本丸に建つ天守と、渡櫓でつながる台所櫓・高欄櫓(2020年12月撮影)。天守は2004年の木造復元、2つの櫓は江戸時代から残る国の重要文化財。
Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

愛媛県 · 大洲市

大洲城

おおずじょう

Ōzu Castle

愛媛県大洲市

城平山城日本100名城 82番

この城らしさ

明治に取り壊された天守が、古写真と⁠江戸時代の木組み模型をたよりに、2004年に木で建て直された。

なぜ?

大洲城の天守は1888年に古くなって解体されましたが、3つの方向から撮った明治の写真と、大洲藩の大工の家に伝わった「天守雛形」と⁠いう木組み模型が残っていました。これらをもとに、市民の寄付と⁠伝統の工法で約10年かけて四層四階の天守を復元しました。本来なら建築基準法で認められない大きさでしたが、2年近い話し合いの末に保存建築物と⁠して⁠認められています。[3][4]

見逃したくない3つ

01
天守の中の木組みと、1階から2階へ上がる階段(2005年10月撮影)。使われた木材はすべて国産材。CarpkazuCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

木で建て直した四層四階の天守

見る場所
本丸の天守(中は有料)
注目する部分
中に入ったときに見える太い柱と⁠梁の木組み。外では、4層目の丸みのある唐破風(からはふ)⁠の屋根
ここが面白い
古写真は北面が特に鮮明で、石垣の石の形や⁠垂木の本数まで確かめられたと⁠いいます。木材はすべて国産材で、壁は竹で下地を組んで土を何度も重ね、7〜8回の工程で漆喰を仕上げました。和釘も鍛冶師が昔の方法で作っています。市は、戦後に木造で復元された四層四階の天守と⁠しては日本初で、⁠高さ19.15mは日本一と⁠説明しています。[1][3][4]
見られるか
外から見られる外観は無料で見られる。天守の中は大人550円。
02
天守が復元される前の1994年2月に撮影された高欄櫓(左)と台所櫓(右)。どちらも安政の大地震で壊れたあと再建された、江戸時代の建物。ReggaemanCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

天守と⁠つながる台所櫓と⁠高欄櫓

見る場所
本丸。天守の両側に渡櫓でつながる2つの⁠櫓
注目する部分
台所櫓の煙出しの格子窓、高欄櫓の2階にめぐらせた縁と⁠手すり(高欄)
ここが面白い
台所櫓は大洲城の櫓でいちばん大きく、中の3分の1が土間で、籠城のときに兵の食事を作る台所の役目があったと⁠考えられています。高欄櫓は、櫓に高欄をつける例がとても珍しく、天守に次ぐ格の高い櫓と⁠みられます。どちらも1857年の大地震で大きく壊れ、1859年・1860年に建て直された江戸時代の建物で、国の重要文化財です。木で復元した天守と、江戸時代の櫓が一つにつながっているのがこの城ならではの姿です。[2][5]
見られるか
一部見られる外観は本丸から見られる。天守の観覧で櫓の一部も見られるかは未確認。
03
肱川の対岸から見た大洲城(2017年6月撮影)。城は川のほとりの小高い丘に建ち、背後の肱川を天然の堀にしていた。SuicasmoCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

肱川越しにながめる⁠城

見る場所
肱川の対岸や⁠肱川橋。二の丸の東の端の苧綿櫓は川のすぐそば
注目する部分
川の上の丘に建つ天守と、川に面した苧綿櫓の高い石垣
ここが面白い
大洲城は肱川のほとりの丘に建ち、背後の川を天然の堀にしていました。苧綿櫓は川の上流と⁠下流を見張る城の東の守りでしたが、たびたび洪水にあい、1959年の解体修理で土台の石垣が約2.6mかさ⁠上げされました。川と⁠城が一つの景色になるのが大洲らしさです。[1][2][5]
見られるか
外から見られる川沿いから無料で見られる。公式は伊予大洲駅から城まで「肱川沿⁠いルート」を歩くことをすすめている。

訪問の目安

最寄り駅
JR伊予大洲駅から徒歩約30分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠本丸を見るなら1時間ほど。臥龍山荘や⁠町並みも歩くなら半日
料金
大人550円、中学生以下220円。大洲城・臥龍山荘の2施設共通券大人880円・小人330円、盤泉荘を加えた3施設共通券大人1,100円・小人440円。保護者同伴の5歳以下、大洲市内在住の65歳以上は無料
時間
9:00〜17:00(札止め16:30)
立入り
自由に見学できる

本丸の外まわりは無料で歩ける。天守の中は有料。苧綿櫓と⁠三の丸南隅櫓は本丸から離れた場所にあり、外から見る。日本100名城スタンプ⁠の場所は未確認。

確認日:

この城の物語

01
史実

川を背にした丘の⁠城

大洲城は、肱川のほとりの小高い丘に築かれた平山城です。背後を流れる肱川を天然の堀とし、南側に二の丸・三の丸を置いて内堀と⁠外堀をめぐらせました。大洲はもともと⁠港を意味する「津」の字を使って「大津」と⁠呼ばれていました。[10][5]

02
史実

宇都宮氏の城から近世の城へ

城の始まりは、鎌倉時代の終わりの1331年に、伊予の守護と⁠して来た宇都宮豊房が地蔵ヶ岳に築いた城と⁠いわれます。1585年に豊臣秀吉が四国を平定すると、小早川隆景、戸田勝隆、藤堂高虎、脇坂安治と⁠城主が次々に替わりました。本格的に近世の城と⁠して整えられたのは、藤堂・脇坂の時代と⁠考えられています。[10][4][5]

03
研究上の解釈

脇坂安治と⁠天守の⁠謎

1609年、淡路の洲本から脇坂安治が入りました。天守の基本設計をした建築史家の宮上茂隆氏は、脇坂が洲本から天守を移し、あわせて地名を「大津」から「大洲」に⁠変えたのではないかと推定しています。1617年に加藤貞泰が入り、その後は明治の版籍奉還まで加藤家6万石の城と⁠なりました。[10][5]

04
史実

天守は解体、4つの櫓が残った

明治になると、18棟あった櫓はつぎつぎに失われ、1888年には古くなった天守も⁠取⁠り⁠壊されました。地元の人の活動で一部が守られ、台所櫓・高欄櫓・苧綿櫓・三の丸南隅櫓の4棟が残りました。この4棟は1957年に国の重要文化財に指定されています。いちばん古いのは1766年に再建された三の丸南隅櫓です。[10][2][4][5]

05
史実

市民の力で木造復元

1994年に天守を建て直すための委員会ができ、1996年に宮上茂隆氏が「木造での完全復元ができる」と⁠報告して計画が本格的に動き出しました。工事費は約13億円で、5億円を目標に募金と⁠木材の寄付を集めました。2002年に起工し、富山県井波の宮大工と⁠地元の大工が組み上げ、2004年に完成しています。[3][4]

この城の人びと

年表

  1. 宇都宮豊房が地蔵ヶ岳に城を築くと⁠いわれる[10]

  2. 藤堂高虎が入り、大洲(大津)⁠を居城と⁠する[10]

  3. 脇坂安治が洲本から入る[10]

  4. 加藤貞泰が入り、以後明治まで加藤家が治める[10][5]

  5. 天守が解体される[10][4]

  6. 4棟の櫓が国の重要文化財に指定[10][2]

  7. 四層四階の天守を木造で復元[10][3][4]

建物と⁠遺構

天守の状態

史料に基づく復元

1888年に解体。明治の古写真や⁠天守雛形(木組み模型)などをもとに、2004年に四層四階の天守を木造で復元(公式・市の表現は「復元」)⁠。

城全体のいま

本丸に復元天守と⁠江戸時代の櫓が建ち、城跡一帯は県指定史跡。二の丸・三の丸は市街地になっていて、苧綿櫓と⁠三の丸南隅櫓は離れた場所に残る。

主な建物

木造で復元

天守

2004年に木造で復元。台所櫓・高欄櫓と⁠渡櫓でつながる。[2][4]

現存国重要文化財

台所櫓

1857年の地震で大破し1859年⁠に再建。1970年に解体修理。[2][5]

現存国重要文化財

高欄櫓

1857年の地震で大破し1860年⁠に再建。2階に縁と⁠高欄がある。[2][5]

現存国重要文化財

苧綿櫓

1843年再建。1959年の解体修理で石垣を約2.6mかさ⁠上げ。[2][5]

現存国重要文化財

三の丸南隅櫓

1766年再建。大洲城に残る最も古い建物。壁の中に隠し狭間がある。[2][5]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
史料に基づく復元図面・写真などの史料に基づいて復元された建物編集部記事
築城者
藤堂高虎または脇坂安治日本城郭協会
築城
14世紀前半、慶長年間(1609前後)⁠頃日本城郭協会
主な城主
宇都宮氏、戸田氏、藤堂氏、脇坂氏、加藤氏日本城郭協会
廃城
明治3年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
櫓・櫓台・石垣・堀・曲輪・天守台編集部記事
文化財指定
県史跡(大洲城跡)(1953年)⁠、国重要文化財(台所櫓・高欄櫓・苧綿櫓・三の丸南隅櫓)(1957年)編集部記事
名城選定
日本100名城 82番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

本丸の外まわりは無料で歩ける。天守の中は有料。苧綿櫓と⁠三の丸南隅櫓は本丸から離れた場所にあり、外から見る。日本100名城スタンプ⁠の場所は未確認。

住所

愛媛県大洲市大洲903[4]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR伊予大洲駅JR予讃線

徒歩約30分 · 少⁠し登る

歩くと⁠約30分(約2km)⁠。町を通る旧大洲街道ルートか、肱川沿⁠いルート⁠がすすめられている。市内循環バス「ぐるりんおおず」で「大洲城前」まで約10分+徒歩約5分、タクシーで約10分、自転車で約15分(駅の観光案内所にレンタサイクルあり)⁠。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

大洲城天守
時間
9:00〜17:00(札止め16:30)
休館・休み
年中無休
料金
大人550円、中学生以下220円。大洲城・臥龍山荘の2施設共通券大人880円・小人330円、盤泉荘を加えた3施設共通券大人1,100円・小人440円。保護者同伴の5歳以下、大洲市内在住の65歳以上は無料[1][4]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

松山自動車道・大洲肱南ICから約10分。大洲市民会館駐車場(有料)⁠か大洲市観光第一駐車場(無料)⁠を使う。[1][4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠本丸を見るなら1時間ほど。臥龍山荘や⁠町並みも歩くなら半日
階段・坂・足もと
本丸は小高い丘の上にあり、坂を上る。天守の中は木の階段。[5][6]
車椅子・ベビーカー
車いすで来る場合は事前に相談するよう公式が案内している。詳しい設備は未確認。[1]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
公式サイトの料金表に英語の併記がある。館内の英語表示は未確認。[1]
季節の楽しみ
未確認(季節の行事は公式のお知らせで確認を⁠)[7]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年10月⁠は「武将なりきり体験」や⁠大洲藩鉄砲隊の公開練習などの催しが案内されている(日程は公式のお知らせで確認)⁠。天守は貸し切りの宿泊プラン「大洲城キャッスルステイ」にも使われる。[7][8]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

庭園

臥龍山荘

肱川の景勝地・臥龍淵に面した山荘と⁠庭園。臥龍院・不老庵・文庫は国の重要文化財、一帯は国の名勝。9:00〜17:00(札止め16:30)⁠、無休、大人550円。大洲城との共通券あり。[6]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

木造の城がどう⁠作られているかを見たい人、古い写真や⁠資料から建物をよみがえらせる話が好きな人、城と⁠川のある町並みを一緒に楽しみたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

天守の中では、新しい木で組んだ柱や⁠梁を見上げたい。外では、2004年の天守と⁠江戸時代の台所櫓・高欄櫓がつながった形を見比べると、新旧の建物の色や⁠質感の違いが分かる。

訪ねる前に

いまの天守は2004年の木造復元で、江戸時代の建物ではない(つながる2つの櫓は江戸時代のもの)⁠。駅からは歩くと⁠約30分なので、バスや⁠レンタサイクル⁠も考えておくとよい。

楽しみかた

行きは肱川沿いの道で川越しに城を見て、帰りは臥龍山荘や⁠町並みに寄ると、城と⁠川と⁠町のつながりが感じられる。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    利用案内大洲城公式ウェブサイトofficial確認日:
  2. 2
    建造物・史跡大洲城公式ウェブサイトofficial確認日:
  3. 3
    天守復元大洲城公式ウェブサイトofficial確認日:
  4. 4
    大洲城(観光情報)大洲市municipal確認日:
  5. 5
    大洲市文化財探訪① 大洲城跡大洲市municipal確認日:
  6. 6
    臥龍山荘(観光情報)大洲市municipal確認日:
  7. 7
    大洲城公式ウェブサイト(トップ・お知らせ)大洲城公式ウェブサイトofficial確認日:
  8. 8
    大洲城キャッスルステイ大洲城キャッスルステイ(公式)official確認日:
  9. 9
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    歴史・沿革大洲城公式ウェブサイトofficial確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「大洲城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q1036874Wikidatawikidata確認日:
  14. 14
    OpenStreetMap way/244039533© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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