高松城址公園。池に蓮の葉が広がる。城はかつてまわりを沼や湿地に囲まれていた
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岡山県 · 岡山市北区

備中高松城

たかまつじょう

Takamatsu Castle

岡山県岡山市北区

城平城続日本100名城 171番

この城らしさ

沼に守られた城を、秀吉は堤を築いて川の水を引き込み、まわりごと⁠湖に沈めた。

なぜ?

備中高松城は低い平地の小高い場所に建ち、まわりを沼や⁠湿地に囲まれた攻めにくい城でした。1582年、羽柴(豊臣)秀吉は城の南に堤を築き、足守川の水を引き込んで城を孤立させました。梅雨の雨も重なり、城のまわりは水に沈みました。堤の跡は蛙ヶ鼻にいまも残っています。[1][4]

見逃したくない3つ

01
高松城址公園。池に蓮の葉が広がる。城はかつてまわりを沼や湿地に囲まれていたReggaemanCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

沼に囲まれていた本丸跡

見る場所
高松城址公園(本丸跡・二の丸跡)
注目する部分
まわりよりわずかに高い本丸跡と、公園の池や⁠湿地。本丸跡にある清水宗治の首塚
ここが面白い
本丸跡の標高は7.7mほどで、まわりの土地はそれより1〜2m低く、かつては沼や⁠湿地でした。近くには「東沼」「大沼」などの地名が残ります。石垣や⁠高い山がなくても、水と⁠泥で守る城だったことが、平らな景色から分かります。[1][3]
見られるか
外から見られる公園は自由に歩ける。夏は花菖蒲や⁠「宗治蓮」が咲く。
02
蛙ヶ鼻の水攻め築堤跡。秀吉の軍が水攻めのために築いた堤の起点に、堤の一部が残るReggaemanCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

水攻めの堤が残る蛙ヶ鼻

見る場所
城跡から南西へ約900mの高松城水攻⁠め史跡公園(蛙ヶ鼻)
注目する部分
堤の一部と、発掘で分かった堤の基礎の展示。水田の中に弧を描いて続く堤の跡の地割り
ここが面白い
1998年度の調査で、堤は幅が約26.5m、高さが5m前後あったと⁠考えられ、北側では土を詰めた⁠俵(土のう)⁠を積み、南側ではむしろの上に土を盛っていたことが分かりました。江戸時代の『太閤記』は12日で築いたと⁠書いていますが、その実際の姿には色々な説があります。[1]
見られるか
外から見られる史跡公園と⁠して自由に見学できる。
03
高松城址公園の中にある備中高松城址資料館(2023年に新しい建物で開館)663highlandCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

水攻めを⁠学⁠ぶ備中高松城址資料館

見る場所
高松城址公園の⁠中
注目する部分
古い絵図や⁠水攻めの資料。ボランティアによる案内
ここが面白い
城の建物は⁠残っていないので、どこに堤があり、どう水がたまったのかを先にここで見ておくと、公園や⁠蛙ヶ鼻の景色の見え方が変わります。2023年6月⁠に新しい建物でリニューアルオープンしました。[1][2][3]
見られるか
外から見られる開館は10:00〜15:00、月曜休館(祝日は開館)⁠。入館無料。

訪問の目安

最寄り駅
JR備中高松駅から徒歩約10分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
城址公園と⁠資料館で約1時間、蛙ヶ鼻まで⁠足をのばすならさらに1時間ほどが目安
料金
無料
時間
10:00〜15:00
立入り
自由に見学できる

高松城址公園と⁠蛙ヶ鼻の史跡公園は自由に見学できる。続日本100名城スタンプ⁠は資料館にあり、休館日だけ⁠近くの清鏡庵(岡山市北区高松511-1)⁠に置かれる。

確認日:

この城の物語

01
史実

国境の沼の⁠城

城は足守川の左岸の平野にあり、備前と⁠備中の国境に近い場所でした。毛利氏は足守川の下流に並ぶ7つの⁠城(境目七城)⁠で守りの線をつくり、高松城はその一つとして、東の宇喜多氏や、その後ろの織田勢に備えていました。[1]

02
史実

城主・清水宗治

日本城郭協会は、城を築いたのを石川氏、城主を清水氏と⁠しています。1582年3月、秀吉は使いを送り、備中・備後の二国を与えると⁠いう条件で城主・清水宗治に味方になるよう誘いましたが、宗治はこれを断り、毛利氏につきました。[1][5]

03
史実

1582年の水攻め

秀吉は城を囲みましたが、兵を失う力攻めを避け、城の南に堤を築いて足守川の水を引き込みました。梅雨と⁠重なって城のまわりは水に沈み、城は孤立しました。6月2日に本能寺の変で織田信長が亡くなると、秀吉は急いで毛利氏と⁠和睦を結びます。6月4日に宗治が自刃して城は明け渡され、その2日後、秀吉は明智光秀を討つために軍を急いで引き返しました(中国大返し)⁠。[1]

04
史実

田畑になった城と⁠堤

その後、城跡や⁠堤の多くは田畑や⁠宅地になりました。本丸と⁠二の丸は高松城址公園と⁠して残り、堤の跡は蛙ヶ鼻と⁠足守駅の南の福崎(副堤跡)⁠に残っています。周辺には宗治の首塚や⁠胴塚、自刃の地と⁠伝わる場所もあります。[1][6]

05
史実

国史跡と⁠発掘調査

城跡と⁠水攻めの堤の跡は、1929年に「高松城跡附水攻築堤跡」として国史跡になりました。1975年と⁠1997年の発掘調査では、曲輪や⁠堀の一部、斜面の崩れを防ぐ石、陶磁器や⁠木の食器などが⁠見つかっています。2017年には続日本100名城(171番)⁠に選ばれました。[1][4][5][6]

この城の人びと

年表

  1. 3月秀吉が宗治を味方に誘うが、宗治は断る[1]

  2. 5月秀吉が城を包囲し、堤を築いて水攻めにする[1]

  3. 6月4日宗治が自刃し、城が明け渡される[1]

  4. 「高松城跡附水攻築堤跡」として国史跡に[4]

  5. 備中高松城址資料館⁠がリニューアルオープン[2]

建物と⁠遺構

天守の状態

確認中

日本城郭協会の一覧で天守は「−」。本丸には土壇があったと⁠推定されているが、どんな建物があったかは確認できなかった。

城全体のいま

本丸・二の丸が高松城址公園と⁠して整備され、資料館がある。三の丸や⁠家中屋敷のあたりは住宅や⁠田畑。南西約900mの蛙ヶ鼻に水攻めの堤の跡が史跡公園と⁠して残る。

主な建物

跡地のみ国史跡

水攻め築堤跡(蛙ヶ鼻)

堤の一部が残り、史跡公園と⁠して整備されている。[1][4]

基本データ

種類
城
地形による分類
平城平地に堀をめぐらせて築いた⁠城編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
確認中天守の有無・状態は確認中編集部記事
築城者
石川氏日本城郭協会
築城
16世紀後半か日本城郭協会
主な城主
清水氏日本城郭協会
廃城
江戸時代初期Wikipedia
見られる遺構
石垣・曲輪・⁠堀編集部記事
文化財指定
国史跡(高松城跡附水攻築堤跡)(1929年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 171番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

高松城址公園と⁠蛙ヶ鼻の史跡公園は自由に見学できる。続日本100名城スタンプ⁠は資料館にあり、休館日だけ⁠近くの清鏡庵(岡山市北区高松511-1)⁠に置かれる。

住所

岡山県岡山市北区高松558-2(高松城址公園・資料館)[2][3]

確認日: 2026-10-04

最寄り駅と⁠行き方

JR備中高松駅JR吉備線(桃太郎線)

徒歩約10分 · 登りなし

駅から高松城址公園まで徒歩約10分。蛙ヶ鼻の築堤跡(水攻め史跡公園)へも駅から徒歩約10分。足守川の副堤跡は隣の足守駅からすぐ。[1][3]

確認日: 2026-10-04

開館時間・料金

備中高松城址資料館
時間
10:00〜15:00
休館・休み
月曜(祝日の場合は開館)⁠、年末年始
料金
無料[1][2][3]
確認日: 2026-10-04

車・駐車場

岡山自動車道岡山総社ICから約10分。駐車場は約30台(バス3〜5台。バスは資料館に事前に電話で確認)⁠。[1][3]

確認日: 2026-10-04
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-04
所要時間の目安編集部の目安
城址公園と⁠資料館で約1時間、蛙ヶ鼻まで⁠足をのばすならさらに1時間ほどが目安
階段・坂・足もと
平地の城で、坂や⁠階段はほとんどない。[1]
車椅子・ベビーカー
確認できなかった。確認日: 2026-10-04
トイレ・休憩
確認できなかった。
英語案内・音声ガイド
英語の現地案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
夏は花菖蒲や⁠「宗治蓮」が咲く。[3]
撮影のルール
確認できなかった。
工事・休館・立入制限
資料館は8月29日〜10月4日⁠の土日祝に⁠限り9:00〜17:00に開館時間を延ばしている。[3]確認日: 2026-10-04

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

戦国時代の名場面が好きな人、秀吉の「中国大返し」の始まりの地を見たい人、石垣や⁠天守がなくても土地の形から城を読み解きたい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

公園では、本丸跡がまわりよりわずかに高いことを足で確かめたい。そのあと⁠蛙ヶ鼻へ行き、堤の跡から城の方を眺めると、この平地一帯が水に沈んだ様子を思い描ける。

訪ねる前に

天守や⁠石垣はなく、広々とした公園と⁠田畑の中の史跡。資料館は午後3時に閉まり、月曜は休みなので、時間に気をつけたい。

楽しみかた

まず資料館で水攻めの図を見てから公園と⁠蛙ヶ鼻を歩くと⁠分かりやすい。資料館ではボランティアの案内も受けられる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    備中高松城跡岡山県(古代吉備文化財センター)official確認日:
  2. 2
    備中高松城址資料館リニューアルオープン⁠のお知らせ岡山市municipal確認日:
  3. 3
    備中高松城址OKAYAMA KANKO .net(岡山市観光情報)tourism確認日:
  4. 4
    高松城跡附水攻築提跡(国指定文化財等データベース)文化庁heritage確認日:
  5. 5
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  6. 6
    高松城 (備中国)(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  7. 7
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    Wikipedia「高松城 (備中国)⁠」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  9. 9
    Wikidata Q1071073Wikidatawikidata確認日:
  10. 10
    OpenStreetMap node/4130581022© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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