城山川にかかる曳橋と、その先の御主殿の石垣(2009年3月撮影)。橋は発掘で見つかった橋脚の跡などをもとに、いまの技術で架け直したもの。
MocchyPublic domainWikimedia Commons

東京都 · 八王子市

八王子城

はちおうじじょう

Hachiōji Castle

東京都八王子市

城山城日本100名城 15番

この城らしさ

城主の北条氏照が小田原城にこもっている間に攻められ、まだ完成しないまま落ちた山城。

なぜ?

1590年、豊臣秀吉が北条氏を攻めたとき、城主の氏照は本城の小田原城に詰めていました。留守の八王子城は6月23日、前田利家・上杉景勝の軍に攻められて落城します。氏照は大きな城を計画していましたが、そのときはまだ未完成でした。[1]

見逃したくない3つ

01
御主殿の入口。折れ曲がる石段の通路(虎口)と冠木門(2009年3月撮影。冠木門は2010年に建て替えられている)。石垣や石段は発掘で見つかった当時の石をできるだけ使って整備された。MocchyPublic domainWikimedia Commons

御主殿の石垣と⁠石段

見る場所
ガイダンス施設から散策路を歩いた先の御主殿跡(城主の館の跡)
注目する部分
折⁠れ⁠曲がりながら上る石段の通路(虎口)⁠と⁠石垣、館の礎石
ここが面白い
氏照の館があった場所で、落城400年の1990年を節目に整備されました。石垣や⁠石畳は、発掘で見つかった当時の石をできるだけそのまま使い、壊れた部分も当時の形に近づけて直しています。戦国時代の石垣を間近に見られる貴重な場所です。[1]
見られるか
外から見られる散策路で行ける。見学無料。
02
城山川にかかる曳橋と、その先の御主殿の石垣(2009年3月撮影)。橋は発掘で見つかった橋脚の跡などをもとに、いまの技術で架け直したもの。MocchyPublic domainWikimedia Commons

城山川をまたぐ曳橋

見る場所
古道から御主殿跡へ渡るところ
注目する部分
谷にかかる木の橋と、その先にそびえる御主殿の石垣
ここが面白い
御主殿へ入るための橋です。見つかったのは橋脚の跡だけだったため、当時の道筋に合わせていまの技術で架けられました。敵が来たら板を外せる造りだったなど、元の構造には諸説あります。[5]
見られるか
外から見られる渡れる。
03
山頂の本丸跡。小さな社と石碑が立つ(2009年3月撮影)。MocchyPublic domainWikimedia Commons

山頂の本丸跡

見る場所
城山(標高約460m)⁠の山頂。整備された登山道で上る
注目する部分
山の上に段々に続く曲輪(くるわ)と、本丸跡からの眺め
ここが面白い
八王子城は山の上の守りの区域と、ふもとの館の区域に⁠分かれていました。山頂の本丸まで歩くと、尾根を削って曲輪を重ねた山城の造りを体で感じられます。[1][5]
見られるか
外から見られる登山道は整備されているが、山歩きの服装と⁠靴が必要。ツキノワグマの目撃情報があるので鈴や⁠ラジオを持つと⁠よい。山頂付近のトイレは2026年9月9日⁠に閉鎖された。

訪問の目安

最寄り駅
JR高尾駅北口(バス)から徒歩約20分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
御主殿跡まで往復1時間〜1時間半、本丸跡まで登るなら3時間ほどが目安
料金
無料
時間
9:00〜17:00
立入り
一部のみ見学できる

城跡と⁠散策路・登山道は無料で歩ける。整備された御主殿跡への散策路と⁠本丸跡への登山道以外は、危険なので立入禁止。夜間の来場は禁止。日本100名城スタンプ⁠はガイダンス施設⁠にある。

確認日:

この城の物語

01
史実

関東の西を守る山の⁠城

八王子城は、小田原の北条氏3代目・氏康の三男、北条氏照が築いた山城です。小田原城の支城と⁠して、関東の西の守りを固める役目がありました。城は山の上の守りの区域、中腹の館の区域、ふもとの城下町に⁠分かれていました。[1][5]

02
研究上の解釈

滝山城から移った北条氏照

築城は天正年間(1573〜1592年)⁠に始まり、氏照は1584〜1587年⁠の間に滝山城から本拠を移したと⁠考えられています。氏照は大きな城を構想していましたが、工事は落城のときまで続いていて、完成していませんでした。[1]

03
史実

1590年6月23日⁠の落城

1590年、豊臣秀吉が関東の北条氏を攻めました。氏照は小田原城にこもっていて、八王子城は留守でした。6月23日、前田利家・上杉景勝の軍に攻められて城は落ちます。小田原城が開城したあと、氏照は兄の氏政とともに切腹しました。[1]

04
伝承

御主殿の滝の言い伝え

落城のとき、御主殿にいた女性たちや⁠武将が滝に身を投げ、城山川の水が三日三晩赤く染まったと⁠伝えられています。城は落城後に使われなくなり、山の中に石垣や⁠堀切、曲輪が残りました。[5]

05
史実

史跡と⁠しての整備

1951年に国の史跡になり、発掘と⁠整備が進みました。落城400年の1990年を節目に、御主殿の石垣や⁠虎口、古道などが整えられました。2006年に日本100名城⁠に選ばれ、ふもとには展示と⁠休憩の場を兼ねたガイダンス施設⁠があります。2020年には高尾山とともに日本遺産「霊気満山高尾山」の構成文化財になりました。[1][2][5]

この城の人びと

年表

  1. 1584〜1587年⁠の間と⁠推定

    北条氏照が滝山城から本拠を移す[1]

  2. 6月23日、前田利家・上杉景勝の軍に攻められ落城[1]

  3. 国の史跡に指定[5]

  4. 落城400年を節目に御主殿跡を整備[1]

  5. 日本100名城⁠に選ばれる[1]

  6. ふもとにガイダンス施設⁠ができる[5]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守はない。山頂近くに「天守閣跡」と⁠伝わる場所があるが、建物があった跡は⁠見つかっていない。

城全体のいま

城山と⁠そのふもとが史跡と⁠して整備され、ガイダンス施設・御主殿跡への散策路・本丸跡への登山道がある。散策路と⁠登山道以外は立入禁止。城の範囲の一部は霊園や⁠私有地になっている。

主な建物

跡地のみ

御主殿の石垣・虎口・石段

1990年ごろ、発掘された当時の石をできるだけ使って積み直し・復元。[1]

再建(復興)

曳橋

橋脚の跡をもとに、当時の道筋に合わせていまの技術で架けた橋。[5]

再建(復興)

冠木門

当時の門をイメージして復元。2010年に建て替え。[5]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
北条氏照日本城郭協会
築城
天正10年(1582)以降?日本城郭協会
主な城主
小田原北条氏日本城郭協会
廃城
1590年(天正18年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・曲輪・堀切・井戸・竪堀・虎口・⁠門編集部記事
文化財指定
国史跡(八王子城跡)(1951年)編集部記事
名城選定
日本100名城 15番日本城郭協会

旅の情報

立入り

一部のみ見学できる

城跡と⁠散策路・登山道は無料で歩ける。整備された御主殿跡への散策路と⁠本丸跡への登山道以外は、危険なので立入禁止。夜間の来場は禁止。日本100名城スタンプ⁠はガイダンス施設⁠にある。

住所

東京都八王子市元八王子町3-2664-2(八王子城跡ガイダンス施設)[1][2]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR高尾駅北口(バス)JR中央線・京王高尾線

徒歩約20分 · 少⁠し登る

北口1番のりばから西東京バスで「霊園前・八王子城跡入口」下車、徒歩約20分。土曜・日曜・祝日は「八王子城跡」行きの直通バスがある。[1][2]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

八王子城跡ガイダンス施設
時間
9:00〜17:00
休館・休み
年末年始(12月29日〜1月3日)⁠、臨時休館日
料金
無料[2]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

圏央道八王子西ICから約10分、中央道八王子ICから約40分。ガイダンス施設⁠の駐車場は普通車50台・大型バス4台(要予約)⁠・車いす用2台、無料、9:00〜17:00。臨時駐車場もある。路上駐車禁止。[1][2]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡の開放時間の定めは確認できなかったが、夜間・深夜の来場は禁止。駐車場と⁠ガイダンス施設⁠は9:00〜17:00。[1][2]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
御主殿跡まで往復1時間〜1時間半、本丸跡まで登るなら3時間ほどが目安
階段・坂・足もと
御主殿跡までは散策路、本丸跡までは山道の登山。動きやすい服装と⁠履きなれた靴が必要。[1]
車椅子・ベビーカー
ガイダンス施設⁠の駐車場に車いす用2台。散策路・登山道のバリアフリーは未確認。[2]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
ガイダンス施設・管理棟のトイレ(9:00〜17:00)⁠。山頂付近のトイレは2026年9月9日⁠に閉鎖。[1]
英語案内・音声ガイド
英語の案内は未確認。散策マップに英語の見出しがある。スマートフォン用解説アプリ「ポケット学芸員」に対応。[1]
季節の楽しみ
未確認
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
ツキノワグマの目撃情報あり(2026年5月30日)⁠。山に入るときは鈴や⁠ラジオを持ち、野生動物を刺激しないこと。山頂付近のトイレは2026年9月9日⁠に閉鎖。火気厳禁、動植物の採取禁止。ボランティアによる無料ガイドがある。[1]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

山歩きが好きな人、戦国時代の山城を自分の足で確かめたい人に向く。天守や⁠建物はないが、石垣と⁠地形がそのまま残る。都心から日帰りで行ける。

ここを見ると⁠面白い

まずガイダンス施設⁠で城の全体と⁠氏照の話を知り、御主殿跡へ。曳橋を渡り、折れ曲がる石段を上って御主殿に入ると、敵を簡単に通さない入口の工夫が分かる。体力があれば本丸跡まで登り、山の上の曲輪と⁠眺めも見たい。

訪ねる前に

駅からはバスと⁠徒歩。本丸跡までは本格的な山道なので、登山の準備をして明るいうちに下りる。クマの目撃情報があり、山頂付近のトイレは閉鎖されている。散策路以外には入らない。

楽しみかた

無料のボランティアガイド⁠に話を聞くと、石垣や⁠道のしかけの見方が分かりやすい。落城の言い伝えが残る御主殿の滝にも立ち寄り、この城の最後の日に思いをはせたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    八王子城跡八王子市municipal確認日:
  2. 2
    八王子城跡ガイダンス施設八王子市municipal確認日:
  3. 3
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  4. 4
    八王子城跡オフィシャルガイドボランティア募集中!八王子市municipal確認日:
  5. 5
    八王子城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  6. 6
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    Wikipedia「八王子城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  8. 8
    Wikidata Q2969389Wikidatawikidata確認日:
  9. 9
    OpenStreetMap node/1947945196© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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