伊賀上野城の大天守(右)と小天守(左)(2020年2月)。1935年に川崎克が私財を投じて藤堂氏の天守台に建てた木造の天守。
Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

三重県 · 伊賀市

伊賀上野城

うえのじょう

Iga Ueno Castle

三重県伊賀市

城平山城日本100名城 42番

この城らしさ

この城には三つの天守があった。筒井定次の三層、完成直前に嵐で倒れた藤堂高虎の五層、そして昭和に地元の代議士が私財で建てた木造の天守。

なぜ?

筒井定次の天守は江戸時代のはじめに倒れ、藤堂高虎が建てていた五層の天守は1612年の大暴風で倒壊しました。そのあと⁠幕府が城づくりを禁じたため、天守台の石垣だけが300年以上残されました。いまの天守は、伊賀選出の代議士・川崎克が私財を投じて1935年に建てたもので、公式には「復興天守閣」「伊賀文化産業城」と呼ばれています。[1][7]

見逃したくない3つ

01
内堀からそそり立つ本丸西側の高石垣(2022年4月)。藤堂高虎が築いた高さ約30mの石垣。inunamiCC BY 2.0Wikimedia Commons

高さ約30mの高石垣

見る場所
本丸の西側。内堀をはさんで見上げる
注目する部分
内堀からまっすぐにそびえる石垣の高さと、角の石の積み方
ここが面白い
1611年、藤堂高虎は大坂の豊臣方に向き合う城にするため、本丸を西へ広げ、高さ約30mの高石垣でかこみました。公式サイトは大坂城と⁠並んで日本一の高さと⁠しています。映画『影武者』などのロケ⁠地にもなっています。[1][2]
見られるか
外から見られる外から無料で見られる。
02

最上階の天井をうめる46枚の色紙

見る場所
大天守3階(最上階)⁠の格天井
注目する部分
1m四方の色紙にかかれた書や絵。横山大観など画家・書家・政治家の作品
ここが面白い
天守の完成を祝って、当時の名のある人たちが寄せたものです。私財で天守を建てた川崎克の人脈と、昭和の「文化と⁠産業の城」と⁠いう建てられた目的が伝わります。[2][1]
見られるか
外から見られる天守に入る(有料)⁠と⁠見られる。
03

藤堂の天守台と⁠筒井の天守跡

見る場所
いまの天守が立つ藤堂氏の天守台と、本丸の東寄りにあった筒井時代の天守の⁠跡(跡を示す石碑がある⁠)
注目する部分
藤堂氏が築いた天守台の石垣と、筒井の天守側の石垣
ここが面白い
伊賀上野城は、筒井定次が1585年に築いた城を、1608年に入った藤堂高虎が西へ大きく広げたものです。一つの城の中に、二人の城主がそれぞれ天守を置いた場所が残っています。[1][7]
見られるか
一部見られる城跡は自由に歩ける。筒井天守跡のまわりは配水池などで地形が変わっている。

訪問の目安

最寄り駅
伊賀鉄道上野市駅から徒歩約8分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠高石垣を見るなら1時間ほどが目安
料金
大人(高校生以上⁠)600円、小人(小・中学生)300円。30名以上の団体は500円・250円、障がい者割引は400円・200円。支払いは現金(契約旅行会社のクーポンも可)
時間
9:00〜17:00(入館は16:45まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡(上野公園)⁠は自由に歩ける。天守は有料。ペットは抱っこかケージに入れれば天守に入れる。

確認日:

この城の物語

01
史実

なぜこの場所に城を建てたのか

城は上野盆地のほぼ真ん中、標高160〜180mの丘の上にあります。ここにはもともと平楽寺などの寺がありました。1585年、大和郡山から移ってきた筒井定次は、この丘の頂上に本丸を置き、東寄りに三層の天守を建て、北側に城下町をつくりました。[1][7]

02
史実

藤堂高虎が大坂に向き合う城に

1608年、筒井定次は領地を取り上げられ、徳川家康は築城の名手・藤堂高虎に伊賀などを与えました。筒井の城が大坂を守る形だったのに対し、高虎は大坂の豊臣方と⁠向き合う城に作り変えました。1611年に本丸を西へ広げ、高さ約30mの高石垣でかこみ、南を正面と⁠しました。[1][7]

03
史実

五層の天守、完成直前に倒れる

高虎が建てていた五層の天守は、1612年9月2日⁠の大暴風で完成直前に倒れました。城には櫓10棟や⁠大きな門、御殿は⁠建てられましたが、大坂の陣で豊臣方が敗れたあと⁠幕府が城づくりを禁じたため、天守は建て⁠直されませんでした。藤堂家の城代家老が伊賀を治め、幕末まで続きました。[1][7]

04
史実

明治に廃城、公園に

1873年の廃城で城代屋敷などの建物は壊されたとされ、城内は⁠荒れていきました。1886年に公園になり、昭和に入ると⁠本格的な公園の整備が始まります。高石垣や⁠内堀、天守台の石垣は残り、本丸と⁠そのまわりが築城時の姿をよくと⁠どめていることから、1967年に国史跡に指定されました。[7][5]

05
史実

代議士・川崎克が私財で建てた天守

いまの天守は、伊賀出身の衆議院議員・川崎克が、多くの支援者の協力を得ながら私財を投じ、藤堂氏の天守台の上に建てたものです。1932年に着工し、1935年10月18日⁠に完成しました。木造三層の大天守と⁠二層の小天守をつなげた形で、伊賀の文化と⁠産業を盛り上げる拠点と⁠して「伊賀文化産業城」と⁠名づけられました。天守閣は1985年に市の有形文化財に指定されています。[1][5]

この城の人びと

年表

  1. 筒井定次が城を築き、三層の天守を建てる[1][7]

  2. 筒井定次が改易され、藤堂高虎が入る[1]

  3. 藤堂高虎が本丸を西へ広げ、高石垣を築く[1]

  4. 建設中の五層の天守が大暴風で倒壊[1][7]

  5. 川崎克が私財で建てた天守(伊賀文化産業城)⁠が完成[1]

  6. 国史跡に指定[5][7]

建物と⁠遺構

天守の状態

模擬天守

1935年に川崎克が私財を投じて藤堂氏の天守台に建てた木造の天守。公式サイト・伊賀市・日本城郭協会は「復興天守(閣)⁠」⁠と⁠呼び、「伊賀文化産業城」と⁠名づけられている。藤堂高虎の五層天守は完成直前に倒壊し、筒井時代は三層の天守が別の場所にあったため、いまの天守はどちらかの姿をそのまま再現したものではない。

城全体のいま

城跡は上野公園。本丸に天守(1935年建設)⁠があり、公益財団法人伊賀文化産業協会⁠が運営している。城郭の中には俳聖殿もある。筒井時代の本丸の一部には配水池などが造られている。

主な建物

再建(復興)伊賀市有形文化財

天守(大天守・小天守)

1935年完成⁠の木造天守。1985年に市の有形文化財に指定。[1][5]

現存

高石垣

1611年に藤堂高虎が築いた高さ約30mの石垣。[1][2]

現存国重要文化財

俳聖殿

松尾芭蕉をたたえるため川崎克が1942年に城郭内に建てた建物。城の建物ではない。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世・近代以降編集部記事
天守の状態
模擬天守天守がなかった城や、姿の分からない城に建てた観光用の天守編集部記事
築城者
筒井定次、藤堂高虎日本城郭協会
築城
天正13年(1585)⁠、慶長16年(1611)日本城郭協会
主な城主
筒井氏、藤堂氏日本城郭協会
廃城
明治4年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・天守台・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(上野城跡)(1967年)⁠、伊賀市有形文化財(天守閣)(1985年)編集部記事
名城選定
日本100名城 42番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡(上野公園)⁠は自由に歩ける。天守は有料。ペットは抱っこかケージに入れれば天守に入れる。

住所

〒518-0873 三重県伊賀市上野丸之内106[5][10]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

伊賀鉄道上野市駅伊賀鉄道(伊賀線)

徒歩約8分 · 未確認

徒歩約8分。JR伊賀上野駅から上野市駅まで約7分、近鉄伊賀神戸駅から約25分。[4]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

伊賀上野城(天守)
時間
9:00〜17:00(入館は16:45まで⁠)
休館・休み
12月29日〜31日
料金
大人(高校生以上⁠)600円、小人(小・中学生)300円。30名以上の団体は500円・250円、障がい者割引は400円・200円。支払いは現金(契約旅行会社のクーポンも可)[3]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

名阪国道中瀬IC(名古屋方面から⁠)または上野IC(大阪方面から⁠)から約10分。上野公園駐車場(有料)など。[4][8]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠高石垣を見るなら1時間ほどが目安
階段・坂・足もと
城は標高160〜180mの丘の上。坂や⁠階段の詳しい情報は未確認。[7]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
公式サイトに英語と⁠中国語のページがある(内容は短い)⁠。[10]
季節の楽しみ
毎年10月12日に、城郭内の俳聖殿の前庭で芭蕉祭が開かれる。[1]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
天守内の唐冠形兜(三重県指定文化財)は、保存のため2026年3月20日まで非公開期間だった(現在の展示状況は公式のお知らせで確認を⁠)⁠。[6]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

俳聖殿

松尾芭蕉をたたえるため、川崎克が1942年に城郭の中に建てた建物で、国の重要文化財。毎年10月12日に前庭で芭蕉祭が開かれる。[1]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

石垣の迫力を味わいたい人、昭和の木造天守と⁠いう少し変わった天守の歴史に興味がある人に向く。

ここを見ると⁠面白い

まず内堀ごしに高石垣を見上げ、次に天守の中で藤堂高虎ゆかりの品や、最上階の天井の色紙を見る。三つの天守の話を知ってから城を歩くと、天守台の意味がよく分かる。

訪ねる前に

いまの天守は1935年に建てられたもので、江戸時代の天守の姿を再現したものではない。支払いは現金のみ。

楽しみかた

高石垣は映画のロケ地にもなった場所。天守を見たあと、城の中にある俳聖殿にも寄ると、川崎克が城と⁠町に込めた思いをまとめてたどれる。

訪問者レビュー

レビュー募集中

この城を訪ねた方の声を募集しています。

レビューを書く
評価

体験に基づかない投稿・宣伝・個人情報を含む投稿は公開しません。

異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    伊賀上野城について(三つの天守閣)伊賀上野城(公益財団法人伊賀文化産業協会)official確認日:
  2. 2
    見どころ(高石垣と⁠宝もの⁠)伊賀上野城(公益財団法人伊賀文化産業協会)official確認日:
  3. 3
    ご利用案内伊賀上野城(公益財団法人伊賀文化産業協会)official確認日:
  4. 4
    アクセス伊賀上野城(公益財団法人伊賀文化産業協会)official確認日:
  5. 5
    伊賀上野城トップページ(指定文化財)伊賀上野城(公益財団法人伊賀文化産業協会)official確認日:
  6. 6
    唐冠形兜の非公開期間設定⁠のお知らせ伊賀上野城(公益財団法人伊賀文化産業協会)official確認日:
  7. 7
    国史跡上野城跡・城代屋敷跡(PDF)伊賀市教育委員会municipal確認日:
  8. 8
    伊賀上野城伊賀上野観光協会tourism確認日:
  9. 9
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    Iga Ueno Castle (English)伊賀上野城(公益財団法人伊賀文化産業協会)official確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「上野城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q1333693Wikidatawikidata確認日:
  14. 14
    OpenStreetMap node/3961802645© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

現地の変化や⁠誤り、使ってよい写真をご存じでしたらお知らせください。

情報の訂正・写真の提供