北畠神社の境内に残る北畠氏館跡庭園。池のまわりに石が組まれている(2011年6月撮影)。
HideokunPublic domainWikimedia Commons

三重県 · 津市

多気北畠氏城館

きりやまじょう

Kiriyama Castle

三重県津市

城山城続日本100名城 145番

この城らしさ

神社の庭園は国司の館の庭、裏山の頂は逃げ込むための山城。二つそろって一つの城になる。

なぜ?

伊勢国司の北畠氏は、ふだんは麓の⁠館(いまの北畠神社の境内)⁠で政治をおこない、戦いのときに備えて裏山の頂に霧山城を築きました。館と⁠山城は別々に国の文化財になっていましたが、2006年に一つにまとめられ「多気北畠氏城館跡」となりました。城郭協会もこの二つを合わせて「多気北畠氏城館」として選んでいます。[1][6][7][12]

見逃したくない3つ

01
北畠神社の境内に残る北畠氏館跡庭園。池のまわりに石が組まれている(2011年6月撮影)。HideokunPublic domainWikimedia Commons

北畠氏館跡庭園

見る場所
北畠神社の境内。館の跡そのもの
注目する部分
池のまわりに組まれた石と、池をめぐって歩ける庭のつくり
ここが面白い
室町幕府の管領(将軍の次の地位)だった細川高国がつくったと⁠伝わる庭で、津市は1521年ごろの築造と⁠推定しています。館の庭は客をもてなす公の場でもあり、山深い多気に都の文化が届いていたことを伝えます。国の名勝で、史跡でもあります。[1][3][5][9][10]
見られるか
外から見られる有料(入園料)⁠。北畠神社の休務日(毎月第2・第4水曜)⁠は庭園も休み。
02

館のすぐ裏の「詰城」

見る場所
北畠氏館跡の裏山の尾根の上。霧山城へ向かう山道の途中
注目する部分
頂上の平らな場所(東西約35m)と、そのまわりの帯のような曲輪(くるわ)⁠や⁠尾根を断ち切った堀切
ここが面白い
館との高さの差は約80m。館のすぐ上にもう一つ守りの場所を置き、さらに奥の頂に霧山城を構えると⁠いう、館と⁠山城を結ぶ二段がまえの守りが分かります。[4]
見られるか
外から見られる山道を歩いて見る。整備の程度は未確認。
03
山頂の霧山城跡。曲輪の平らな地面と石碑、奥に土の高まりが見える(2014年8月撮影)。文屋将監CC BY 3.0Wikimedia Commons

標高560mの霧山城跡

見る場所
北畠神社の裏手から尾根伝いに登った山頂
注目する部分
曲輪を囲む土塁と、尾根を断ち切る堀切。頂上からの眺め
ここが面白い
北畠氏が南北朝時代から約240年、本拠を守った山城です。石垣や⁠建物はなく、土を削り盛ってつくった中世の山城の姿が残ります。1576年に織田信長の勢力に攻められて落ちました。[1][4][8][13]
見られるか
外から見られる山道を登る必要がある。神社からの距離は約2kmと⁠される(補助資料)⁠。

訪問の目安

最寄り駅
JR伊勢奥津駅(バス「上多気交差点」下車)から徒歩約10分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
神社と⁠庭園だけなら30分〜1時間、霧山城跡まで往復するなら2〜3時間が目安
料金
入園料大人500円(2026年1月から⁠)
時間
未確認
立入り
自由に見学できる

北畠神社の境内は参拝できる。庭園は入園料が必要。霧山城跡へは神社の裏手から山道を登る。続日本100名城スタンプ⁠は北畠神社社務所(津市の案内では8時30分〜17時)⁠。神社の案内では、スタンプは社務所の外に⁠出してあり休務日でも押せる。

確認日:

この城の物語

01
伝承

伊勢と⁠大和をつなぐ山あいの多気

多気は、大和(いまの奈良県)⁠・伊賀・伊勢の国境に近く、大和と⁠伊勢平野を結ぶ道の上にある山あいの土地です。北畠親房が1336年に伊勢の田丸城を拠点にしたのが、北畠氏と⁠伊勢の関わりの始まりでした。1342年に田丸城が北朝方に落とされると、北畠氏はほどなく多気に拠点を移し、霧山城と⁠館を⁠築いたといわれます。[1][6]

02
史実

公家から大名へ、北畠氏の約240年

北畠氏は都の公家の家柄で、親房の三男の顕能が1338年に伊勢国司になりました。南北朝がひとつになった後も伊勢国司の地位を保ち、勢力はおよそ旧一志郡より南の地域から、伊賀や⁠大和の南部にまで及んだと⁠いわれます。霧山城と⁠館は、9代約240年⁠にわたる北畠氏の本拠でした。[1][8]

03
研究上の解釈

館で治め、山城で守る

北畠氏はふだん麓の館に住み、霧山城は非常のときに立てこもる「詰めの城」と⁠して使ったと⁠考えられています。館は北畠氏の政治の中心と⁠いう公の施設と、当主一家の住まいと⁠いう二つの顔を持っていました。庭園は客をもてなす場で、館の上段の石垣も守りより見た目の立派さを示すものだったと⁠みられています。[5][13]

04
史実

織田信長の伊勢攻めと⁠落城

1569年、織田信長が南伊勢に攻め込み、次男(のちの織田信雄)⁠を北畠氏の養子にすることで和睦しました。1576年、北畠具教らが信長の命で殺され、北畠氏は滅びました。霧山城もこのとき攻め落と⁠されたと⁠いわれ、多気の町もほどなく姿を消しました。[1][3][4]

05
史実

館の跡は神社に、城は山の中に

館の跡には江戸時代に北畠氏をまつる社がつくられ、いまの北畠神社になりました。建物は⁠残っていませんが、発掘調査で礎石建物や⁠柱穴、15世紀前半につくられた、全国的にみても古い時期の石垣と⁠幅4.2mの入口が⁠見つかっています。山の上の霧山城跡には土塁や⁠堀切が残ります。[2][3][6][14]

06
史実

二つの文化財を一つに

1936年、霧山城跡が国の史跡に、館跡の庭園が国の名勝・史跡になりました。1996年度から2005年度の発掘調査で館跡が神社の境内から東へ広がることが分かり、2006年に館跡全体と、館と⁠山城をつなぐ範囲を加えて一つにまとめ、「多気北畠氏城館跡」と名前が変わりました。2017年に続日本100名城⁠に選ばれています。[1][6][7]

この城の人びと

年表

  1. 北畠親房が伊勢に入り、田丸城を拠点にする[1][3]

  2. 田丸城が落ち、北畠氏がほどなく多気へ移ったと⁠いわれる[1][3]

  3. 多気の館がすべて焼け、翌年再建される[3]

  4. 推定

    このころ館の庭園がつくられたと⁠推定される[1]

  5. 北畠具教が殺され、北畠氏が滅ぶ[1][3]

  6. 霧山城跡が国史跡、庭園が国名勝・史跡に[6][7]

  7. 二つを統合し「多気北畠氏城館跡」に[6][7]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

中世の館と⁠山城で、天守はない(城郭協会の表記も「−」)⁠。

城全体のいま

館跡は北畠神社の境内と⁠その東側の土地。庭園が残り、建物はない。霧山城跡と⁠詰城跡は山林の中に土の遺構が残る。

主な建物

現存しない

北畠氏館の建物

残っていない。発掘で礎石建物・掘立柱建物の跡、石垣、入口跡が見つかった。[2][6]

現存国名勝・国史跡

北畠氏館跡庭園

16世紀の庭園。北畠神社の境内にあり、入園は有料。[6][9]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城
14~15世紀日本城郭協会
主な城主
北畠氏日本城郭協会
廃城
天正4年(1576年)Wikipedia
見られる遺構
堀切・土塁・曲輪・堀・石垣編集部記事
文化財指定
国史跡(霧山城跡)(1936年)⁠、国名勝・史跡(北畠氏館跡庭園)(1936年)⁠、国史跡「多気北畠氏城館跡北畠氏館跡霧山城跡」に統合・追加指定(2006年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 145番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

北畠神社の境内は参拝できる。庭園は入園料が必要。霧山城跡へは神社の裏手から山道を登る。続日本100名城スタンプ⁠は北畠神社社務所(津市の案内では8時30分〜17時)⁠。神社の案内では、スタンプは社務所の外に⁠出してあり休務日でも押せる。

住所

三重県津市美杉町上多気(北畠神社: 美杉町上多気1148)[6][9]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR伊勢奥津駅(バス「上多気交差点」下車)JR名松線

徒歩約10分 · 登りなし

伊勢奥津駅から津市コミュニティバス⁠で約10分の「上多気交差点」で降り、徒歩約10分で北畠神社。霧山城跡へはさらに山道を登る。[1]

確認日: 2026-10-03
JR竹原駅(バス「北畠神社前」下車)JR名松線

徒歩約1分 · 登りなし

竹原駅から津市コミュニティバス⁠で約45分の「北畠神社前」下車すぐ。[1]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

北畠氏館跡庭園(北畠神社)
時間
未確認
休館・休み
毎月第2・第4水曜(神社の休務日)
料金
入園料大人500円(2026年1月から⁠)[9][10]
確認日: 2026-10-03
津市美杉ふるさと⁠資料館
時間
9:00〜17:00(入館は16:00まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日・休日の場合は翌日)⁠、12月28日〜1月4日
料金
無料[11]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

伊勢自動車道久居ICから約60分。[1][9]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
神社と⁠庭園だけなら30分〜1時間、霧山城跡まで往復するなら2〜3時間が目安
階段・坂・足もと
霧山城跡は標高560mの山頂。神社の裏から尾根伝いの山道を登る。途中に詰城跡があり、詰城跡から霧山城跡まで約850m。[4][8]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
公式の英語案内は確認できなかった
季節の楽しみ
庭園は紅葉の名所と⁠して知られる。[9][2]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
北畠神社は2026年1月1日から毎月第2・第4水曜を休務日とし、庭園の入園料を改定した。休務日の御朱印・御城印は近くの美杉ふるさと⁠資料館が対応する。[10][9][11]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

津市美杉ふるさと⁠資料館

美杉の歴史と⁠文化財を紹介する市の資料館で、北畠氏関係の資料や⁠発掘の成果も展示。入館無料。バス停「ふるさと⁠資料館前」から徒歩1分。[11]

確認日: 2026-10-03

城下町

伊勢本街道の町並み(多気)

大和と⁠伊勢を結び、伊勢参りの人が行き来した街道。多気は明治時代まで宿場と⁠して栄え、古い町並みや⁠道標が残る。[4]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

庭園が好きな人、中世の山城を歩いてみたい人、南北朝時代や⁠戦国時代の伊勢に興味がある人に向く。山城まで登るなら山歩きの体力が必要。

ここを見ると⁠面白い

まず庭園で、ここが国司の館だったことを思い浮かべたい。そのあと⁠裏山へ登り、館の上の詰城、さらに奥の霧山城と⁠高くなっていく守りの順番をたどると、館と⁠山城が一つの城だったことが体で分かる。

訪ねる前に

バスの本数が少ないので、行きと⁠帰りの時刻を先に調べておく。庭園は毎月第2・第4水曜が休み。霧山城跡へは山道なので、歩きやすい靴と⁠飲み物を。

楽しみかた

美杉ふるさと⁠資料館で発掘品を見てから現地を歩くと、石垣や⁠陶磁器が見つかった館の様子が想像しやすい。秋は紅葉の庭園もあわせて楽しめる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    多気北畠氏遺跡⁠の概要津市municipal確認日:
  2. 2
    多気北畠氏遺跡⁠の発掘調査津市municipal確認日:
  3. 3
    多気北畠氏関連年表津市municipal確認日:
  4. 4
    多気歴史散策マップ(PDF)津市教育委員会municipal確認日:
  5. 5
    北畠氏館跡ガイド(PDF)津市教育委員会municipal確認日:
  6. 6
    多気北畠氏城館跡北畠氏館跡霧山城跡三重県教育委員会heritage確認日:
  7. 7
    多気北畠氏城館跡北畠氏館跡霧山城跡(国指定文化財等データベース)文化庁heritage確認日:
  8. 8
    霧山城跡(多気城)津市観光協会tourism確認日:
  9. 9
    北畠神社津市観光協会tourism確認日:
  10. 10
    北畠神社からのお知らせ(休務日・庭園入園料の改定、令和7年10月)(PDF)北畠神社official確認日:
  11. 11
    津市美杉ふるさと⁠資料館津市municipal確認日:
  12. 12
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  13. 13
    霧山城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  14. 14
    北畠神社(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  15. 15
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  16. 16
    Wikipedia「霧山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  17. 17
    Wikidata Q11660863Wikidatawikidata確認日:
  18. 18
    OpenStreetMap node/5965730854© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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