掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commonsこの
城は山の上、殿様と家臣と町人の暮らしは谷底に。戦国大名の城下町が、まるごと土の下から出てきた。
見逃したくない3つ
掬茶CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons
先従隗始CC0Wikimedia Commons原寸で立体復原された町並
663highlandCC BY 2.5Wikimedia Commons谷を守る城戸と、山上の一乗谷城
- 見る
場所 - 谷の
北端の 下城戸跡、 南端の 上城戸跡、 そして 東の 一乗城山 (山上の 一乗谷城跡) - 注目する
部分 - 下城戸の
巨石と高さ約4mの 土塁、 山上の 千畳敷・ 観音屋敷などの 御殿跡と一ノ丸などの 曲輪、 斜面を 縦に 切る 竪堀 - ここが
面白い - 城下町は
南北の [2][4][6][7]城戸で 仕切られ、 三方を 山に 囲まれた谷 その ものが 守りの 形でした。 その 背後の 山上に、 ふだん 住む館とは 別に、 有事に 備えた 山城が 築かれ、 まわりの 峰にも 支城が置 かれていました。 「谷の 館と町」と「山の 城」が セットで 一つの 城だった ことが、 ここに 来るとよく わかります。 - 見られるか
- 一部
見られる 城戸跡は自由に 見学できる。 山城へは 登山道4ルートで 片道30〜75分。 急な 坂や岩場が あり、 雨の 日や雨の 後は 登らないよう呼 びかけられている。 クマ対策が 必要。
訪問の目安
- 最寄り駅
- JR一乗谷駅
から 徒歩約3分 - 登り
- 登りなし
- 所要時間の
目安 編集部の目安 - 谷の
遺跡と復原町並で 約2時間、 博物館も 入れて 半日。 山城まで 登るなら 往復で さらに 2〜3時間が 目安 - 料金
- 一般330円
(団体260円)、 70歳以上・ 小中学生100円 (団体80円)。 障害者手帳を お持ちの 方は 無料。 博物館との 共通券は 大人820円・ 高校生580円・ 小中学生240円・ 70歳以上 360円 - 時間
- 9:00〜17:00
(入場16:30まで) - 立入り
- 自由に
見学できる 谷の
遺跡 (朝倉館跡・ 庭園・ 城戸跡など)と 山城跡は 自由に 見学できる。 復原町並と博物館は 有料。 山城は 登山に なり、 クマに 注意が呼 びかけられている (遺跡事務所で 熊鈴を 貸し出し)。
確認日:
この城の物語
山に囲まれた細長い谷
一乗谷は
朝倉氏5代、100年の本拠
朝倉氏は
義昭をもてなし、信長に敗れる
5代義景
この城の人びと
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
天守は
城全体の
谷全体が
主な建物
復原町並(武家屋敷・町屋)
唐門
朝倉氏の
朝倉館跡
堀・
一乗谷城(山城)
千畳敷・
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 山城山の
上に 編集部記事築いた城。 登りが ある - 時代
- 中世編集部記事
- 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城者
- 朝倉孝景日本城郭協会
- 築城
- 15世紀後半日本城郭協会
- 主な
城主 - 朝倉氏日本城郭協会
- 廃城
- 1575年
(天正3年) Wikipedia - 見られる
遺構 - 土塁・
堀・ 編集部記事虎口・ 石垣・ 曲輪 - 文化財指定
- 国特別史跡
(一乗谷朝倉氏遺跡) 編集部記事(1971年)、 国特別名勝 (一乗谷朝倉氏庭園 4庭園) (1991年)、 国重要文化財 (出土品2,343点) (2007年) - 名城選定
- 日本100名城 34番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に谷の
住所
〒910-2153 福井県福井市城戸ノ
最寄り駅と行き方
開館時間・料金
- 時間
- 9:00〜17:00
(入場16:30まで) - 休館・
休み - 年末年始
(12月28日〜1月4日)
- 時間
- 9:00〜17:00
(入館16:30まで) - 休館・
休み - 毎週
月曜日、 年末年始 (変更あり。 開館 カレンダーで 確認) - 料金
- 基本展示: 一般700円、
高校生400円、 [9]小中学生200円、 70歳以上 350円 (20名以上の 団体は 2割引)。 特別展は 別料金
車・駐車場
北陸
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
天守の
ここを見ると面白い
谷を
訪ねる前に
遺跡は
楽しみかた
先に
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異説・未確認の点
- 日本100名城
では 「一乗谷城」として 選ばれているが、 選定の 対象は 谷の 城下町・ 館跡と山上の 一乗谷城を 含む 「一乗谷朝倉氏遺跡」全体。 - 山城の
標高は 博物館の 資料で 473mと475mの 表記が ある。 築かれた 時期は 15世紀前半 とも 考えられている (補助資料)。 - 唐門の
由来 (義景を 弔う 寺の 門として 建てられた)と 再建時期は 伝承・ 補助資料に よる。 - 「3日3晩焼いた」
「諏訪館跡庭園は 義景が 妻の ために 造った」は伝 えられている 話。 - 定時ガイドの
内容は 2022年更新の 市の 案内に よる。 トイレの 場所、 遺跡全体の バリアフリー、 撮影ルールは 確認 できなかった。
出典
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