2020年に木造で復元された御楼門(2024年11月撮影)。高さ・幅とも約20mあり、1873年の火災で焼けてから147年ぶりによみがえった。
Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

鹿児島県 · 鹿児島市

鹿児島城

かごしまじょう

Kagoshima Castle

鹿児島県鹿児島市

城平山城日本100名城 97番

この城らしさ

77万石の大大名・島津家が、あえて天守を築かなかった城。

なぜ?

鹿児島城には、はじめから天守がありませんでした。以前は「島津家は質素な城を造った」と⁠言われてきましたが、鹿児島県は近年の調査で、島津家があえて「天守を築かない城造り」をしていたことが分かってきたと⁠説明しています。鎌倉時代から続く島津家は、室町将軍の御所を意識した屋形に山城を組み合わせる、伝統的な城の形を選んだと⁠考えられています。[1]

見逃したくない3つ

01
2020年に木造で復元された御楼門(2024年11月撮影)。高さ・幅とも約20mあり、1873年の火災で焼けてから147年ぶりによみがえった。Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

147年ぶりに復元された御楼門

見る場所
城の正面。堀にかかる石橋の先、黎明館の入口
注目する部分
高さ・幅とも約20mの大きな木造の門と、屋根の上の青銅のしゃちほこ
ここが面白い
御楼門は1873年の火災で本丸とともに焼けました。2015年から県と⁠民間が一体と⁠なって取り組み、2020年3月⁠に147年ぶりに復元されました。門の土台の石垣は県の史跡なので手を⁠加えられないなど制約が多いなか、発掘調査や⁠古写真・文献をもとに焼ける前の姿を再現しています。県は、現存する楼門と⁠しては国内最大級の規模と⁠紹介しています。[2][1]
見られるか
外から見られる門はくぐって通れる。県の紹介では、日没後から22時まで毎日ライトアップされる。
02
西南戦争のときの弾痕とされるくぼみが残る石垣(2011年撮影)。IppukuchoCC BY 3.0Wikimedia Commons

御楼門まわりの石垣に残る弾痕と⁠ノミの⁠跡

見る場所
御楼門の周りの石垣
注目する部分
石の表面のくぼみ(銃弾や⁠砲弾の跡)⁠、石を割るときの金刃の跡、石と⁠石のすき間の漆喰
ここが面白い
御楼門の周りの石垣には、1877年の西南戦争のときの銃弾や⁠砲弾の跡が残っています。建物の多くは失われましたが、江戸時代にさまざまな技術で積まれた本物の石垣が、城の歴史を伝えています。[1]
見られるか
外から見られる外からいつでも見られる。
03
本丸跡の石垣とハスの葉が広がる堀(2018年9月撮影)。梅雨から夏にかけて堀にハスの花が咲く。Christophe95CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

ハスの咲く堀と⁠夜のライトアップ

見る場所
本丸跡(黎明館)⁠の前の⁠堀
注目する部分
梅雨から夏にかけて堀を埋めるハスの花と、夜に照らされる御楼門と⁠石垣
ここが面白い
鹿児島県は、梅雨ごろから夏にかけての見どころと⁠して堀のハスと⁠御楼門の組み合わせを、さらに日没後のライトアップをすすめています。昼と⁠夜、季節で表情が変わります。[2]
見られるか
外から見られる外から自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
市電・バス「市役所前」または「水族館口」から徒歩約7分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
御楼門と⁠石垣・堀のまわりで30分ほど、黎明館の展示も見るなら2時間ほどが目安
料金
一般430円、高校生・大学生270円、小学生・中学生160円、小学生未満無料(20名以上は団体料金)
時間
9:00〜18:00(入館は17:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

御楼門・石垣・堀は外から自由に見学できる。黎明館の常設展示は有料。日本100名城スタンプ⁠は黎明館にあり、休館日は近くの西郷銅像前広場観光案内所などで押せる。

確認日:

この城の物語

01
史実

山城と⁠麓の屋形を組み合わせた⁠城

鹿児島城(鶴丸城)は、1601年ごろに島津家が建てた居城で、江戸時代の薩摩藩の政治と⁠文化の中心でした。背後の城山にある山城の部分と、麓の屋形の部分(いまの黎明館のあたり)からなり、全体の広さは約85haあります。[1][9]

02
史実

島津家の居城

城を築いたのは島津家久(忠恒)で、以後明治の廃藩置県まで、およそ270年⁠にわたって島津家の居城でした。[7][2]

03
研究上の解釈

なぜ天守を⁠築かなかったのか

これまで、「人をもって城となす」と⁠伝わる考え方や、幕府を警戒させないため、財政が厳しかったため、領内に100を超える外城があったためなど、さまざまな説がありました。しかし島津家は朝鮮出兵で天守のある城を築いており、分家の佐土原藩にも天守があったため、天守の技術は持っていたと⁠考えられます。鹿児島県は、鎌倉時代から続く島津家が伝統的な武家の格式を重んじ、室町将軍の御所を意識した屋形に山城を持つ城造りを選んだため、新しい織豊政権が生んだ天守は必要なかったと⁠考えられる、と⁠説明しています。[1]

04
史実

明治の火災と⁠西南戦争

1873年の火災で、本丸の建物と⁠御楼門が焼けました。1877年の西南戦争では城のまわりも戦場になり、御楼門の周りの石垣にはそのときの銃弾や⁠砲弾の跡が残っています。[2][1]

05
史実

石垣と⁠堀、城山の山城が残る

いま本丸跡には、1983年に開館した鹿児島県歴史・美術センター黎明館⁠が建っています。江戸時代に積まれた本物の石垣と⁠堀が残り、背後の城山には土塁や⁠曲輪、切岸(人工の崖)など山城と⁠しての守りのしかけが残っています。天守を模して造った模擬天守もありません。[1][4]

06
史実

御楼門の復元と⁠保存活用計画

御楼門は2015年から官民一体で復元に取り組み、2020年3月⁠に完成しました。鹿児島県は鹿児島市と⁠協力し、2026年3月⁠に「史跡鹿児島城跡保存活用計画」をつくりました。県は、天守のない城跡と⁠して、本物の石垣や⁠城山の遺構を保存⁠し活用していくと⁠しています。[2][3][1]

この城の人びと

年表

  1. ごろ

    島津家が鹿児島城を築く[1][7]

  2. 火災で本丸と⁠御楼門が焼ける[2]

  3. 西南戦争。石垣に弾痕が残る[1]

  4. 本丸跡に黎明館が開館[4]

  5. 御楼門が147年ぶりに復元(3月完成)[2]

  6. 「史跡鹿児島城跡保存活用計画」を策定[3]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

もともと⁠天守は築かれておらず、天守を模した模擬天守もない(鹿児島県の説明)⁠。

城全体のいま

本丸跡に黎明館、二の丸跡に県立図書館などが建つ鹿児島市の中心部。石垣と⁠堀が残り、2020年に御楼門が復元された。背後の城山に山城の遺構が残る。

主な建物

木造で復元

御楼門

1873年焼失、2020年3月⁠に木造で復元。高さ・幅とも約20m、総重量約320トン。[2]

現存しない

本丸の御殿

1873年の火災で焼失。跡地に黎明館。[2][4]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
島津家久日本城郭協会
築城
慶長6年(1601)⁠頃日本城郭協会
主な城主
島津氏日本城郭協会
廃城
1872年(明治5年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・堀・土塁・曲輪・⁠門編集部記事
文化財指定
国史跡(鹿児島城跡)⁠、鹿児島県指定史跡(御楼門まわりの石垣など⁠)編集部記事
名城選定
日本100名城 97番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

御楼門・石垣・堀は外から自由に見学できる。黎明館の常設展示は有料。日本100名城スタンプ⁠は黎明館にあり、休館日は近くの西郷銅像前広場観光案内所などで押せる。

住所

鹿児島県鹿児島市城山町7-2(黎明館)[4]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

市電・バス「市役所前」または「水族館口」鹿児島市電・路線バス(鹿児島中央駅から⁠)

徒歩約7分 · 登りなし

電停・バス停から徒歩約7分。市内巡回観光バスなら「薩摩義士碑前」で降りてすぐ。[4]

確認日: 2026-10-03
JR鹿児島駅JR九州

徒歩約15分 · 登りなし

駅から徒歩約15分。[4]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

鹿児島県歴史・美術センター黎明館(常設展示)
時間
9:00〜18:00(入館は17:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日の場合は翌平日)⁠、毎月25日(土・日・祝日は開館)⁠、12月31日〜1月2日
料金
一般430円、高校生・大学生270円、小学生・中学生160円、小学生未満無料(20名以上は団体料金)[5]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

黎明館の駐車場は無料(普通車125台、大型バス20台、身障者用7台)⁠。[4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
御楼門・石垣・堀は外から自由に見られる(時間の制限は未確認)[2]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
御楼門と⁠石垣・堀のまわりで30分ほど、黎明館の展示も見るなら2時間ほどが目安
階段・坂・足もと
御楼門・本丸跡のあたりは平地。城山へは坂道を上る。[1]
車椅子・ベビーカー
黎明館に身障者用駐車場(7台)⁠がある。そのほかは未確認。[4]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
梅雨ごろから夏にかけて堀にハスの花が咲く。御楼門は日没後から22時まで毎日ライトアップ(県の紹介記事による)⁠。[2]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
黎明館の常設展示室2階は、照明工事のため2026年12月1日〜2027年4月25日⁠に利用休止(1階・3階は通常どおり)⁠。[6]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守のない城がなぜ⁠生まれたのかを考えてみたい人、復元された大きな木造の門を見たい人、鹿児島市内観光⁠のついでに歴史に触れたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

まず御楼門。焼ける前の姿を再現した門の大きさと、周りの石垣に残る西南戦争の弾痕を見比べたい。黎明館では本丸跡の復元模型で、屋形づくりの城の姿を確かめられる。

訪ねる前に

天守はもともとなく、見られるのは石垣・堀・御楼門と⁠城山の遺構。黎明館は月曜と⁠毎月25日が休館。2026年12月から2027年4月までは常設展示室2階⁠が使えない。

楽しみかた

黎明館で配られている県のリーフレット「天守を築かなかった城鹿児島城」を読んでから歩くと、天守がないこと自体が見どころに変わる。夏はハスの堀、夜はライトアップの御楼門も楽しみたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    リーフレット「天守を築かなかった城鹿児島城跡」(2026年3月)鹿児島県観光・文化スポーツ部文化振興課official確認日:
  2. 2
    よみがえった鹿児島のシンボル「御楼門」鹿児島県official確認日:
  3. 3
    「史跡鹿児島城跡保存活用計画」を策定しました鹿児島県official確認日:
  4. 4
    鹿児島県歴史・美術センター黎明館(施設情報)かごしま文化情報(鹿児島県)official確認日:
  5. 5
    開館時間・休館日・入館料(常設展示)鹿児島県歴史・美術センター黎明館official確認日:
  6. 6
    【黎明館】常設展示室2階⁠の利用休止について鹿児島県歴史・美術センター黎明館official確認日:
  7. 7
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    休館日の日本100名城スタンプ⁠について鹿児島県歴史・美術センター黎明館official確認日:
  9. 9
    鹿児島城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「鹿児島城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q1066957Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
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  6. 訪問情報を確認確認済み

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