勝瑞城跡(見性寺)のまわりに残る濠。水をたたえた濠が城の区画を囲んでいる(2010年撮影)
ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

徳島県 · 藍住町

勝瑞城

しょうずいじょう

Shōzui Castle

徳島県藍住町

城平城続日本100名城 176番

この城らしさ

田んぼと⁠住宅地の地下から、阿波で一番大きかった戦国の町と、大名の庭が出てきた。

なぜ?

勝瑞は室町時代に阿波の守護・細川氏が守護所を置き、戦国時代には三好氏が本拠にした町でした。1582年に長宗我部氏に敗れたあと⁠田園になり、地上から姿を消しました。1994年からの発掘で、大きな濠や⁠庭園、会所の跡が次々に見つかり、2001年に国史跡になりました。[2][3][5]

見逃したくない3つ

01
勝瑞館跡で復元工事中の会所(2010年撮影)。会所は庭を眺め、茶や宴を楽しんだ建物と考えられているブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

復元された会所と⁠枯山水庭園

見る場所
県道14号線の南側、勝瑞館跡(展示室のある側)
注目する部分
小ぶりな青石などを組み合わせずに一つずつ置いた枯山水の庭と、その北側に復元された会所
ここが面白い
1999年度の発掘で、濠に囲まれた区画の中から枯山水の庭が見つかりました。景石は12個で、50cm〜1mほどの小さな石を単独で置いているのが特徴です。庭の北側では庭を眺めるための建物の跡が見つかり、茶や⁠宴を楽しむ「会所」だったと⁠考えられています。いまは会所と⁠庭が復元され、大名の館での楽しみ方を想像できます。[4][2]
見られるか
外から見られる屋外展示はいつでも見学できる(入場無料)⁠。調査・整備中の立入禁止区域には入らない。
02
勝瑞城跡(見性寺)のまわりに残る濠。水をたたえた濠が城の区画を囲んでいる(2010年撮影)ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

勝瑞城跡の濠と⁠土塁

見る場所
県道14号線の北側、見性寺のまわり
注目する部分
寺のまわりをめぐる水のある濠と、一部に残る土塁
ここが面白い
発掘では、上の幅が約13mの濠と、底の幅約12.5m・⁠高⁠さ約2.5mの土塁が⁠確かめられました。出土品の年代から、この勝瑞城は16世紀末に築かれたことが分かっています。勝瑞の町の中心だった館よりも後に、守りを固めるためにつくられた区画と⁠考えられます。[4][3]
見られるか
外から見られる史跡公園と⁠して随時見学できる。境内は寺なので静かに。
03
見性寺の境内にある勝瑞義冢碑(藍住町指定文化財)。阿波三好氏の盛衰を漢文で記した石碑ブレイズマンCC BY 3.0Wikimedia Commons

三好氏四代の墓と⁠勝瑞義冢碑

見る場所
勝瑞城跡にある三好氏の菩提寺・見性寺の境内
注目する部分
並んで⁠立⁠つ三好氏歴代⁠の墓と、阿波三好氏の盛衰を漢文で刻んだ石碑
ここが面白い
境内の墓は、三好之長・元長・実休・長治のものと⁠いわれています。勝瑞義冢碑は、徳島藩の儒学者・那波魯堂が三好氏の盛衰を記した碑で、名文と⁠して⁠親しまれてきました(藍住町指定文化財)⁠。[4]
見られるか
外から見られる寺の境内にある。参拝のマナーを守って見学を。

訪問の目安

最寄り駅
JR勝瑞駅から徒歩約15分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
館跡・展示室・見性寺をひと回りして1時間ほどが目安
料金
無料
時間
9:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

勝瑞城跡(見性寺側)⁠と勝瑞館跡の屋外展示はいつでも見学でき、入場・入館・駐車場とも無料。展示室は9:00〜17:00。調査・整備中の区域は立入禁止。史跡公園内は火気厳禁。続日本100名城スタンプ⁠は館跡側の展示室(勝瑞現場事務所内)⁠にある。日本城郭協会の変更一覧では、近くの武田石油にも土日だけ増設されている。御城印は展示室では売っておらず、近くの武田石油が扱っている。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

吉野川のそばの低い土地

勝瑞のあたりは平均の標高が約2.5mの低い土地で、遺跡は昔の吉野川の南岸の少し高い所に広がります。吉野川は1926年に堤防ができるまで暴れ川でした。周りには「浜」「船戸」「渡り」などの地名が残り、川の舟運でにぎわう中世の町だったと⁠みられています。[3]

02
史実

細川氏の守護所から三好氏の本拠へ

室町時代の後半、阿波の守護・細川氏が勝瑞に守護所を置きました。いつ移したかについては諸説あります。戦国時代に阿波の実権を握った三好氏もここを本拠にし、勝瑞は阿波の政治・経済・文化の中心と⁠して栄えました。記録には市が立ち並んだことや、27の寺があったことが書かれています。[3][5]

03
史実

大きな濠と⁠二つの庭をもつ⁠館

館は、幅10〜15m・⁠深さ3〜3.5mもの大きな濠で区切られたいくつもの区画からできていたと⁠考えられています。濠の底からはお札の木簡や⁠卒塔婆、漆のお椀、こまなど多くの木の道具が出ました。2004〜05年度には東西約40m・南北約30mで中島のある池の庭が見つかり、発掘された庭と⁠しては全国でも最大級と⁠町は説明しています。[4]

04
史実

長宗我部氏に敗れ、町は徳島へ

1582年、土佐の長宗我部氏が阿波を攻めとり、勝瑞は落城して⁠衰えていきました。1585年に豊臣秀吉から阿波を与えられた蜂須賀家政は、城を徳島に定めて城下町をつくり、勝瑞にあった寺などを移しました。こうして勝瑞は田園に変わりました。[3][5]

05
史実

1994年からの発掘と⁠国史跡

勝瑞城跡(見性寺のある区画)⁠は1956年に県の史跡になりました。公園づくりをきっかけに1994年から発掘が始まり、1997年からは県道の南の館跡も調べられました。出土品や⁠遺構の質が全国でも一級と⁠評価され、2001年1月29日⁠に国史跡に指定され、その後2007年、2014年(三好氏の祈願寺・正貴寺跡)などに範囲が広げられました。[4]

この城の人びと

年表

  1. 長宗我部氏に敗れて落城し、勝瑞が衰える[3][5]

  2. 蜂須賀家政が徳島に城を定め、勝瑞の寺などを移す[3]

  3. 勝瑞城跡が徳島県史跡に[4]

  4. 公園整備をきっかけに発掘調査が始まる[4][7]

  5. 1月29日、国史跡「勝瑞城館跡」に指定[4]

  6. 続日本100名城⁠に選ばれる[6]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

日本城郭協会の一覧では天守は「−」。守護所・戦国大名の館を中心とした平地の城館で、天守はない。

城全体のいま

県道14号線をはさみ、北が勝瑞城跡(見性寺の境内と⁠濠・土塁)⁠、南が勝瑞館跡(史跡公園と⁠展示室)⁠。館跡では会所・枯山水庭園の復元、濠の位置の表示、礎石建物の平面表示などが進む。調査・整備中の区域は立入禁止。史跡公園は災害時の指定緊急避難場所でもある。

主な建物

再建(復興)

会所

発掘された建物跡をもとに枯山水庭園とともに復元。[4]

再建(復興)

枯山水庭園

1999年度の調査で発見。景石12個。[4]

跡地のみ

礎石建物群

池泉庭園の北で見つかった3〜4棟の建物跡。礎石を復元して平面表示している。[4]

跡地のみ

勝瑞城跡の濠・土塁

見性寺のまわりに濠がめぐり、一部に土塁が残る。[4]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城
不明日本城郭協会
主な城主
三好氏、十河氏日本城郭協会
廃城
天正10年(1582年)Wikipedia
見られる遺構
土塁・堀・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(勝瑞城館跡)(2001年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 176番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

勝瑞城跡(見性寺側)⁠と勝瑞館跡の屋外展示はいつでも見学でき、入場・入館・駐車場とも無料。展示室は9:00〜17:00。調査・整備中の区域は立入禁止。史跡公園内は火気厳禁。続日本100名城スタンプ⁠は館跡側の展示室(勝瑞現場事務所内)⁠にある。日本城郭協会の変更一覧では、近くの武田石油にも土日だけ増設されている。御城印は展示室では売っておらず、近くの武田石油が扱っている。

住所

勝瑞館跡(展示室): 〒771-1273 徳島県板野郡藍住町勝瑞字東勝地267-1/勝瑞城跡(見性寺): 同東勝地176[2]

確認日: 2026-10-04

最寄り駅と⁠行き方

JR勝瑞駅JR高徳線

徒歩約15分 · 登りなし

駅を出て西へ向かい、踏切を渡って道なりに約15分(町の案内では約15分、県の観光サイトでは約10分)⁠。県道14号線の北側が勝瑞城跡、南側のマンションの裏手が勝瑞館跡。徳島駅からは徳島バスかじや⁠原線で「勝瑞西」下車、徒歩3分。[2][5]

確認日: 2026-10-04

開館時間・料金

史跡勝瑞城館跡展示室
時間
9:00〜17:00
休館・休み
12月29日〜1月3日。災害時・荒天時は閉館することがある
料金
無料[1][2]
確認日: 2026-10-04

車・駐車場

高松自動車道板野ICまたは徳島自動車道藍住ICから県道14号線を東へ約6km、車で15分ほど。駐車場は無料で、館跡側は大型バスもとめられる。事務所の南の月極駐車場は町の駐車場ではないので使わないこと。[2]

確認日: 2026-10-04
公園・城域の開放時間
勝瑞城跡と⁠館跡の屋外展示は随時見学可。[2]確認日: 2026-10-04
所要時間の目安編集部の目安
館跡・展示室・見性寺をひと回りして1時間ほどが目安
階段・坂・足もと
平地で坂はない。濠の位置を示す真砂土の舗装は車両進入禁止。[2]
車椅子・ベビーカー
展示室は外階段を上がった2階だが、エレベーターを使える(階段下のインターホンで職員に知らせる)⁠。1階に車いす・オストメイト対応⁠の多目的トイレと⁠おむつ交換台あり。[2]確認日: 2026-10-04
トイレ・休憩
勝瑞城跡(史跡公園)⁠に洋式・多目的トイレあり。展示室の建物内のトイレは開館時間内のみ。屋外に和式の仮設トイレ3基。[2]
英語案内・音声ガイド
英語の案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
未確認
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
調査・整備中のため敷地内に立入禁止区域がある。展示室の定員は17名で、団体の説明は入れ替え制。続日本100名城スタンプ⁠は展示室のほか、武田石油に土日のみ増設(日本城郭協会の変更一覧)⁠。[2][8]確認日: 2026-10-04

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣や⁠天守ではなく、発掘で見えてくる戦国大名の暮らしや⁠庭に興味がある人、三好氏や⁠阿波の歴史が好きな人に向く。駅から歩ける平地の城跡で、足に自信がない人も回りやすい。

ここを見ると⁠面白い

まず館跡側の展示室で発掘の成果と⁠町の姿をつかみ、復元された会所と⁠枯山水庭園を見る。次に県道を渡って見性寺へ行き、濠と⁠土塁、三好氏の墓を見ると、館と⁠城の二つの区画の関係が分かる。

訪ねる前に

いまも発掘・整備が続いており、立入禁止の区域がある。展示室は年末年始以外は開いていて無料。史跡公園は避難場所でもあり、近所に住宅も多いので静かに見学を。

楽しみかた

町のサイトには年度ごとの発掘調査のあゆみが公開されている。見つかった庭や⁠濠がどこにあったか、地図と⁠見比べながら歩くと、地下に眠る戦国の町の広がり(館を中心に直径約300mと推定)⁠が想像しやすい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    国指定史跡勝瑞城館跡(トップページ)藍住町教育委員会社会教育課勝瑞事務所municipal確認日:
  2. 2
    利用案内藍住町教育委員会社会教育課勝瑞事務所municipal確認日:
  3. 3
    遺跡の説明守護町勝瑞遺跡藍住町教育委員会社会教育課勝瑞事務所municipal確認日:
  4. 4
    国指定史跡『勝瑞城館跡』藍住町教育委員会社会教育課勝瑞事務所municipal確認日:
  5. 5
    勝瑞城館跡徳島県観光情報サイト阿波ナビtourism確認日:
  6. 6
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    勝瑞城館跡について⁠知りたいのですが,どうすればいいですか徳島県municipal確認日:
  8. 8
    スタンプ設置場所などの変更一覧(2026年8月版PDF)公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    Wikipedia「勝瑞城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  11. 11
    Wikidata Q11400421Wikidatawikidata確認日:

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  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
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