吉田の町の背後にそびえる郡山(2013年12月撮影)。山全体が毛利氏の城だった。
TT mk2CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

広島県 · 安芸高田市

郡山城

よしだこおりやまじょう

Yoshida-Kōriyama Castle

広島県安芸高田市

城山城日本100名城 72番

この城らしさ

毛利元就は、山ひとつをまるごと⁠城に変え、その山頂で亡くなるまで政務をとった。

なぜ?

郡山城は、はじめは山の南東のふもとに近い尾根の小さな城でした。毛利元就の時代に、標高約400mの郡山全体へ広げられ、山頂の本丸から放射状に伸びる12本の尾根と⁠谷に、300か所以上の曲輪(くるわ)⁠が築かれました。元就は家督を息子にゆずったあと⁠山頂部に移り、亡くなるまでそこで暮らしました。[1][2]

見逃したくない3つ

01
山頂の本丸まわり(2013年12月撮影)。手前が二の丸、中央が本丸、いちばん奥が本丸の櫓台。TT mk2CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

山頂の本丸と、まわりに広がる曲輪

見る場所
郡山の山頂(標高約390m)⁠。本丸・二の丸・三の丸が続く
注目する部分
一辺約35mの本丸と、北の端の一段高い櫓台(長さ23m・幅10m)⁠。二の丸の石塁、城内最大の三の丸の段々
ここが面白い
建物はひとつも⁠残っていませんが、平らに削った曲輪や⁠土塁、石垣の跡がはっきり残り、山をまるごと⁠城にした戦国時代の山城の形がよく分かります。ふもとからの高さは約190mあります。[2]
見られるか
外から見られる山道を歩いて登る(無料)⁠。足もとに注意。
02
毛利元就の墓所(2013年12月撮影)。城跡の中、洞春寺跡にある。TT mk2CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

毛利元就の墓所と⁠「百万一心」の⁠碑

見る場所
城跡の南西の中腹、洞春寺跡
注目する部分
元就の墓と、その下段に並ぶ毛利一族の墓。近くの「百万一心」の⁠碑
ここが面白い
元就は1571年に75歳で亡くなり、この地に葬られました。墓前の石灯籠には、広島藩主・浅野吉長らが寄進したものもあります。近くの碑は、元就が城を広げるとき、人柱の代わりに「百万一心」と⁠彫った石を埋めさせたと⁠いう伝説を記念したものです。[3]
見られるか
外から見られる自由に見られる。毎年7月16日に墓前祭がある。
03

元就が入った最初の城「本城」

見る場所
郡山の南東のふもと⁠(標高293m・比高約90m)
注目する部分
西の端の櫓台と、背後の谷を断ち切った堀切
ここが面白い
1523年に元就が毛利家の当主と⁠なって入ったのは、この本城でした。元就が山全体を城にするまでは、ここが郡山城の中心でした。戦国時代はじめの山城の形をよく残していて、山頂の本丸と⁠比べると、城がどれほど⁠大きくなったかが分かります。[2]
見られるか
外から見られる自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
バス停「安芸高田市役所前」から徒歩約5分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから本丸を往復して2時間前後、博物館も見るなら半日が目安
料金
大人(15歳以上⁠)500円、中学生以下無料(現金のみ。企画展を含む)
時間
9:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

城跡は山道で自由に見学できる(無料)⁠。郡山城史跡ガイド協会⁠がガイドツアーをしている(申し込み制)⁠。100名城スタンプ⁠は安芸高田市歴史民俗博物館⁠の受付(開館時間のみ。休館日は市教育委員会生涯学習課⁠で9〜17時、12月29日〜1月3日⁠を除く)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

毛利氏の本拠と⁠なった⁠山

毛利氏は、南北朝時代の1336年に毛利時親が安芸国の吉田に入ったあと、郡山の南東のふもとに⁠城(本城)⁠を築きました。いつ築いたかははっきりしていません。それから1591年に広島城へ移るまで、郡山城は毛利氏がずっと⁠本拠とした城でした。[1][3]

02
史実

尼子の大軍を退けた籠城戦

1540年から翌年の正月まで、出雲の尼子氏が大軍で郡山城を攻めました。元就は農民も⁠含む8000人あまりで城にこもり、尼子軍を⁠退けたとされます。このころの城はまだ山全体に広がる前でした。[6]

03
史実

元就が山全体を城にする

1523年に毛利家の当主と⁠なった元就は、16世紀の中ごろ、城を郡山全体に広げました。城の範囲は東西約1.1km、南北約0.9kmにおよび、南のふもとには内堀がめぐり、城内には270段あまりの平らな段や⁠寺院が建てられました。ふもとには道や⁠市が整えられ、城下町ができました。[1][3]

04
史実

広島へ移り、城は役目を終える

元就の孫・毛利輝元は、海に近い広島に新しい城を築き、1591年に移りました。山あいの郡山城は本拠と⁠しての役目を終えました。江戸時代に入ると⁠城は壊され、石垣なども⁠取⁠り⁠除かれたとされます。いまは建物はありませんが、曲輪や⁠土塁、石垣の跡、元就や⁠毛利一族の墓所が残っています。[3][6]

05
史実

国史跡と⁠山すその博物館

郡山城跡は1940年に国の史跡に指定され、いまは多治比猿掛城跡⁠とあわせて「毛利氏城跡」として指定されています。山すそには安芸高田市歴史民俗博物館⁠があり、毛利氏と⁠郡山城について紹介しています。豪雨で崩れた場所の発掘で見つかった酉谷地点の石垣は、保存処理をしてそのまま見学できます。[3][4][6]

この城の人びと

年表

  1. 毛利時親が吉田に入る(のちに本城を築く⁠)[3]

  2. 毛利元就が当主と⁠なり、本城に入る[2]

  3. 尼子氏の大軍に攻められるが退ける(翌年正月まで⁠)[6]

  4. 元就が75歳で亡くなる[3]

  5. 毛利輝元が広島城へ移る[3]

  6. 国の史跡に指定される[6]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

日本城郭協会の一覧では天守は「−」。輝元の時代に三重の天守があったと⁠いう説もあるが、くわしくは分かっていない。

城全体のいま

郡山全体が城跡。建物は残っていないが、曲輪・土塁・堀切・石垣の跡、元就や⁠毛利一族の墓所が残り、山道で見て回れる。南のふもとは吉田の町と⁠安芸高田市歴史民俗博物館。

主な建物

跡地のみ

本丸

山頂、一辺約35m。北端に櫓台。[2]

跡地のみ

三の⁠丸

城内最大の曲輪(約1400㎡)⁠。石塁・石垣の跡が残る。[2]

跡地のみ

本城

南東のふもと。戦国時代はじめの山城の形が残る。[2]

跡地のみ

酉谷地点石垣跡

発掘で見つかった石垣を保存処理して公開。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
毛利氏日本城郭協会
築城
15世紀前半?日本城郭協会
主な城主
毛利氏日本城郭協会
廃城
天正19年(1591年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・石垣・土塁・堀切・井戸・⁠堀編集部記事
文化財指定
国史跡(毛利氏城跡多治比猿掛城跡郡山城跡)(1940年)編集部記事
名城選定
日本100名城 72番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は山道で自由に見学できる(無料)⁠。郡山城史跡ガイド協会⁠がガイドツアーをしている(申し込み制)⁠。100名城スタンプ⁠は安芸高田市歴史民俗博物館⁠の受付(開館時間のみ。休館日は市教育委員会生涯学習課⁠で9〜17時、12月29日〜1月3日⁠を除く)⁠。

住所

〒731-0501 広島県安芸高田市吉田町吉田278-1(安芸高田市歴史民俗博物館)[4]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

バス停「安芸高田市役所前」広島バスセンターから吉田出張所行きバスで約1時間25分

徒歩約5分 · 急⁠な登り

バス停から城跡のふもとまで徒歩5分。そこから山頂の本丸までは山道を登る。[1]

確認日: 2026-10-03
JR向原駅JR芸備線

急な登り

タクシーで約20分。向原駅から吉田へのバスは日曜・祝日は運休、平日・土曜も本数が少ない。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

安芸高田市歴史民俗博物館
時間
9:00〜17:00
休館・休み
火曜(祝日の場合は翌日)⁠、祝休日の翌日、12月29日〜1月3日、臨時休館あり
料金
大人(15歳以上⁠)500円、中学生以下無料(現金のみ。企画展を含む)[4]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

中国自動車道の高田ICから約20分。博物館の駐車場(普通車15台・バス3台・無料)⁠。[1][4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡の見学時間の決まりは確認できなかった確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから本丸を往復して2時間前後、博物館も見るなら半日が目安
階段・坂・足もと
本丸はふもとから約190m上。山道で、足もとの悪い所がある。[2]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
ふもとの郡山公園(興禅寺跡)⁠は桜の名所。毎年7月16日に元就の墓前祭がある。[3]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
確認日時点で、城跡の通行止めなどのお知らせは見当たらなかった。博物館では2026年度秋季企画展「安芸高田芸備線物語」を開催中。[7]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

体験

清神社

郡山のふもとの神社で、戦国時代は郡山の守り神と⁠して毛利氏の祈願所だった。拝殿と⁠本殿が一体になったつくり。例祭は毎年5月5日。[3]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

戦国時代の山城が好きな人、毛利元就ゆかりの地をたずねたい人、山歩きが苦にならない人に向く。

ここを見ると⁠面白い

山頂の本丸から三の丸へ続く曲輪の重なりと、ふもとの本城を見比べると、城が小さな砦から山全体の城へ大きくなったことが分かる。元就の墓所と⁠「百万一心」の碑、本丸の西にある井戸の⁠跡(釣井の壇)⁠も見ておきたい。

訪ねる前に

建物は残っていない山城跡で、山道を歩く。歩きやすい靴で。博物館は火曜休館で、100名城スタンプ⁠は博物館の開館時間に押せる。広島市内からはバスで1時間半ほどかかる。

楽しみかた

先に博物館で毛利氏と⁠城の全体像をつかんでから登ると⁠分かりやすい。くわしく知りたいなら、郡山城史跡ガイド協会⁠のガイドツアーを⁠申⁠し⁠込むのもよい。山頂付近からは吉田の町が見下ろせる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    郡山城跡(吉田町)安芸高田市教育委員会municipal確認日:
  2. 2
    郡山城跡見どころ紹介安芸高田市歴史民俗博物館official確認日:
  3. 3
    毛利氏関係史跡安芸高田市歴史民俗博物館official確認日:
  4. 4
    利用案内・城スタンプ・郡山城ガイド・展示解説・申請書安芸高田市歴史民俗博物館official確認日:
  5. 5
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  6. 6
    吉田郡山城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  7. 7
    安芸高田市歴史民俗博物館トップ安芸高田市歴史民俗博物館official確認日:
  8. 8
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    Wikipedia「吉田郡山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  10. 10
    Wikidata Q1036410Wikidatawikidata確認日:
  11. 11
    OpenStreetMap node/11872224337© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

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  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
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  6. 訪問情報を確認確認済み

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