Sengoku40CC BY-SA 3.0Wikimedia Commonsこの
震災で崩れた石垣を、石を一つずつ元の場所へ戻して積み直した城。
なぜ?
2011年の
見逃したくない3つ
訪問の目安
- 最寄り駅
- JR白河駅から
- 登り
- 少し
登る - 所要時間の
目安 編集部の目安 - 三重櫓だけなら
約30分、 石垣を 一周して 歴史館にも 寄るなら 1時間半ほどが 目安 - 料金
- 未確認
- 時間
- 4〜9月 9:00〜17:00、
10〜3月 9:00〜16:00 - 立入り
- 自由に
見学できる 城山公園は
自由に 歩ける。 本丸へは 仮設の 昇降階段・ 矢之門から 入り、 上がれる 時間が 決まっている (4〜9月8:30〜17:30、 10〜3月8:30〜16:30)。 清水門は 復元工事の ため閉鎖中で、 約60m西の 仮設昇降階段を 使う。 日本100名城 スタンプ は、 しらかわ 観光 ステーション・ 二ノ丸茶屋・ 三重櫓・ 小峰城歴史館の 4か所に ある (年末年始は 市役所本庁舎の 警備員室へ 移す)。
確認日:
この城の物語
川にはさまれた丘の城
江戸時代の
この城の人びと
初代白河藩主・
丹羽長重
Niwa Nagashige
1571–1637
1627年に
白河藩主。
松平定信
Matsudaira Sadanobu
1759–1829
8代将軍徳川吉宗の
城主
本多氏
Honda clan
城主
蒲生氏
Gamō clan
城主
丹羽氏
Niwa clan
城主
松平氏
Matsudaira clan
城主
榊原氏
Sakakibara clan
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
天守は
城全体の
本丸・
主な建物
三重櫓
1991年、
前御門
清水門
旧小峰城太鼓櫓
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 平山城平地の
中の 編集部記事丘に 築いた城 - 時代
- 中世・
近世 編集部記事 - 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城者
- 結城
親朝、 日本城郭協会丹羽長重 - 築城
- 興国~正平年間
(1340~69)、 日本城郭協会寛永6~9年 (1629~32) - 主な
城主 - 白河結城氏、
丹羽氏、 日本城郭協会榊原氏、 本多氏、 松平 (奥平) 氏、 松平 (結城) 氏、 松平 (久松) 氏、 阿部氏 - 廃城
- 明治4年
(1871年) Wikipedia - 見られる
遺構 - 石垣・
土塁・ 編集部記事堀・ 櫓・ 櫓台・ 門・ 曲輪 - 文化財指定
- 国史跡
(小峰城跡) 編集部記事(2010年) - 名城選定
- 日本100名城 13番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に城山公園は
住所
福島県白河市郭内[1]
確認日: 2026-10-03最寄り駅と行き方
開館時間・料金
車・駐車場
小峰城跡・
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
石垣が
ここを見ると面白い
まず
訪ねる前に
城にはもともと天守が
楽しみかた
駅を
写真
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異説・未確認の点
- 築城の
始まり (1340〜1369年 ごろ、 結城 親朝)は 江戸時代の 地誌『白河風土記』に よる。 白河結城氏が 本拠を 小峰城へ 移した 時期も 推定。 - 三重櫓の
柱に、 戊辰戦争の 激戦地の 杉が 使われ弾の 跡が 見えるという 話や、 天守に あたる 建物の 木造復元として 最初の 例だという 評価は、 Wikipedia などに 見られるが 公式資料では 確認 できなかった。 - おとめ桜の
人柱の 話は 伝説。 - 三重櫓と小峰城歴史館の
料金、 城山公園の 開園時間、 駅からの 徒歩分数、 駐車場の 台数と料金、 バリアフリー 情報、 英語案内は 確認 できなかった。 小峰城歴史館の 公式ページも見 つけられなかった。 - 三重櫓の
開館時間は、 観光物産協会の ページでは 「4〜10月 9:00〜17:00」と あり、 市の ページ (2026年8月更新)の 「4〜9月」と食い 違う。 本記事は 市の ページに 従った。
出典
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