三熊山の上に見える洲本城の模擬天守。1928年に着工し1929年に完成した鉄筋コンクリートの建物で、江戸時代の天守を復元したものではない
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兵庫県 · 洲本市

洲本城

すもとじょう

Sumoto Castle

兵庫県洲本市

城平山城続日本100名城 164番

この城らしさ

山の上の城と⁠ふもとの城を、山の斜面をまっすぐ下る2本の石垣がつないでいる。

なぜ?

洲本城は、三熊山の上の「上の城」と、ふもとの「下の城」からなる城です。その間の北の斜面に、上下をつなぐ「登り石垣」が2本残っています。全国でも数例しかない珍しい遺構で、豊臣秀吉の朝鮮出兵のころに朝鮮半島に築かれた⁠城(倭城)との関係が⁠考えられています。[1][2][3]

見逃したくない3つ

01

上の城と⁠下の城をつなぐ登り石垣

見る場所
三熊山の北の斜面(東と⁠西の2か所)
注目する部分
斜面を上から下へ、まっすぐ延びる石垣の⁠線
ここが面白い
ふつう石垣は曲輪のまわりを囲みますが、登り石垣は斜面を縦に走り、斜面を横に回り込む敵を止めます。県立歴史博物館⁠は伊予松山城や⁠彦根城などと⁠並ぶ数少ない例と⁠紹介しています。上下の城をつなぐ登り石垣が良い状態で残っていることが、続日本100名城⁠に選ばれた理由の一つです。[1][2][3]
見られるか
一部見られる山の斜面にあり、見学の道順や⁠見える場所は未確認。
02
天守台の石垣の上に立つ模擬天守。いまは中に登れない663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons

天守台の模擬天守と⁠大阪湾の眺め

見る場所
本丸の北の最も高い所にある天守台
注目する部分
石垣の上の小さな模擬天守と、天守台から見下ろす洲本の町・大浜海岸・大阪湾
ここが面白い
江戸時代の天守を復元したものではなく、昭和天皇の即位の儀式(御大典)⁠を記念して1928年に着工し、1929年に完成した鉄筋コンクリート⁠の「城型休憩所」です。市は日本最古の模擬天守と⁠紹介しています。天守台からの眺めは洲本八景の一つに選ばれています。[1][3][5][6]
見られるか
一部見られる外観と⁠天守台からの眺めは自由に見られる。模擬天守の中には老朽化のため登れない。
03
本丸へ上る大石段。両側を石垣が固めるブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

本丸へ上る大石段と⁠総石垣

見る場所
本丸の南側の大石段と、そのまわりの曲輪
注目する部分
両側を石垣に挟まれた大石段と、⁠角だけ細長⁠い⁠石⁠を互い違いに積んだ石垣の⁠隅
ここが面白い
東西約800mにわたり、曲輪がすべて石垣で囲まれています。1585年に入った脇坂安治が、豊臣秀吉の大坂城を海から守る城と⁠して石垣造りに改めました。石垣の多くは自然の石を積んだ野面積みですが、角の一部には石を加工して互い違いに組む算木積みが使われています。[1][3]
見られるか
外から見られる公園と⁠して常時無料で開放。

訪問の目安

最寄り駅
洲本バスセンター(高速バス)から徒歩約35分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
上の城を回るなら1時間前後、下の城と⁠史料館も見るなら半日が目安
料金
大人500円、高校・大学生300円、小・中学生150円(団体割引あり)
時間
9:00〜17:00(入館16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

上の城は公園かつ史跡で、常時無料で開放。夜間照明が十分でないので、日没後は懐中電灯を。模擬天守の中には入れない。続100名城スタンプ⁠と⁠御城印は、下の城にある淡路文化史料館⁠に置いてある(月曜休館)⁠。

確認日:

この城の物語

01
伝承

淡路水軍の安宅氏が築いた

洲本城は、洲本の町の南にそびえる標高約130mの三熊山にあります。戦国時代に淡路水軍を率いた安宅(あたぎ)氏が、1526年に築いたと⁠伝わります(1510年と⁠する説もあります)⁠。紀淡海峡と⁠大阪湾を見下ろす、海の守りの城でした。[1][3]

02
史実

脇坂安治が総石垣の城に

1582年に秀吉配下の仙石秀久が城主と⁠なり、1585年からは「賤ケ岳の七本槍」の一人、脇坂安治が24年間ここにいました。安治は城を総石垣に改め、秀吉の大坂城を守る堅い城にしました。本丸や⁠東の丸からは、脇坂家の家紋「輪違い」の瓦や、朝鮮半島系の瓦も出土しています。[1][3][8]

03
研究上の解釈

朝鮮出兵の経験と⁠登り石垣

安治は1592年と⁠1597年の朝鮮出兵に淡路水軍を率いて加わりました。山の斜面を縦に走る登り石垣は、このころ朝鮮半島に築かれた倭城との関係が考えられ、文禄・慶長期(1590年代〜1600年代はじめ)⁠に造られたと⁠推定されています。[3][2]

04
史実

いったん廃城、「由良引け」で再び中心に

1609年に脇坂氏が伊予大洲へ移ると、山上の城は事実上の廃城になりました。大坂の陣のあと⁠淡路は徳島藩蜂須賀家⁠の領地になり、家老の稲田氏が由良に置かれましたが、不便だったため、1631〜1635年⁠に城と⁠町をまるごと⁠洲本へ移しました。これを「由良引け」と⁠いいます。このときふもとに整えられたのが「下の城」で、明治まで淡路を治める拠点になりました。[1][3][2]

05
史実

建物はなく、石垣が残る

城の建物は一つも残っていません。下の城の御殿は明治のはじめに取り壊され、その一部の金天閣が洲本八幡神社に移されて残っています。山上には本丸・南の丸・東の丸・武者溜などの曲輪と⁠石垣、大きな池が残ります。[1][3]

06
史実

模擬天守と⁠史跡の整備

明治以後、山上の城跡は公園と⁠して開放されました。1928年、昭和天皇の即位を記念して天守台に鉄筋コンクリート⁠の模擬天守の建設が始まり、1929年に完成しました。上の城は1999年に国の史跡、下の城は市の史跡になり、2017年に続日本100名城⁠の164番に選ばれました。市は石垣の修理を中心に整備を続けています。[1][3][4]

この城の人びと

年表

  1. 安宅治興が築城したと⁠伝わる(1510年説もある⁠)[1][3]

  2. 脇坂安治が城主と⁠なり、総石垣の城に改修[1][3]

  3. 脇坂氏が伊予大洲へ移り、事実上の廃城[1][3]

  4. 「由良引け」が一応完成し、洲本が再び淡路の中心に[3]

  5. 模擬天守が完成(1928年着工)[3][1]

  6. 上の城が国の史跡に指定[1]

  7. 続日本100名城(164番)⁠に選定[1][4]

建物と⁠遺構

天守の状態

模擬天守

1928年着工・1929年完成⁠の鉄筋コンクリート⁠の模擬天守(城型休憩所)⁠。江戸時代の天守を復元したものではない。老朽化のため現在は中に登れない。

城全体のいま

山上の上の城は三熊山公園と⁠して常時無料で開放され、総石垣の曲輪と⁠模擬天守がある。本丸内にカフェがある。ふもとの下の城には石垣と⁠堀が残り、淡路文化史料館⁠や裁判所などが建つ。

主な建物

再建(復興)

模擬天守

昭和天皇の御大典記念。外観のみ見学可。[1][3]

移築して現存兵庫県指定文化財

金天閣(下の城の御殿の一部⁠)

明治以後に移され、いまは洲本八幡神社の境内にある。[3][6]

現存国史跡

登り石垣(東・西)

文禄・慶長期の築造と⁠推定。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
模擬天守天守がなかった城や、姿の分からない城に建てた観光用の天守編集部記事
築城者
安宅氏日本城郭協会
築城
16世紀前半日本城郭協会
主な城主
脇坂氏日本城郭協会
廃城
明治4年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・天守台・堀・曲輪・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(洲本城跡・上の城)(1999年)⁠、洲本市指定史跡(下の城)編集部記事
名城選定
続日本100名城 164番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

上の城は公園かつ史跡で、常時無料で開放。夜間照明が十分でないので、日没後は懐中電灯を。模擬天守の中には入れない。続100名城スタンプ⁠と⁠御城印は、下の城にある淡路文化史料館⁠に置いてある(月曜休館)⁠。

住所

〒656-0023 兵庫県洲本市小路谷1272[5]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

洲本バスセンター(高速バス)大阪・三宮・新神戸・高速舞子・徳島などから高速バス

徒歩約35分 · 急⁠な登り

バスセンターから三熊山を登って上の城まで徒歩約35分。下の⁠城(淡路文化史料館)⁠はバスセンターから徒歩約10分。[5][7]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

洲本市立淡路文化史料館(下の城)
時間
9:00〜17:00(入館16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝休日のときは翌平日)
料金
大人500円、高校・大学生300円、小・中学生150円(団体割引あり)[7]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

神戸淡路鳴門自動車道の洲本ICまたは淡路島中央スマートICから約15分。上の城の駐車場はすべて無料・常時利用可: 洲本城馬屋跡駐車場(約10台・天守台まで徒歩6分・道が狭くバス不可・トイレなし)⁠、洲本城跡駐車場(約20台・徒歩8分・バス1台・トイレあり)⁠、三熊いこいヶ丘駐車場(約50台・徒歩14分・車いす用2台・トイレあり)⁠、三熊山東園地駐車場(約35台・徒歩16分・トイレあり)⁠。[1][5]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
常時開放(無料)[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
上の城を回るなら1時間前後、下の城と⁠史料館も見るなら半日が目安
階段・坂・足もと
上の城は山の上で、駐車場からも石段や⁠坂を歩く。町から歩いて登る場合は約35分の山道。[1][5]
車椅子・ベビーカー
三熊いこいヶ丘駐車場に⁠車いす利用者等用⁠の駐車枠が2台分ある。城跡内の段差の状況は未確認。[1]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
3か所の駐車場にトイレあり。本丸大階段前の休憩所のトイレは2026年9月25日時点⁠で故障のため使用不可。[1]
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
春は桜。毎年11月3日に洲本城まつりがある。[5]
撮影のルール
ドローンの使用に市への申請は不要。航空法を守り、周囲に迷惑がかからないよう注意。[1]
工事・休館・立入制限
本丸大階段前の休憩所トイレが故障中(2026年9月25日時点)⁠。本丸内の046cafeは9:00〜16:00、火・水曜定休。ボランティアガイド(洲本城友の会)⁠は1週間前までに電話予約(0799-25-5820)⁠。[1]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

洲本市立淡路文化史料館

下の城の跡に建つ市立の史料館。洲本城の歴史や⁠発掘品を紹介し、続100名城スタンプ⁠もここにある。[7][1]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣が好きな人、海と⁠町を見下ろす景色を楽しみたい人、淡路島をドライブで回る人に向く。車なら駐車場から数分で本丸に着く。

ここを見ると⁠面白い

山上に広がる総石垣の曲輪と⁠大石段、そして天守台からの大阪湾の眺め。模擬天守は「昭和の記念建築」と⁠して見ると⁠面白い。時間があれば、斜面を下る登り石垣と、ふもとの下の城の石垣と⁠堀もあわせて見ると、上下二つの城の関係が分かる。

訪ねる前に

城の建物は残っておらず、天守は昭和の模擬天守で中には入れない。上の城は山の上なので、歩いて登るなら約35分。スタンプは下の城の史料館(月曜休館)⁠にある。

楽しみかた

本丸のカフェでひと⁠休みしながら⁠海⁠を眺めたり、11月3日の洲本城まつりに合わせて⁠訪れたりするのもよい。ふもとの洲本温泉に泊まって、朝に城山へ登る旅も組める。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    洲本城跡(続日本100名城選定)洲本市municipal確認日:
  2. 2
    ひょうごのお城洲本城兵庫県立歴史博物館official確認日:
  3. 3
    史跡洲本城跡整備基本計画第3章史跡洲本城跡⁠の概要洲本市report確認日:
  4. 4
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  5. 5
    洲本城跡兵庫観光ナビ(ひょうご観光本部)tourism確認日:
  6. 6
    洲本城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  7. 7
    時間・料金・アクセス洲本市立淡路文化史料館official確認日:
  8. 8
    史跡洲本城跡調査成果速報展2024洲本市(淡路文化史料館)municipal確認日:
  9. 9
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    Wikipedia「洲本城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  11. 11
    Wikidata Q5369846Wikidatawikidata確認日:
  12. 12
    OpenStreetMap node/2496090967© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
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  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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