本丸広場から見上げた本壇。高い石垣の上に、天守・小天守・櫓が廊下でつながって並ぶ(2017年1月撮影)。天守は江戸時代から残る建物で、まわりの小天守や櫓は1968年の木造復興。
SuicasmoCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

愛媛県 · 松山市

松山城

まつやまじょう

Matsuyama Castle

愛媛県松山市

城平山城日本100名城 81番

この城らしさ

黒船が来た翌年に完成した天守の瓦に、徳川一門の葵の紋がついている。

なぜ?

いまの天守は、落雷で焼けたあと⁠1854年に建て直されたもので、江戸時代に建てられた天守と⁠しては最も新しい時期のものです。建てたのが徳川家の親せきにあたる松平(久松)家だったため、瓦に「三つ葉葵」の紋が入りました。公式サイトは、現存12天守で瓦に葵の紋があるのは松山城だけと⁠説明しています。[1][2]

見逃したくない3つ

01
1854年に完成した三重の天守(2023年10月撮影)。現存12天守の一つで、国の重要文化財。ZaironCC BY 4.0Wikimedia Commons

葵の紋の天守と、廊下でつながる本壇

見る場所
本丸の北の端、さらに約8m高い石垣の上の「本壇」。入口は一ノ門だけ
注目する部分
瓦の葵の紋、天守・小天守・櫓が廊下でぐるりと⁠つながり中庭を囲む形、門をいくつもくぐらないと天守に着かない道順
ここが面白い
天守と⁠小天守・櫓を四方に置いて廊下でつなぐ「連立式」は、現存12天守では姫路城と⁠松山城だけの形と⁠公式サイトは説明しています。天守の中は天井や⁠床の間、敷居まであり、ふつうの天守より住まいに⁠近いつくりなのも特徴です。天守のまわりの小天守や櫓は1933年の放火で焼け、1968年に木造で建て直されました。[1][2][3][8]
見られるか
外から見られる本壇の外観は本丸広場から見られる。天守の中は有料(大人520円)⁠。天守内は階段が急で、エレベーターや⁠トイレはない。
02
山の斜面を登っていく「登り石垣」(2022年8月撮影)。ふもとの二之丸と山頂の本丸をつなぐ守りの壁で、南側はほぼ完全に残る。DokudamiCC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

山の斜面をかけ上がる「登り石垣」

見る場所
ふもとの二之丸から山頂の本丸へ向かう斜面。県庁裏登城道を歩くと⁠途中で間近に見られる
注目する部分
山の斜面に沿って下から上へ続く石垣の⁠線
ここが面白い
ふもとと⁠山頂を2本の石垣で結び、斜面から攻め上がる敵を防ぐしかけです。豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき、朝鮮半島に築いた⁠城(倭城)⁠で使われた方法と⁠いわれます。公式サイトによると、現存12天守の城でこれが⁠確かめられているのは松山城と⁠彦根城だけで、南側はほぼ完全に残り、長さは約230mあります。北側は一部しか残っていません。[3][4][6][9]
見られるか
外から見られる県庁裏登城道から無料で見られる。2026年9月12日〜11月27日⁠は工事準備のためこの道が車両通行止めで、歩いて通れるが道幅が狭くなっている。
03
本丸北側の野原櫓(2007年12月撮影)。2階建ての建物の上に物見をのせた古い形の櫓で、国の重要文化財。Jyo81 (ja: User)CC BY 3.0Wikimedia Commons

古い形をいまに伝える野原櫓

見る場所
本丸の北側、裏手(搦手)⁠の乾門の近く
注目する部分
2階建ての櫓の上に、小さな見張⁠り⁠台をのせたような屋根の⁠形
ここが面白い
建物の上に物見(望楼)をのせる形は、初期の天守に多い古い形式で、天守のもとになった⁠形ともいわれます。公式サイトは、望楼型の二重櫓と⁠しては日本でただ一つ残る例と⁠説明しています。乾櫓とともに城の中で最も古い建物の一つと⁠考えられ、国の重要文化財です。1854年に建った層塔型の天守と⁠見比べると、時代による形の違いがよく分かります。[2][3][4]
見られるか
一部見られる外観は本丸の中から見られる。内部の公開は確認できなかった。

訪問の目安

最寄り駅
伊予鉄道市内電車「大街道」電停から徒歩約5分
登り
登りなし
所要時間の目安編集部の目安
ロープウェイで上って天守に入るなら1時間半ほど。歩いて上り⁠下りし二之丸庭園⁠も見るなら半日
料金
大人520円、小学生160円。松山市内在住の65歳以上、障害者手帳を持つ人と⁠介助者1名、保護者同伴の未就学児(2名まで⁠)⁠は無料
時間
9:00〜17:00(8月は17:30まで、12〜1月は16:30まで⁠)⁠。入場は終了30分前まで。混雑時は早めに券売を終えることがある
立入り
自由に見学できる

本丸広場と⁠登城道は無料で歩ける。天守の中と⁠二之丸史跡庭園⁠は有料。2024年の土砂崩れの復旧工事は2026年5月29日⁠に終わり、本丸広場と⁠登城道は同年6月1日から全面通行できる。県庁裏登城道は2026年9月12日〜11月27日、工事準備のため車両通行止⁠め(徒歩は可、道幅が狭い)⁠。日本100名城スタンプ⁠は山頂の天守きっぷ売場横(9:00〜札止めまで⁠)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

平野のまん中の山に城を移す

関ヶ原の戦いの手柄で20万石の大名になった加藤嘉明は、それまでの正木城(いまの松前町)では手ぜまだと⁠考え、松山平野の中央にある勝山に新しい城を築くことにしました。1602年に工事を始め、翌1603年に地名を「勝山」から「松山」に改めました。山頂の本丸は、もとは2つの峰の間の谷を埋めて平らにした場所です。[1][4]

02
史実

「賤ケ岳の七本槍」加藤嘉明が築く

加藤嘉明は、豊臣秀吉と⁠柴田勝家が戦った賤ケ岳の戦い(1583年)⁠で活躍した「七本槍」の一人と⁠して知られる武将です。家臣の足立重信を工事の責任者にし、山頂に本丸、南西のふもとに二之丸と⁠三之丸を置き、本丸と⁠二之丸の間を南北2本の登り石垣で囲みました。嘉明は重要な門や⁠櫓を正木城から移したとも伝わります。[1][3][4]

03
史実

城主が3度替わり、親藩の城になる

工事は約四半世紀続きましたが、嘉明は完成を見ないまま1627年に会津(福島県)⁠へ移されました。あとを⁠継いだ蒲生忠知⁠が城を完成させましたが、1634年に急死して家が絶えます。1635年、徳川家康のおいにあたる松平定行が15万石で入り、その子孫が明治維新まで治めました。天守を三重にしたのは定行と⁠伝わります。[1]

04
史実

落雷・放火・空襲をこえて

天守は1784年の元日に落雷で焼け、1854年にようやく建て直されました。これが今の天守です。明治になると⁠三之丸と⁠二之丸の御殿が焼け、城は公園になりました。1923年には旧藩主家の久松定謨が城を買い受け、維持費をそえて松山市に寄付しています。その後も1933年の放火で小天守など、1945年の空襲で乾門などが焼けましたが、天守をふくむ21棟は残り、国の重要文化財になっています。[1][3]

05
史実

木造での復興

焼けた建物は、昔の図面や⁠写真をもとに少しずつ建て直されました。1968年に小天守や⁠隅櫓、廊下を木造で復興したのを皮切りに、筒井門(1971年)⁠、太鼓門(1972年)⁠、乾門(1982年)なども木造で戻っています。1958年に建て直した馬具櫓だけは鉄筋コンクリート⁠造です。2006年には天守など7棟の保存修理が終わりました。[1][3]

06
史実

2024年の土砂崩れと⁠復旧

2024年7月12日⁠の未明、城山の東の斜面が崩れ、ふもとの緑町に土砂が流れ込みました。家が巻き込まれ、亡くなった方も出ています。天守や⁠ロープウェイ、登城道はいったん閉じましたが、点検で異常がなかったため7月31日⁠に再開しました(崩れた場所の周りは立入禁止)⁠。市は2025年4月から斜面の本格的な復旧工事を行い、2026年5月29日⁠に完了。本丸広場と⁠登城道は2026年6月1日から全面的に⁠通れるようになりました。[12][13][14][17]

この城の人びと

年表

  1. 加藤嘉明が勝山で築城を始める[1]

  2. 松平定行が入り、以後松平(久松)家が明治まで治める[1]

  3. 元日に天守が落雷で焼失[1]

  4. いまの天守が完成[1][2]

  5. 放火で小天守などが焼失[1]

  6. 小天守・隅櫓などを木造で復興[1]

  7. 7月12日、城山の東斜面で土砂崩れ(復旧工事は2026年5月⁠に完了)[12][13]

建物と⁠遺構

天守の状態

現存天守

三重三階地下一階⁠の層塔型。1784年に落雷で焼け、1854年に再建された天守が現存し、現存12天守の一つ(国重要文化財)⁠。天守と⁠つながる小天守・隅櫓・廊下などは1968年の木造復興。

城全体のいま

城山全体と⁠二之丸・三之丸が城山公園。山頂の本丸に天守と⁠櫓・門が並び、二之丸は「二之丸史跡庭園」(有料)⁠、三之丸は芝生の広がる「堀之内地区」として整備されている。

主な建物

現存国重要文化財

天守

1854年完成。中は展示室で有料。瓦に三つ葉葵の紋。[2][3]

現存国重要文化財

野原櫓

望楼型の二重櫓。城内で最も古い建物の一つと⁠考えられている。[3]

現存国重要文化財

乾櫓

築城当初から残る二重の隅櫓。正木城から移したと⁠伝わる。[3]

現存国重要文化財

一ノ門・二ノ門・三ノ門・紫竹門・隠門・戸無門など

天守を含め、門・櫓・塀あわせて21棟が重要文化財。[3]

木造で復元登録有形文化財(一部⁠)

小天守・南隅櫓・北隅櫓・十間廊下・多聞櫓など

1933年の放火で焼失し、1968年に木造で復興。[1][3]

木造で復元登録有形文化財(一部⁠)

筒井門・太鼓門・太鼓櫓・乾門など

放火(1949年)⁠や空襲(1945年)⁠で焼け、1971〜1986年⁠に木造で復興。[1][3]

再建(復興)

馬具櫓

1958年に鉄筋コンクリート⁠造⁠で復興。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
近世編集部記事
天守の状態
現存天守江戸時代以前に建てられた天守が今も残る編集部記事
築城者
加藤嘉明、蒲生忠知日本城郭協会
築城
慶長7年(1602)日本城郭協会
主な城主
加藤氏、蒲生氏、松平(久松)⁠氏日本城郭協会
廃城
明治6年(1873年)Wikipedia
見られる遺構
櫓・櫓台・門・井戸・石垣・土塁・堀・曲輪・虎口・天守台編集部記事
文化財指定
国史跡(松山城跡)(1952年)⁠、国重要文化財(天守ほか21棟)(1950年)編集部記事
名城選定
日本100名城 81番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

本丸広場と⁠登城道は無料で歩ける。天守の中と⁠二之丸史跡庭園⁠は有料。2024年の土砂崩れの復旧工事は2026年5月29日⁠に終わり、本丸広場と⁠登城道は同年6月1日から全面通行できる。県庁裏登城道は2026年9月12日〜11月27日、工事準備のため車両通行止⁠め(徒歩は可、道幅が狭い)⁠。日本100名城スタンプ⁠は山頂の天守きっぷ売場横(9:00〜札止めまで⁠)⁠。

住所

愛媛県松山市丸之内1[4][15]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

伊予鉄道市内電車「大街道」電停伊予鉄道市内電車(JR松山駅・松山市駅から約10分)

徒歩約5分 · 登りなし

電停から北へ、ロープウェー⁠街⁠を歩いて東雲口駅舎へ約5分。ロープウェイ⁠かリフト⁠で山頂の長者ヶ平へ上り、そこから天守まで歩いて約10分。東雲口駅舎1階から天守のきっぷ売場までは約30分を見ておくよう公式が案内している。[6][15][5]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

松山城天守
時間
9:00〜17:00(8月は17:30まで、12〜1月は16:30まで⁠)⁠。入場は終了30分前まで。混雑時は早めに券売を終えることがある
休館・休み
12月第3水曜日(大掃除)
料金
大人520円、小学生160円。松山市内在住の65歳以上、障害者手帳を持つ人と⁠介助者1名、保護者同伴の未就学児(2名まで⁠)⁠は無料[5]
確認日: 2026-10-03
松山城山ロープウェイ・リフト
時間
ロープウェイ 8:30〜17:30(8月は18:00まで、12〜1月は17:00まで⁠)⁠、10分ごと。リフト 8:30〜17:00、雨の日は運休
休館・休み
年中無休
料金
往復大人520円・小学生260円、片道大人270円・小学生140円(ロープウェイとリフトは共通券)⁠。往復券と⁠天守観覧券がセットの総合券(大人1,040円・小人420円)⁠を東雲口駅舎1階⁠で8:00〜14:00に販売[5][10][11]
確認日: 2026-10-03
二之丸史跡庭園
時間
9:00〜17:00(8月は17:30まで、12〜1月は16:30まで⁠)
休館・休み
12月第3水曜日
料金
大人200円、小学生100円[5]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

松山城駐車場(喜与町駐車場、松山市喜与町1-6-11)⁠。ロープウェイのりばまで徒歩約2分。普通車2時間420円・以降30分100円、バス2時間1,050円・以降30分200円。予約不可。二之丸史跡庭園専用駐車場(普通車31台・無料)⁠もある。[6]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城山公園堀之内地区⁠は24時間・年中無休。本丸広場は無料(開放時間は未確認)[5]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
ロープウェイで上って天守に入るなら1時間半ほど。歩いて上り⁠下りし二之丸庭園⁠も見るなら半日
階段・坂・足もと
本丸は標高132mの山頂。登城道は4本あり、東雲口・県庁裏はそれぞれ徒歩約30分、黒門口は約40分で石段が多い、古町口は石段が多く一部未舗装。ロープウェイ・リフトを降りたあとも階段や⁠坂がある。[6][7]
車椅子・ベビーカー
車いすの人がひとりで本丸広場まで上ることはできない。介助者2〜3人⁠がいれば本丸広場までは上れる。山頂の長者ヶ平駅で車いす3台を貸し出し(8:30から)⁠。障害者手帳を持つ車いす利用者は本人と⁠介助者3人までロープウェイ無料。天守は建物の構造上、車いすでは入れない。[5][8]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
本丸広場の売店横と、長者ヶ平駅の西側にトイレあり。天守の中にはない。[8]
英語案内・音声ガイド
公式サイトに英語ページ(概要・歴史・アクセス・料金)⁠がある。お知らせなど一部はGoogleの機械翻訳。館内の英語表示は未確認。[15]
季節の楽しみ
城山公園は「日本さくら名所100選」に選ばれている。土・日・祝日の朝は天守の開門に合わせて登城太鼓が打たれる。[4][8]
撮影のルール
個人の記念撮影は場所・内容の制限なし。ただしライブ配信、通行のじゃまになる大型機材や⁠ドローンでの撮影、ほかの客への声かけ撮影は禁止。営利目的の撮影は事前申請(松山城総合事務所 089-921-4873)⁠。[8]
工事・休館・立入制限
2024年7月⁠の土砂崩れの復旧工事は2026年5月29日⁠に完了し、6月1日から本丸広場と⁠登城道は全面通行可。ロープウェイ・リフトは平常運行(リフトは雨天運休)⁠。県庁裏登城道は2026年9月12日〜11月27日⁠に車両通行止め(徒歩は可)⁠。[9][11][12][13]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

定番城南コース(公式・約40〜60分) 60分

  1. ロープウェイ東雲口駅舎から東雲口登城道へ
  2. 長者ヶ平を通って筒井門へ
  3. 本丸(天守を見る場合はプラス約30分)
  4. 筒井門から県庁裏登城道を下る(途中で登り石垣)
  5. 県庁前から一番町交差点、ロープウェー商店街⁠を通って駅舎へ戻る

公式の「定番城南コース」。距離2.5km、休憩なしで約40〜60分、天守を見るなら約30分たす。県庁裏登城道は2026年11月27日まで車両通行止めで道幅が狭くなっている。

松山城コンプリートコース(公式・約1時間40分〜2時間10分) 130分

  1. 堀之内公園東口休憩所⁠を出発
  2. 二之丸史跡庭園
  3. 黒門口登城道を上る
  4. 東雲口登城道でロープウェイ東雲口⁠へ下り、ロープウェイ⁠かリフト⁠で長者ヶ平へ
  5. 筒井門から本丸広場、天守を見学
  6. 乾門から古町口登城道を往復し、天守石垣の外周道へ
  7. 本丸広場から県庁裏登城道を下ってゴール

公式の「松山城コンプリートコース」。4本の登城道、ロープウェイ、天守、二之丸史跡庭園⁠を全部回る6.1km。所要時間はロープウェイ乗車⁠と⁠天守見学を含む。黒門口と⁠古町口は石段が多いので運動靴で。

周辺の楽しみ

博物館

湯築城跡(道後公園)

戦国時代まで伊予を治めた河野氏の城跡。道後温泉のすぐそばで、市内電車の「道後公園」電停前。復元された武家屋敷と⁠資料館がある。[15][18]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

江戸時代からの天守に上りたい人、門や⁠櫓がたくさん残る城をじっくり歩きたい人、道後温泉と⁠あわせて松山を観光する人に向く。ロープウェイがあるので、山の上の城でも行きやすい。

ここを見ると⁠面白い

まず本壇。門をいくつも折れて曲がって天守にたどり着く道順そのものが守りのしかけ。天守では瓦の葵の紋と、天井や⁠床の間のある部屋を見たい。時間があれば本丸の北側に回り、古い形の野原櫓と、1854年の天守を見比べると⁠面白い。

訪ねる前に

天守の中は階段が急で、エレベーターもトイレもない。キャスター⁠付きのかばんは天守に⁠持⁠ち⁠込めないので、駅舎のコインロッカーへ。ロープウェイ駅舎から天守のきっぷ売場までは約30分かかるので、閉館の1時間前には駅舎に着いておきたい。2024年の土砂崩れの復旧は2026年5月⁠に終わり、いまは登城道もすべて通れる。

楽しみかた

上りはロープウェイ⁠かリフト、下りは県庁裏登城道を歩いて登り石垣を見ると、山の上の本丸と⁠ふもとの城がどうつながっていたかが分かる。週末の朝に行けば、天守の開門を知らせる登城太鼓も聞ける。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    歴史と⁠人物松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  2. 2
    天守と⁠本壇松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  3. 3
    建築と⁠文化財松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  4. 4
    本丸松山城の紹介松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  5. 5
    松山城の観覧ガイド(営業時間・料金・バリアフリー案内)松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  6. 6
    アクセス・駐車場松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  7. 7
    松山城ウォーキングコース松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  8. 8
    よくある質問松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  9. 9
    県庁裏登城道の車両通行止めについて松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  10. 10
    総合券(天守付き券)⁠の販売について松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  11. 11
    ロープウェイ・リフト【平常運行中】松山城(松山市城山公園指定管理者)official確認日:
  12. 12
    緑町土砂災害復旧工事⁠が完成します(2026年5月26日)松山市municipal確認日:
  13. 13
    緑町土砂災害の復旧に向けた対応についてお⁠知らせします(2026年6月1日更新)松山市municipal確認日:
  14. 14
    松山城天守ほか関連施設の営業と⁠登城道の通行を再開します(2024年7月30日)松山市municipal確認日:
  15. 15
    Matsuyama Castle (English)Matsuyama Castleofficial確認日:
  16. 16
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  17. 17
    松山城 (伊予国)(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  18. 18
    道後公園(湯築城跡)道後公園official確認日:
  19. 19
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  20. 20
    Wikipedia「松山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  21. 21
    Wikidata Q981357Wikidatawikidata確認日:
  22. 22
    OpenStreetMap node/611661255© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

現地の変化や⁠誤り、使ってよい写真をご存じでしたらお知らせください。

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