本丸に立つ三重櫓(左手前は前御門)。三重櫓は1991年、前御門は1994年に江戸時代の絵図と発掘調査をもとに木造で復元された(2011年12月撮影)。
Sengoku40CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

福島県 · 白河市

白河小峰城

しらかわこみねじょう

Komine Castle

福島県白河市

城平山城日本100名城 13番

この城らしさ

震災で崩れた石垣を、石を一つずつ元の場所へ戻して積み直した城。

なぜ?

2011年の東日本大震災で、小峰城は本丸などの石垣が10か所で崩れ、6か所で大きくゆがみました。市は江戸時代からの積み方にならい、崩れた石を元の位置に戻す方法で8年かけて直し、2019年3月⁠に修復を終えました。白河市は、このやり方が熊本城や⁠丸亀城の修復にも⁠生かされていると⁠説明しています。[1]

見逃したくない3つ

01
本丸に立つ三重櫓(左手前は前御門)。三重櫓は1991年、前御門は1994年に江戸時代の絵図と発掘調査をもとに木造で復元された(2011年12月撮影)。Sengoku40CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

木造で建て直した三重櫓

見る場所
本丸の北東の⁠角
注目する部分
3重3階の⁠櫓(やぐら)⁠の姿と、中に入って見る木の柱や⁠梁
ここが面白い
小峰城には天守がなく、この三重櫓が城の顔でした。1868年の戊辰戦争で焼けましたが、松平定信の時代に作られた実測図「白河城御櫓絵図」(1808年)⁠と発掘調査をもとに、1991年に木造で復元されました。高さ約14m、瓦は1万3千枚以上使っています。[1][2][7][8]
見られるか
外から見られる中に入れる。4〜9月は9:00〜17:00、10〜3月は9:00〜16:00、年末年始(12月29日〜1月3日)休み。料金は未確認。
02
2011年の東日本大震災で崩れた本丸の石垣(2011年9月撮影)。石垣は元の石を元の位置に戻す方法で積み直され、2019年3月に修復を終えた。Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

積み直された本丸の石垣

見る場所
本丸と、そのまわりの帯曲輪(おびぐるわ)
注目する部分
本丸を囲む高い石垣と、震災のあと⁠積み直された部分
ここが面白い
本丸と⁠二の丸をすべて石垣で固めた城で、東北では珍しい造りです。震災で崩れた石垣は、元の石を元の場所に戻す方法で⁠積⁠み⁠直されました。帯曲輪は修復のため長く⁠閉じていましたが、2022年4月⁠に約11年ぶりに開放されました。[1][2][7][10]
見られるか
外から見られる外から見られる。本丸に上がれる時間は、仮設の昇降階段と⁠矢之門が開いている時間(4〜9月8:30〜17:30、10〜3月8:30〜16:30)⁠。
03

復元工事中の清水門

見る場所
本丸の正面。工事中は約60m西の仮設昇降階段から本丸へ入る
注目する部分
高さ約11m・間口約14mの門が、木造で⁠組⁠み⁠上がっていく様子
ここが面白い
清水門は本丸の正面にあった門です。三重櫓と⁠同じく「白河城御櫓絵図」と発掘調査をもとに木造で復元しています。市民などから寄付を募る「小峰城一石城主」の取り組みも行われました。2024年5月⁠に本格的な工事が始まり、完成は2027年3月⁠の予定(当初より1年延長)です。[1][2][3][10]
見られるか
一部見られる門は閉鎖中で通れない。工事の様子は市のページで紹介されている。

訪問の目安

最寄り駅
JR白河駅から
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
三重櫓だけなら約30分、石垣を一周して歴史館にも寄るなら1時間半ほどが目安
料金
未確認
時間
4〜9月 9:00〜17:00、10〜3月 9:00〜16:00
立入り
自由に見学できる

城山公園は自由に歩ける。本丸へは仮設の昇降階段・矢之門から入り、上がれる時間が決まっている(4〜9月8:30〜17:30、10〜3月8:30〜16:30)⁠。清水門は復元工事のため閉鎖中で、約60m西の仮設昇降階段を使う。日本100名城スタンプは、しらかわ観光ステーション・二ノ丸茶屋・三重櫓・小峰城歴史館の4か所にある(年末年始は市役所本庁舎の警備員室へ移す)⁠。

確認日:

この城の物語

01
伝承

川にはさまれた丘の⁠城

江戸時代の地誌『白河風土記』によると、南北朝時代の1340〜1369年ごろ、結城親朝が小峰ヶ岡と⁠いう丘に城をかまえたのが始まりです。白河結城氏はもともと⁠東へ約3kmの白川城を本拠にしていて、本拠を小峰城へ移したのは1504〜1520年ごろ以降⁠と⁠考えられています。いまのJR白河駅の北約500mに本丸があります。[1]

02
史実

丹羽長重が石垣の城に造りかえた

1590年、結城氏は豊臣秀吉の小田原攻めに加わらなかったため領地を取り上げられ、白河はその後37年間、会津の大名の支城になりました。1627年に初代白河藩主と⁠して丹羽長重が入り、1629年から約4年かけて大改修を行い、1632年に完成させました。本丸と⁠二の丸を石垣で固め、川の流れも変えて、いまの城の形ができました。[1][7]

03
研究上の解釈

東北への入口をおさえる⁠城

丹羽家のあとは、徳川家に近い親藩・譜代の大名が7家21代にわたって城主をつとめました。白河は東北地方への入口にあたり、市は小峰城が「奥州の抑え」の役目を担ったと⁠説明しています。寛政の改革で知られる松平定信も、この城の主でした。[1][7]

04
史実

戊辰戦争で焼け落ちる

1867年に阿部家がよそへ移ると⁠白河は幕府の直轄地になり、城は二本松藩が預かりました。翌1868年、戊辰戦争の白河口の戦いで、旧幕府側の奥羽越列藩同盟⁠と新政府軍がこの城をめぐって激しく戦い、城は大半が焼けて落城しました。[1][7]

05
史実

残ったのは石垣と⁠堀

明治になると、1887年に三の丸に東北本線の線路と⁠駅が通り、本丸のあたりは1893年に白河町へ払い下げられました。建物はほとんど残らず、石垣と⁠堀が城の姿を伝えています。二の丸の入口近くにあった太鼓櫓は、移築されて「旧小峰城太鼓櫓」として残り、白河市の重要文化財になっています。[1][7][8]

06
史実

木造復元と⁠震災からの修復

1980年代から公園と⁠しての整備が進み、1991年に三重櫓、1994年に前御門が木造で復元されました。2010年に国の史跡になりましたが、翌2011年の震災で石垣が大きく崩れました。2011年12月から修復が始まり、2019年3月⁠に完了しています。いまは本丸正面の清水門の木造復元が進んでいます。[1][3][7]

この城の人びと

年表

  1. 『白河風土記』による。1340〜1369年ごろ

    結城親朝が小峰ヶ岡に城をかまえる[1]

  2. 丹羽長重による大改修が完成[1][7]

  3. 戊辰戦争・白河口の戦いで焼失し落城[1][7]

  4. 三重櫓を木造で復元(1994年に前御門も⁠)[1][7]

  5. 国の史跡に指定[1][7]

  6. 東日本大震災で石垣が崩れる[1]

  7. 石垣の修復が完了[1]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守はなく、本丸の三重櫓(御三階櫓)⁠が城の象徴だった。三重櫓は1868年に焼失し、1991年に木造で復元された。

城全体のいま

本丸・二の丸を中心に城山公園と⁠して整備されている。JR白河駅のすぐ北にあり、三の丸の一部は駅と⁠線路になった。清水門の復元工事が進んでいる。

主な建物

木造で復元

三重櫓

1991年、「白河城御櫓絵図」(1808年)⁠と発掘調査をもとに木造で復元。3重3階・高さ約14m。中に入れる。[1][7]

木造で復元

前御門

1994年に同じ絵図と⁠発掘調査をもとに木造で復元。[1][7]

木造で復元

清水門

木造で復元工事中。2027年3月完成予定。工事中は閉鎖。[1][3]

移築して現存白河市重要文化財

旧小峰城太鼓櫓

二の丸入口近くにあった櫓が城外へ移されて残ったもの。2022年に移築修復工事を実施。[7][8]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
結城親朝、丹羽長重日本城郭協会
築城
興国~正平年間(1340~69)⁠、寛永6~9年(1629~32)日本城郭協会
主な城主
白河結城氏、丹羽氏、榊原氏、本多氏、松平(奥平)氏、松平(結城)氏、松平(久松)氏、阿部氏日本城郭協会
廃城
明治4年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・堀・櫓・櫓台・門・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(小峰城跡)(2010年)編集部記事
名城選定
日本100名城 13番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城山公園は自由に歩ける。本丸へは仮設の昇降階段・矢之門から入り、上がれる時間が決まっている(4〜9月8:30〜17:30、10〜3月8:30〜16:30)⁠。清水門は復元工事のため閉鎖中で、約60m西の仮設昇降階段を使う。日本100名城スタンプは、しらかわ観光ステーション・二ノ丸茶屋・三重櫓・小峰城歴史館の4か所にある(年末年始は市役所本庁舎の警備員室へ移す)⁠。

住所

福島県白河市郭内[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR白河駅JR東北本線

少し登る

本丸は駅の北約500m。駅の北側がすぐ城山公園。徒歩の分数は公式に記載がない。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

小峰城三重櫓
時間
4〜9月 9:00〜17:00、10〜3月 9:00〜16:00
休館・休み
年末年始(12月29日〜1月3日)
料金
未確認[2][4]
確認日: 2026-10-03
小峰城歴史館
時間
9:00〜16:30(入館は16:00まで⁠)
休館・休み
毎週月曜、祝日の翌日、年末年始(12月28日〜1月4日)
料金
未確認[4]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

小峰城跡・城山公園駐車場⁠がある(台数・料金は未確認)⁠。[1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城山公園の開園時間は未確認。本丸へ上がれるのは仮設昇降階段・矢之門の開放時間(4〜9月8:30〜17:30、10〜3月8:30〜16:30)⁠。[2]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
三重櫓だけなら約30分、石垣を一周して歴史館にも寄るなら1時間半ほどが目安
階段・坂・足もと
本丸は二の丸より約15m高く、本丸へは階段を上る(工事中は仮設の昇降階段)⁠。[1][2]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
白河市の英語ページは自動翻訳の案内のみで、城の英語解説は確認できなかった。
季節の楽しみ
3月は梅、4月は約150本の桜。三重櫓の横には伝説にちなむ「おとめ桜」(二代目)⁠がある。2026年の桜のライトアップは4月3日〜19日、夕暮れ〜22:00だった。[5]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
清水門の復元工事中(2027年3月完成予定)⁠。清水門からは入れず、約60m西の仮設昇降階段を使う。[2][3]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

庭園

南湖公園

白河藩主の松平定信が1801年につくらせた公園。身分を問わず誰もが楽しめる「士民共楽」の考えで、垣根を設けなかった。国の史跡・名勝。城の南にある。[6]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣が好きな人、木造で復元した櫓の中を歩いてみたい人、震災からの文化財の復旧に関心がある人に向く。駅のすぐ北なので、東北本線で立ち寄りやすい。

ここを見ると⁠面白い

まず三重櫓。江戸時代の実測図をもとに木で組んだ建物で、外観だけをまねたコンクリートの天守とは中の様子がまったく違う。次に本丸の石垣を見て回り、震災後に積み直された石垣の大きさを確かめたい。

訪ねる前に

城にはもともと⁠天守がなく、三重櫓が城の象徴。清水門は2027年3月まで工事中で、本丸へは西側の仮設階段から入る。本丸に上がれる時間は季節で変わり、冬は16:30まで。

楽しみかた

駅を出たら北を見上げると⁠三重櫓が見える。春は桜と⁠石垣、秋は紅葉と⁠石垣の組み合わせがよい。時間があれば、松平定信がつくらせた南湖公園まで足をのばすと、白河藩の歴史がもう一つ見えてくる。

訪問者レビュー

レビュー募集中

この城を訪ねた方の声を募集しています。

レビューを書く
評価

体験に基づかない投稿・宣伝・個人情報を含む投稿は公開しません。

異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    小峰城跡【こみねじょうあと⁠】白河市municipal確認日:
  2. 2
    小峰城三重櫓および仮設昇降階段・矢之門の開放時間白河市municipal確認日:
  3. 3
    小峰城跡清水門⁠を復元しています白河市municipal確認日:
  4. 4
    白河小峰城の日本100名城スタンプ設置施設白河市municipal確認日:
  5. 5
    しらかわ桜情報(小峰城・城山公園)白河市municipal確認日:
  6. 6
    国指定史跡・名勝「南湖公園」を歩こう⁠!白河市municipal確認日:
  7. 7
    白河小峰城白河観光物産協会tourism確認日:
  8. 8
    モデルコース(小峰城三重櫓・旧小峰城太鼓櫓)白河観光物産協会tourism確認日:
  9. 9
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    白河小峰城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「白河小峰城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q522630Wikidatawikidata確認日:
  14. 14
    OpenStreetMap node/1945096249© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

現地の変化や⁠誤り、使ってよい写真をご存じでしたらお知らせください。

情報の訂正・写真の提供