日本のお城アトラス

島津忠恒(家久)

Shimazu Tadatsune (Iehisa)

薩摩の島津家の当主で、1601年ごろ鹿児島城(鶴丸城)⁠を築いた。のちに家久と⁠名を改めた。

読み
しまづただつね(いえひさ)
生没年
1576–1638
史実

エピソード

77万石の大大名でありながら鹿児島城に天守を築かなかった。鹿児島県は、鎌倉時代から続く家の格式を重んじ、室町将軍の御所を意識した屋形に山城を組み合わせる城を選んだためと⁠考えられる、と⁠説明している。

ゆかりの⁠城

出典

  1. 1
    リーフレット「天守を築かなかった城鹿児島城跡」(鹿児島県)確認日:
  2. 2
    島津忠恒(補助資料・Wikipedia日本語版)確認日: