ふもとから見た佐白山(標高205m)。この山の上に笠間城があった(2007年5月撮影)。
MonadoCC BY-SA 2.5Wikimedia Commons

茨城県 · 笠間市

笠間城

かさまじょう

Kasama Castle

茨城県笠間市

城山城続日本100名城 114番

この城らしさ

山頂の神社の拝殿は、城の天守櫓を作り変えたものと⁠いわれる。関東では珍しい、石垣をもつ山城。

なぜ?

笠間城は佐白山(205m)⁠の山頂にあった城で、江戸時代になっても山城のまま使われました。天守曲輪には二重の天守櫓が建ち、明治になって山頂に戻った佐志能神社の拝殿は、その天守櫓を改造したものと⁠いわれています。笠間市は、石垣を備えた山城は関東には珍しいと⁠説明しています。[1][2][3]

見逃したくない3つ

01
天守曲輪へ登る石段と、山の岩を割って積んだ石垣(2018年4月撮影。2011年の震災で一部が崩れ、天守付近には立入禁止区域がある)。Σ64CC BY 3.0Wikimedia Commons

山の岩を割って積んだ天守曲輪の石垣

見る場所
山頂一帯の天守曲輪と、そこへ登る石段
注目する部分
ごつごつした自然の石を積んだ石垣、石を割るときにあけた矢穴(や⁠あな⁠)⁠の跡、天守曲輪へ続く石段
ここが面白い
江戸時代のはじめに城主だった蒲生郷成(がもうさと⁠なり)が、出身地の近江(滋賀県)⁠の石材技術をもつ石工を使い、山中の岩を割って急な斜面から運び出して石垣を築きました。市は、天守曲輪の石垣は当時の姿をそのまま残し、城の遺構のなかでいちばん目立つものだと⁠しています。[3][7][4][2][1]
見られるか
一部見られる2011年の東日本大震災で天守曲輪の石垣や⁠石段の一部が崩れ、天守付近には立入禁止区域がある。入れる範囲は現地の表示に従う。
02
天守曲輪の石垣の上に建つ佐志能神社。拝殿は笠間城の天守櫓を改造したものといわれる(2018年4月撮影)。Σ64CC BY 3.0Wikimedia Commons

天守櫓を作り変えたと⁠伝わる佐志能神社

見る場所
山頂の天守曲輪
注目する部分
石垣の上に建つ佐志能(さしのう)神社の拝殿
ここが面白い
江戸時代、山頂には二重の天守櫓が建っていました。佐志能神社は古くから山頂にまつられていた神社で、鎌倉時代にふもと⁠へ⁠移されましたが、1872年に山頂へ戻りました。その拝殿は天守櫓を改造したもので、当時の材料をそのまま使っていると⁠市は説明しています。[2][3][1]
見られるか
一部見られる天守付近には震災による立入禁止区域がある。近づける範囲は現地の表示に従う。
03
真浄寺の七面堂。もとは笠間城本丸の八幡台にあった櫓で、1880年に寺へ移された。茨城県指定文化財「笠間城櫓」(2007年5月撮影)。MonadoCC BY-SA 2.5Wikimedia Commons

寺に移された八幡台櫓(真浄寺七面堂)

見る場所
城下(大町・愛宕町の北)⁠の日蓮宗真浄寺
注目する部分
石段の上に建つ二層の白壁の⁠櫓(いまは七面堂)
ここが面白い
本丸の八幡台にあった物見櫓で、江戸時代は武器庫と⁠して使われました。廃城のあと、寺の信徒が払い下げを願い出て1880年に寺へ移し、お堂と⁠して使っています。笠間城に残る数少ない建物で、1969年に茨城県の文化財「笠間城櫓」に指定されました。[5][2]
見られるか
外から見られる外観は寺の境内から見られる。堂の中の公開は未確認。

訪問の目安

最寄り駅
JR笠間駅から徒歩約60分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
千人溜駐車場から天守曲輪のまわりを歩いて1時間ほどが目安。真浄寺もあわせるなら⁠車⁠で移動して30分ほど足す
立入り
一部のみ見学できる

城跡は山道を歩いて見学できるが、東日本大震災で天守曲輪の石垣や⁠石段が崩れたため、天守付近に「立入禁止区域」がある。千人溜駐車場は倒木や⁠落枝に注意し、強風のときは駐車を控えるよう市が呼びかけている。台風の接近時や⁠強風警報のときは駐車場が閉鎖される。

確認日:

この城の物語

01
史実

三方が急な斜面の山城

笠間城は「お城山」とも呼ばれる佐白山(標高205m)⁠の山頂にありました。東・南・西の三方は急な斜面で守りやすく、なだらかな北側に曲輪や⁠土塁と⁠堀、石垣、大手門を重ねて守りを固めました。市は「専守防衛型の城」と⁠説明しています。[3]

02
史実

笠間時朝から約750年

城は鎌倉時代に笠間時朝(1203〜1265)⁠が築いたとされ、そこから約750年、歴代の笠間の領主の城になりました。江戸時代のはじめには蒲生郷成が石垣を築いて近世の城の骨組みをつくり、その後は浅野家、井上家などを経て、1747年からは牧野家が明治まで治めました。[1][3][8][9][6]

03
史実

役所は山のふもとへ

もとは山頂から少し下がった本丸に役所がありましたが、毎日山道を通うのは大変でした。寛永の終わりごろ(1640年ごろ)⁠、城主の浅野長直はふもとに「下屋敷」をつくり、藩の役所と⁠城主の住まいを兼ねた御殿を建てました。山の上の城は、守りのための場所と⁠して残りました。[9]

04
史実

廃城後に残ったもの

明治になって城は廃止されました。天守櫓は佐志能神社の拝殿に、本丸の八幡台櫓は1880年に城下の真浄寺へ移されて七面堂になったと⁠伝わります。山の上には天守曲輪の石垣と⁠石段、本丸の土塁や⁠空堀、櫓や⁠門の礎石、玉滴(たまだれ)⁠の井などが残っています。[2][3][5]

05
史実

震災の被害と⁠国史跡をめざす調査

2011年3月⁠の東日本大震災で、天守曲輪の石垣や⁠石段が崩れるなど大きな被害がありました。市は応急の処置をして調査を続けており、2027年度(令和9年度)⁠に国の史跡など上位の指定を受けることをめざしています。2017年には続日本100名城⁠に選ばれました。[1][4][6]

この城の人びと

年表

  1. 城郭協会の一覧による築城年

    笠間時朝が城を築いたとされる[6][1]

  2. 寛永末ごろ

    浅野長直がふもとに下屋敷(藩の役所と⁠御殿)⁠をつくる[9]

  3. 牧野貞通が笠間藩主になり、以後明治まで牧野家が治める[8]

  4. 佐志能神社が山頂に戻る(拝殿は天守櫓を改造したものと⁠いわれる⁠)[3]

  5. 八幡台櫓が真浄寺へ移され七面堂になる[5]

  6. 東日本大震災で天守曲輪の石垣や⁠石段が崩れる[1][4]

  7. 続日本100名城(112番)⁠に選ばれる[6]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

江戸時代には二重の天守櫓があった。城郭協会の一覧では天守は「−」。拝殿と⁠して残ると⁠いわれるが、天守と⁠しての姿は失われている。

城全体のいま

佐白山の山頂と⁠本丸が市の史跡で、天守曲輪には佐志能神社がある。山中に石垣・石段・土塁・空堀・礎石・井戸などが残る。佐白山一帯は笠間県立自然公園。ふもとの下屋敷の跡は山麓公園。

主な建物

移築して現存茨城県指定文化財(笠間城櫓)

八幡台櫓(真浄寺七面堂)

1880年に真浄寺へ移築。1969年県指定、1974年に構造はそのままに解体修理して白壁の姿に。[5]

確認中

天守櫓(佐志能神社拝殿)

二重の天守櫓を改造して拝殿にしたと市は説明している(「と⁠いわれている」とする資料もある)⁠。[2][3]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
笠間時朝日本城郭協会
築城
承久元年(1219)日本城郭協会
主な城主
笠間氏、蒲生氏、浅野氏、井上氏、牧野氏日本城郭協会
廃城
明治4年(1868年)Wikipedia
見られる遺構
堀・石垣・土塁・井戸・櫓・櫓台・門・曲輪・天守台編集部記事
文化財指定
笠間市指定史跡(笠間城跡:天守曲輪・本丸)⁠、茨城県指定文化財(笠間城櫓)(1969年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 114番日本城郭協会

旅の情報

立入り

一部のみ見学できる

城跡は山道を歩いて見学できるが、東日本大震災で天守曲輪の石垣や⁠石段が崩れたため、天守付近に「立入禁止区域」がある。千人溜駐車場は倒木や⁠落枝に注意し、強風のときは駐車を控えるよう市が呼びかけている。台風の接近時や⁠強風警報のときは駐車場が閉鎖される。

住所

茨城県笠間市笠間(佐白山)[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR笠間駅JR水戸線

徒歩約60分 · 急⁠な登り

市の案内では駅から徒歩1時間。後半は佐白山を登る。[1]

確認日: 2026-10-03

車・駐車場

北関東自動車道の友部ICから国道355号経由⁠で約20分。山の上の千人溜駐車場を使える(台数は未確認)⁠。[1][2]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
千人溜駐車場から天守曲輪のまわりを歩いて1時間ほどが目安。真浄寺もあわせるなら⁠車⁠で移動して30分ほど足す
階段・坂・足もと
山道と⁠石段が続く。天守曲輪へは石段を登る。歩きやすい靴で。[2][3]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
佐白山一帯は笠間県立自然公園で、植物が多い。[3]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
天守付近は震災による立入禁止区域。強風時・台風接近時は千人溜駐車場が閉鎖されることがある。[1][2]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

庭園

山麓公園(笠間城下屋敷跡)

佐白山のふもとにある公園で、江戸時代は笠間藩の役所と⁠城主の住まいを兼ねた御殿「下屋敷」があった。[9]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

関東では珍しい石垣の山城を見たい人、天守や⁠櫓が形を変えて生き残った話に興味がある人、山歩きを楽しめる人に向く。

ここを見ると⁠面白い

天守曲輪の石垣では、自然の岩を割った⁠跡(矢穴)⁠を探してみたい。山を下りたら真浄寺の七面堂へ回り、もとは城の櫓だった建物を見ると、山の上の城の姿を⁠思⁠い⁠浮かべやすい。

訪ねる前に

震災の被害で天守付近に立入禁止区域がある。駅から歩くと⁠1時間かかり、山道と⁠石段が続く。強風や⁠台風のときは駐車場が閉まることがある。

楽しみかた

山頂から下がった本丸では、八幡台櫓や⁠門の礎石を探しながら歩くとよい。佐志能神社の拝殿を見るときは、二重の天守櫓だったころの姿を想像してみたい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    笠間城跡笠間市municipal確認日:
  2. 2
    市指定文化財笠間城跡笠間市municipal確認日:
  3. 3
    笠間の歴史探訪 28.笠間城跡笠間市municipal確認日:
  4. 4
    笠間城跡保存整備調査事業笠間市municipal確認日:
  5. 5
    笠間の歴史探訪 15.笠間城八幡台櫓笠間市municipal確認日:
  6. 6
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    笠間の歴史探訪 85.蒲生郷成伝笠間市municipal確認日:
  8. 8
    笠間の歴史探訪 68.笠間藩⁠の名君牧野貞喜笠間市municipal確認日:
  9. 9
    笠間の歴史探訪 1.笠間城⁠の下屋敷笠間市municipal確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「笠間城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q11599983Wikidatawikidata確認日:
  13. 13
    OpenStreetMap node/2501439830© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

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近くの⁠城

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