崖の上に積み上げられた岡城跡の高い石垣と、奥に広がる山並み(2009年撮影)。建物は明治に取り壊され、いまは石垣だけが残る。
As6673Public domainWikimedia Commons

大分県 · 竹田市

岡城

おかじょう

Oka Castle

大分県竹田市

城山城日本100名城 93番

この城らしさ

建物がひとつも残らない崖の上の石垣が、瀧廉太郎の「荒城の月」のもとになったと言われる。

なぜ?

岡城の建物は明治に入ってすべて取り壊され、石垣だけが残りました。少年時代を竹田で過ごした作曲家・瀧廉太郎は、荒れた城跡に登って遊んだ印象から、1901年に「荒城の月」を作曲したと⁠言われています。いまも二の丸跡には廉太郎の像が立ち、遠くの山並みを向いています。[2][4]

見逃したくない3つ

01

崖の上にそびえる三の丸の高石垣

見る場所
三の丸の北側から二の丸にかけての崖の⁠上
注目する部分
屏風を広げたようにジグザグに折れ曲がる石垣の⁠線
ここが面白い
石垣を折り曲げることで、攻めてくる敵に2方向から矢を⁠射かけられるようにしたしく⁠み(横矢掛り)です。もともと⁠切り立った崖の上に、さらに高い石垣を積んでいるため、「難攻不落」と⁠呼ばれた城の強さがいちばんよく分かる場所です。[3][1]
見られるか
外から見られる入城料が必要。石垣の上に柵はないので、縁に近づかないこと。
02
大手門跡(2010年1月撮影)。門の建物はなく、両側の石垣と礎石が残る。HeartoftheworldCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

大手門跡と⁠「かまぼこ石」

見る場所
料金所から坂道を登った先、城の正面入口
注目する部分
大手道の石垣の上にのる、かまぼこのように丸くアーチ状に加工された⁠石
ここが面白い
大手門の石垣は、公式サイトが「ヨーロッパの古城のよう」とたとえる形をしています。大手道に並ぶ丸い石は通称「かまぼこ石」と⁠呼ばれ、作り方などに謎が多く、ほかの城では見られない岡城の特徴の1つと⁠されています。[3][1]
見られるか
外から見られる入城料が必要。料金所から大手門跡までは登り坂。
03

二の丸の瀧廉太郎像と⁠山の眺め

見る場所
二の丸跡
注目する部分
座った姿の瀧廉太郎像と、その視線の先に広がる山並み
ここが面白い
像は、少年時代に廉太郎と⁠同じ学校に通った彫刻家・朝倉文夫が作りました。像の裏には、廉太郎が城で尺八を吹いていた思い出が刻まれています。岡城跡からは阿蘇山やくじゅう連山が見えると⁠公式サイトは案内しています。[4][1]
見られるか
外から見られる入城料が必要。二の丸には休憩所がある。

訪問の目安

最寄り駅
JR豊後竹田駅から
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
公式のおすすめ散策ルートは、本丸ルート30〜40分、西の⁠丸ルート40〜60分、一周ルート90〜120分
料金
高校生以上300円(20名以上の団体200円)⁠、小・中学生150円(団体100円)⁠。現金のほかクレジットカード・交通系ICなども使える
時間
入城受付 9:00〜17:00
立入り
一部のみ見学できる

入城は有料(9:00〜17:00受付)⁠。石垣の上には柵がなく、縁に近づくと⁠落ちる危険がある(滑落事故が起きている)⁠。雨の日と⁠翌日は石段や⁠坂が滑りやすい。史跡の中には私有地もある。ドローンは原則禁止。

確認日:

この城の物語

01
伝承

川にはさまれた崖の上の台地

岡城は、阿蘇山の火砕流でできた海抜325mの台地の上にあります。大野川の支流の稲葉川と⁠白滝川にはさまれた細長い台地で、川岸から崖が切り立っているため、天然の要塞でした。城の始まりは1185年、緒方惟栄⁠(これよし)⁠が源義経を迎えるために築いたと⁠伝えられています。[2][3]

02
史実

島津の大軍を退けた18歳の城主

南北朝時代のあと、大友氏の一族の志賀氏が城主になったと⁠考えられています。1586年、九州南部の島津氏の大軍が豊後に攻め込み、岡城も攻撃されました。わずか18歳の城主・志賀親次は3度の攻撃をすべて退け、豊臣秀吉から感状(ほめる手紙)⁠を受けました。このとき岡城は、まだ土塁や⁠空堀でできた土の城でした。[2][3]

03
史実

中川秀成が「石の城」に造り変えた

1593年に大友氏が領地を失うと、志賀氏も城を去りました。翌1594年、播磨の三木(いまの兵庫県)から中川秀成が入り、1596年までに城全体を石垣で囲む大改修を行いました。本丸などの主な曲輪や⁠大手門がこのときに完成し、いま見られる石垣の城の姿ができあがりました。[2][3]

04
史実

中川家が280年治めた岡藩の⁠城

岡城は、13代約280年続いた中川家の岡藩の中心でした。1664年には3代藩主中川久清⁠の隠居所と⁠して西の丸御殿ができ、のちに政治の中心も西の丸に移りました。崖の上の城は風雨や⁠地震、火事の被害をたびたび受け、1771年の大火では本丸や⁠西の丸など城の大半が焼けましたが、そのたびに建て直されました。[2][1]

05
史実

建物は消え、石垣だけが残った

明治になって中川家は東京へ移り、1874年に城内の建物はすべて⁠取⁠り⁠壊されました。残ったのは石垣だけですが、曲輪や⁠門の跡、櫓の土台まで石垣で造られていたため、いまも大きな城の姿がよく分かります。天守にあたる建物は、本丸にあった御三階櫓(3階建ての櫓)でした。[2][3][4]

06
史実

国の史跡と⁠して守る

城跡は1936年に国の史跡に指定されました。いまは竹田市が管理し、石垣の維持や⁠環境の整備のために入城料を集めています。城下の竹田市歴史文化館・由学館には岡城について学べるガイダンスセンター⁠があります。[2][1][5][6]

この城の人びと

年表

  1. 緒方惟栄が築いたと⁠伝わる[2]

  2. 志賀親次が島津軍の攻撃を退ける[2][3]

  3. 中川秀成が入り、石垣の城へ改修を始める[2]

  4. 大火で城の大半が焼ける[2]

  5. 城内の建物がすべて取り壊される[2]

  6. 瀧廉太郎が「荒城の月」を作曲[2]

  7. 国の史跡に指定[2]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

天守にあたる建物は本丸の御三階櫓だった。明治に取り壊され、櫓台の石垣が残る。日本城郭協会の一覧では天守の欄は「−」。

城全体のいま

建物はなく、石垣と⁠曲輪の跡が残る史跡。竹田市が管理し、有料で公開している。史跡の中には私有地もある。

主な建物

現存しない

御三階櫓

本丸にあった天守にあたる櫓。明治に取り壊された。[4]

跡地のみ

大手門

石垣と⁠礎石が残る。[4]

跡地のみ

太鼓櫓門

城の中心部への入口。2mほどの巨石を隙間なく積んだ石垣が残る。[4][3]

跡地のみ

西の丸御殿

1664年に造られ、のちに政治の中心と⁠なった。跡地のみ。[2][4]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
緒方惟栄、志賀貞朝、中川秀成日本城郭協会
築城
文治元年(1185)⁠?、元徳3年(1331)⁠?、慶長元年(1596)日本城郭協会
主な城主
緒方氏、志賀氏、中川氏日本城郭協会
廃城
明治4年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・曲輪・虎口・櫓・櫓台・⁠門編集部記事
文化財指定
国史跡(岡城跡)(1936年)編集部記事
名城選定
日本100名城 93番日本城郭協会

旅の情報

立入り

一部のみ見学できる

入城は有料(9:00〜17:00受付)⁠。石垣の上には柵がなく、縁に近づくと⁠落ちる危険がある(滑落事故が起きている)⁠。雨の日と⁠翌日は石段や⁠坂が滑りやすい。史跡の中には私有地もある。ドローンは原則禁止。

住所

〒878-0013 大分県竹田市大字竹田2889(カーナビは竹田市大字竹田2761番地)[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR豊後竹田駅JR豊肥本線

急な登り

駅から料金所(駐車場)まで車で約5分。駅からはタクシーのほか、駅構内の竹田観光案内所⁠でレンタサイクル⁠も借りられる。料金所から大手門跡までは登り坂。徒歩の所要時間は未確認。[6][1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

岡城跡(入城料)
時間
入城受付 9:00〜17:00
休館・休み
12月31日〜1月3日
料金
高校生以上300円(20名以上の団体200円)⁠、小・中学生150円(団体100円)⁠。現金のほかクレジットカード・交通系ICなども使える[1][6]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

駐車場は無料で普通車140台・バス9台。予約不要。自家用車で城内には入れない。[1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
入城受付 9:00〜17:00[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安
公式のおすすめ散策ルートは、本丸ルート30〜40分、西の⁠丸ルート40〜60分、一周ルート90〜120分
階段・坂・足もと
坂と⁠階段が多い山城。とくに大手門へ向かう登り坂と、三の丸から本丸までの急な石段がきつい。石垣の上に柵はない。[1]
車椅子・ベビーカー
車いすでの見学は難しい場所が多い(エレベーターや手すりは不十分)⁠。車いすの貸し出しはない。春と⁠秋を中心に、料金所から城内の東中仕切までの無料登城バス(9人乗り・車いす運搬可、介助者が必要)⁠を運行する日がある。それでも本丸付近では石段を登る必要がある。[1][7]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
駐車場⁠(多目的トイレあり)⁠、二の丸跡の便益施設(多目的トイレあり)⁠、賄方跡の3か所。[1]
英語案内・音声ガイド
公式サイトに英語ページがある。ARアプリ「岡城時空散歩」もある(英語対応は未確認)⁠。現地の英語表示は未確認。[1]
季節の楽しみ
春は桜で、毎年4月に「岡城桜まつり」(大名行列・甲冑武者行列)⁠がある。秋は紅葉、冬は石垣がいちばん美しく見えると⁠公式は案内している。[1]
撮影のルール
テレビ・映画・取材の撮影や、写真・動画を出版物などに載せる場合は竹田市教育委員会まちづくり文化財課⁠の許可申請が必要。ドローンは原則禁止で、使う場合は事前申請が必要。[1]
工事・休館・立入制限
2026年秋(9〜12月)⁠の登城バスの運行予定日は公式のお知らせに掲載。[7]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

公式「本丸ルート」(さくっと⁠30〜40分) 40分

  1. 料金所(総役所跡)⁠で入城料を払う
  2. 坂道を登って大手門跡へ。大手道のかまぼこ⁠石⁠を見る
  3. 西中仕切跡、太鼓櫓門跡の巨石の石垣を通る
  4. 三の丸跡で崖の上の高石垣を見る
  5. 二の丸跡の瀧廉太郎像と⁠山の眺めを見る
  6. 本丸跡まで進み、同じ道を戻る

ルート名と⁠所要時間は公式の場内マップ、立ち寄る場所の順は観光協会の「最短コース(往復40分)⁠」⁠の説明をもとに編集部が並べた。

周辺の楽しみ

博物館

竹田市歴史文化館・由学館

岡城ガイダンスセンター(石垣シアター・地形ジオラマ)⁠があり、国重要文化財の銅鐘(サンチャゴの鐘)⁠も展示。木曜休館(祝日の場合は翌平日)⁠。[8]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守や⁠櫓がなくても石垣だけで城を楽しめる人、崖と⁠石垣が生む迫力を見たい人、「荒城の月」を知っている人に向く。坂と⁠石段が多いので歩きやすい靴が必要。

ここを見ると⁠面白い

三の丸の崖の上の高石垣と、大手門・太鼓櫓門の石垣がいちばんの見どころ。石の積み方(切込接ぎ・打込接ぎ)や、ひときわ大きな「鏡石」、刻印のある石を探しながら歩くと⁠面白い。

訪ねる前に

建物は残っておらず、見られるのは石垣と⁠曲輪の跡。入城は有料で、受付は9時〜17時。石垣の上に柵がないので、縁には近づかないこと。駅からは車で約5分なので、タクシーかレンタサイクル⁠を考えておくとよい。

楽しみかた

城下の由学館で地形ジオラマを見てから登ると、崖の上の城の形がつかみやすい。時間があれば公式の一周ルート(90〜120分)⁠で西の丸まで回ると、城の広さが実感できる。晴れた日は本丸や⁠二の丸から山並みも眺めたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    アクセス情報・ご利用案内国指定史跡岡城跡(竹田市)official確認日:
  2. 2
    800年の歴史国指定史跡岡城跡(竹田市)official確認日:
  3. 3
    難攻不落の石垣国指定史跡岡城跡(竹田市)official確認日:
  4. 4
    場内マップ国指定史跡岡城跡(竹田市)official確認日:
  5. 5
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  6. 6
    国指定史跡岡城跡たけ旅(竹田市観光ツーリズム協会)tourism確認日:
  7. 7
    登城バスの運行(10〜12月)⁠について国指定史跡岡城跡(竹田市)official確認日:
  8. 8
    竹田市歴史文化館・由学館国指定史跡岡城跡(竹田市)official確認日:
  9. 9
    岡城 (豊後国)(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「岡城 (豊後国)⁠」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q8010033Wikidatawikidata確認日:
  13. 13
    OpenStreetMap node/2460191723© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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