五稜郭タワーから見た夏の五稜郭(2017年撮影)。5つの角を突き出した星形の土塁と水堀、手前(南西)に三角形の半月堡が1つだけある。中央の建物は2010年に復元した箱館奉行所。
Goryokaku-TowerCC BY 4.0Wikimedia Commons

北海道 · 函館市

五稜郭

ごりょうかく

Goryōkaku

北海道函館市

城平城日本100名城 2番

この城らしさ

上から見ると、堀に囲まれた大きな星。大砲の時代に合わせて、ヨーロッパの要塞の形をまねて幕府が造った城だ。

なぜ?

五稜郭は、天守のある日本の城とはちがい、5つの⁠角(稜堡)⁠を突き出した星形の土塁で守る「西洋式土塁」です。突き出た角から敵を前と⁠横の両方から撃てるように、16世紀ごろのヨーロッパで考えられた形でした。函館市によると、この形の城は日本では五稜郭と⁠長野県の龍岡城の2つだけです。[1][4][11]

見逃したくない3つ

01
五稜郭タワーから見た夏の五稜郭(2017年撮影)。5つの角を突き出した星形の土塁と水堀、手前(南西)に三角形の半月堡が1つだけある。中央の建物は2010年に復元した箱館奉行所。Goryokaku-TowerCC BY 4.0Wikimedia Commons

五稜郭タワーから見る星形

見る場所
五稜郭公園のすぐ南にある五稜郭タワーの展望台(高さ90m)
注目する部分
5つの角を突き出した土塁、そのまわりの水堀、正面(南西)⁠に1つだけある三角形の半月堡
ここが面白い
地上からは土手と⁠堀にしか見えませんが、上からなら星形の設計がひと目で分かります。半月堡はもともと⁠5か所に造る計画でしたが、お金が足りず正面の1か所だけになりました。その「計画の削り跡」も上から確かめられます。[1][2][4][14]
見られるか
外から見られるタワーの展望台は有料(料金は五稜郭タワーの案内で確認)⁠。公園の中は無料。
02

正面の石垣の「刎ね出し」と⁠半月堡

見る場所
南西側の正面。一の橋を渡って半月堡に入り、二の橋を渡って郭内へ入るあたり
注目する部分
石垣のいちばん上で、上から2段目の石が⁠外へせり⁠出している部分(刎ね出し)⁠。出入口の前に置かれた見隠塁(目隠しの土塁)
ここが面白い
刎ね出しは「武者返し」「忍び返し」とも呼ばれ、外から石垣をよじ⁠登りにくくするしかけで、五稜郭の石垣の大きな特徴です。正面側の石垣はほかより高く積まれています。石垣は、寒さで凍って崩れた堀の壁を押さえるために、1859年から積まれました。[1][2][4]
見られるか
外から見られる外から自由に見られる(郭内の開放時間内)⁠。
03
2010年に木造で復元された箱館奉行所(2024年撮影)。屋根の上に太鼓櫓がのる。もとの庁舎は1871年に解体された。pelicanCC BY-SA 2.0Wikimedia Commons

140年ぶりに建て直された箱館奉行所

見る場所
五稜郭の中央
注目する部分
屋根の上の太鼓櫓(高さ16.5m)⁠、玄関の欅の梁、畳敷きの大広間、建物のまわりの床に描かれた部屋割り(遺構の平面表示)
ここが面白い
五稜郭は戦うための城ではなく、まず幕府の役所(箱館奉行所)⁠を守る囲いでした。庁舎は1871年に解体されましたが、古写真や⁠図面、発掘調査をもとに、もとの約3分の1にあたる約1,000㎡が2010年に木造で復元されました。復元しなかった残りの部屋は、地面に区画を示しています。[3][4][5][6][9]
見られるか
外から見られる内部は有料。靴を脱いで入る。大きな荷物は持ち込めない。

訪問の目安

最寄り駅
函館市電「五稜郭公園前」電停から徒歩約18分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
郭内と⁠奉行所で1時間半ほど。五稜郭タワーと⁠外周の散歩を足すなら2時間半〜3時間⁠が目安
料金
一般500円(20人以上の団体400円)⁠、学生・生徒・児童250円(団体200円)⁠、未就学児無料
時間
4〜10月 9:00〜18:00(受付17:45まで⁠)⁠、11〜3月 9:00〜17:00(受付16:45まで⁠)
立入り
自由に見学できる

郭内(堀の内側)⁠は開放時間内なら無料で入れる。箱館奉行所の中は有料。兵糧庫の内部は例年8月だけ公開。2026年11月24日(火)⁠は奉行所の保守点検で、奉行所・⁠お休処いたくら柳野・郭内のトイレが終日使えない。この日も日本100名城スタンプは、いたくら柳野の入口左側(屋外)⁠で押せると⁠案内されている。

確認日:

この城の物語

01
史実

なぜ海から離れた湿地に

1854年の日米和親条約で箱館(いまの函館)⁠の開港が決まり、幕府は箱館奉行を置いて、函館山のふもとに役所を開きました。しかし奉行の堀利熙は、海からの砲撃にさらされやすく、函館山に登ると⁠役所が丸見えになる点を心配し、内陸の亀田への移転を申し出ました。こうして選ばれたのが、ネコヤナギが生える低い湿地で「柳野」とも呼ばれた、いまの五稜郭の場所です。[1][2]

02
史実

蘭学者・武田斐三郎の設計

設計を任されたのは、奉行所の学問所で教えていた蘭学者の武田斐三郎です。1855年に箱館に来たフランス軍艦の軍人から、ヨーロッパの西洋式の台場と⁠土塁について教わり、それをもとに設計しました。1857年に「亀田御役所土塁」として工事が始まり、堀と⁠土塁は越後の松川弁之助、石垣は備前の石工・喜三郎が中心と⁠なって進めました。約7年かけて1864年に完成し、同じ年に奉行所が移ってきました。[2][11]

03
研究上の解釈

城と⁠いうより、役所を守る囲い

中心にあったのは天守ではなく、蝦夷地(いまの北海道)⁠を治め、外国との交渉や⁠海岸の守りを受け持つ幕府の役所でした。お金が足りなかったため、5か所の予定だった半月堡は1か所に減らされました。大砲の時代に合わせた形でしたが、当時の西洋の要塞と⁠比べると⁠小さな規模にと⁠どまりました。[2][4]

04
史実

箱館戦争、旧幕府軍の最後の拠点に

幕府が倒れたあと、1868年10月⁠に榎本武揚の率いる旧幕府軍が蝦夷地に上陸し、五稜郭を占拠して本拠地にしました。翌1869年5月、新政府軍の総攻撃が始まります。11日には新選組の副長だった土方歳三が市街で銃弾を受けて戦死し、12日からは港の軍艦の大砲が奉行所の太鼓櫓に命中しました。五稜郭からの砲弾は港まで⁠届かなかったと⁠市⁠は説明しています。5月18日に旧幕府軍が降伏し、戊辰戦争は終わりました。[3][13]

05
史実

役所は解体、蔵が1棟だけ残った

戦争のあと、五稜郭が役所と⁠して使われることはありませんでした。1871年、札幌に開拓使の本庁舎を建てる木材にするため、奉行所の庁舎と⁠付属の建物の大半が⁠取⁠り⁠壊されました。その後は陸軍の練兵場と⁠なり、1914年に市民の公園と⁠して開放されました。築かれた当時から残る建物は、土蔵造りの「兵糧庫」1棟だけです。堀と⁠土塁と⁠石垣は、ほぼもとの形で残っています。[3][4][11]

06
史実

特別史跡と⁠2010年の奉行所復元

1922年に国の史跡、1952年に北海道でただ一つの国の特別史跡になりました。1985年からの発掘調査で、奉行所と⁠付属建物20棟分⁠の跡が見つかり、古い図面と⁠柱の位置がほぼ一致することが分かりました。これをもとに2006年から工事が始まり、2010年に奉行所の一部が木造で復元されました。屋根材や⁠壁の塗り(柿渋)など、当時の材料や⁠技法をできるだけ使っています。[3][9]

この城の人びと

年表

  1. 日米和親条約で箱館の開港が決まる[2]

  2. 「亀田御役所土塁」として工事が始まる[2][11]

  3. 完成し、箱館奉行所が移ってくる[2][5]

  4. 箱館戦争で旧幕府軍が降伏し、五稜郭を明け渡す[3]

  5. 奉行所の庁舎など大半の建物が解体される[3][4]

  6. 国の特別史跡に指定(史跡指定は1922年)[3][11]

  7. 箱館奉行所の一部を木造で復元[3][5]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

西洋式の星形の土塁で、天守はもともとない。中心は奉行所(役所)だった。

城全体のいま

五稜郭公園と⁠して公開。郭内の中央に2010年復元⁠の箱館奉行所があり、ほかの建物跡は地面に区画を示している。堀の外周は約1.8kmの遊歩道。

主な建物

木造で復元

箱館奉行所

1871年解体。2010年に約1,000㎡を木造で復元。中は展示施設(有料)⁠。[3][5]

現存

兵糧庫(土蔵)

築造当時から残る唯一の建物。1972〜73年⁠と2001〜02年⁠に修理。内部は例年8月だけ公開。[3][4][13]

外観を復元

板庫跡(休憩所)⁠・土蔵跡(管理事務所)

外観を復元的に整備し、休憩所と⁠管理事務所と⁠して使う。[4]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
江戸幕府日本城郭協会
築城
安政4年(1857)日本城郭協会
主な城主
(箱館奉行)日本城郭協会
廃城
1869年Wikipedia
見られる遺構
土塁・石垣・堀・虎口・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(1922年)⁠、国特別史跡(五稜郭跡)(1952年)編集部記事
名城選定
日本100名城 2番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

郭内(堀の内側)⁠は開放時間内なら無料で入れる。箱館奉行所の中は有料。兵糧庫の内部は例年8月だけ公開。2026年11月24日(火)⁠は奉行所の保守点検で、奉行所・⁠お休処いたくら柳野・郭内のトイレが終日使えない。この日も日本100名城スタンプは、いたくら柳野の入口左側(屋外)⁠で押せると⁠案内されている。

住所

〒040-0001 北海道函館市五稜郭町44(箱館奉行所は44番3号)[5][8][13]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

函館市電「五稜郭公園前」電停函館市電(JR函館駅前から乗車)

徒歩約18分 · 登りなし

電停から平らな道を北東へ歩く。函館駅から奉行所まで市電と⁠徒歩で約40分。バスなら「五稜郭公園入口」で降りて徒歩約10分、函館駅前発の五稜郭タワーシャトルバスなら「五稜郭タワー前」から約3分。JR五稜郭駅は公共交通の便が悪く、すすめられていない。[1][5][8][13]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

箱館奉行所
時間
4〜10月 9:00〜18:00(受付17:45まで⁠)⁠、11〜3月 9:00〜17:00(受付16:45まで⁠)
休館・休み
12月31日〜1月3日、ほか臨時休館あり
料金
一般500円(20人以上の団体400円)⁠、学生・生徒・児童250円(団体200円)⁠、未就学児無料[6][5]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

箱館奉行所に駐車場はない。函館市中央図書館向かいの函館市五稜郭観光駐車場(97台、うち⁠車いす用2台)⁠が有料で、1時間まで200円、以後30分ごとに100円。2027年4月1日から1時間300円、30分ごと⁠150円に変わる予定。[1][8]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
郭内の入場は4〜10月 5:00〜19:00、11〜3月 5:00〜18:00。公園は無料[13]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
郭内と⁠奉行所で1時間半ほど。五稜郭タワーと⁠外周の散歩を足すなら2時間半〜3時間⁠が目安
階段・坂・足もと
郭内はほぼ平ら(標高13〜16m)で、北の裏門側が少し高い。湿地だったため雨のあとは水がたまりやすい。奉行所の入口には階段がある。[1][9]
車椅子・ベビーカー
奉行所は車いすで見学できる(階段を上がり、館内専用の車いすに乗り換える)⁠。ベビーカーでの入館は不可。バリアフリートイレ⁠は奉行所館内と⁠いたくら柳野に1か所ずつ。駐車場に車いす使用者用2台。[7][8]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
奉行所館内、⁠お休処いたくら柳野、郭内の兵糧庫前付近、裏門付近に各1か⁠所[7]
英語案内・音声ガイド
市の公式観光サイト⁠は五稜郭跡に英語看板があると⁠分類している。奉行所の英語案内・音声ガイドは未確認。[13]
季節の楽しみ
春は約1,500本⁠の桜が咲き、大型連休のころが見ごろ。散った花びらが堀を覆う「花いかだ」も見られる。冬は堀が凍り、雪の星形がはっきり見える。兵糧庫の内部は例年8月だけ公開。[13][1]
撮影のルール
奉行所の館内は撮影できる。ただし展示の図や⁠写真をホームページや⁠冊子に載せるときは、所蔵元の許可が必要。取材や⁠結婚写真などの撮影は事前の申請が必要。[7][6]
工事・休館・立入制限
2026年11月24日(火)⁠は施設保守点検のため箱館奉行所⁠と⁠お休処いたくら柳野⁠が終日休館。郭内のトイレも使えない。[10]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

星の上から、星の中へ 2時間半コース 150分

  1. 五稜郭タワーの展望台から星形と⁠半月堡を見下ろす
  2. 一の橋を渡って半月堡へ。正面の石垣の刎ね出しを見る
  3. 二の橋を渡って郭内へ。見隠塁の前を通る
  4. 武田斐三郎の顕彰碑を見て、箱館奉行所の中を見学する
  5. 奉行所のまわりの部屋割りの表示と、兵糧庫(外観)⁠を見る
  6. 裏門橋から外へ出て、堀の外周(約1.8km)⁠を歩いて戻る

外周の距離は函館市と⁠観光サイトの数字。時間は編集部の目安。

周辺の楽しみ

体験

五稜郭タワー

五稜郭公園のとなりに⁠立⁠つ⁠高さ107mのタワー。地上90mの展望2階から星形全体が見え、五稜郭の歴史のジオラマや⁠1/250の復元模型もある。いまのタワーは2006年完成⁠の2代目。[14]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

「日本の城=天守」と⁠思っている人にこそ見てほしい。幕末の歴史、新選組や⁠箱館戦争が好きな人、上から見た形を楽しみたい人に向く。春の桜の時期は多くの人でにぎわう。

ここを見ると⁠面白い

まずタワーから星形と、1か所だけの半月堡を確かめる。地上に降りたら、正面の石垣の刎ね出しと、出入口の見隠塁を見る。奉行所では、建物の部屋割りが地面にも続いていることに注目すると、もとの役所の大きさが実感できる。

訪ねる前に

五稜郭は天守のある城ではなく、幕府の役所を守った西洋式の土塁。奉行所の建物は2010年の復元で、当時から残る建物は兵糧庫だけ。奉行所は靴を脱いで入り、大きな荷物は持ち込めない(いたくら柳野にコインロッカーあり)⁠。

楽しみかた

武田斐三郎の顕彰碑の顔の部分は、「頭のよさにあやかりたい」と多くの人になでて光っていると⁠紹介されている。冬に雪が積もると⁠星形の線がくっきりするので、タワーからの眺めは季節ごとに見比べたい。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    特別史跡五稜郭跡函館市municipal確認日:
  2. 2
    五稜郭の歴史(築造から大政奉還)函館市municipal確認日:
  3. 3
    五稜郭の歴史(箱館戦争から現在)函館市municipal確認日:
  4. 4
    五稜郭内の建物と⁠遺構函館市municipal確認日:
  5. 5
    箱館奉行所函館市municipal確認日:
  6. 6
    入館情報箱館奉行所official確認日:
  7. 7
    よくあるご質問箱館奉行所official確認日:
  8. 8
    アクセス箱館奉行所official確認日:
  9. 9
    奉行所ガイド箱館奉行所official確認日:
  10. 10
    臨時休館日のお知らせ(2026年9月10日)箱館奉行所official確認日:
  11. 11
    五稜郭跡(文化遺産オンライン)文化庁heritage確認日:
  12. 12
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    特別史跡五稜郭跡(五稜郭公園)はこぶら(函館市公式観光情報)tourism確認日:
  14. 14
    五稜郭タワーはこぶら(函館市公式観光情報)tourism確認日:
  15. 15
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  16. 16
    Wikipedia「五稜郭」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  17. 17
    Wikidata Q1196357Wikidatawikidata確認日:
  18. 18
    OpenStreetMap way/180806137© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
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