AkaneMCC BY 4.0Wikimedia Commonsこの
天守のない戦国の山城なのに、山の上で石垣と石を敷いた道に出会う。
見逃したくない3つ
訪問の目安
- 最寄り駅
- 東武太田駅北口
から 徒歩約50分 - 登り
- 急な
登り - 所要時間の
目安 編集部の目安 - モータープール
(西城) から 実城まで 遺構を 見ながら 往復1時間〜1時間30分 (市の 目安)。 ふもとから 歩いて 登るなら 半日を 見ておくとよい - 料金
- 無料
- 時間
- 9:00〜17:00
(入館受付は 16:30まで) - 立入り
- 自由に
見学できる 城跡は
山全体が 公開されていて、 園路を 自由に 歩ける (無料)。 日本100名城 スタンプは 山頂近くの 南曲輪休憩所 (中島記念公園)に あり年中無休。 ふもとの ガイダンス 施設 には スタンプは ない。 自転車 (マウンテンバイク など) での 走行は 遠慮する よう市が 求めている。
確認日:
この城の物語
この城の人びと
年表
建物と遺構
天守の
もともと天守なし
天守が
城全体の
金山全体が
主な建物
基本データ
- 種類
- 城
- 地形に
よる 分類 - 山城山の
上に 編集部記事築いた城。 登りが ある - 時代
- 中世編集部記事
- 天守の
状態 - もともと天守なし天守は建
てられなかった 編集部記事 - 築城者
- 岩松家純日本城郭協会
- 築城
- 文明元年
(1469) 日本城郭協会 - 主な
城主 - 岩松氏、
由良氏、 日本城郭協会小田原北条氏 - 廃城
- 1590年
(天正18年) Wikipedia - 見られる
遺構 - 石垣・
土塁・ 編集部記事堀・ 虎口・ 井戸・ 曲輪 - 文化財指定
- 国史跡
(金山城跡) 編集部記事(1934年)、 市重要文化財 (金山城跡出土の 瓦) (1976年)、 市天然記念物 (金山の 大ケヤキ) (2009年) - 名城選定
- 日本100名城 19番日本城郭協会
旅の情報
立入り
自由に城跡は
住所
群馬県太田市金山町40-106ほか
最寄り駅と行き方
開館時間・料金
車・駐車場
市営駐車場は
歩きかたの例
モータープールから実城へ尾根の遺構めぐり 90分
- 山上の
モータープール (西城)に 着いたら、 まず 反対方向へ 3分の 見附出丸 (尾根の いちばん西の 遺構)へ - 西城に
戻り、 西矢倉台、 馬場下通路を 進む - 物見台から
北の 山なみを 眺め、 馬場曲輪へ - 月ノ池を
見てから、 石垣には さまれた 大手虎口を 上る - 日ノ池を
見て、 南曲輪の 休憩所 (中島記念公園)で 100名城 スタンプ - 御台所曲輪の
大ケヤキを 見上げ、 石段を 上って 実城 (新田神社・ 山頂)へ - 帰りは
管理用の 舗装路を 使うとモータープール まで 約15分
順路は
編集部ガイド(見どころレビュー)
資料と確認した
こんな人におすすめ
天守の
ここを見ると面白い
いちばんの
訪ねる前に
建物は
楽しみかた
攻める
写真
訪問者レビュー
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異説・未確認の点
- 平安時代の
終わりに 新田氏が 砦を 築いたという 話は 伝承で、 発掘では その 時代の 遺構・ 遺物は見 つかっていない (Wikipedia補助資料に よる)。 - 「約120年落城
しなかった」は 太田市の 紹介に よる。 1584〜85年 には 北条氏へ 明け渡し、 1590年には 豊臣方が 受け取っている (力ずくで落 とされたのではない)。 - 日ノ池・
月ノ池が 何の ための 池だったか (飲み水か、 儀式用か) は、 確かめられる 公式資料が見 つからなかった。 - 市の
年表では 由良成繁の 死去が 1576年の 行に まとめて 書かれているが、 一般には 1578年 (天正6年)と される。 - 公園の
開放時間、 バリアフリー 情報、 撮影ルール、 現地の 英語案内は 確認 できなかった。
出典
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掲載の状況
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