原城跡の本丸跡へ向かう道。有明海に突き出した台地の上に、草地となった城跡が広がる(2011年撮影)
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長崎県 · 南島原市

原城

はらじょう

Hara Castle

長崎県南島原市

城平山城続日本100名城 188番

この城らしさ

一揆の人々が立てこもった城は、戦いのあと⁠幕府に壊されて土に埋められ、平成の発掘で石垣と⁠信仰の道具が姿を現した。

なぜ?

1637年、島原・天草一揆の人々は、すでに⁠使われなくなっていた原城に立てこもりました。4か月の戦いのあと⁠一揆勢はほぼ全員が殺され、幕府は再び城が⁠使われないよう石垣⁠を徹底的に壊しました。発掘では、壊された石垣の中から人骨や⁠十字架・メダイ(メダル)⁠が見つかり、ここで何が起きたかを伝えています。[1][2]

見逃したくない3つ

01
本丸の虎口(出入り口)の遺構。島原・天草一揆のあと幕府に壊され、土に埋もれていた石垣が発掘で姿を現した(2015年撮影)Kuma83CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

壊されたまま残る本丸の石垣と⁠虎口

見る場所
本丸跡。北西側の正門から入る大きな虎口(出入り口)⁠のあたり
注目する部分
崩されて斜めに埋もれた石垣の石と、本丸の広さの約4割を占める四角い虎口の⁠形
ここが面白い
本丸の石垣は、有馬晴信が朝鮮出兵で学んだ豊臣系の技術で1599〜1604年ごろに築いたものです。一揆のあと⁠幕府に徹底的に壊され、平成の発掘までは土砂に完全に⁠埋もれていました。壊した跡がそのまま見られる城は珍しく、戦いの終わり方を目で確かめられます。[1][2][3]
見られるか
外から見られる見学自由・無料。
02
本丸跡に立つ白い十字架の碑(2017年撮影)STA3816CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

祈りの場になった本丸

見る場所
本丸跡
注目する部分
北村西望がつくった祈る天草四郎の像、西有家の民家の石垣から移された天草四郎の墓石、白い十字架の⁠碑
ここが面白い
一揆勢は城の中に礼拝堂を建て、教えを説いていたことが幕府側の記録からうかがえます。発掘では、鉄砲の玉を溶かして急いでつくった十字架も見つかりました。いまの本丸には、亡くなった人々を思う像や⁠碑が集まっています。[2][3][4]
見られるか
外から見られる見学自由。出土した十字架や⁠メダイは有馬キリシタン遺産記念館(有料)⁠で展示。
03
海の側から見た原城跡の台地。北・東・南の三方を海に囲まれた城だったChris 73CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

三方を海に囲まれた広い台地

見る場所
大手口駐車場から本丸跡まで約900mの道のり。本丸から有明海を見下ろす
注目する部分
二の丸・三の丸の広がりと、本丸の下に迫る⁠海
ここが面白い
原城は南北約1.3km、東西約0.5km、面積約42万㎡のとても広い城です。北・東・南は海、西は湿地で、守りの固い場所でした。この広さがあったから、約2万数千人ともいわれる人々が⁠立てこもることができました。[1][3][4][2]
見られるか
外から見られる見学自由。土・日・祝日は大手口(原城温泉真砂前)⁠と本丸の間を無料送迎タクシー⁠が走る。

訪問の目安

最寄り駅
島鉄バス「原城前」バス停から徒歩約15分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
本丸まわりだけなら約1時間、駐車場から歩いて城全体を見るなら1時間半〜2時間。記念館もあわせるならさらに1時間が目安
料金
一般300円、高校生200円、小・中学生150円(20人以上の団体は一般250円・高校生150円・小中学生100円)
時間
9:00〜17:00
立入り
自由に見学できる

城跡は見学自由・無料。二の丸の総合案内所(9:30〜16:30、12月29日〜1月3日休み)⁠に地元ガイドが常駐し、VRタブレット⁠を無料で貸し出している。続日本100名城スタンプ⁠は原城跡総合案内所(9:30〜16:30)⁠と有馬キリシタン遺産記念館⁠にある。

確認日:

この城の物語

01
史実

海に突き出た台地の⁠城

原城は、島原半島の南部、有明海に突き出た台地の上にあります。北・東・南の三方を海に、西を湿地に囲まれ、⁠攻めにくい場所でした。標高約30mの本丸を中心に、北に二の丸・三の丸、西に鳩山出丸、南に天草丸があります。[1][2]

02
史実

キリシタン大名・有馬晴信が築いた

イエズス会の宣教師の記録などから、原城は1599年から1604年ごろ、キリシタン大名⁠の有馬晴信が築いたことが分かっています。晴信は朝鮮出兵に加わり、肥前名護屋城や⁠朝鮮半島の城で使われた豊臣系の石垣の技術を学んで、本丸を総石垣にしました。15世紀の終わりに有馬氏が築いたとする言い伝えもあります。[1][2][3]

03
史実

廃城と⁠島原・天草一揆

有馬氏にかわって領主になった松倉氏が島原城を築いたため、原城は⁠使われなくなりました。1637年、松倉氏の厳しい支配と⁠飢きんをきっかけに島原・天草一揆が起こり、島原半島南部と⁠天草の人々が益田(天草)四郎を総大将に、この廃城に立てこもりました。廃城とはいえ、石垣などの守りの構えはまだ残っていたと⁠考えられています。[1][2]

04
史実

4か月の籠城と⁠徹底的な破壊

幕府は12万人を超える兵で攻め、8千人以上の死傷者を出しながら、4か月の戦いの末に城を落としました。一揆勢は老人や⁠女性、子どもまでほぼ全員が殺されました。幕府は再び使われることを恐れて城を壊し、石垣の中に人骨や⁠信仰の道具が埋められた形で残りました。この一揆のあと、幕府はポルトガル船の来航を禁じ、キリシタンは宣教師のいないなかで信仰を隠して続ける「潜伏」の時代に入ります。[2]

05
史実

国史跡から世界遺産へ

原城跡は1938年に国の史跡に指定されました。1990年代から本丸を中心に発掘が進み、壊された石垣や、一揆勢が家族や⁠集落ごとに暮らした半地下の小屋の跡が⁠見つかっています。2017年に続日本100名城⁠に選ばれ、2018年には「長崎と⁠天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産と⁠して世界遺産に登録されました。キリシタンが「潜伏」するきっかけを示す場所と⁠されています。[1][2][8][10]

この城の人びと

年表

  1. 1599〜1604年ごろ

    有馬晴信が総石垣の本丸を築く[1][2]

  2. 世界遺産の公式サイトは1618年、南島原市は1615年の一国一城令と⁠する

    松倉氏の島原城築城で原城は使われなくなる[1][2]

  3. 島原・天草一揆がおこり、一揆勢が原城に立てこもる[1][2]

  4. 幕府軍の総攻撃で落城。城は徹底的に壊される[2][10]

  5. 国の史跡に指定[2][11]

  6. 「長崎と⁠天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産と⁠して世界遺産に[4][10]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

本丸の西側の張り出しに、天守にあたる三層の櫓が建っていたとの記録がある。建物は残っていない。城郭協会の一覧では天守は「−」。

城全体のいま

城跡は草地や畑、公園になっており、建物はない。本丸では発掘で見つかった壊された石垣や⁠虎口が見られ、天草四郎像や⁠十字架の碑などが立つ。二の丸広場に総合案内所がある。

主な建物

跡地のみ

本丸の石垣・櫓台

一揆のあと⁠徹底的に壊され、土砂に埋もれていたものを発掘。壊された状態で見られる。[1][2]

跡地のみ

本丸の外枡形虎口

本丸の約4割を占める大きな出入り口の空間。[1]

跡地のみ

池尻口門跡

本丸の東側に残る門の跡。[1]

現存しない

三層櫓(天守にあたる⁠)

記録にだけ残る。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
有馬晴信日本城郭協会
築城
慶長4~9年(1599~1604)日本城郭協会
主な城主
有馬氏日本城郭協会
廃城
元和2年(1616年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・虎口・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(原城跡)(1938年)⁠、世界遺産「長崎と⁠天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産(2018年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 188番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は見学自由・無料。二の丸の総合案内所(9:30〜16:30、12月29日〜1月3日休み)⁠に地元ガイドが常駐し、VRタブレット⁠を無料で貸し出している。続日本100名城スタンプ⁠は原城跡総合案内所(9:30〜16:30)⁠と有馬キリシタン遺産記念館⁠にある。

住所

〒859-2412 長崎県南島原市南有馬町[3]

確認日: 2026-10-04

最寄り駅と⁠行き方

島鉄バス「原城前」バス停島鉄バス(島原駅から加津佐海水浴場前行きで約1時間、口之津港から島原駅前行きで約20分)

徒歩約15分 · 少⁠し登る

バス停から城跡へ徒歩約15分。島原駅までは諫早駅から島原鉄道で約1時間10分。[3][7]

確認日: 2026-10-04

開館時間・料金

有馬キリシタン遺産記念館
時間
9:00〜17:00
休館・休み
12月29日〜1月3日
料金
一般300円、高校生200円、小・中学生150円(20人以上の団体は一般250円・高校生150円・小中学生100円)[6]
確認日: 2026-10-04
原城跡総合案内所(二の丸広場)
時間
9:30〜16:30
休館・休み
12月29日〜1月3日
料金
無料(土日祝のワンコインガイド⁠は1人500円・1家族1,000円、1回40分ほど⁠)[4][3]
確認日: 2026-10-04

車・駐車場

島原港から約40分、口之津港から約15分。大手口駐車場(原城温泉真砂横)⁠を使う。国道251号沿いの原城跡駐車場は、世界遺産センター⁠の工事のため2026年2月24日から当面閉鎖(大型車は駐車不可)⁠。大型バスは二の丸総合案内所前⁠のUターン場で⁠乗⁠り⁠降りだけできる。駐車場から本丸跡まで約900m(徒歩約15分)⁠。原城温泉真砂で有料のレンタサイクルあり。[3][4][5]

確認日: 2026-10-04
公園・城域の開放時間
見学自由(時間の定めなし)[3]確認日: 2026-10-04
所要時間の目安編集部の目安
本丸まわりだけなら約1時間、駐車場から歩いて城全体を見るなら1時間半〜2時間。記念館もあわせるならさらに1時間が目安
階段・坂・足もと
台地の上の城跡で、駐車場から本丸まではゆるやかな上り道が約900m続く。本丸の中は草地と⁠土の道。[3]
車椅子・ベビーカー
未確認。土・日・祝日の無料送迎タクシー⁠で本丸跡(ほねかみ地蔵前)まで行ける。[4]確認日: 2026-10-04
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
有馬キリシタン遺産記念館⁠に英語のページと⁠リーフレットがある。世界遺産の公式サイトにも英語版がある。現地の英語表示は未確認。[6][2]
季節の楽しみ
季節の見どころの公式案内は確認できなかった。
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
原城跡世界遺産センター(ガイダンス・観光案内・物産販売)⁠は2027年3月開業予定⁠で工事中。このため国道251号沿いの原城跡駐車場は閉鎖中。続日本100名城スタンプ⁠の置き場所は2026年8月26日現在⁠の城郭協会の一覧による。[7][5][9]確認日: 2026-10-04

周辺の楽しみ

博物館

有馬キリシタン遺産記念館

原城跡で出土した弾丸や⁠ロザリオ、十字架などを展示し、キリスト教の弾圧と⁠潜伏、一揆の流れを紹介する市の施設。大手口駐車場から車で5分。[6][4]

確認日: 2026-10-04

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

日本のキリシタンの歴史や⁠世界遺産に関心のある人、城が「どう終わったか」に興味がある人に向く。建物を見る城ではなく、出来事の場所に立つための城跡。

ここを見ると⁠面白い

本丸の壊された石垣と⁠大きな虎口をまず見る。そのうえで本丸から海を見下ろすと、三方を海に囲まれた城の地形と、ここで逃げ場がなかったことが実感できる。

訪ねる前に

城跡は広く、日陰が少ない。国道沿いの駐車場は工事で閉鎖中なので、大手口駐車場を使う。先に有馬キリシタン遺産記念館⁠で出土品を見ておくと、現地で見るものの意味が分かりやすい。多くの人が亡くなった場所なので、静かに見学したい。

楽しみかた

土・日・祝日なら、総合案内所のワンコインガイド(約40分)⁠で地元の人の説明を聞くのがおすすめ。VRタブレット⁠を借りれば、壊される前の城の姿を重ねて見られる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    国指定文化財原城跡南島原市教育委員会municipal確認日:
  2. 2
    原城跡(構成資産)長崎と⁠天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(公式サイト)heritage確認日:
  3. 3
    原城跡島原半島観光連盟tourism確認日:
  4. 4
    いざ、原城。-来城予定の皆様へ⁠-南島原情報局(南島原市)municipal確認日:
  5. 5
    原城跡駐車場の利用規制について南島原市municipal確認日:
  6. 6
    有馬キリシタン遺産記念館南島原市municipal確認日:
  7. 7
    南島原市原城跡世界遺産センター南島原市official確認日:
  8. 8
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    スタンプ設置場所などの変更一覧(2026/8/26現在)公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    原城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  11. 11
    原城跡(国指定文化財等データベース)文化庁heritage確認日:
  12. 12
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    Wikipedia「原城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  14. 14
    Wikidata Q2498312Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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