鬼城山の山頂近くをめぐる城壁と、復元された西門(2017年2月撮影)。7世紀ごろの古代山城と考えられている。
Saigen JiroCC0Wikimedia Commons

岡山県 · 総社市

鬼ノ城

きのじょう

Ki Castle

岡山県総社市

古代山城山城日本100名城 69番

この城らしさ

天守も殿様もいない。山の上を2.8kmの土の城壁がぐるりと⁠囲む、1300年以上前の古代の城。

なぜ?

鬼ノ城は、戦国時代や⁠江戸時代の城とはまったく別の「古代山城」です。663年の白村江の戦いで敗れた日本が、唐と⁠新羅の攻撃に備えて西日本に築いた守りの拠点のひとつと⁠考えられています。土を突き固めた城壁と⁠石垣が山の8〜9合目を鉢巻きのように囲み、中は約30ヘクタール⁠もあります。[1][9]

見逃したくない3つ

01
発掘調査をもとに復元された西門(2008年7月撮影)。12本の柱で支える大きな門だった。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

復元された西門

見る場所
城の西側。鬼城山ビジターセンターから歩いて往復約15分
注目する部分
3間×2間の大きな門の姿、土を突き固めた城壁とのつながり、門の床に敷かれた大きな⁠石
ここが面白い
1996年度の発掘で見つかった門で、正面約12.3m、奥行⁠き約8.3m、12本の柱で支える大きな門でした。扉は内側に開き、門を入ると⁠4段の石段がありました。発掘の成果をもとに建物が復元され、古代の城の門の大きさを目で確かめられます。[4][9]
見られるか
外から見られる外から自由に見られる(無料)⁠。
02
城壁から突き出した見張りと防御の施設「角楼」の復元(2008年7月撮影)。下は石垣、上は土を突き固めた壁。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

城壁から突き出た角楼

見る場所
西門の近く、谷の頭にあたる場所
注目する部分
城壁から前へ張り出した長方形の台。下は石垣、上は土積み。石垣の間に立つ柱
ここが面白い
はじめは裏門の跡と⁠思われていましたが、1996年度の発掘で、城壁から前へ約13m×4m張⁠り⁠出した特別な守りの施設と⁠分かりました。背後からの攻撃と⁠西門の守りを兼ねたと⁠考えられています。こうした角楼、石垣の間に立つ柱、まわりの敷石は、日本の古代山城で初めて見つかった例だと⁠総社市は説明しています。[3][9]
見られるか
外から見られる復元された姿を外から見られる。
03
谷に築かれた第二水門(2008年7月撮影)。石垣の上のほうに水を通す口がある。小池隆CC BY 3.0Wikimedia Commons

谷をふさぐ水門

見る場所
城壁が谷を横切る6か所。城壁沿いの見学路から
注目する部分
下が石垣、上が土積みの壁と、石垣のいちばん上にある水を通す口
ここが面白い
城の中には4つの谷があり、雨水を外へ流す水門が6か所に造られました。水を通す口が石垣のいちばん上にあるのは、ほかの古代山城には見られない鬼ノ城の特徴だと⁠総社市は説明しています。[6][1]
見られるか
外から見られる城壁を一周する見学路から見られる。足もとの悪い所がある。

訪問の目安

最寄り駅
JR服部駅から
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
ビジターセンター⁠と西門だけなら約30分〜1時間、城壁を一周するなら2時間ほどが目安
料金
無料
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡は見学路で自由に歩ける(無料)⁠。道以外に入らない、植物や⁠文化財を⁠傷つけないなどのルールがある。100名城スタンプ⁠は鬼城山ビジターセンター⁠の開館中のみ(休館時は総社市埋蔵文化財学習⁠の館。年末年始はどちらも不可)⁠。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

唐と⁠新羅に備えた国の守り

7世紀後半、日本は朝鮮半島の百済を助けて兵を送りましたが、663年の白村江の戦いで唐と⁠新羅の連合軍に大敗しました。攻めこまれることを恐れた朝廷は、北九州から瀬戸内の沿岸、畿内にかけて守りの施設を急いで築きました。鬼ノ城もそのひとつと⁠する考えが有力です。[1][10]

02
研究上の解釈

誰がいつ築いたかは記録にない

鬼ノ城は、古い歴史書に名前が出てきません。そのため築かれた年も、築いた⁠人もはっきりしません。日本城郭協会は「7世紀後半説が有力」「ヤマト政権が有力」と⁠しています。古代の山城は朝鮮式山城と⁠神籠石系山城に分けられ、どちらも朝鮮半島に起源があると⁠されます。鬼ノ城は神籠石系に分類されています。[1][10][11]

03
史実

古代吉備の平野を見下ろす山

鬼ノ城は、標高約400mの吉備高原の南の端に築かれています。眼下には古代の吉備の中心だった総社平野が広がり、晴れた日には瀬戸内海や⁠四国の山々まで見えます。城の中には食料などを納めた倉と⁠見られる礎石建物の跡も6〜7棟⁠見つかっています。[1][9]

04
伝承

鬼の住む城と⁠いう伝説

記録には残らなかった一方で、この山は鬼の伝説の舞台と⁠して⁠語⁠り⁠継がれてきました。異国から来た温羅(うら)⁠が「鬼ノ城」に住んで人々を苦しめ、朝廷から送られた吉備津彦命に退治されたと⁠いう話で、桃太郎の鬼退治の原型ともいわれます。登山道わきには、温羅が使ったと⁠伝わる「鬼の釜」もあります。[9]

05
史実

発掘で姿が分かり、門を復元

城跡を含む鬼城山は国の史跡に指定され、1994年度から総社市教育委員会⁠が発掘調査を進めてきました。発掘で西門や⁠角楼、南門などのつくりが分かり、西門と⁠角楼のまわりは復元されています。ふもとの鬼城山ビジターセンターでは、山の地形模型や⁠20分の1の西門模型、実際の城壁(版築)⁠の一部を見られます。[8][9][11]

年表

  1. 白村江の戦いで日本が唐・新羅に敗れる[1]

  2. 推定(記録なし)

    鬼ノ城が築かれたと⁠考えられる[10]

  3. 「鬼城山」が国の史跡に指定される[11][9]

  4. 総社市教育委員会⁠が発掘調査を始める[11]

  5. 発掘で西門と⁠角楼が見つかる[3][4]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

古代山城なので天守はない。近世の城とは成り立ちがまったく違う。

城全体のいま

鬼城山の山頂部を約2.8kmの城壁が囲む古代山城の跡。西門と⁠角楼のまわりは復元され、ほかの門・水門・建物跡は発掘のあと⁠遺構と⁠して見られる。ふもとに鬼城山ビジターセンター⁠がある。

主な建物

再建(復興)

西門

1996年度の発掘で発見。12本柱の大きな門で、発掘をもとに復元。[4][9]

再建(復興)

角楼

城壁から張り出した防御施設。周辺を復元。[3][9]

跡地のみ

南門・東門・北門

門の跡。南門は西門と⁠同じつくり・同じ大きさ。[1][5]

跡地のみ

水門(6か所)

下が石垣、上が土積み。[6]

跡地のみ

礎石建物跡

倉と⁠見られる建物の跡が6〜7棟。[1]

基本データ

種類
古代山城7世紀ごろ、大陸からの侵攻に備えて西日本に築かれた山の⁠城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
古代編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
ヤマト政権が有力日本城郭協会
築城
7世紀後半説が有力日本城郭協会
見られる遺構
門・石垣・土塁編集部記事
文化財指定
国史跡(鬼城山)(1986年)編集部記事
名城選定
日本100名城 69番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は見学路で自由に歩ける(無料)⁠。道以外に入らない、植物や⁠文化財を⁠傷つけないなどのルールがある。100名城スタンプ⁠は鬼城山ビジターセンター⁠の開館中のみ(休館時は総社市埋蔵文化財学習⁠の館。年末年始はどちらも不可)⁠。

住所

〒719-1105 岡山県総社市黒尾1101-2(鬼城山ビジターセンター)[7]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR服部駅JR吉備線(桃太郎線)

急な登り

ビジターセンターまで約5kmの山道(所要時間は公式に記載なし)⁠。JR総社駅からタクシーで約30分。[7]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

鬼城山ビジターセンター
時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日の場合は直後の平日)⁠、12月29日〜1月3日
料金
無料[7][9]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

岡山自動車道の岡山総社ICから約8km。砂川公園からビジターセンター駐車場までの約3kmは道幅が狭い。通れるバスは車幅2.1m・全長7m以内のマイクロバス・小型バスのみ。駐車場は約70台(季節のよい時期は満車になることも)⁠。[7][8]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡の見学時間の決まりは確認できなかった確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
ビジターセンター⁠と西門だけなら約30分〜1時間、城壁を一周するなら2時間ほどが目安
階段・坂・足もと
ビジターセンターから山頂へは約600m。城壁沿いの見学路は山道で、足もとの悪い所がある。[7][9]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
ビジターセンター⁠にトイレあり。山に水道がないため、カキ殻などで浄化した水を使う循環型トイレ。[8]
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
未確認
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
確認日時点で、工事や⁠通行止めのお知らせは見当たらなかった。[2]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

城壁ひとまわり約1時間 60分

  1. 鬼城山ビジターセンター⁠で西門の模型と⁠城壁の実物を見る
  2. 西門へ歩く(ビジターセンターとの往復で約15分)
  3. 西門のそばの角楼を見る
  4. 城壁沿いに歩き、水門や⁠南門・東門・北門の跡、礎石建物跡をめぐる
  5. ビジターセンター⁠へ戻る

時間は総社市の案内による「外周を回ると⁠約1時間」。ビジターセンター⁠の見学や⁠休憩の時間は含まない。山道なので歩きやすい靴で。

周辺の楽しみ

博物館

総社市埋蔵文化財学習⁠の⁠館

総社市内から出土した遺物を展示する市の施設(無料)⁠。鬼ノ城の模型もある。ビジターセンター休館時⁠の100名城スタンプ⁠置⁠き場。土日祝は休館。[12][2]

確認日: 2026-10-03

体験

吉備津神社

温羅を退治した吉備津彦命をまつる神社(岡山市北区)⁠。本殿と⁠拝殿は国宝。温羅の首が釜を鳴らして吉凶を告げると⁠いう「鳴釜神事」で知られる。[9][13]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

古代史や⁠考古学が好きな人、天守のある城とはちがう「城」を見てみたい人、山歩きと⁠眺めを楽しみたい人に向く。桃太郎伝説が好きな人にも。

ここを見ると⁠面白い

まずビジターセンター⁠で山の模型と⁠城壁の実物を見て、全体の形をつかむと⁠よい。そのうえで西門の大きさ、角楼の張り出し、水門の水の出口の位置を現地で確かめたい。江戸時代の城の石垣とは積み方も目的も違うことに気づくはず。

訪ねる前に

駅から遠く、車かタクシーで行くのが現実的。最後の約3kmは狭い山道で、大きなバスは入れない。ビジターセンター⁠は月曜休館。山には水道がないので、飲み物を用意して行くと⁠安心。

楽しみかた

西門や⁠城壁の上からは、古代吉備の中心だった総社平野が一望できる。誰がここを⁠守ろうとしたのかを想像しながら眺めたい。帰りに吉備津神社など温羅伝説ゆかりの場所を回ると、歴史と⁠伝説の両方から鬼ノ城を楽しめる。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    鬼ノ城について総社市municipal確認日:
  2. 2
    鬼ノ城トップ(総社観光ナビ)総社市municipal確認日:
  3. 3
    角楼跡総社市municipal確認日:
  4. 4
    西門跡総社市municipal確認日:
  5. 5
    南門跡総社市municipal確認日:
  6. 6
    水門跡総社市municipal確認日:
  7. 7
    鬼城山ビジターセンター総社市文化財課municipal確認日:
  8. 8
    鬼城山ビジターセンター⁠の館内総社市文化財課municipal確認日:
  9. 9
    総社市観光ガイド Ancient mountain castle Kinojo(PDF)総社市municipal確認日:
  10. 10
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    鬼ノ城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  12. 12
    埋蔵文化財学習⁠の⁠館総社市municipal確認日:
  13. 13
    吉備津神社公式サイト吉備津神社other確認日:
  14. 14
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  15. 15
    Wikipedia「鬼ノ城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  16. 16
    Wikidata Q1064626Wikidatawikidata確認日:
  17. 17
    OpenStreetMap node/2460039705© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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