新緑の木々に囲まれた高岡城の水堀(2010年5月)。堀は築城当時の形をほぼ保っている。
くろふねCC BY 3.0Wikimedia Commons

富山県 · 高岡市

高岡城

たかおかじょう

Takaoka Castle

富山県高岡市

城平城日本100名城 37番

この城らしさ

城跡の3分の1以上が水。400年前に掘られた堀が、ほぼそのままの形で町の真ん中に残っている。

なぜ?

高岡城は1615年に廃城になりましたが、加賀藩は堀を埋めずに残しました。明治のはじめに土地が売り⁠払われそうになったときも、町の人の願いで公園と⁠して守られました。そのため天守や⁠櫓はなくても、堀と⁠郭(くるわ。城の中の区画)⁠の形が約400年たった今もよく残っています。[1][2][6]

見逃したくない3つ

01
新緑の木々に囲まれた高岡城の水堀(2010年5月)。堀は築城当時の形をほぼ保っている。くろふねCC BY 3.0Wikimedia Commons

城の3分の1を占める水堀

見る場所
城跡(高岡古城公園)⁠のまわり全体。鍛冶丸付近や⁠朝陽橋・朝陽の滝付近から見る池の端濠(西外濠)⁠と⁠本丸の眺めを公園が勧めている
注目する部分
広い水面と、その内側に盛り上がる郭のふち。本丸の西側では水面から本丸までが約15mの崖になっている
ここが面白い
城の総面積約21.8万㎡のうち、約37%が人工の水堀です。堀を掘った土を固めて郭の地盤にしました。全国でも、堀が埋められず郭の形が約400年残っているのは非常に珍しいと⁠市は説明しています。[1][2][6][8]
見られるか
外から見られる公園内や⁠周りの道から自由に見られる。堀での釣りは禁止。
02
堀ぞいに残る石垣(2017年8月)。高岡城で築城当時の石垣が残るのは、本丸と二の丸を結ぶ土橋の両側とされる。RESPITECC0Wikimedia Commons

本丸と⁠二の丸を結ぶ土橋の石垣

見る場所
本丸と⁠二の丸をつなぐ土橋(堀の中に土を盛って作った通路)⁠の両側
注目する部分
不ぞろいな石をすき間を残して積んだ「野面積み」と、石に刻まれた「田」「+」などの⁠印(刻印)
ここが面白い
高岡城で築城当時から残る数少ない遺構です。石は池の端側に約920個、内堀側に約850個あり、石工の目印と⁠みられる刻印が60種類以上⁠見つかっています。石は雨晴や⁠氷見など各地から集められたようです。明治以後に一部が取り外され、堤防工事などに使われたと⁠いいます。[5][7]
見られるか
外から見られる土橋を渡りながら、また堀の側から見られる。
03

郭を一列に並べた「馬出」の設計

見る場所
本丸から土橋を渡って二の丸・鍛冶丸・三の丸へ歩く道すじ
注目する部分
本丸の南東と⁠南西に、堀をはさんで郭が並び、堀が二重になっていること。北西側は堀が一重で、その先は昔の沼地だった
ここが面白い
馬出(うまだし)は、出入口の前に置いて敵を防ぐ小さな郭です。高岡城は、本丸のまわりに馬出の郭を配した守りの固い設計が評価され、国史跡に指定されました。城郭考古学者の千田嘉博氏は、馬出をここまで城全体の設計に生かした城は、近世の城では唯一と⁠言えると⁠評価しています。[1][2][8]
見られるか
一部見られる郭と⁠堀は歩いて見られるが、木が茂っていて全体の形は地上から分かりにくい。高岡市立博物館⁠の展示や⁠散策ガイドの地図と⁠見比べると⁠よい。

訪問の目安

最寄り駅
高岡駅古城公園口(北口)から徒歩約15分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
堀と⁠郭をひと回りして博物館を見るなら1時間半〜2時間⁠が目安
料金
入館無料
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡は高岡古城公園と⁠して自由に歩ける。公園内の高岡市立博物館⁠は入館無料。日本100名城スタンプ⁠は博物館の受付の右奥にあり、閉館後は入口前(屋外)⁠に移されるので24時間押せる。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

なぜこの場所に城を建てたのか

1609年3月、前田利長が隠居して住んでいた富山城が大火で焼けました。利長は新しい城の場所と⁠して、当時「関野」と⁠呼ばれた台地の北の端を選びました。西を流れる川の舟運で米どころの平野や⁠港と⁠つながり、北から西にかけての崖の下には広い沼地が広がって、守りにも向いていたと⁠博物館は説明しています。[1][6]

02
史実

加賀前田家2代・前田利長の隠居城

城を築いたのは、加賀前田家の2代目で前田利家の長男・前田利長です。利長は中国の古い詩集『詩経』の言葉からこの地を「高岡」と⁠名付け、工事を始めてわずか半年ほどの1609年9月、まだ未完成の城に入りました。築城について利長が出した手紙が約30通残っていて、利長自身が細かく指示していたことが分かります。[1][6][14]

03
研究上の解釈

豊臣と⁠徳川のあいだで備えた⁠城

1609年はまだ大坂に豊臣家が残っていました。利長は豊臣家に仕えてきた家の当主でしたが、徳川家に従う道を選び、母のまつを人質と⁠して江戸に送っていました。隠居の身でも、いざと⁠いうときに頼れる自分の拠点が必要だったと⁠博物館は見ています。そのため高岡城は、堀と⁠土塁(土を盛った壁)⁠で固めた実戦向きの城になりました。[1]

04
史実

わずか6年で廃城、でも堀は埋めなかった

利長は1614年に亡くなり、翌1615年、幕府の「一国一城令」で高岡城は廃城になりました。建物はこのときに壊されたと⁠みられます。しかし3代藩主の前田利常は堀を埋めず、城の中に米や塩の蔵を置いて番人を立て、一般の人が⁠入れないようにしました。城下町は商工業の町へと⁠切り⁠替えられていきました。[1][2][6]

05
史実

売られかけた城跡を町の人が守った

明治のはじめ、城跡は堀を除いて民間に払い下げられ、買い手も決まりました。これに対し町の人たちが強く反対し、服部嘉十郎らが公園にしてほしいと⁠県に願い出ました。1875年7月4日、城跡は「高岡公園」と⁠なり、開墾されずにすみました。[1][2][6]

06
史実

公園と⁠して150年、国史跡へ

明治の終わりには京都の庭師の流れをくむ人たちが庭園を整え、1951年の博覧会に向けた改修で今の公園の形ができました。発掘調査では本丸から礎石(建物の柱を支える石)⁠が16個見つかり、幅50m以上の御殿があったことが分かりました。2006年に日本100名城⁠に選ばれ、2015年に国史跡に指定されました。[1][2]

この城の人びと

年表

  1. 富山城が焼け、前田利長が高岡城を築いて9月に入城[1][6]

  2. 前田利長が亡くなる[1][2]

  3. 一国一城令で廃城(1638年と⁠する説もある⁠)[1][6]

  4. 城跡が「高岡公園」になる[1][2]

  5. 日本100名城⁠に選ばれる[1][6][11]

  6. 国史跡に指定[1][2]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

本丸の北隅に天守台のような張り出しがあるが、博物館は天守はまだなかったと⁠考えている。築城3年後の年号がある絵図では、この場所に「御材木御蔵」と書かれている。

城全体のいま

城跡全体が高岡古城公園(約21万㎡)⁠。本丸の北西半分は芝生の本丸広場、残りは射水神社の境内。公園内には高岡市立博物館、動物園、体育館などがある。

主な建物

現存

本丸・二の丸間の土橋の石垣

築城当時からの野面積み。刻印が60種以上。[5][7]

跡地のみ

本丸御殿

建物は残っていない。発掘で礎石16個が見つかり、幅50m以上の御殿と⁠分かった。[1][2]

現存

民部の井戸

三の丸にある城の時代の井戸(直径80cm・深さ8m)⁠。上の茅ぶきの屋形は後の時代のもので、平成にふき替えている。[5][9]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
前田利長日本城郭協会
築城
慶長14年(1609)日本城郭協会
主な城主
前田利長日本城郭協会
廃城
1615年(元和元年)Wikipedia
見られる遺構
堀・石垣・土塁・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(高岡城跡)(2015年)⁠、富山県指定史跡(1965年)編集部記事
名城選定
日本100名城 37番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は高岡古城公園と⁠して自由に歩ける。公園内の高岡市立博物館⁠は入館無料。日本100名城スタンプ⁠は博物館の受付の右奥にあり、閉館後は入口前(屋外)⁠に移されるので24時間押せる。

住所

〒933-0044 富山県高岡市古城1-9(高岡古城公園管理事務所)[6][3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

高岡駅古城公園口(北口)あいの風と⁠やま鉄道線・JR城端線・氷見線

徒歩約15分 · 未確認

北東へ約1km。北陸新幹線の新高岡駅からは、JR城端線かバスで高岡駅へ出る。[4][10]

確認日: 2026-10-03
越中中川駅JR氷見線

徒歩約4分 · 未確認

公園の北側に近い駅。[10]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

高岡市立博物館
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝休日の場合は開館し、翌平日が休館)⁠、12月29日〜1月3日
料金
入館無料[3]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

公園北側の小竹藪駐車場と⁠北口駐車場(あわせて130台・無料)⁠、博物館前(約10台・無料)⁠。小竹藪駐車場に観光バス5台分(予約不可・先着順)⁠。土日祝は高岡市職員駐車場⁠も使える。能越自動車道高岡ICから約15〜20分。[4][10]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
堀と⁠郭をひと回りして博物館を見るなら1時間半〜2時間⁠が目安
階段・坂・足もと
平城で、園内は広い。本丸の西側は堀から約15mの崖になっている。坂や⁠段差の詳しい情報は未確認。[8]
車椅子・ベビーカー
三の丸茶屋(公園案内所)⁠で車いすを貸し出している。公園の散策マップに多目的トイレと⁠エレベーターの表示がある。[9][15]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
園内に公衆トイレ・多目的トイレあり(場所は公園の散策マップに表示)[15]
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
春は桜の名所で「さくら名所100選」に選ばれている。秋は紅葉、冬は雪景色。「高岡万葉まつり」のメイン会場にもなっている。[6]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年度の「高岡古城公園景観再生プロジェクト」で、動物園まわりの樹木の剪定・伐採が予定されている(寄附の受付は2026年10月7日〜2027年1月4日)⁠。立入制限の情報は確認できなかった。[12]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

庭園

国宝高岡山瑞龍寺

前田利長の菩提寺。博物館によると⁠利長の三十三回忌に向けて3代利常が建て始め、利長の墓所まで約870mの「八丁道」でつながる。あいの風と⁠やま鉄道高岡駅から徒歩10分。[13][1]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守よりも、堀や⁠土塁など「城のつくり」そのものを見たい人に向く。町の中の大きな水辺の公園なので、桜や⁠紅葉の季節の散歩にも合う。

ここを見ると⁠面白い

まず堀の広さを見て、次に本丸と⁠二の丸をつなぐ土橋の石垣で刻印を探す。そのあと⁠二の丸・鍛冶丸・三の丸と⁠土橋を渡って歩くと、郭を一列に並べた設計が体で分かる。本丸の西側では、堀から立ち上がる崖の高さにも注目したい。

訪ねる前に

天守や櫓、門は残っておらず、見どころは堀・郭・石垣。本丸の一部は射水神社の境内になっている。高岡駅から歩くと⁠約15分。

楽しみかた

先に公園内の高岡市立博物館(無料)⁠で高岡城の展示を見て、城の形をつかんでから歩くと⁠分かりやすい。帰りに瑞龍寺と⁠八丁道まで足をのばすと、利長と⁠利常の時代の高岡をまとめてたどれる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    富山県唯一の日本百名城・国指定史跡「高岡城跡」高岡市立博物館official確認日:
  2. 2
    高岡城跡高岡市教育委員会文化財保護活用課municipal確認日:
  3. 3
    高岡市立博物館トップページ(開館時間・休館日)高岡市立博物館official確認日:
  4. 4
    交通アクセス高岡市立博物館official確認日:
  5. 5
    高岡城の遺構高岡市立博物館official確認日:
  6. 6
    古城公園について高岡古城公園管理事務所official確認日:
  7. 7
    二の丸エリア石垣高岡古城公園管理事務所official確認日:
  8. 8
    本丸エリア高岡古城公園管理事務所official確認日:
  9. 9
    三の丸エリア民部の井戸・三の丸茶屋高岡古城公園管理事務所official確認日:
  10. 10
    アクセスマップ高岡古城公園管理事務所official確認日:
  11. 11
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    高岡古城公園景観再生プロジェクト2026高岡市景観みどり⁠課municipal確認日:
  13. 13
    アクセス地図国宝高岡山瑞龍寺official確認日:
  14. 14
    高岡の祖・前田利長略年譜高岡市立博物館official確認日:
  15. 15
    古城公園散策マップ高岡古城公園管理事務所official確認日:
  16. 16
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  17. 17
    Wikipedia「高岡城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  18. 18
    Wikidata Q8011764Wikidatawikidata確認日:
  19. 19
    OpenStreetMap node/6534666054© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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