佐柿の町から見た城山(2022年10月撮影)。この山の上に国吉城があった。
Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

福井県 · 美浜町

佐柿国吉城

くによしじょう

Kuniyoshi Castle

福井県美浜町

城山城続日本100名城 136番

この城らしさ

若狭と⁠越前の国境を守り、朝倉軍の攻撃をほぼ毎年はね返し続けた「難攻不落」の山城。

なぜ?

1563年から朝倉氏が滅びる1573年まで、越前の朝倉勢はほぼ毎年この城を攻めましたが、城主の粟屋勝久はまわりの地侍や⁠村人とともに城にこもり、撃退⁠し⁠続けました。その戦いのようすは江戸時代に書かれた軍記『国吉籠城記』で伝わっています。[1][2]

見逃したくない3つ

01
北西の尾根の曲輪から椿峠のあたりを見下ろす(2014年11月撮影)。越前から若狭へ入る道を見張る位置にあることが分かる。TR15336300101CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

椿峠を見下ろす本丸と⁠北西尾根の曲輪

見る場所
城山(標高約197m)⁠の山頂の本丸跡と、北西へのびる尾根
注目する部分
尾根に階段のように並ぶ曲輪(くるわ)と、その下に見える椿峠や⁠旧丹後街道の方向
ここが面白い
国吉城は若狭と⁠越前の国境を守る「境目の城」でした。越前から若狭へ入る道を上から見張れる場所にあることが、山頂に立つと⁠よく分かります。[1][5]
見られるか
外から見られる登山道を歩いて登る。
02
2004年の発掘で見つかった、ふもとの城主居館跡正面の石垣(発掘時の写真)。TR15336300101CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

ふもとの城主居館跡の石垣

見る場所
城山の南西のふもと、若狭国吉城歴史資料館⁠の奥の⁠谷
注目する部分
段々に造られた平地と、発掘で見つかった居館正面の石垣
ここが面白い
ふだんはふもとの屋敷で暮らし、戦いになれば山の城にこもる、と⁠いう戦国時代の山城の使い方が分かる場所です。1583年に城主と⁠なった木村定光は、国吉城を石垣の城に改修しました。[1][4]
見られるか
外から見られる城跡と⁠して見学できる(公開範囲の詳細は資料館で確認を⁠)⁠。
03
ふもとの若狭国吉城歴史資料館(2022年10月撮影)。続日本100名城スタンプはここにある。Asturio CantabrioCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

若狭国吉城歴史資料館⁠と佐柿の町並み

見る場所
城山のふもと、佐柿町奉行所の跡に建つ資料館と、その前に広がる佐柿の⁠町
注目する部分
発掘の出土品や⁠模型、移築された旧田辺半太夫家住宅⁠の母屋と⁠座敷、城下町から宿場町になった佐柿の町並み
ここが面白い
佐柿の町は国吉城の城下町と⁠してつくられ、城がなくなった江戸時代には町奉行所が置かれて丹後街道の宿場と⁠して栄えました。資料館では国吉城と⁠佐柿の450年の歴史を紹介しています。[1][2]
見られるか
外から見られる資料館は有料(大人100円)⁠。月曜などは休館。

訪問の目安

最寄り駅
JR美浜駅から徒歩約35分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
資料館と⁠山頂の本丸跡まで往復して2時間ほどが目安
料金
大人100円、小人(中学生以下⁠)50円。20人以上の団体割引あり。障害者手帳などを持つ人、就学前の幼児は無料
時間
9:00〜17:00、12〜3月は10:00〜16:30(入館は閉館30分前まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡は山道を歩いて見学できる。ふもとの資料館は有料。続日本100名城スタンプ⁠は資料館にあり、開館日は館内の受付で、休館日は正面玄関横の押印台で押せる。

確認日:

この城の物語

01
史実

若狭と⁠越前の国境を守る⁠城

国吉城は、若狭(福井県の西部)⁠と⁠越前(福井県の東部)⁠の国境近くにある山城です。越前から若狭へ深く入るには椿峠を通る必要があり、城はその道を見下ろす城山の上に築かれました。[1][5]

02
伝承

若狭武田氏の重臣、粟屋勝久

1556年に、若狭の守護・武田氏の重臣だった粟屋勝久が築いたと⁠伝わります。もとはそれより前の城の跡を利用したともいわれます。[1][5]

03
史実

朝倉軍を撃退し続け、信長を迎える

1563年から、越前の朝倉氏の軍勢がほぼ毎年⁠攻めてきましたが、勝久は地侍や⁠村人とともに城にこもって撃退⁠し⁠続けました。1570年4月、朝倉攻めに向かう織田信長の軍がこの城に入り、のちに天下を治める信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人がそろって国吉城に入ったと町は紹介しています。[1][2]

04
史実

石垣の城に、そして廃城へ

1583年、秀吉の家臣・木村定光が城主になり、国吉城を石垣の城に改修するとともに、城下町を整えました。これがいまの佐柿の町並みのもとです。江戸時代の初めに城は使われなくなり、かわりに佐柿町奉行所が置かれました。山の上には曲輪や⁠石垣、土塁、堀切が、ふもとには居館跡の石垣が残ります。[1][4]

05
史実

資料館の開館と⁠続日本100名城

2001年からの発掘調査で、ふもとの居館跡から石垣や⁠建物の跡が見つかりました。2009年春には城と⁠佐柿の歴史を紹介する若狭国吉城歴史資料館⁠が開館し、2017年に続日本100名城(139番)⁠に選ばれました。遺構の残り具合、発掘の成果、資料館や⁠地元佐柿区の取り組みが評価されたと⁠町⁠は説明しています。[1][2][5]

この城の人びと

年表

  1. 粟屋勝久が築いたと⁠伝わる[1]

  2. 朝倉軍が攻める。以後1573年までほぼ毎年撃退[1]

  3. 朝倉攻めの織田信長の軍が城に入る[1]

  4. 木村定光が城主と⁠なり、石垣の城に改修[1]

  5. 若狭国吉城歴史資料館⁠が開館[2]

  6. 続日本100名城(139番)⁠に選ばれる[1][6]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

戦国時代の山城で、天守は確認されていない(城郭協会の一覧でも「−」)⁠。

城全体のいま

城山の山林に曲輪・石垣・土塁・堀切が残る。ふもとには城主居館跡と、佐柿町奉行所跡⁠に建つ資料館があり、城下町だった佐柿の町並みが続く。

主な建物

跡地のみ

城主居館跡

発掘で居館正面の石垣、土塁、石組みの溝、建物の礎石が見つかった。[4][5]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
粟屋勝久日本城郭協会
築城
弘治2年(1556)⁠頃日本城郭協会
主な城主
粟屋氏、木村氏、堀尾氏、江口氏、浅野氏、松原市、多賀氏日本城郭協会
廃城
1615年(元和元年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・土塁・石垣・堀・堀切・虎口編集部記事
文化財指定
美浜町指定史跡(国吉城址)編集部記事
名城選定
続日本100名城 136番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は山道を歩いて見学できる。ふもとの資料館は有料。続日本100名城スタンプ⁠は資料館にあり、開館日は館内の受付で、休館日は正面玄関横の押印台で押せる。

住所

福井県三方郡美浜町佐柿25-2(若狭国吉城歴史資料館)[3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR美浜駅JR小浜線

徒歩約35分 · 急⁠な登り

国道27号を敦賀方面へ歩いて資料館まで25〜45分(個人差あり)⁠。レンタサイクル⁠で約15〜25分。敦賀行きバス「佐柿口」から徒歩5分、美浜町コミュニティバス「佐柿」から徒歩3分。土日祝はゴコイチバス「若狭国吉城口」から徒歩10分(2026年は4月4日〜12月6日⁠の運行予定)⁠。城跡へは資料館から山道を登る。[2]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

若狭国吉城歴史資料館
時間
9:00〜17:00、12〜3月は10:00〜16:30(入館は閉館30分前まで⁠)
休館・休み
月曜(休日の場合は翌日)⁠、祝日の翌日、年末年始(12月29日〜1月3日)⁠、臨時休館あり
料金
大人100円、小人(中学生以下⁠)50円。20人以上の団体割引あり。障害者手帳などを持つ人、就学前の幼児は無料[2]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

国道27号で敦賀から約20分、小浜から約40分。佐柿に見学者用駐車場⁠がある(町のパンフレットの地図による)⁠。[2][4]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
未確認確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
資料館と⁠山頂の本丸跡まで往復して2時間ほどが目安
階段・坂・足もと
山頂の本丸跡まではつづら折りの山道を登る。[5]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
未確認
英語案内・音声ガイド
未確認
季節の楽しみ
未確認
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
資料館は臨時休館することがあるので、町の「休館日のご案内」を確認してから訪ねたい。[2]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

城下町

旧田辺半太夫家住宅

国の登録有形文化財。母屋と⁠座敷(佐柿町奉行所から移築)⁠が若狭国吉城歴史資料館⁠に移されている。[2]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

戦国時代の籠城戦の話が好きな人、山城の曲輪や⁠石垣を歩いて見たい人、城と⁠城下町をセットで見たい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

まず資料館で国吉城の戦いと⁠佐柿の歴史を知り、それから山へ。山頂から椿峠を見下ろすと、この城が国境の道を押さえていた意味が分かる。北西の尾根に階段状に並ぶ曲輪も見どころ。

訪ねる前に

山頂までは山道を登るので、歩きやすい靴で。資料館は月曜と⁠祝日の翌日が休みで、バスは本数が少ない。

楽しみかた

下山後は佐柿の町を歩き、城下町から宿場町へ変わった町並みを見たい。本丸跡に集められた古い石仏や⁠石塔は、籠城戦で投げる石に使われたと⁠伝わる。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    町史跡国吉城址【続日本100名城 No.139】美浜町(若狭国吉城歴史資料館)municipal確認日:
  2. 2
    若狭国吉城歴史資料館⁠のご案内美浜町municipal確認日:
  3. 3
    若狭国吉城歴史資料館(Commons写真⁠の説明に記載の所在地。県の博物館情報ページ⁠は取得できず)Wikimedia Commonsother確認日:
  4. 4
    『国吉城址と⁠佐柿の町並み』パンフレット(PDF)美浜町教育委員会municipal確認日:
  5. 5
    国吉城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  6. 6
    続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  7. 7
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  8. 8
    Wikipedia「国吉城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  9. 9
    Wikidata Q28687362Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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