本丸の南東の角から見上げた高い石垣(2014年11月撮影)。建物はなく、山の上に石垣だけが残る。
8-hachiroCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

奈良県 · 高取町

高取城

たかとりじょう

Takatori Castle

奈良県高取町

城山城日本100名城 61番

この城らしさ

標高583mの山の上に、天守と⁠27の櫓が白く並んでいた。城下からは雪に見えたと⁠歌われた城。

なぜ?

高取城は、ふつうなら天守を置かない高い山の上に、大小の天守、27の櫓、33の門を建てた城です。白い壁の建物が山の上に重なる姿は、「雪かと⁠みれば雪でござら⁠ぬ土佐の城」と⁠歌われました(土佐は城下町の名前)⁠。いまは建物はすべて失われ、森の中に石垣だけが残っています。[1][9]

見逃したくない3つ

01
天守台の石垣の西面と紅葉(2014年11月撮影)。この上に3重の天守が建っていた。8-hachiroCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

森の中にそびえる本丸と⁠天守台の石垣

見る場所
山頂の本丸跡。二ノ門跡から歩いて20分近く上った⁠先
注目する部分
本丸を囲む高い石垣と、北西の天守台。角の石の積み方と、天守台の中のくぼみ(穴蔵)
ここが面白い
山の上にあって人の手が入りにくかったため、建物はなくなっても石垣はほぼそのまま残りました。山城で、これだけの高石垣と⁠天守台が見られる場所は多くありません。ただし木の根などで崩れそうな所もあるので、石垣には近づきすぎないこと。[1][2][5][9]
見られるか
外から見られる登山道を歩いて行けば自由に見られる。車は城内に入れない。
02
国見櫓跡から見た奈良盆地(2011年8月撮影)。この日はかすんでいるが、晴れた日は大阪方面まで見える。TerumasaCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

国見櫓跡から奈良盆地を見下ろす

見る場所
二ノ門跡から本丸へ向かう途中、矢場門の手前を右へ入った行き止まり
注目する部分
北から西にかけて広がる奈良盆地と、その先の二上山・生駒山の方向
ここが面白い
国見櫓は大和の平野を見張る櫓でした。櫓はもうありませんが、石垣の上からの眺めは今も開けていて、町の観光協会は晴れた日には大阪のあべのハルカスが見えることも多いと⁠紹介しています。⁠行⁠き⁠止まりなので通り過ぎる人が多い場所です。[1][2][3]
見られるか
外から見られる登山道から自由に行ける。夜は街灯がない。
03

城の入り口に座る飛鳥の猿石

見る場所
大手道(城下町からの登城路)と、明日香村へ下る岡口門への道が分かれる所。二ノ門跡のすぐ手前
注目する部分
顔と⁠体を彫った大きな石の⁠像
ここが面白い
飛鳥時代(7世紀ごろ)⁠に作られたと⁠考えられる石像で、城を築くときに石垣の材料と⁠一緒に明日香から⁠運ばれてきたらしいと町の観光協会は説明しています。城の内と⁠外の境を示す「結界石」と⁠して置かれたと⁠いう説もあります。[1][3]
見られるか
外から見られる登城路の途中で見られる。

訪問の目安

最寄り駅
近鉄壺阪山駅から徒歩約120分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
壺阪山駅から歩いて往復するなら、城内を見る時間も入れて4〜5時間が目安
料金
未確認
時間
9:30〜16:30
立入り
自由に見学できる

城跡は山の中にあり、登山道を歩いて入る。車は城内に入れない。城内に売店・自動販売機・水道・電気はない。登城道の石垣には崩れるおそれのある所が多いので近づかないこと。日本100名城スタンプ⁠は城内ではなく、城下町の観光案内所「夢創舘」にある(閉館時は館外に設置)⁠。

確認日:

この城の物語

01
伝承

南朝方の武士が山の上に築いた

高取城は、1332年ごろ、南朝方についた地元の武士・越智氏が高取山の上に築いたのが始まりと⁠されています。はじめは天守も櫓もない、土を盛って守る簡単な山の砦でした。[1]

02
史実

豊臣秀長の家臣・⁠本多利久が大きな城に

1584年に筒井順慶が郡山城の詰めの城と⁠して建て直し、1585年からは豊臣秀長の家臣・⁠本多利久が城主になりました。山城に平地の城のつくり方を取り入れ、大小の天守に27の櫓、33の門をもつ城に整えました。山の上に白い建物が重なる姿は芙蓉の花にたとえられ、「芙蓉城」とも呼ばれます。[1][9]

03
史実

植村家が幕末まで守った

本多家は1637年に跡継ぎがなく絶え、1640年に徳川家の古くからの家臣・植村家政が城主になりました。それから明治4年(1871年)⁠の廃藩置県まで、植村家が14代にわたって高取藩をおさめました。藩主の屋敷は、のちに山の上から山のふもと⁠へ⁠移されています。[1][9]

04
史実

建物は消え、石垣と⁠二つの門が残った

明治になって城は廃城と⁠なり、建物の多くは売られたり、山の上で手入れされないまま崩れたりして失われました。いま城の建物と⁠して残るのは、子嶋寺の山門になった二ノ門と、ふもとの公園の門と⁠して組み直された⁠松⁠ノ⁠門などわずかです。一方、人里から離れた山頂にあったおかげで、石垣はほぼ当時のまま残りました。[7][9]

05
史実

国史跡と⁠100名城、そしてCGでよみがえる⁠姿

1953年に国の史跡になり、2006年には日本100名城⁠に選ばれました。建物を建て直す計画はありませんが、城下町の観光案内所「夢創舘」では、昔の姿をコンピューターグラフィックス⁠で再現した映像を⁠見ることができます。高取町は城の絵図や⁠古写真、地形を色で表した「赤色立体図」をのせたパンフレットも公開しています。[1][4][6][9]

この城の人びと

年表

  1. ごろ・伝承

    越智氏が高取山に城を築いたとされる[1]

  2. 本多利久が城主と⁠なり、近世の城に整える[1]

  3. 植村家政が城主に。以後14代続く[9][1]

  4. 廃城と⁠なる[9]

  5. 国の史跡に指定[1]

  6. 日本100名城⁠に選ばれる[1]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

3重の天守と⁠小天守があったが失われ、天守台だけが残る。復元の予定はない。

城全体のいま

高取山(標高583.6m)⁠の山頂一帯が城跡。建物はなく、森の中に石垣・堀切・曲輪が残る。城内の周囲は約3km。車は城域に入れず、登山道を歩いて回る。

主な建物

現存しない

天守・小天守

明治に失われ、天守台が残る。[8][9]

跡地のみ

国見櫓

櫓は失われ、石垣の上が展望地になっている。[1][2]

移築して現存

二ノ門(子嶋寺山門)

城下の子嶋寺の山門と⁠して移されて残る。[7][9]

移築して現存

松ノ門

明治に小学校の校門と⁠して移され、火災で傷んだのち、2004年に町の児童公園の門と⁠して組み直された。[9]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
越智邦澄、本多利朝日本城郭協会
築城
元弘2年(正慶元、1332)頃、天正13年(1585)日本城郭協会
主な城主
越智氏、本多氏、植村氏日本城郭協会
廃城
明治6年(1873年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・井戸・曲輪・虎口・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(高取城跡)(1953年)編集部記事
名城選定
日本100名城 61番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は山の中にあり、登山道を歩いて入る。車は城内に入れない。城内に売店・自動販売機・水道・電気はない。登城道の石垣には崩れるおそれのある所が多いので近づかないこと。日本100名城スタンプ⁠は城内ではなく、城下町の観光案内所「夢創舘」にある(閉館時は館外に設置)⁠。

住所

奈良県高市郡高取町高取(高取山の山頂)[8][9]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

近鉄壺阪山駅近鉄吉野線

徒歩約120分 · 急⁠な登り

駅から城下町の土佐街道を通り、大手道(登山道)⁠を上って猿石・二ノ門跡から城に入る。片道約4.5km、駅からの標高差は約460m。または駅からバスで壺阪寺へ行き、そこから歩いて約1時間(八幡口から入城。平日はバスがない)⁠。[2][5]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

高取町観光案内所夢創舘(城下町)
時間
9:30〜16:30
休館・休み
年末年始
料金
未確認[4][2]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

城まで車では入れず、県道119号の終点付近に駐車場はない(道は狭くすれ違いが難しい。春・秋の混む時期はおすすめされていない)⁠。城下町の観光駐車場(無料)⁠や⁠高取町役場の駐車場(無料)⁠に止めて歩くのが案内されている。壺阪寺には有料駐車場がある。[1][2][5]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
開場時間の決まりは確認できなかった。城跡と⁠登山道には街灯がない。[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
壺阪山駅から歩いて往復するなら、城内を見る時間も入れて4〜5時間が目安
階段・坂・足もと
本格的な山道。宗泉寺から先は舗装されておらず、手すりや⁠街灯もない。二ノ門跡から本丸までの間でも高低差は約100mある。ハイヒールなどでは登れない。[2][5][9]
車椅子・ベビーカー
城跡までは山道を歩くしかなく、車いすや⁠ベビーカーでの見学は難しい。[2][5]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
城内に水洗トイレはない。八幡口登山口に仮設トイレ、二の丸付近にバイオトイレがある。水洗トイレは城下町の上子島砂防公園⁠が最後。[2][3]
英語案内・音声ガイド
英語の案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
紅葉の時期の11月23日に「たかとり⁠城まつり」があり、火縄銃の実演や⁠時代行列が行われる。夏は虫や⁠ヘビ、冬は雪の後の足元に注意。[1][2][9]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年4月27〜29日には大手道(登城路)⁠の通行止めがあった。工事などで登城路が止まることがあるので、行く前に高取町観光協会⁠のお知らせを確認すると⁠安心。[2]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

バスで上って歩いて下りる高取城と⁠城下町コース 240分

  1. 近鉄壺阪山駅からバスで壺阪寺前へ(約11分。平日は運休)
  2. 壺阪寺から歩いて高取城へ(約1時間。八幡口から入城)
  3. 本丸の石垣と⁠天守台を見る
  4. 二ノ門跡へ下り、寄り道して国見櫓跡からの眺めを見る
  5. 猿石を見て大手道を下り、上子島砂防公園⁠へ(約70分)
  6. 土佐街道の城下町を歩いて壺阪山駅へ(約50分)

順路と⁠区間の時間は高取町の案内による。合計の時間は、歩く時間(約3時間10分)⁠に城内を見る時間を足した編集部の目安。バスの本数は少ないので時刻表を確認すること。

周辺の楽しみ

城下町

子嶋寺

高取城の二ノ門を移した山門が立つ古いお寺。城の建物が残る数少ない場所。[7]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

山歩きが好きな人、建物よりも石垣や⁠地形を見るのが好きな人、日本三大山城をめぐっている人に向く。片道2時間の登山になるので、気軽な観光とは違う。

ここを見ると⁠面白い

いちばんの見どころは、森の中から突然現れる本丸と⁠天守台の高い石垣。こんな山の上に天守や⁠27の櫓があったと⁠思いながら見ると、その大きさが実感できる。国見櫓跡からの眺めと、入り口の猿石も見逃さないように。

訪ねる前に

城内に水・売店・水洗トイレはない。飲み物は城下町で用意し、歩きやすい靴で行くこと。百名城スタンプ⁠は城下町の夢創舘にある。夜は真っ暗になるので、明るいうちに下りられるよう時間に余裕を持つ。

楽しみかた

城下町の夢創舘でCGの再現映像を見ると、今は石垣だけの山の上にどんな城が建っていたかが分かる。登る前に見るか、下りてから見て答え合わせをするのもよい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    高取城高取町観光協会(高取町観光ガイド)tourism確認日:
  2. 2
    高取城FAQ高取町観光協会(高取町観光ガイド)tourism確認日:
  3. 3
    高取城跡コース高取町観光協会(高取町観光ガイド)tourism確認日:
  4. 4
    観光案内所夢創舘高取町観光協会(高取町観光ガイド)tourism確認日:
  5. 5
    日本最強の城「高取城跡」へ登ってみよう高取町municipal確認日:
  6. 6
    観光パンフレット「日本一の山城大和高取城」高取町municipal確認日:
  7. 7
    寺・神社(子嶋寺)高取町観光協会(高取町観光ガイド)tourism確認日:
  8. 8
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    高取城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「高取城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q5369622Wikidatawikidata確認日:
  13. 13
    OpenStreetMap way/671034057© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

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  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
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  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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