対岸の白山観音から見た春の高遠城址公園(2021年4月撮影)。城跡をタカトオコヒガンザクラが覆い、赤い屋根の高遠閣がのぞく。
MaedaAkihikoCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

長野県 · 伊那市

高遠城

たかと⁠おじょう

Takatō Castle

長野県伊那市

城平山城日本100名城 28番

この城らしさ

天守も高い石垣もない城跡を、たった1種類の桜1,500本⁠が埋めつくす。

なぜ?

城の建物は明治の廃城でほぼすべて⁠取⁠り⁠壊されましたが、1876年に旧藩士たちが城下の「桜ノ馬場」から桜を移して植えました。その子孫がいまの約1,500本⁠のタカトオコヒガンザクラです。1種類だけでこれほどの林になっている場所はほかにないとして、長野県の天然記念物になっています。[2][3]

見逃したくない3つ

01
満開の桜に囲まれた桜雲橋(2010年4月撮影)。橋の下は本丸を囲む堀。江戸村のとくぞうCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

深い空堀と⁠桜雲橋

見る場所
本丸のまわり。問屋門の手前にかかる赤い桜雲橋から下をのぞく
注目する部分
曲輪(くるわ)⁠を区切る深い堀と、内側に盛られた土塁。南曲輪では土橋の上から、斜面を削って作った切岸(きりぎし)⁠が見える
ここが面白い
高遠城には近世の城によくある高い石垣がなく、堀と⁠土塁で守る城です。文化庁は、各曲輪が深い空堀で隔てられ、高い土塁がめぐる「きわめて戦国的な城郭の構え」が残ると⁠評価しています。高遠閣の裏の中堀では、堀の底から見上げて高低差を体で感じられます。[1][2]
見られるか
外から見られる公園内から自由に見られる(桜まつり期間は入園料が必要)⁠。
02
本丸の入口に立つ問屋門(2022年4月撮影)。もとは城下町の問屋役所の門で、昭和20年代に町の人が城跡へ移した。QurrenCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

町の人が移した問屋門

見る場所
本丸の入口。桜雲橋を渡った⁠先
注目する部分
瓦屋根の小さな門と、手前の赤い橋が重なる景色
ここが面白い
この門はもともと⁠城の門ではなく、城下の本町にあった問屋役所の門です。昭和20年代に役所の建物が取り壊されるとき、町の有志が買い戻し、募金を集めて城跡へ移しました。いまでは桜雲橋とともに城跡の景色の象徴になっています。[2]
見られるか
外から見られる門をくぐって本丸に入れる。
03
三ノ丸に残る藩校・進徳館の入口(2022年4月撮影)。城内にただ1つ残る江戸時代の建物。QurrenCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

藩校・進徳館

見る場所
三ノ丸。城址公園の北側
注目する部分
かや⁠ぶき屋根の武家屋敷を学校にした建物と、その表門
ここが面白い
1860年、高遠藩主内藤頼直⁠が重臣の屋敷を改造して開いた藩校で、城内にただ1つ残る江戸時代の建物です。教育者の伊澤修二などがここで学びました。城の中に藩校が残る例は少ないとして、国史跡の指定範囲に含まれています。[1][2][5]
見られるか
一部見られる敷地は無料で見学できる(8:30〜17:00、無休)が、建物の中には入れない。

訪問の目安

最寄り駅
JR伊那市駅・伊那北駅(バス乗り継ぎ)から徒歩約20分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
城跡をひと回りして1時間ほど。歴史博物館や⁠進徳館も見るなら2時間ほど
料金
桜まつり期間のみ大人600円(最盛期の土日の特定日は1,000円)⁠、小中学生300円。20人以上の団体は大人500円・小中学生250円。障がい者手帳を持つ人と⁠介助者1名は無料。それ以外の時期は入園料の案内なし(もみじ祭りは無料)
時間
有料期間中は8:00〜17:00、最盛期は6:00〜21:00
立入り
自由に見学できる

高遠城址公園は自由に入れる。桜まつり(開花から散り終わりまで⁠)⁠の期間だけ入園料⁠がかかる。進徳館は敷地のみ見学でき、建物の中には入れない。

確認日:

この城の物語

01
史実

2つの川がつくった高台の⁠城

高遠城は、三峰川と⁠藤沢川が合流するところにできた河岸段丘の上にある平山城です。本丸は標高約800mで、南側は三峰川へ約80mも切り立つ崖になっています。諏訪盆地と⁠伊那谷を結ぶ杖突街道に面し、伊那の市街地まで見渡せる、軍事上大事な場所でした。[2][1]

02
史実

武田信玄が伊那谷の拠点にした

いつ城が築かれたかは⁠分かっていませんが、はじめは諏訪氏から分かれた高遠氏の城だったと⁠考えられています。甲斐の武田信玄は伊那谷を攻める足がかりと⁠して高遠を押さえ、1547年に城を改修しました。城主には信玄の四男・勝頼や⁠弟の信廉、五男の仁科盛信など、近い身内ばかりが置かれました。[2]

03
史実

1582年、1日で落ちた⁠城

1582年3月、織田信長の長男・信忠の大軍が攻めてきました。城主の仁科盛信は降伏の求めを断り、数千の兵で数万の軍勢と⁠戦いましたが、城は1日ももたずに落ち、盛信は自害しました。その後まもなく武田氏は滅びました。[2][3]

04
史実

江戸時代は高遠藩の役所

落城で荒れた城は、江戸時代のはじめまでに大きく作り直されたと⁠考えられています。江戸時代には3万3千石の高遠藩の政庁と⁠なり、保科氏・鳥居氏・内藤氏が城主を務めました。2代将軍秀忠の子・保科正之は、少年時代をこの城で過ごしています。1691年からは内藤氏が明治まで治めました。[2][6]

05
史実

建物は消え、堀と⁠土塁が残った

1872年に城は廃城と⁠なり、御殿や⁠門から障子や⁠庭石まで、あらゆるものが民間に売り払われ、翌年までに建物はすべて壊されました。それでも曲輪の配置、空堀、土塁は江戸時代の姿をよく残しています。三ノ丸の藩校・進徳館が、城内に残るただ1つの江戸時代の建物です。大手門は戦後に城内へ戻されましたが、高さや⁠間口を縮めた姿になっています。[2]

06
史実

桜の公園と⁠して生まれ変わる

1875年に城跡を公園にすることが決まり、翌年、地元の人々が城下の「桜ノ馬場」から桜を移して植えました。これがいまの桜のはじまりです。1936年には赤い屋根の高遠閣が寄付で建てられました。城跡は1973年に国の史跡に指定され、2006年には日本100名城⁠に選ばれました。[2][1]

この城の人びと

年表

  1. 武田信玄が城を改修する[2]

  2. 織田信忠の軍に攻められ、仁科盛信が戦死・落城[2]

  3. 内藤清枚が入り、以後明治まで内藤氏が治める[2]

  4. 藩校・進徳館が開かれる[5]

  5. 廃城。翌年までに建物はすべて取り壊される[2]

  6. 城下の桜ノ馬場から桜を移植する[2]

  7. 国の史跡に指定される[1][2]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

伊那市によると、江戸時代の高遠城に天守はなく、本丸に2階建ての櫓が3棟あった。

城全体のいま

城跡は桜の名所「高遠城址公園」。本丸・二ノ丸・南曲輪・勘助曲輪などの曲輪と⁠空堀・土塁が残る。三ノ丸には藩校・進徳館、二ノ丸には高遠閣がある。勘助曲輪と⁠三ノ丸の間の鍛冶堀は埋められて駐車場になっている。

主な建物

現存国史跡(高遠城跡)⁠の一部

進徳館

1860年開校⁠の藩校。城内にただ1つ残る江戸時代の建物。内部は立入禁止。[1][2][5]

移築して現存

旧大手門

廃城で払い下げられ、戦後に城内へ戻された。高さや⁠間口を縮めた姿で大手の近くに立つ。[2]

移築して現存

問屋門

城の門ではなく、城下の問屋役所の門を昭和20年代に移したもの。[2]

移築して現存

太鼓櫓

明治に対岸の白山に建てられ、1877年ごろ⁠今⁠の場所に移された。城の時代の建物ではない。[2]

確認中国登録有形文化財

高遠閣

1936年に寄付で建てられた木造2階建ての集会所。城の建物ではない。[2][4]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
不明、武田信玄日本城郭協会
築城
不明、天文16年(1547)⁠に修改築か日本城郭協会
主な城主
武田氏、保科氏、鳥居氏、内藤氏日本城郭協会
廃城
1872年(明治5年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・堀・門・曲輪・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(高遠城跡)(1973年)⁠、長野県天然記念物(高遠のコヒガンザクラ樹林)(1960年)編集部記事
名城選定
日本100名城 28番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

高遠城址公園は自由に入れる。桜まつり(開花から散り終わりまで⁠)⁠の期間だけ入園料⁠がかかる。進徳館は敷地のみ見学でき、建物の中には入れない。

住所

長野県伊那市高遠町東高遠[6]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR伊那市駅・伊那北駅(バス乗り継ぎ)JR飯田線

徒歩約20分 · 少⁠し登る

駅からバスで約25分の「高遠駅」で降り、徒歩約20分またはタクシー約5分。城下から城へは坂を上る。[6][7][2]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

高遠城址公園(桜まつり期間)
時間
有料期間中は8:00〜17:00、最盛期は6:00〜21:00
休館・休み
なし
料金
桜まつり期間のみ大人600円(最盛期の土日の特定日は1,000円)⁠、小中学生300円。20人以上の団体は大人500円・小中学生250円。障がい者手帳を持つ人と⁠介助者1名は無料。それ以外の時期は入園料の案内なし(もみじ祭りは無料)[3][6]
確認日: 2026-10-03
伊那市立高遠町歴史博物館
時間
9:00〜17:00(最終入館16:30)
休館・休み
月曜、祝日の翌日(休日の場合は開館)⁠、12月28日〜1月3日、展示替えなどの⁠日
料金
一般400円、20名以上の団体300円。高校生以下・18歳未満は無料[7]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

中央自動車道伊那ICから国道361号で約30分、諏訪ICから国道152号で約50分、小黒川スマートICから約25分。駐車場は観桜期のみ有料。[6][5][7]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
桜まつりの有料期間は8:00〜17:00(最盛期は6:00〜21:00)⁠。それ以外の時期は未確認[3]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
城跡をひと回りして1時間ほど。歴史博物館や⁠進徳館も見るなら2時間ほど
階段・坂・足もと
城は河岸段丘の上にあり、城下から坂を上る。城内は深い空堀で区切られ、橋や⁠土橋でつながる。[2]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
4月の桜が有名で、「天下第一の桜」と⁠呼ばれる。2026年の桜まつりは3月28日〜4月13日で、最盛期はライトアップもあった。秋は約250本のカエデが色づき、10月下旬〜11月上旬⁠に「高遠城址もみじ祭り」(入園無料)⁠がある。[3][6][2]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
史跡の中でイベントや⁠工事をするには文化財保護法にもと⁠づく事前の許可が必要。日本100名城スタンプ⁠は高遠町歴史博物館⁠の玄関外に24時間置かれている。[2][8]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

伊那市立高遠町歴史博物館

高遠城と⁠城下町の歴史を紹介する博物館。江戸時代末の高遠城の復元模型や⁠歴代藩主ゆかりの品を展示し、敷地内には絵島囲み屋敷が復元されている。100名城スタンプ⁠もここにある。[7][9]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

春の桜を見に行く人はもちろん、石垣ではなく土と⁠堀で守る戦国の城の形を見たい人に向く。武田家の最後の戦いの舞台を歩きたい人にも。

ここを見ると⁠面白い

桜雲橋や⁠高遠閣の裏から空堀をのぞき、曲輪どうしの高低差を確かめたい。本丸の南側では、三峰川へ切り立つ崖の高さも感じられる。進徳館は城内にただ1つ残る江戸時代の建物なので見逃さないように。

訪ねる前に

天守や⁠石垣を期待すると⁠「ここが城?」と⁠感じるかもしれない、と伊那市自身が書いている。問屋門や⁠太鼓櫓、高遠閣は城の建物ではなく、明治以降に⁠移されたり⁠建てられたりしたもの。駅からはバスの乗り継ぎが必要。

楽しみかた

桜の季節は大変混むので、朝早くか夜のライトアップの時間をねらうと⁠よい。秋のもみじ祭りや⁠新緑の時期は人が少なく、堀や⁠土塁の形をじっくり見られる。歴史博物館の復元模型を先に見てから歩くと、いまの公園のどこに何があったかが分かりやすい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    高遠城跡(文化遺産オンライン)文化庁heritage確認日:
  2. 2
    高遠城跡の魅力をご紹介伊那市教育委員会municipal確認日:
  3. 3
    高遠城址公園ガイド伊那市municipal確認日:
  4. 4
    高遠閣(文化遺産オンライン)文化庁heritage確認日:
  5. 5
    進徳館伊那市municipal確認日:
  6. 6
    高遠(たかと⁠お)城址公園伊那市municipal確認日:
  7. 7
    高遠町歴史博物館利用案内伊那市立高遠町歴史博物館official確認日:
  8. 8
    「高遠城」は日本100名城です伊那市立高遠町歴史博物館official確認日:
  9. 9
    高遠町歴史博物館常設展示⁠のご案内伊那市立高遠町歴史博物館official確認日:
  10. 10
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「高遠城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q11672954Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
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  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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