白い
城下町の通りの先に立つ、飫肥城の顔になっている門です。1974〜1979年⁠の飫肥城復元事業⁠のなかで1978年に復元されました。門の内側の枡形は、入ってきた敵の勢いを止めるための仕組みです。[1][4]
見られるか
外から見られる城跡の見学は無料。
02
旧本丸跡に立ち並ぶ飫肥杉の木立(2008年10月撮影)。SanjoPublic domainWikimedia Commons

シラス台地を刻んだ曲輪と⁠旧本丸の杉木立

見る場所
城跡の奥、旧本丸から本丸跡のあたり
注目する部分
垂直に切り立った台地の崖や⁠空堀、石段、旧本丸跡に立ち並ぶ高い飫肥杉
ここが面白い
飫肥城は、酒谷川が大きく曲がる小さな盆地に突き出た丘に築かれ、シラス台地を空堀で区切った大きな縄張り(城の設計)⁠を持っています。いま見られる石垣の多くは、1686〜1693年⁠の大普請で改修されたものです。[3]
見られるか
外から見られる無料。石段や⁠坂がある。
03

松尾の丸の武家御殿

見る場所
城内の曲輪のひとつ、松尾の⁠丸
注目する部分
江戸時代初めの身分の高い武士の屋敷を想定した建物と、こけら葺き・総檜造りの蒸し風呂(湯殿)
ここが面白い
松尾の丸に当時あった建物は記録が⁠残っていないため、いまの屋敷は1979年に、時代考証をもとに新しく建てたものです。樹齢100年以上⁠の杉を使い、多くの市民が寄付をして、瓦の裏には寄進した人の名前が記されています。[5]
見られるか
外から見られる有料(由緒施設)⁠。9:30〜17:00(最終受付16:30)⁠。

訪問の目安

最寄り駅
JR飫肥駅から徒歩約15分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
城跡と⁠歴史資料館・松尾の丸で1時間半ほど、城下町も歩くなら半日が目安
料金
1施設ごとに大人300円、大学生・高校生200円、中学生・小学生100円。由緒施設共通券⁠は大人800円、大学生・高校生600円、中学生・小学生350円。20名以上は団体料金
時間
9:30〜17:00(最終受付16:30)
立入り
自由に見学できる

城跡の見学は無料。大手門・旧本丸などは自由に歩ける。松尾の丸・飫肥城歴史資料館・豫章館などの「由緒施設」は有料。

確認日:

この城の物語

01
史実

川が曲がる盆地に突き出た⁠丘

飫肥城は、広渡川の上流の酒谷川が大きく蛇行してできた小さな盆地に突き出た丘の上にあります。シラス台地を空堀で区切った大きな城で、日向を代表する城だったと⁠日南市は説明しています。城下町は三方を酒谷川に囲まれています。[3][4]

02
史実

伊東と⁠島津の84年の争い

中世の飫肥は、島津氏と⁠伊東氏の争いの舞台でした。その争いは84年にわたったとされます。豊臣秀吉の九州平定で功を立てた伊東祐兵が、1588年に飫肥城を与えられ、争いに決着がつきました。[1][3]

03
史実

伊東家5万1千石⁠の城と⁠城下町

以後、明治初めまでの約280年、14代にわたって伊東家が飫肥藩5万1千石⁠を治めました。いまの石垣の多くは1686〜1693年⁠の大普請で改修されたものです。城に近いほうから上級家臣・中級家臣・町家・下級家臣の屋敷が並ぶ城下町がつくられました。[1][3][4]

04
史実

城は消え、城下町が残った

明治になって城の建物は失われましたが、石垣や⁠曲輪、城下町の道幅や⁠武家屋敷の石垣・生垣・門はよく残りました。1977年、飫肥の城下町は九州で最初の国の重要伝統的建造物群保存地区⁠に選ばれました。[4][1]

05
史実

1970年代の復元事業

1974年から1979年にかけて飫肥城復元事業⁠が行われ、1978年に大手門が復元され、同じ年に飫肥城歴史資料館⁠が開館、1979年に松尾の丸の屋敷が建てられました。城跡は日南市の史跡に指定されています。[4][1][2][5][3]

この城の人びと

年表

  1. 伊東祐兵が飫肥城主と⁠なる[1]

  2. 石垣などの大普請が始まる(1693年まで⁠)[3]

  3. 城下町が九州初の重要伝統的建造物群保存地区⁠に[4]

  4. 大手門を復元、歴史資料館が開館[1][2]

  5. 松尾の丸の屋敷を建築[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

鹿児島県のリーフレットは、飫肥城を鹿児島城・人吉城とともに「元々天守がない」城と⁠して紹介している。日本城郭協会の一覧では天守の欄に「二階建隅櫓跡石垣(現・鐘突堂)⁠」⁠とある。

城全体のいま

城跡は無料で見学でき、復元した大手門、松尾の丸、飫肥城歴史資料館⁠がある。まわりは重要伝統的建造物群保存地区⁠の城下町。

主な建物

再建(復興)

大手門

1978年に飫肥城復元事業⁠で復元。[1][4]

再建(復興)

松尾の丸の屋敷

当時の記録がないため、1979年に江戸初期の上級武家屋敷を想定して新築。[5]

再建(復興)

飫肥城歴史資料館

1978年開館、2021〜2022年⁠にリニューアル。[2]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
不明、伊東祐実日本城郭協会
築城
不明、貞享3年(1686)日本城郭協会
主な城主
島津季久、新納忠続、島津豊洲氏、伊東氏日本城郭協会
廃城
1871年Wikipedia
見られる遺構
石垣・門・堀・曲輪・虎口編集部記事
文化財指定
日南市指定史跡(飫肥城跡)⁠、重要伝統的建造物群保存地区(日南市飫肥)(1977年)編集部記事
名城選定
日本100名城 96番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡の見学は無料。大手門・旧本丸などは自由に歩ける。松尾の丸・飫肥城歴史資料館・豫章館などの「由緒施設」は有料。

住所

宮崎県日南市飫肥10丁目(飫肥城歴史資料館)[2]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR飫肥駅JR日南線

徒歩約15分 · 少⁠し登る

駅から徒歩約15分(車なら約5分)⁠。城下町を通って大手門へ坂を上る。[2][5]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

由緒施設(飫肥城歴史資料館・松尾の丸・豫章館など⁠)
時間
9:30〜17:00(最終受付16:30)
休館・休み
12月29日〜31日
料金
1施設ごとに大人300円、大学生・高校生200円、中学生・小学生100円。由緒施設共通券⁠は大人800円、大学生・高校生600円、中学生・小学生350円。20名以上は団体料金[1][2][5]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

飫肥観光駐車場あり。大型・中型車のみ有料(1日1,000円)⁠。[1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡は無料。開放時間は未確認[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城跡と⁠歴史資料館・松尾の丸で1時間半ほど、城下町も歩くなら半日が目安
階段・坂・足もと
大手門へは坂を上り、城内にも石段が多い。[5]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
日南市観光協会⁠のサイトに翻訳機能がある。現地の英語表示は未確認。[1]
季節の楽しみ
春は大手門への坂道に桜が咲く(写真による)⁠。
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
確認した範囲で工事・立入制限のお知らせはなし。[1]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

庭園

豫章館

1869年に最後の藩主伊東祐帰が父とともに城内から移り住んだ屋敷。南に広がる庭園は九州でも有数のものと⁠日南市は紹介している。由緒施設のひとつで有料。[3][1]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

城だけでなく城下町ごと⁠歩きたい人、苔むした石垣と⁠杉木立の静かな城跡が好きな人に向く。城跡は無料なので気軽に寄れる。

ここを見ると⁠面白い

大手門と⁠枡形、シラス台地を削った曲輪の崖と⁠石段、旧本丸の杉木立。建物は大手門・松尾の丸・資料館とも1970年代の復元や⁠新築なので、古さを見るなら石垣と⁠地形に注目したい。

訪ねる前に

天守はもともとなく、江戸時代の建物も残っていない。由緒施設は有料で、9:30〜17:00(最終受付16:30)⁠。共通券を使うと⁠城下町の施設もまとめて回れる。

楽しみかた

城下町の武家屋敷通りから大手門へ上ると、城と⁠町のつながりがよく分かる。歴史資料館で伊東家の歩みを知ってから曲輪を回るのがおすすめ。

訪問者レビュー

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評価

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    飫肥城下町日南市観光協会tourism確認日:
  2. 2
    飫肥城歴史資料館日南市観光協会tourism確認日:
  3. 3
    市指定文化財(飫肥城跡・豫章館ほか⁠)日南市生涯学習課municipal確認日:
  4. 4
    日南市飫肥伝統的建造物群保存地区日南市生涯学習課municipal確認日:
  5. 5
    松尾の⁠丸日南市観光協会tourism確認日:
  6. 6
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    飫肥城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  8. 8
    リーフレット「天守を築かなかった城鹿児島城跡」(2026年3月。飫肥城・人吉城も「元々天守がない」城と⁠して紹介)鹿児島県観光・文化スポーツ部文化振興課official確認日:
  9. 9
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    Wikipedia「飫肥城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  11. 11
    Wikidata Q844044Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
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  6. 訪問情報を確認確認済み

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