Σ64CC BY 3.0Wikimedia Commons山の岩を割って積んだ天守曲輪の石垣
- 見る
場所 - 山頂一帯の
天守曲輪と、 そこへ 登る 石段 - 注目する
部分 - ごつ
ごつした 自然の 石を 積んだ 石垣、 石を 割る ときに あけた 矢穴 (やあな)の 跡、 天守曲輪へ 続く 石段 - ここが
面白い - 江戸時代の
はじめに [3][7][4][2][1]城主だった 蒲生郷成 (が もうさとなり) が、 出身地の 近江 (滋賀県)の 石材技術を もつ 石工を 使い、 山中の 岩を 割って 急な 斜面から 運び出して 石垣を 築きました。 市は、 天守曲輪の 石垣は 当時の 姿を そのまま 残し、 城の 遺構の なかで いちばん 目立つものだとしています。 - 見られるか
- 一部
見られる 2011年の東日本大震災で 天守曲輪の 石垣や石段の 一部が 崩れ、 天守付近には 立入禁止区域が ある。 入れる 範囲は 現地の 表示に 従う。

