HideokunPublic domainWikimedia Commonsこの
神社の庭園は国司の館の庭、裏山の頂は逃げ込むための山城。二つそろって一つの城になる。
見逃したくない3つ
HideokunPublic domainWikimedia Commons館のすぐ裏の「詰城」
- 見る
場所 - 北畠氏館跡の
裏山の 尾根の 上。 霧山城へ 向かう 山道の 途中 - 注目する
部分 - 頂上の
平らな 場所 (東西約35m) と、 そのまわりの 帯のような 曲輪 (くるわ)や尾根を 断ち切った 堀切 - ここが
面白い - 館との
高さの [4]差は 約80m。 館の すぐ 上に もう 一つ 守りの 場所を 置き、 さらに 奥の 頂に 霧山城を 構えるという、 館と山城を 結ぶ 二段が まえの 守りが 分かります。 - 見られるか
- 外から
見られる 山道を歩いて 見る。 整備の 程度は 未確認。
文屋将監CC BY 3.0Wikimedia Commons訪問の目安
- 最寄り駅
- JR伊勢奥津駅
(バス「上多気交差点」 下車) から 徒歩約10分 - 登り
- 登りなし
- 所要時間の
目安 編集部の目安 - 神社と庭園だけなら
30分〜1時間、 霧山城跡まで 往復するなら 2〜3時間が 目安 - 料金
- 入園料大人500円
(2026年1月 から) - 時間
- 未確認
- 立入り
- 自由に
見学できる 北畠神社の
境内は 参拝できる。 庭園は 入園料が 必要。 霧山城跡へは 神社の 裏手から 山道を 登る。 続日本100名城 スタンプは 北畠神社社務所 (津市の 案内では 8時30分〜17時)。 神社の 案内では、 スタンプは 社務所の 外に出 してあり 休務日 でも 押せる。
確認日:
この城の物語
この城の人びと
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
中世の
城全体の
館跡は
主な建物
北畠氏館の建物
北畠氏館跡庭園
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 山城山の
上に 編集部記事築いた城。 登りが ある - 時代
- 中世編集部記事
- 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城
- 14~15世紀日本城郭協会
- 主な
城主 - 北畠氏日本城郭協会
- 廃城
- 天正4年
(1576年) Wikipedia - 見られる
遺構 - 堀切・
土塁・ 編集部記事曲輪・ 堀・ 石垣 - 文化財指定
- 国史跡
(霧山城跡) 編集部記事(1936年)、 国名勝・ 史跡 (北畠氏館跡庭園) (1936年)、 国史跡 「多気北畠氏城館跡北畠氏館跡霧山城跡」に 統合・ 追加指定 (2006年) - 名城選定
- 続日本100名城 145番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に北畠神社の
住所
三重県津市美杉町上
最寄り駅と行き方
徒歩約10分 · 登
伊勢奥津駅から
開館時間・料金
車・駐車場
確認日: 2026-10-03周辺の楽しみ
博物館
津市美杉ふるさと資料館
美杉の
城下町
伊勢本街道の町並み(多気)
大和と伊勢を
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
庭園が
ここを見ると面白い
まず
訪ねる前に
バスの
楽しみかた
美杉ふるさと資料館で
写真
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異説・未確認の点
- 霧山城と館を
築いた年は はっきりしない。 津市は 1342年の 田丸城落城後 「ほどなく」とし、 津市観光協会は 1343年としている。 - 庭園を
細川高国が つくったという 点は 伝承・ 推定の 段階。 年代も 「1517年 ごろ」と「1521年 ごろ」の 二つの 説明が ある。 - 1576年の
霧山城落城の 経過は 主に 軍記物などに よる。 - 庭園の
開園時間、 神社から 霧山城跡までの 所要時間、 トイレの 場所は 確認 できなかった。
出典
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掲載の状況
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