堀の向こうに立つ島原城の高い石垣と、五層の天守・櫓(2014年3月撮影)。天守と櫓は1960〜1972年に復元された。
663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons

長崎県 · 島原市

島原城

しまばらじょう

Shimabara Castle

長崎県島原市

城平城日本100名城 91番

この城らしさ

4万石の大名には過分と⁠された城が、島原の乱で一揆勢の攻撃をはね返した。

なぜ?

島原城は、4万石の大名だった松倉重政が約7年かけて築いた、五層の天守と⁠高い石垣をもつ城です。公式サイトは4万石には過分な城だったと⁠説明しています。1637年の島原の乱では一揆勢に囲まれましたが、城は⁠落ちませんでした。文化庁もこの堅固さを城の特徴に挙げています。[1][3][6]

見逃したくない3つ

01
ゆるやかな曲線を描いて垂直近くまで立ち上がる本丸の石垣(2010年2月撮影)。Takeshi Kuboki from Amagasaki, JapanCC BY 2.0Wikimedia Commons

高さ17mの本丸の高石垣

見る場所
本丸のまわり。大手御門跡のあたりから天守を見上げると⁠全体が分かる
注目する部分
ゆるやかに反りながら垂直近くまで立ち上がる石垣と、何度も折れ曲がる⁠角(屈曲・突角)
ここが面白い
本丸の石垣は高さ17mあり、直径が最大3mの大きな鏡石(かがみいし)⁠も使われています。文化庁は、豊臣時代の城の様式と⁠近世の城へ移る途中の特徴が見られる石垣と⁠評価しています。石垣の線は13か所で折れ曲がり、守りの死角をなくすとともに城の見た目を立派にしています。[6][1]
見られるか
外から見られる城のまわりの堀端から自由に見られる。
02

天守のキリシタン史料⁠と⁠島原の⁠乱

見る場所
天守1階のキリシタン史料⁠のコーナー
注目する部分
南蛮貿易の時代の品、隠れ(潜伏)キリシタンが信仰に使った品、島原の乱の攻防図や⁠砲弾
ここが面白い
島原地方は戦国時代の終わりにキリスト教が広まった土地で、その後の厳しい弾圧の中でも信仰を守った人々がいました。1637年の島原の乱では一揆勢が島原城を攻めましたが、城は⁠落ちませんでした。天守では、この地の信仰と⁠乱の歴史を、城の中で実物の資料とともにたどれます。[2][3][6]
見られるか
外から見られる天守の入館料が必要(三館共通券)⁠。
03
夏の東側の堀端。一面に蓮の葉が広がり、その上に石垣と天守が見える(2013年8月撮影)。sk01CC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

堀の蓮と⁠眉山

見る場所
城を囲む堀、とくに東側の堀端
注目する部分
春の菖蒲、夏の蓮の花、冬は枯れた蓮の間に映る天守と⁠空、背後にそびえる眉山
ここが面白い
公式サイトは、堀が季節ごとに表情を変えると⁠紹介しています。春は菖蒲、夏は蓮の花、冬は枯れた蓮の間に澄んだ空と⁠天守が映ります。背後には眉山がそびえ、石垣・天守・堀・山を一度に見られる堀端は、島原らしい景色が集まる場所です。[1]
見られるか
外から見られる堀端は自由に歩ける。花の時期は年によって変わる。

訪問の目安

最寄り駅
島原鉄道島原駅(島原駅前バス停)から徒歩約11分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠三館を見て、堀のまわりを歩くなら1時間半〜2時間⁠が目安
料金
大人700円、小・中・高校生350円。15名以上の団体と⁠障害者割引は大人560円、小・中・高校生280円(税込)
時間
9:00〜17:30(入館は17:00まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡のまわりと⁠本丸は歩いて見学できる。天守・観光復興記念館・西望記念館は有料(三館共通券)⁠。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

有明海の交通の中心に

島原城は、雲仙岳の東、有明海に面した森岳と⁠いう小山に築かれました。それまでの原城や⁠日野江城は半島の南に偏っていたため、有明海の交通の中心だった島原に新しい城を置いたと⁠公式サイトは説明しています。キリシタンの中心地から離す、新しい藩主の力を示すと⁠いう狙いもあったとされます。[3][6]

02
史実

松倉重政が約7年かけて築く

1618年、松倉重政が築城を始め、約7年かけて完成させました。本丸・二の丸・三の丸を南から北へ一直線に並べ、外郭は東西約360m、南北約1260mありました。五層の天守を中心に、大小の櫓を要所に置いた壮麗な城でした。江戸幕府が新しい城づくりを厳しく制限していた時代に築かれた、数少ない城の一つです。[1][3][6]

03
史実

島原の乱と、城を守った石垣

重政の子・勝家の代に、重い年貢と⁠厳しい取り立て、キリスト教の取り締まりへの不満から、1637年に島原の乱が起こりました。一揆勢は島原城を攻めましたが、城を落とすことはできませんでした。その後、一揆勢は原城跡に立てこもり、翌年2月に全滅しました。乱の後、松倉家は領地を⁠取⁠り⁠上げられました。[3][6]

04
史実

4氏19代の居城から、石垣と⁠堀だけに

乱の後は高力氏、松平氏、戸田氏が城主と⁠なり、約250年の間に4つの家の19人の藩主が住みました。明治になると⁠城は廃城と⁠なり、立ち木一本まで払い下げられ、1876年には天守も解体されました。石垣と⁠堀だけが残り、本丸は畑に、三の丸は学校の敷地になりました。[1][3]

05
史実

市民の願いで天守が戻り、国の史跡へ

城の復活を望む市民の熱意が実り、1960年に西の櫓、1964年に天守が復元されました。1972年には巽の櫓が北村西望の作品を展示する西望記念館に、1996年には雲仙普賢岳の噴火災害を伝える観光復興記念館⁠が開きました。2024年12月、文化審議会は島原城跡を国の史跡に指定するよう答申しました。[1][5][6]

この城の人びと

年表

  1. 松倉重政が築城を始める[1][3]

  2. 島原の乱。一揆勢が島原城を攻めるが落と⁠せず[3][6]

  3. 「島原大変」の大災害で城下が大きな被害を受ける[3]

  4. 天守が解体される[1]

  5. 天守が復元され、資料館になる[1]

  6. 文化審議会が国史跡への指定を答申[5][6]

建物と⁠遺構

天守の状態

外観を復元

1964年に藩日記や⁠諸記録、大正末の絵などをもとに「築城当時のように復元」(公式の表現)⁠。鉄筋コンクリート⁠造⁠の五重五階。

城全体のいま

本丸に復元の天守と⁠櫓が建ち、天守は資料館、櫓は西望記念館などになっている。本丸・二の丸の石垣と⁠堀が残り、三の丸跡には学校などが建つ。

主な建物

外観を復元

天守

1876年解体、1964年復元。中はキリシタン史料・郷土史料・民俗史料の資料館と⁠展望所。[1][2]

外観を復元

西の⁠櫓

1960年復元。全国の名城画などを展示。[1][2]

外観を復元

巽の⁠櫓(西望記念館)

1972年復元。彫刻家・北村西望の作品約70点を展示。[1][2]

移築して現存

御馬見所

城の主な遺構の一つで、城内広場に移築されている。[3]

移築して現存

二の丸御門・常盤御殿

二の丸御門は雲仙市、常盤御殿は市内の本光寺に移築されて残る。[3]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
外観を復元外観は史料に基づいて復元。中は鉄筋コンクリート⁠の資料館など編集部記事
築城者
松倉重政日本城郭協会
築城
元和4年(1618)着手、寛永2年(1625)頃完成日本城郭協会
主な城主
松倉氏、高力氏、松平氏、戸田氏日本城郭協会
廃城
明治3年(1871年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・櫓・櫓台・曲輪・虎口・天守台編集部記事
文化財指定
長崎県史跡(島原城跡)(2016年)⁠、国史跡(島原城跡) 2024年12月⁠に文化審議会が答申(2025年)編集部記事
名城選定
日本100名城 91番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡のまわりと⁠本丸は歩いて見学できる。天守・観光復興記念館・西望記念館は有料(三館共通券)⁠。

住所

〒855-0036 長崎県島原市城内1丁目1183-1[4]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

島原鉄道島原駅(島原駅前バス停)島原鉄道(JR諫早駅から約1時間12分)⁠。博多バスターミナルから高速バス「島原号」(約3時間30分)

徒歩約11分 · 未確認

駅・バス停から島原城まで徒歩約11分。[4]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

天守閣・観光復興記念館・西望記念館(三館共通)
時間
9:00〜17:30(入館は17:00まで⁠)
休館・休み
無休
料金
大人700円、小・中・高校生350円。15名以上の団体と⁠障害者割引は大人560円、小・中・高校生280円(税込)[4]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

駐車場約90台(普通車500円、小型バス750円、大型バス1,500円、バイク200円)⁠。[4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
天守と⁠三館を見て、堀のまわりを歩くなら1時間半〜2時間⁠が目安
階段・坂・足もと
平城で、城のまわりはほぼ平ら。[3]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
公式サイトに英語・韓国語・中国語のページがある。館内の英語表示は未確認。[11]
季節の楽しみ
堀は春に菖蒲、夏に蓮の花が咲く。冬は枯れた蓮の間に天守が映る。[1]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年10月3日(土)17:00から天守閣前広場で第44回島原城薪能(入場無料、雨天時は島原文化会館)⁠。10月17日(土)⁠・18日(日)⁠は市役所大手広場ほかで「島原城大手門市」が開かれ、9:30〜16:00に交通規制がある。[7][8]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

高い石垣を見るのが好きな人、キリシタンの歴史や⁠島原の乱に興味がある人、雲仙普賢岳の噴火災害について知りたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

まず堀端から、⁠折⁠れ⁠曲がりながらそびえる石垣と⁠天守を眺めたい。天守では1階のキリシタン史料から順に上がり、最上階で眉山と⁠有明海を見渡すと、城と⁠島原の歴史がひと⁠続きでつかめる。

訪ねる前に

天守や櫓は1960年代以降⁠の鉄筋コンクリート⁠の復元。江戸時代の石垣と⁠堀が本物の見どころ。2025年に国の史跡になった(Wikipedia)ばかりで、日本城郭協会の一覧はまだ県史跡の表記。

楽しみかた

観光復興記念館では、噴火活動の経過などを伝える映像を約15分上映している。城の屋外には北村西望の大きな彫刻が置かれ、散策しながら見られる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    島原城について島原城(運営島原観光ビューロー)official確認日:
  2. 2
    城内散策島原城official確認日:
  3. 3
    島原城の歴史島原城official確認日:
  4. 4
    入館案内・アクセス島原城official確認日:
  5. 5
    文化審議会の答申(史跡名勝天然記念物⁠の指定等)令和6年12月20日文化庁heritage確認日:
  6. 6
    史跡名勝天然記念物⁠の指定等答申物件⁠の詳細(別紙)文化庁heritage確認日:
  7. 7
    10月3日「第44回島原城薪能」開催!!島原市municipal確認日:
  8. 8
    【お⁠知らせ!】島原城大手門市⁠の開催について(開催日:10月17日~18日)島原市municipal確認日:
  9. 9
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    島原城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  11. 11
    Shimabara Castle Official Website (English)島原城official確認日:
  12. 12
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    Wikipedia「島原城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  14. 14
    Wikidata Q1322463Wikidatawikidata確認日:
  15. 15
    OpenStreetMap way/477197128© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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