引田城跡の本丸。説明板の向こうに引田の町並みが見える。本丸は町から最もよく見える場所にあった
HikaruKinkakujiCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

香川県 · 東かがわ市

引田城

ひけたじょう

Hiketa Castle

香川県東かがわ市

城山城続日本100名城 175番

この城らしさ

港をかかえる岬の山に、豊臣の大名が讃岐の東の守りと⁠して石垣の城を築いた。

なぜ?

引田城は、引田港の北を囲むように海へ突き出した城山(標高82m)⁠にあります。引田港は瀬戸内海の船が風や⁠潮を待つ大事な港で、播磨灘をのぞむ⁠国ざかいでもありました。讃岐を任された生駒氏は、高松城・丸亀城とともにこの城を国を治める拠点にしました。[8][2][9]

見逃したくない3つ

01
引田城跡の本丸。説明板の向こうに引田の町並みが見える。本丸は町から最もよく見える場所にあったHikaruKinkakujiCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

本丸の石垣と⁠町の眺め

見る場所
城山の山頂部の本丸。引田港側登山口から遊歩道を登る
注目する部分
本丸の角の石の積み方(算木積み)と、すき間に詰めた小さな石。本丸から見下ろす引田の町並みと⁠港
ここが面白い
本丸の角の石垣は古い積み方で、引田城で最初に築かれた石垣と⁠市は説明しています。本丸は町から最もよく見える場所にあり、城主の力を見せるのに向いた場所でした。山頂からは播磨灘・讃岐山脈・引田港が一度に見渡せ、海の道を強く意識して城が置かれたことが分かります。[8][1]
見られるか
外から見られる遊歩道を歩いて見られる。城山にトイレはない。
02

北二の丸の高い石垣

見る場所
大手道を登った先、大手門跡の左右に広がる北二の丸と⁠南二の⁠丸
注目する部分
北二の丸の下段にある高さ5〜6mの石垣と、すき間に石をていねいに詰めた積み方。大手門跡の大きな⁠石
ここが面白い
引田城の曲輪(くるわ。城の区画)⁠はすべて石垣で囲まれ、石垣の長さは合わせて約600mになります。北二の丸には上段に2〜3m、下段に5〜6mの石垣が残り、上段の石は城内でも大きなものです。石垣で囲まれた北二の丸と⁠南二の丸には、御殿があったと⁠考えられています。石垣の形や⁠出土品から、慶長年間(1596〜1615年)⁠に整えられたことが分かっています。[8]
見られるか
一部見られる下段の石垣は見られる。上段の石垣は崩れるおそれがあるためシートで覆って保護中(ガイドマップ2024年版⁠の時点)⁠。
03
引田の町なかの石塀と白壁。古い商家が並ぶ引田の町は、引田城の城下町だった663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons

城下町と⁠して生まれた引田の町並み

見る場所
城山のふもとの引田の町なか(讃州井筒屋敷のあたり)
注目する部分
古い商家が並ぶ通りと、碁盤の目のような町割り
ここが面白い
引田には城とともに城下町がつくられ、碁盤の目のような町割りや⁠地名に城下町の名残があると⁠市は説明しています。城が1615年ごろに役目を終えたあとも、町は港町・商人の町と⁠して続きました。続日本100名城スタンプ⁠も町なかの讃州井筒屋敷にあります。[8][2][3]
見られるか
外から見られる町なかの通りは自由に歩ける。個人の家は外から見るだけに。

訪問の目安

最寄り駅
JR引田駅から徒歩約20分
登り
少し登る
所要時間の目安編集部の目安
市は城跡の周遊に1時間30分〜2時間ほどと⁠案内している。駅からの往復を含めると⁠2時間半〜3時間⁠が目安
料金
スタンプの押印に料金の記載なし。館内の料金は未確認
時間
10:00〜16:00
立入り
自由に見学できる

城跡は遊歩道を歩いて見学できる。遊歩道以外は通らない。夜間は危険なので日中に。火気の使用、石や⁠瓦の持ち出し、石垣に登ること、動植物をとることは禁止。続日本100名城スタンプ⁠は城跡ではなく、町なかの讃州井筒屋敷と⁠引田公民館にある(開館時間外は押せない)⁠。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

風待ち・潮待ちの港を見守る⁠岬

城山は、引田港を囲むように岬の形で海に突き出した山です。引田港は中世から播磨灘の要地で、瀬戸内海を行き来する船が風や⁠潮を待つ港でした。讃岐の東のはし、阿波(徳島県)との国ざかいに近いことも、城が置かれた理由と⁠考えられています。[8][2]

02
史実

土の城から始まった

市の年表では、1504〜21年ごろに四宮右近が引田城を居城としたとされています。1570年には阿波の三好氏の家臣・矢野駿河守が城主になりました。城の北側にある北曲輪には石垣がなく、石垣の城になる前の、土でつくった引田城の跡と⁠考えられています。[8]

03
史実

長宗我部と⁠仙石の戦い、そして生駒氏

土佐の長宗我部元親が讃岐に攻め込むと、引田城は大事な軍事拠点になりました。1583年には羽柴秀吉が送った仙石秀久の家臣が城に入り、長宗我部勢との「引田合戦」で仙石勢は敗れて小豆島へ退きました。1587年、秀吉から讃岐を与えられた生駒親正が播磨の赤穂から引田城に入り、まもなく宇多津、高松へ移りました。[8][9]

04
史実

生駒氏の「織豊系」の石垣の⁠城

生駒氏は高松城・丸亀城と⁠あわせて引田城を整え、東讃岐をおさえる拠点にしました。曲輪は玄関谷から大手道を通り、北二の丸・南二の丸・本丸・東の丸が尾根に沿ってU字形に並び、水をためる化粧池もつくられました。曲輪から礎石や⁠多くの瓦が出土し、瓦ぶきの建物があったことが分かっています。石垣で固めた曲輪は、織田信長・豊臣秀吉の勢力が広めた「織豊系城郭」の特徴で、その全国への広がりを知るうえで貴重だと⁠市は説明しています。[8][9]

05
史実

一国一城令で廃城、石垣が残った

東讃岐の支城と⁠して使われた引田城は、1615年の一国一城令で廃城になったとされます。1643年に高松藩の初代藩主・松平頼重が城山で鹿狩りをしたころには、すでに⁠城ではなくなっていました。建物は⁠残っていませんが、生駒氏が築いた野面積みの石垣が山の中に残っています。[9][8]

06
史実

大正の遊歩道から国史跡へ

1924〜30年ごろ、城山に遊歩道や⁠展望台が整えられ、城山公園と⁠して観光地になりました。いま歩く遊歩道はこのときのもので、城があったころの道とは違うところがあります。2004〜2013年度⁠に発掘調査が行われ、2017年に続日本100名城⁠に選ばれ、2020年3月10日⁠に国史跡に指定されました。[8][5][2]

この城の人びと

年表

  1. 永正年間(1504〜21)

    四宮右近が引田城を居城と⁠する[8]

  2. 引田合戦。仙石勢が長宗我部勢に敗れる[8]

  3. 生駒親正が讃岐を与えられ、引田城に入る[8][9]

  4. 一国一城令で廃城になったとされる[9]

  5. 1924〜30年ごろ

    遊歩道・展望台が整い城山公園になる[8]

  6. 続日本100名城⁠に選ばれる[3]

  7. 3月10日、国史跡に指定[2]

建物と⁠遺構

天守の状態

確認中

本丸に「天守台」と⁠呼ばれる場所が地図に示されているが、天守の建物があったかどうかは公式資料で確認できなかった(日本城郭協会の一覧では天守は「−」)⁠。大正時代の想像図は建物の構造の信頼性が高くないと⁠市は説明している。

城全体のいま

建物はなく、城山全体が城跡。山頂部に石垣で囲まれた曲輪が残り、大正時代の遊歩道で回れる。城山一帯は国有林・瀬戸内海国立公園・保安林を含む。

主な建物

跡地のみ

本丸・北二の丸・南二の丸・東の丸の石垣

野面積み。総延長約600m。北二の丸の上段はシートで保護中。[8]

跡地のみ

化粧池

水不足に備えて築いた人工の貯水池。姫や⁠女中が化粧に使ったと⁠いう言い伝えがある。南側の石垣は後の時代のもの。[8]

跡地のみ

北曲輪

石垣がない土の曲輪。石垣の城になる前の引田城の跡と⁠考えられている。[8]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
確認中天守の有無・状態は確認中編集部記事
築城
永正年間(1504~21)日本城郭協会
主な城主
生駒氏日本城郭協会
廃城
元和元年(1615年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・曲輪・虎口・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(引田城跡)(2020年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 175番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は遊歩道を歩いて見学できる。遊歩道以外は通らない。夜間は危険なので日中に。火気の使用、石や⁠瓦の持ち出し、石垣に登ること、動植物をとることは禁止。続日本100名城スタンプ⁠は城跡ではなく、町なかの讃州井筒屋敷と⁠引田公民館にある(開館時間外は押せない)⁠。

住所

香川県東かがわ市引田(城山)[9][1]

確認日: 2026-10-04

最寄り駅と⁠行き方

JR引田駅JR高徳線

徒歩約20分 · 少⁠し登る

駅から引田の町を通って引田港側登山口(登山口①)まで徒歩約20分。そこから遊歩道で城山(標高82m)⁠を登る。[8]

確認日: 2026-10-04

開館時間・料金

讃州井筒屋敷(スタンプ設置場所)
時間
10:00〜16:00
休館・休み
水曜(ガイドマップでは年末年始も⁠)
料金
スタンプの押印に料金の記載なし。館内の料金は未確認[3][8]
確認日: 2026-10-04
引田公民館(スタンプ設置場所)
時間
9:00〜17:00
休館・休み
火曜(ガイドマップでは年末年始も⁠)
料金
未確認[3][8]
確認日: 2026-10-04
東かが⁠わ市歴史民俗資料館(出土品の展示。スタンプはない⁠)
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
火曜(祝日の場合は翌日)⁠、年末年始(12月29日〜1月3日)
料金
復元イラストの公開(2026年4月6日〜2027年3月31日)⁠は入館無料。通常の入館料は未確認[5][6]
確認日: 2026-10-04

車・駐車場

高松自動車道引田ICから登山口①まで約10分。登山口①の近くに駐車場(地図では23台と⁠5台)⁠、田の浦野営場側の登山口②に10台。東かが⁠わ市観光情報サイト⁠は駐車可能台数28台⁠としている。[8][9]

確認日: 2026-10-04
公園・城域の開放時間
時間の定めは確認できなかった。夜間の散策は危険なので日中の明るいうちに登るよう市が呼びかけている。[1]確認日: 2026-10-04
所要時間の目安編集部の目安
市は城跡の周遊に1時間30分〜2時間ほどと⁠案内している。駅からの往復を含めると⁠2時間半〜3時間⁠が目安
階段・坂・足もと
遊歩道はあるが山道。動きやすい靴と⁠服装で、長袖・長ズボンと⁠飲み物を用意する。[1][4]
車椅子・ベビーカー
公式の案内は確認できなかった。城跡は山道で、車いすや⁠ベビーカーには向かない。確認日: 2026-10-04
トイレ・休憩
城山(城跡内)⁠にトイレはない。[1]
英語案内・音声ガイド
英語の現地案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
7〜10月ごろはスズメバチの活動が活発になる。巣や蜂を見たら刺激せずに離れるよう市が呼びかけている。[7]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
東かが⁠わ市歴史民俗資料館で、引田城の復元イラスト(故香川元太郎氏⁠のラフスケッチと⁠デジタル復元イラスト)⁠を2026年4月6日〜2027年3月31日⁠に公開中(入館無料)⁠。ボランティアガイド⁠による登城案内あり(無料・見学日の2週間前までに申し込み)⁠。[6][4]確認日: 2026-10-04

歩きかたの⁠例

ボランティアガイド⁠と歩く引田城跡 105分

  1. 集合場所を選ぶ(引田港側登山口=最短ルート/讃州井筒屋敷=スタンプ⁠を押したい人向け/つばさ交流センター=大型バス⁠向け)
  2. ガイドと⁠遊歩道で城山を登り、曲輪と⁠石垣を見て回る
  3. 本丸から引田の町並みと⁠港を眺める

市の案内では10時〜16時⁠のうち1時間30分〜2時間ほど(表示の分数はその中間の目安)⁠。無料。見学日の2週間前までに申し込み。送迎はない。

周辺の楽しみ

城下町

讃州井筒屋敷

引田の町なかにある施設で、続日本100名城スタンプ⁠の設置場所。10時〜16時、水曜休館。[3]

確認日: 2026-10-04

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

海と⁠城の組み合わせが好きな人、豊臣時代の石垣の広がりに興味がある人、軽いハイキングと⁠古い町歩きを一度に楽しみたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

まず本丸の角の古い石垣と、山頂からの港と⁠町の眺め。次に北二の丸の高い石垣と⁠大手門跡の大きな石を見て、石垣のない北曲輪と⁠見比べると、土の城から石の城へ変わった流れが分かる。

訪ねる前に

城山にトイレはない。スタンプは城跡ではなく町なかの2か所にあり、休館日が違う(讃州井筒屋敷は水曜、引田公民館は火曜)⁠。パンフレットは登山口・讃州井筒屋敷・引田公民館・歴史民俗資料館⁠にある。夏から秋はスズメバチに注意。

楽しみかた

いまの遊歩道は大正時代につくられたもので、城があったころの道とは違う所がある。ガイドマップで推定の大手道や⁠家臣団屋敷の位置を確かめながら歩くと、当時の登り方を想像しやすい。下山後は城下町だった引田の町並みも歩きたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    引田城跡(城山)への登山について東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  2. 2
    東かが⁠わ市初!国指定史跡誕生!!東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  3. 3
    引田城跡の続日本100名城スタンプ設置場所・ガイドマップ⁠等⁠の公開について東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  4. 4
    引田城跡に登城しませんか⁠! ボランティアガイド⁠が案内します東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  5. 5
    引田城跡の出土物(瓦等)⁠の公開について東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  6. 6
    4月6日(城の日)⁠に引田城復元イラスト⁠を公開します東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  7. 7
    スズメバチに関する注意喚起(引田城跡)東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  8. 8
    引田城跡ガイドマップ(PDF・2024年6月版)東かが⁠わ市教育委員会生涯学習課municipal確認日:
  9. 9
    引田城跡・城山東かが⁠わ市観光情報サイトtourism確認日:
  10. 10
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    Wikipedia「引田城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  13. 13
    Wikidata Q11487162Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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