久松山と、ふもとに重なる鳥取城跡の石垣(2019年4月撮影)。山の上が戦国時代からの山上ノ丸、ふもとが江戸時代に広げた山下ノ丸。
Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

鳥取県 · 鳥取市

鳥取城

とっとりじょう

Tottori Castle

鳥取県鳥取市

城平山城日本100名城 63番

この城らしさ

石垣の足もとに、角のない丸い石垣がふくらんでいる。城の石垣と⁠しては全国でここだけと⁠市が説明する「巻石垣」だ。

なぜ?

天球丸の巻石垣は、後ろの石垣が崩れないよう、江戸時代の終わりごろ(1807年ごろ)⁠に築き足されたものです。同じ目的の石垣はほかの城にもありますが、どれも角があり、球のような形は鳥取城だけと⁠市は説明しています。川の堤防などに使われた技術を応用したと⁠考えられ、2012年に復元されました。[2][5]

見逃したくない3つ

01
天球丸の「巻石垣」(2014年8月撮影)。後ろの石垣が崩れないよう江戸時代の終わりごろに足された球面の石垣で、2012年に復元された。HeartoftheworldCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

天球丸の巻石垣

見る場所
二ノ丸の一段上にある天球丸。二ノ丸から歩いて約5分
注目する部分
背後の高い石垣の前に、半球のように丸くふくらんだ石垣
ここが面白い
崩れかけた石垣を下から支えるための石垣で、角を持たない球面の形は城郭では全国唯一と⁠市は説明しています。⁠なお「天球丸」は巻石垣の名前ではなく、江戸時代の初めに天球院と⁠いう女性が住んだ敷地の名前です。[2][5][8]
見られるか
外から見られる天球丸からいつでも見学できる。下の広場の一部は工事のため立入禁止の区域がある。
02
復元された擬宝珠橋と中ノ御門の表門(2025年12月撮影)。奥に渡櫓門が見える。TerumasaCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

復元された擬宝珠橋と⁠中ノ御門

見る場所
内堀にかかる大手の橋と、その先の大手門。城の正面入口
注目する部分
木の橋の長さ、門の屋根に並ぶ葵の紋の瓦、表門と⁠2階建ての渡櫓門の組み合わせ
ここが面白い
擬宝珠橋は2018年に約120年ぶりに復元され、市は城郭復元の木造橋と⁠して日本最長と⁠説明しています。中ノ御門は1621年に池田光政が建てた大手門で、明治8年に⁠取⁠り⁠壊されましたが、2021年に表門、2025年に渡櫓門が復元されました。屋根の葵紋瓦は、藩主の池田光仲が徳川家康のひ孫だったことから使われたものです。[1][3][4][5]
見られるか
外から見られる中ノ御門は2025年4月から常に通り抜けできる。
03
久松山の山頂、山上ノ丸に残る天守台(2007年4月撮影)。ReggaemanCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

久松山の山頂に残る天守台

見る場所
久松山(標高263m)⁠の山頂にある山上ノ丸
注目する部分
天守台の大きな石垣と、山頂から見下ろす鳥取の町。東には秀吉が本陣を置いた本陣山(太閤ヶ平)⁠が見える
ここが面白い
山の上は戦国時代から江戸時代初めの山城の姿を伝える場所です。険しい山道を登りきると、守りの固さと⁠眺めのよさから「日本にかくれなき名山」と⁠呼ばれた理由が分かります。籠城した吉川経家が見たのと⁠同じ本陣山を、今も見ることができます。[5][1][12]
見られるか
外から見られる登山道で歩いて行ける。急な山道。

訪問の目安

最寄り駅
JR鳥取駅から
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
ふもとの二ノ丸・巻石垣・中ノ御門を回るなら1時間ほど(地元ガイド会の目安は60分)⁠。山頂まで登るならさらに時間に余裕を
料金
未確認
時間
9:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

城跡(久松公園)⁠は自由に歩ける。山頂の山上ノ丸へは登山道を歩く。天球丸下段の広場は工事のため一部立入禁止。仁風閣は2023年12月29日から約5年間、保存修理のため休館中(宝隆院庭園・宝扇庵は利用可)⁠。日本100名城スタンプ⁠は「鳥取城跡・仁風閣展示館」(月曜休館。休館時は鳥取県立博物館・鳥取市役所本庁舎・鳥取市ふるさと⁠物産館などで押せる)⁠。

確認日:

この城の物語

01
伝承

けわしい独立した山の上に

鳥取城は、1545年(天文14年)⁠に因幡の山名誠通が、居城の出城と⁠して久松山に築いたのが始まりと⁠いわれます。久松山は周りから⁠切⁠り⁠離されたような急な山で、山頂からの見晴らしもよく、守りにすぐれた場所でした。のちに織田信長も「名城」と⁠ほめています。[10][1]

02
史実

秀吉の兵糧攻め

1581年、羽柴秀吉は約70の陣城で鳥取城を囲み、食料の補給を断つ兵糧攻めを行いました。城には兵と⁠逃げてきた人々あわせて4000人ほどが立てこもりましたが、食料が尽き、城を守った毛利方の吉川経家は、籠城した人々の命を助けることを条件に10月25日に自害しました。秀吉が本陣を置いた本陣山の太閤ヶ平も、鳥取城跡とともに国の史跡です。[6][1]

03
史実

池田光政が32万石の城に広げた

江戸時代になると⁠池田家が城主になり、姫路城を築いた池田輝政の孫・光政が、国内12番目の石高をもつ鳥取藩32万石⁠の城と⁠して、山のふもとに大きく広げました。姫路城の天守づくりにかかわった職人が使われたことから、「姫路城の弟城」とも呼ばれます。光政のあとは、徳川家康のひ孫にあたる池田光仲の家系が幕末まで治めました。[1]

04
史実

天守は落雷で、櫓は明治に消えた

山頂の天守は1692年に落雷で焼け、その後は建て⁠直されませんでした。かわりに二ノ丸の三階櫓が城の象徴になりました。明治になって城が役目を終えると、櫓や門は次々に取り壊され、大手門の中ノ御門も1875年に撤去されました。城の建物と⁠して今に残るのは、幕末の扇御殿の一部「宝扇庵」だけとされます。[12][3][9]

05
史実

「城郭の博物館」をよみがえらせる

鳥取城跡は1957年に国の史跡になりました。山の上には戦国時代の山城、ふもとには江戸時代の石垣、さらに明治の洋館・仁風閣まで残ることから、「城郭の博物館」と⁠呼ばれます。鳥取市は2005年に復元の計画をつくり、巻石垣(2012年)⁠、擬宝珠橋(2018年)⁠、中ノ御門(2021年・2025年)⁠を復元しました。2025年からは、天守の役目をした二ノ丸三階櫓の復元に向けた調査を始めています。[1][2][3][10]

この城の人びと

年表

  1. 伝承

    山名誠通が久松山に城を⁠築いたといわれる[10]

  2. 羽柴秀吉の兵糧攻め。吉川経家が自害して開城[6]

  3. 池田光政が大手門の中ノ御門を建てる[3][4]

  4. 山頂の天守が落雷で焼失[12]

  5. 国の史跡に指定[10]

  6. 擬宝珠橋を復元[1]

  7. 中ノ御門の渡櫓門が完成し、大手門全体がよみがえる[3]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

山頂の天守は1692年に落雷で焼け、再建されなかった。天守台だけが残る。江戸時代は二ノ丸の三階櫓が天守の役目をした。

城全体のいま

久松山の山頂(山上ノ丸)⁠とふもと⁠(山下ノ丸)⁠が城跡。ふもとは久松公園と⁠して整備され、石垣、堀、復元された橋・門のほか、仁風閣や⁠県立博物館がある。秀吉の本陣跡・太閤ヶ平もあわせて国史跡。

主な建物

現存しない

天守(山上ノ丸)

1692年焼失。天守台が残る。[12][11]

現存しない

二ノ丸三階櫓

明治に撤去。2025年から復元に向けた調査が始まった。[3]

木造で復元

擬宝珠橋

2018年に木造で復元。全長約37m。[1]

木造で復元

中ノ御門(表門・渡櫓門)

1875年撤去。表門は2021年、渡櫓門は2025年に木造で復元。[3][4]

現存

宝扇庵(旧扇御殿の一部⁠)

鳥取城の建物と⁠して唯一残ると⁠される茶室。宝隆院庭園の中にある。[9][12]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
山名誠通、宮部継潤、池田長吉、池田光政日本城郭協会
築城
天文年間、慶長7年頃(1602)⁠、元和7年(1621)⁠頃日本城郭協会
主な城主
武田氏、山名氏、吉川氏、宮部氏、池田氏日本城郭協会
廃城
1871年(明治4年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・井戸・門・曲輪・天守台・虎口編集部記事
文化財指定
国史跡(鳥取城跡附太閤⁠ヶ平)(1957年)編集部記事
名城選定
日本100名城 63番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡(久松公園)⁠は自由に歩ける。山頂の山上ノ丸へは登山道を歩く。天球丸下段の広場は工事のため一部立入禁止。仁風閣は2023年12月29日から約5年間、保存修理のため休館中(宝隆院庭園・宝扇庵は利用可)⁠。日本100名城スタンプ⁠は「鳥取城跡・仁風閣展示館」(月曜休館。休館時は鳥取県立博物館・鳥取市役所本庁舎・鳥取市ふるさと⁠物産館などで押せる)⁠。

住所

〒680-0011 鳥取県鳥取市東町2丁目[7][1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR鳥取駅JR山陰本線・因美線

少し登る

鳥取駅バスターミナル0番乗⁠り場から100円循環バス「くる梨」緑コースで約8分、「仁風閣・県立博物館」または「市立武道館」下車すぐ。土日祝はループ麒麟獅子バス⁠で約9分「鳥取城跡」下車、徒歩約5分。くる梨は約20分おき。[7][8]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

鳥取城跡・仁風閣展示館(ガイダンス施設)
時間
9:00〜17:00
休館・休み
月曜(祝日の場合は開館)⁠、祝日の翌平日、年末年始
料金
未確認[5]
確認日: 2026-10-03
宝隆院庭園・宝扇庵
時間
9:00〜17:00
休館・休み
月曜(祝日の場合は開館)⁠、祝日の翌日、年末年始
料金
未確認[8][9]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

鳥取自動車道の鳥取ICから車で約20分。専用駐車場はなく、周辺の駐車場(有料を含む)⁠を使う。周辺は路上駐車禁止。[7][13]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
公園の開園時間は確認できなかった。城跡は一年⁠中ライトアップされている。[5]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
ふもとの二ノ丸・巻石垣・中ノ御門を回るなら1時間ほど(地元ガイド会の目安は60分)⁠。山頂まで登るならさらに時間に余裕を
階段・坂・足もと
ふもとの城跡も段になっていて石段がある。山頂の山上ノ丸へは険しい山道を登る。[5][12]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
鳥取市観光サイト⁠に英語版がある。現地の英語表示は未確認。[7]
季節の楽しみ
春はソメイヨシノを中心に県内有数の桜の名所、秋は紅葉。毎年秋に「鳥取三十二万石⁠お⁠城まつり」があり、2026年は10月4日に本祭(前日に前夜祭)⁠。[7][13][5]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
仁風閣は2023年12月29日から約5年間の保存修理で休館中で、2025年9月末から建物は覆われて見られない。2026年10月4日⁠はお城まつりのため、お堀端通りが10:30から通行止めになり、くる梨緑コースは経路を変えて運行する。[7][13]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

駅から3時間ぐるり鳥取城跡コース 180分

  1. 鳥取駅バスターミナル0番乗⁠り場から「くる梨」緑コースに乗る(約8分、「仁風閣・県立博物館」下車)
  2. 歩いて約15分で二ノ丸へ。三階櫓の石垣と⁠町の眺めを見る
  3. 歩いて約5分で天球丸の巻石垣へ
  4. 歩いて約10分で宝隆院庭園・宝扇庵へ(仁風閣は修理で休館中)
  5. 「くる梨」で鳥取駅へ戻る

鳥取市観光サイト⁠のモデルコース(所要約3時間)⁠をもとにしている。山頂までは含まない。復元された擬宝珠橋と⁠中ノ御門から入ると⁠江戸時代の正面の道をたどれる。

周辺の楽しみ

博物館

鳥取市歴史博物館⁠やまびこ館

鳥取城や⁠城下町、鳥取藩を重点的に紹介する市の博物館。兵糧攻めの布陣模型もある。9:00〜17:00、月曜(祝日は開館)⁠・祝日の翌平日・年末年始休館。[5][6][13]

確認日: 2026-10-03

博物館

鳥取県立博物館

久松山のふもと、城跡の中にある県の博物館。鳥取の自然・歴史・美術を紹介する。月曜休館。[13][5]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣好き、復元工事が進む城の「いま」を見たい人、秀吉の兵糧攻めの舞台に立ちたい人に向く。鳥取砂丘と⁠あわせて一日で回る旅にも組みこみやすい。

ここを見ると⁠面白い

まず擬宝珠橋をわたり⁠中⁠ノ御門⁠をくぐる江戸時代の正面の道を歩き、二ノ丸から天球丸へ上って巻石垣の丸い形を確かめたい。体力があれば山頂の天守台まで登り、秀吉の本陣山を眺めると、兵糧攻めの距離感が実感できる。

訪ねる前に

天守はなく、山頂は1692年に天守が焼けてからずっと⁠天守台だけ。専用駐車場はないので、バスで行くと楽。仁風閣は修理で長期休館中。100名城スタンプ⁠の場所は月曜に変わるので確認しておく。

楽しみかた

中ノ御門の前にあるハート形の「猪目石」を探してみたい。1621年の門の創建時に、災いが⁠入らないよう魔除けと⁠して置かれたと⁠考えられている石だ。春の桜や⁠夜のライトアップの時期もおすすめ。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    国指定史跡「史跡鳥取城跡附太閤⁠ヶ平」にようこそ⁠!鳥取市(文化財課)municipal確認日:
  2. 2
    史跡鳥取城跡天球丸『巻石垣』(復元)⁠について鳥取市(文化財課)municipal確認日:
  3. 3
    鳥取城中⁠ノ御門渡櫓門⁠の復元について鳥取市(文化財課)municipal確認日:
  4. 4
    鳥取城中⁠ノ御門表門⁠の復元について鳥取市(文化財課)municipal確認日:
  5. 5
    鳥取城跡「日本にかくれなき名山」に築かれた⁠城鳥取市観光サイト(とりかん)tourism確認日:
  6. 6
    幻の一大決戦!秀吉vs.毛利 〜真説「鳥取城の戦い」〜鳥取市観光サイト(とりかん)tourism確認日:
  7. 7
    鳥取城跡・久松公園鳥取市観光サイト(とりかん)tourism確認日:
  8. 8
    【3時間】駅から出発!ぐるり鳥取城跡 3時間コース鳥取市観光サイト(とりかん)tourism確認日:
  9. 9
    仁風閣・宝扇庵・宝隆院庭園鳥取市観光サイト(とりかん)tourism確認日:
  10. 10
    鳥取城跡附太閤⁠ヶ⁠平(国指定文化財等データベース)文化庁heritage確認日:
  11. 11
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    鳥取城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  13. 13
    鳥取城跡へのアクセスと⁠周辺のグルメ・観光施設情報鳥取市観光サイト(とりかん)tourism確認日:
  14. 14
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  15. 15
    Wikipedia「鳥取城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  16. 16
    Wikidata Q1073699Wikidatawikidata確認日:
  17. 17
    OpenStreetMap node/6098406250© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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