満開の桜と鶴ヶ岡城の堀(2024年4月撮影)。城跡の鶴岡公園は日本さくら名所100選に選ばれている。
掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

山形県 · 鶴岡市

鶴ヶ岡城

つるがおかじょう

Tsurugaoka Castle

山形県鶴岡市

城平城続日本100名城 108番

この城らしさ

城の建物はすべて取り壊されたが、本丸の跡には、旧藩主の酒井家を慕う人々が自分たちで建てた神社が立っている。

なぜ?

鶴ヶ岡城は、庄内藩主の酒井家が約250年にわたって居城とした城です。明治になって城が取り壊された翌年の1877年、酒井家の治め方をしのぶ人々の手で、本丸跡に藩祖を祀る荘内神社が建てられました。鶴岡市は、酒井家の当主がいまも鶴岡に住み、「殿様」と⁠慕われていると⁠紹介しています。[1][3]

見逃したくない3つ

01
いまも水をたたえる鶴ヶ岡城の堀(2024年4月撮影)。城の建物はすべて取り壊されたが、堀は残っている。掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

城のまわりに残る水堀

見る場所
鶴岡公園(本丸・二の丸跡)⁠のまわり
注目する部分
公園を囲む堀の水面と、その上の土手や⁠石垣
ここが面白い
鶴ヶ岡城は、本丸を二の丸・三の丸が同心円状に囲み、それぞれに土塁と⁠堀をめぐらせた輪郭式の平城でした。石垣は櫓と⁠門の下だけで、大部分は土塁の上に鉄砲や⁠矢を撃つ穴をあけた塀が続いていました。明治に土塁の多くは崩され、堀も⁠埋められましたが、いまも残る堀が城の形を伝えています。[1]
見られるか
外から見られる公園は自由に歩ける。
02
本丸跡に建つ荘内神社の鳥居と拝殿(2009年8月撮影)。1877年、旧藩主の酒井家を慕う人々によって建てられた。小池隆CC BY 4.0Wikimedia Commons

本丸跡の荘内神社

見る場所
本丸御殿があった場所
注目する部分
鳥居と⁠拝殿、本殿の隣の宝物殿
ここが面白い
荘内神社は1877年、旧藩主を慕う庄内の人々の考えで、酒井家の藩主4人を祭神と⁠して建てられました。宝物殿(1998年開館)には酒井家から納められた宝物のほか、鶴ヶ岡城下の絵図や⁠城があったころの大絵馬など約2,000点⁠があり、毎月展示替えをしています。続日本100名城⁠のスタンプも神社の社務所にあります。[3][1]
見られるか
外から見られる境内は参拝できる。宝物殿の開館時間・料金は未確認。
03

城の時代から残る唯一の建物・稲荷神社

見る場所
鶴岡公園の⁠中(荘内神社と⁠同じ鶴ヶ岡城址の中)
注目する部分
朱色の鳥居が並ぶ社殿
ここが面白い
1708年、6代藩主の酒井忠真が城を守る神社と⁠して社殿を建てました。明治に城は⁠取⁠り⁠壊されましたが、町の人々のあつい信仰のおかげで残され、荘内神社は「御城時代の唯一の建築物」と⁠紹介しています。[3]
見られるか
外から見られる参拝できる。

訪問の目安

最寄り駅
JR鶴岡駅から徒歩約30分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
公園と⁠荘内神社をひと回りして約1時間。致道館や⁠致道博物館も見るなら半日ほどが目安。
料金
無料
時間
9:00〜16:30
立入り
自由に見学できる

鶴岡公園は自由に歩ける。続日本100名城スタンプ⁠は鶴岡公園内の荘内神社社務所⁠にある(受付時間は未確認)⁠。神社の境内なので、敬意をもって見学するよう市が呼びかけている。

確認日:

この城の物語

01
史実

川と⁠堀に守られた庄内平野の⁠城

鶴ヶ岡城はいまの鶴岡市の中心にあった平城です。城の東では町を南北に流れる内川が堀の役目をし、南では昔の川の流れを利用した百間堀、北では溜池が守りを固めていました。いまも鶴岡の中心市街地には、城下町の町割りが残っています。[1]

02
伝承

大宝寺城から鶴ヶ岡城へ

城のはじまりは、室町時代のはじめに武藤長盛が築いた城だと⁠言われ、古くは大宝寺城と⁠呼ばれました。武藤(大宝寺)氏が滅んだあとは越後の上杉氏の城と⁠なり、1601年には山形の最上氏が庄内を治める拠点にしました。その2年後、名前が鶴ヶ岡城に改められました。[1]

03
史実

酒井家が50年かけて整えた⁠城

最上氏が取りつぶされたあとの1622年、信濃の松代から酒井忠勝が入り、以後1871年の廃藩置県まで12代・約250年、酒井家が庄内を治めました。忠勝は三の丸を新しく設けるなど、3代・約50年かけて城を広げ、城下町の町割りも整えました。本丸には平屋で923坪の本丸御殿があり、三の丸には約180軒の侍屋敷や⁠藩校の致道館などが置かれました。[1]

04
史実

戊辰戦争で降伏

1868年9月、庄内藩は戊辰戦争で新政府軍に降伏し、鶴ヶ岡城を明け渡しました。[1]

05
史実

取り壊されて鶴岡公園に

1876年、城の取り壊しの命令によって城内の建物はすべて壊され、土塁の大部分が崩され、堀も埋められて、だれでも入れる鶴岡公園になりました。翌1877年には、本丸跡に人々の手で荘内神社が建てられました。城の時代の建物と⁠して残るのは、1708年に建てられた稲荷神社だけです。[1][3]

06
史実

桜の名所と⁠して、そして城の⁠なごりを伝える場所に

鶴岡公園は「日本さくら名所100選」に選ばれ、園内には約710本の桜があります。2022年には二の丸の外堀にあたる場所の工事で、二の丸の石垣に使われたと⁠考えられる金峯石が見つかりました。2017年に続日本100名城⁠に選ばれています。[4][1][7]

この城の人びと

年表

  1. 室町時代初期・伝承

    武藤長盛が築いたと⁠言われる(大宝寺城)[1]

  2. 最上氏の庄内支配の拠点と⁠なる[1]

  3. 鶴ヶ岡城と⁠改称[1]

  4. 酒井忠勝が入り、以後約250年酒井家⁠の居城に[1]

  5. 戊辰戦争で降伏し、城を明け渡す[1]

  6. 建物を取り壊し、鶴岡公園と⁠なる[1]

  7. 本丸跡に荘内神社を創建[3][1]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守はなく、本丸北西の隅にあった二層二階の御隅櫓(乾櫓)などが城の高い建物だった。城郭協会の一覧でも天守は「−」。

城全体のいま

本丸・二の丸跡は鶴岡公園で、荘内神社・稲荷神社・大寶館などがある。堀の一部と⁠石垣が残る。三の丸跡には致道博物館や⁠藩校致道館がある。

主な建物

現存しない

城内の建物(本丸御殿・櫓・門)

1876年にすべて取り壊された。大手門・中の門・二の丸御角櫓の明治初期の写真が鶴岡市郷土資料館⁠にある。[1]

現存

稲荷神社

1708年に城内の守り神と⁠して建てられ、城の時代から残る唯一の建物と⁠される。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
武藤(大宝寺)氏、酒井氏日本城郭協会
築城
室町時代~江戸時代初期日本城郭協会
主な城主
武藤氏、上杉氏、最上氏、酒井氏日本城郭協会
廃城
1871年(明治4年)Wikipedia
見られる遺構
土塁・石垣・堀・曲輪編集部記事
名城選定
続日本100名城 108番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

鶴岡公園は自由に歩ける。続日本100名城スタンプ⁠は鶴岡公園内の荘内神社社務所⁠にある(受付時間は未確認)⁠。神社の境内なので、敬意をもって見学するよう市が呼びかけている。

住所

山形県鶴岡市馬場町(鶴岡公園)⁠。荘内神社は馬場町4番1号[3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR鶴岡駅JR羽越本線

徒歩約30分 · 登りなし

駅から徒歩約30分(大寶館の案内)⁠。バスなら湯野浜温泉方面⁠で約10分、「市役所前」下車徒歩2分。[5][4]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

大寶館(鶴岡ゆかりの人物資料館)
時間
9:00〜16:30
休館・休み
水曜(祝日の場合は翌日)⁠、12月29日〜1月3日
料金
無料[5]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

鶴岡公園の東・西・中央・南に駐車場がある。致道館の案内では鶴岡ICから車で10分。[4][6]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
公園と⁠荘内神社をひと回りして約1時間。致道館や⁠致道博物館も見るなら半日ほどが目安。
階段・坂・足もと
平地の公園で、大きな坂はない。[1]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
観光協会のサイトに英語版がある。現地の英語案内は未確認。[4]
季節の楽しみ
春は約710本の桜が咲く(日本さくら名所100選)⁠。観光協会は菖蒲も紹介している。[4]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
未確認確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

庄内藩校致道館

1805年に9代藩主酒井忠徳⁠が開き、1816年に三の丸のいまの場所へ移った藩校。鶴岡市は東北地方で唯一現存する藩校と⁠紹介している。国の史跡。入館無料、9:00〜16:30、水曜休館。[6][8]

確認日: 2026-10-03

博物館

致道博物館

三の丸跡にある博物館。一般1,000円。水曜と⁠年末年始(12月28日〜1月4日)休館。[9]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

城と⁠城下町の町並みを一緒に歩きたい人、桜の季節に城跡を楽しみたい人に向く。天守や⁠櫓はないが、堀・神社・藩校・博物館が一か所に集まっている。

ここを見ると⁠面白い

まず堀を一周して輪郭式の平城の形を感じ、本丸跡の荘内神社で酒井家と⁠人々のつながりを知りたい。城の時代から唯一残る稲荷神社も見逃さないように。

訪ねる前に

城の建物は1876年にすべて壊され、復元された建物はない。大寶館と⁠致道館は水曜休館なので、曜日に注意。

楽しみかた

公園から三の丸跡の致道館まで歩くと、城の中心から藩士の学び舎までの距離感がつかめる。いまの中心街の道筋にも城下町の町割りが残っている。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    鶴岡公園(鶴ヶ岡城址)⁠の紹介鶴岡市municipal確認日:
  2. 2
    鶴ヶ岡城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  3. 3
    神社について荘内神社official確認日:
  4. 4
    鶴岡公園(鶴ケ岡城址公園)つるおか観光ナビ(DEGAM鶴岡ツーリズムビューロー)tourism確認日:
  5. 5
    大宝館大寶館(致道博物館サイト内)official確認日:
  6. 6
    致道館の遺構(利用案内)庄内藩校致道館official確認日:
  7. 7
    城郭検索(続日本100名城 108 鶴⁠ヶ岡城)公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    旧致道館(酒井家ゆかりの地)鶴岡市municipal確認日:
  9. 9
    館内のご案内(利用案内)致道博物館official確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「鶴ヶ岡城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q11675874Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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