杉林の中に広がる調度丸の跡(2009年5月)。奥に曲輪を支える石垣が見える。2024年の地震後は通行できる道が変わっているので、市の最新の案内を確認したい。
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石川県 · 七尾市

七尾城

ななおじょう

Nanao Castle

石川県七尾市

城山城日本100名城 35番

この城らしさ

攻め落とした上杉謙信が「聞きしに勝る」と⁠書き残した、七つの尾根に広がる能登の巨大山城。

なぜ?

七尾城は、能登の守護・畠山氏が16世紀前半に築いた山城で、城域は南北約2.5km、東西約1.0kmに及びます。「七尾」と⁠いう地名のもとになった七つの尾根に、多くの曲輪(くるわ)⁠を連ねていました。1577年にこの城を落とした謙信は、山と⁠海がそろった要害と、絵にも描けない景色をほめる書状を残しています。[1][7]

見逃したくない3つ

01

本丸から見わたす七尾湾

見る場所
標高約305mの本丸跡
注目する部分
眼下の七尾の町、七尾湾、能登半島の島々
ここが面白い
本丸と⁠麓の城下の高さの差は約250mあります。七尾城を落とした上杉謙信は、加賀・越中・能登の要と⁠なる地形で、山と⁠海がそろった要害であり、海や⁠島々の景色は絵にも描けないと⁠書状に記しています。[1][7][4]
見られるか
一部見られる本丸北駐車場から本丸までは開放されている。2024年の地震の影響で、一部の区域は立入禁止。
02
本丸へ向かう古い登城路と、道ばたの石積み(2009年5月)。tom-springPublic domainWikimedia Commons

段になって積まれた野面積みの石垣

見る場所
本丸北側、桜馬場の北側・北西側・南側、温井屋敷の西側など
注目する部分
加工しない自然の石を何段にも重ねて積んだ石垣
ここが面白い
石は山のふもとの谷の沢から運ばれたと⁠みられます。高さ2mを超える城内でも大きな石垣は、本丸から二の丸にかけての斜面に集まっていて、山城の中心部を固めていたことがわかります。[8][5][6]
見られるか
一部見られる2024年の地震で主郭部を中心に石垣の崩れや⁠地割れが23か所以上あり、一部は閉鎖中。遊佐屋敷と⁠桜馬場の間の道から本丸へは登れない(2026年8月⁠の市の案内)⁠。
03
杉林の中に広がる調度丸の跡(2009年5月)。奥に曲輪を支える石垣が見える。2024年の地震後は通行できる道が変わっているので、市の最新の案内を確認したい。tom-springPublic domainWikimedia Commons

尾根に並ぶ重臣たちの屋敷跡

見る場所
本丸から延びる尾根の曲輪群(遊佐屋敷・温井屋敷・調度丸など⁠)
注目する部分
尾根ごとにまとまった平らな屋敷地と、その名前
ここが面白い
七尾城は本丸を頂点にした城と⁠いうより、畠山氏と⁠温井・遊佐・長・三宅などの重臣が、それぞれの曲輪群に屋敷を構えた「分立的」な城と⁠されます。重臣の力が強かったことが、のちに城内の争いと⁠落城につながりました。[8][9][6]
見られるか
一部見られる2026年8月8日⁠に旧大手道(袴腰〜調度丸)⁠が再開通し、本丸まわりを歩いて⁠回れるようになった。一部はまだ閉鎖中。

訪問の目安

最寄り駅
JR七尾駅(バス乗り継ぎ)から
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
本丸北駐車場から中心部だけなら30〜50分、山麓から歩いて全体を回るなら往復約2時間半(いずれも市の案内)
料金
一般200円、大学生150円、高校生以下無料。障害者手帳をお持ちの方と⁠付添い1人は無料
時間
9:00〜17:00(入館16:30まで⁠)
立入り
一部のみ見学できる

城跡は無料で歩けるが、2024年の地震の影響で一部区域は立入禁止。城山展望台と⁠その敷地(トイレを含む)⁠は閉鎖中。足元が悪いので長靴や⁠履き慣れた靴で。日本100名城スタンプ⁠は七尾城史資料館⁠の正面入口の軒先(休館中も押せる⁠)⁠と⁠七尾市役所本庁1階。

確認日:

この城の物語

01
研究上の解釈

平地の守護所から山の城へ

能登畠山氏は、はじめ府中(いまの七尾市街地付近)⁠の守護所で国を治めていました。16世紀前半ごろ、その南東約4kmの石動(せきどう⁠)山系の要害に七尾城を、ふもとに城下町「七尾」を築き、山の上と⁠下が一体と⁠なった新しい拠点をつくりました。守護大名から戦国大名へ変わろうとした動きと⁠して、市は位置づけています。[1][7]

02
史実

京風の文化が花開いた畠山氏の⁠城

能登畠山氏は1408年に能登の守護と⁠なった一族です。3代義統(よしむね)⁠が能登に下って国を固め、7代義総(よしふさ)⁠のころに支配が安定すると、都から公家や⁠歌人が訪れ、七尾城内の義総の屋敷では和歌や⁠連歌の会が開かれました。1544年に訪れた禅僧は、山上の御殿が鳥の翼のように並び、朱や⁠藍で彩られて空に梯子をかけたようだと⁠記しています。[1][7]

03
史実

山全体がひとつの⁠町

城域は約252.6haにおよび、地元では「城山」と⁠呼ばれています。尾根にそって重臣の屋敷が並び、生活や⁠政治の場そのものが山の上にありました。ふもとの城下町にも、16世紀後半には堀や⁠土塁で囲む「惣構(そうがまえ)⁠」⁠が築かれ、内側に屋敷、外側に職人や⁠商人の町が⁠広がっていたとみられます。[1][8]

04
史実

謙信の包囲と⁠内通による落城

戦国時代の終わりには、畠山氏の力は弱まり、重臣の長・遊佐・温井の三氏が主導権を争っていました。1576年11月、上杉謙信が能登に⁠攻⁠め⁠込⁠み七尾城⁠を囲みますが、守りが固く、いったん越後へ引き上げます。翌1577年閏7月⁠に再び囲み、重臣の遊佐続光が内通したことで、9月に城は落ちました。[7][9]

05
史実

港近くの小丸山へ移り、山城は残った

落城後、七尾城には一時上杉方が入り、1581年には織田信長から能登一国を与えられた前田利家が入城しました。利家は1582年から1589年ごろにかけて港に近い小丸山に新しい城を築き、七尾城は城と⁠しての役目を終えました。建物は⁠残っていませんが、山の中に曲輪や⁠石垣が数多く残っています。[1][9]

06
史実

国史跡と⁠能登半島地震からの復旧

七尾城跡は1934年に国の史跡に指定され、2011年と⁠2019年に範囲が追加されました。2024年1月1日⁠の能登半島地震では、主郭部を中心に石垣の崩れや⁠地割れが23か所以上見つかりました。九尺石の復旧に向けた発掘も始まり、2026年8月8日には震災後閉じていた旧大手道(袴腰〜調度丸)⁠が⁠再⁠び開放されました。[10][5][6]

この城の人びと

年表

  1. 畠山満慶が能登の守護と⁠なり、能登畠山氏が始まる[1]

  2. 禅僧の彭叔守仙が七尾城と⁠城下の繁栄を書き残す[7]

  3. 上杉謙信の攻撃で落城[1][7]

  4. 前田利家が能登を⁠与えられ七尾城⁠に入る[1]

  5. 国の史跡に指定(2011・2019年に追加)[10]

  6. 能登半島地震で石垣の崩れなど23か所以上の被害[5]

  7. 震災後閉鎖していた旧大手道が8月8日に再開通[6][1]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守はない。城郭協会の表記は「櫓台のみ残る」。建物はおそらく平屋の木造だったと⁠英語解説は説明している。

城全体のいま

城山一帯が国史跡で、杉林の中に曲輪や⁠石垣が残る。本丸の近くまで県道で車で行け、ふもとの登山口には七尾城史資料館⁠がある。2024年の地震後、一部区域は閉鎖中。

主な建物

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
能登畠山氏日本城郭協会
築城
戦国時代前期(永正~大永年間[1504~28]頃)日本城郭協会
主な城主
第7代畠山義総日本城郭協会
廃城
1589年(天正17年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・石垣・土塁・堀切・虎口・⁠堀編集部記事
文化財指定
国史跡(七尾城跡)(1934年)編集部記事
名城選定
日本100名城 35番日本城郭協会

旅の情報

立入り

一部のみ見学できる

城跡は無料で歩けるが、2024年の地震の影響で一部区域は立入禁止。城山展望台と⁠その敷地(トイレを含む)⁠は閉鎖中。足元が悪いので長靴や⁠履き慣れた靴で。日本100名城スタンプ⁠は七尾城史資料館⁠の正面入口の軒先(休館中も押せる⁠)⁠と⁠七尾市役所本庁1階。

住所

石川県七尾市古屋敷町・古城町ほか(七尾城史資料館: 七尾市古屋敷町シカマ藪8-2)[3][12]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR七尾駅(バス乗り継ぎ)JR七尾線・のと⁠鉄道

急な登り

駅前から市内循環バス「まりん号」(運賃100円)⁠で「城史資料館前」へ。そこから本丸まで山道を歩いて登る(英語解説では約1時間)⁠。[2][9]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

七尾城史資料館
時間
9:00〜17:00(入館16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(祝日の場合は翌日)⁠、祝日の翌日、冬期休館(12月11日〜3月10日)
料金
一般200円、大学生150円、高校生以下無料。障害者手帳をお持ちの方と⁠付添い1人は無料[3]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

国道159号の藤野町交差点を東へ、県道177号(城山線)⁠で本丸駐車場まで(城山交差点から約10分)⁠。大型バスも通れるが、木の枝が垂れ下がる箇所がある。山麓の登山口駐車場は無料・トイレあり。[2][1]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡の開放時間の定めは確認できなかった確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
本丸北駐車場から中心部だけなら30〜50分、山麓から歩いて全体を回るなら往復約2時間半(いずれも市の案内)
階段・坂・足もと
山麓から本丸まで標高差約250mの山道。急斜面が多く健脚向け。雨で土が流され転びやすい箇所がある。登山道に自販機はない。[2][6][1]
車椅子・ベビーカー
未確認(山道のため車いすでの見学は難しいと⁠考えられる⁠)確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
登山口駐車場と⁠本丸北駐車場の2か所。城山展望台のトイレは閉鎖中。[2][4]
英語案内・音声ガイド
七尾市のサイトに観光庁が作った英語解説「Welcome to Nanao Castle」がある。[9]
季節の楽しみ
未確認
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
2026年8月8日から旧大手道(袴腰〜調度丸)⁠を開放。一部の危険箇所は閉鎖中で、遊佐屋敷・桜馬場の間の道から本丸へは登れない。城山展望台は閉鎖中。七尾城史資料館⁠は12月11日から冬期休館。[1][6][4][3]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

制覇コース(山麓から本丸へ⁠) 150分

  1. 山麓の登山口駐車場(七尾城史資料館⁠のそば⁠)から出発
  2. 旧大手道を登る(袴腰〜調度丸は2026年8月⁠に再開通)
  3. 調度丸・二の丸など尾根の曲輪群を見る
  4. 本丸で七尾湾を眺める
  5. 同じ道を戻る

七尾市の散策ガイドによる往復約150分⁠の目安。閉鎖区域は地図と⁠現地の看板で確認すること。

中心部コース(本丸北駐車場から⁠) 40分

  1. 本丸北駐車場に車をとめる
  2. 本丸を中心と⁠する主郭部を周遊する

七尾市の散策ガイドによる30〜50分の目安。

周辺の楽しみ

庭園

小丸山城址公園

前田利家が七尾城に代わって港の近くに築いた小丸山城の跡の公園。地震後に補修工事が進み、2025年8月12日から第1公園も開放(未復旧箇所あり)⁠。[13][1]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

戦国時代の山城を本格的に歩きたい人、石垣や⁠曲輪の地形を読むのが好きな人、上杉謙信や⁠能登の歴史に興味がある人に向く。

ここを見ると⁠面白い

本丸からの七尾湾の眺めは、謙信が書状でほめた景色そのもの。道すがら、尾根ごとに並ぶ重臣の屋敷跡と、段になった野面積みの石垣に注目すると、山全体が町のようだった城の姿が見えてくる。

訪ねる前に

2024年の地震の影響で、通れる道や⁠見られる範囲が変わっている。行く前に七尾市の最新の案内と⁠地図を確認し、立入禁止の場所には入らないこと。足元が悪いので長靴か歩きやすい靴で。資料館は冬期(12月11日〜3月10日)休館。

楽しみかた

ふもとの七尾城史資料館⁠で復元CG映像や⁠出土品を見てから登ると、いまは杉林の尾根に、かつて朱や⁠藍の御殿が並んでいた姿を思い描きやすい。時間がなければ車で本丸北駐車場まで上がり、中心部だけ歩く方法もある。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    史跡七尾城跡七尾市municipal確認日:
  2. 2
    七尾城跡散策ガイド七尾市municipal確認日:
  3. 3
    七尾城史資料館七尾市municipal確認日:
  4. 4
    公共施設の開館状況など(2026年10月1日更新)七尾市municipal確認日:
  5. 5
    令和6年能登半島地震⁠の被害と⁠復旧過程【七尾城跡】七尾市municipal確認日:
  6. 6
    七尾城跡旧大手道(袴腰〜調度丸)⁠の開放について七尾市教育委員会municipal確認日:
  7. 7
    城の状況七尾市municipal確認日:
  8. 8
    曲輪・石垣・城下・惣構え・登城路七尾市municipal確認日:
  9. 9
    Welcome to Nanao Castle七尾市(英語解説: 観光庁)municipal確認日:
  10. 10
    七尾市内の指定・登録文化財一覧七尾市municipal確認日:
  11. 11
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    七尾城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  13. 13
    小丸山城址公園⁠の開放状況について七尾市municipal確認日:
  14. 14
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  15. 15
    Wikipedia「七尾城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  16. 16
    Wikidata Q8011662Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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