石垣にはさまれた大手虎口の石段と石敷きの通路。発掘で見つかった遺構をもとに整備されたもの。
AkaneMCC BY 4.0Wikimedia Commons

群馬県 · 太田市

金山城

にったかなやまじょう

Kanayama Castle

群馬県太田市

城山城日本100名城 19番

この城らしさ

天守のない戦国の山城なのに、山の上で石垣と⁠石を敷いた道に出会う。

なぜ?

関東の戦国時代の山城は、土を盛った土塁と⁠掘った堀で守るのがふつうで、本格的な石垣はないと⁠考えられてきました。ところが金山城跡では1992年度から続く発掘で石垣や⁠石敷きが次々に見つかり、その考えがくつがえされたと⁠太田市は説明しています。いまの大手虎口(おおてこぐち)などは、その発掘の成果をもとに整備されたものです。[1][4]

見逃したくない3つ

01
石垣にはさまれた大手虎口の石段と石敷きの通路。発掘で見つかった遺構をもとに整備されたもの。AkaneMCC BY 4.0Wikimedia Commons

石垣と⁠石敷きの通路が続く大手虎⁠口

見る場所
山頂の実城(みじょう⁠)⁠の手前。西城のモータープールから尾根の園路を東へ進み、月ノ池を過ぎた⁠先
注目する部分
左右から迫る高い石垣、石を敷きつめた通路と⁠石段、通路の曲がり方
ここが面白い
虎口(こぐち)⁠は城の出入口のことです。金山城の大手虎口は発掘で見つかった石垣や⁠通路をもとに復元整備され、戦国時代の関東の山城に本格的な石垣がないと⁠いう定説をくつがえした場所と⁠して、金山城を代表する景色になっています。[1][4][8]
見られるか
外から見られる園路から自由に見学できる(無料)⁠。山中に照明はないので日没前に下山すること。
02
石で丸く囲まれた月ノ池(手前)と、その奥に続く大手虎口の石垣(2009年5月撮影)。MocchyPublic domainWikimedia Commons

山の上の池、日ノ池と⁠月ノ池

見る場所
月ノ池は大手虎口の手前(西側)⁠、日ノ池は大手虎口を上った⁠先
注目する部分
石で丸く囲まれた池の形と、まわりの石垣や⁠曲輪(くるわ。平らに造った区画)との位置関係
ここが面白い
標高239mの山の上に、石で囲んだ池が二つ⁠整えられています。日ノ池のまわりの発掘では瓦も見つかっていて、池の近くに瓦屋根の建物があったことがうかがえます。山城と⁠聞いて思い浮かべる土の城とは違う、手のかかった造りを感じられる場所です。[4][5][8]
見られるか
外から見られる園路から見られる。
03

実城の大ケヤキと⁠新田神社

見る場所
山頂の実城(本丸にあたる)⁠。御台所曲輪から新田神社への石段を見下ろす位置
注目する部分
高さ17m、幹回り6.79m、枝張り40m以上⁠というケヤキの大木と、本丸跡に建つ新田神社
ここが面白い
大ケヤキは樹齢800年とも伝わる市の天然記念物です。本丸跡の新田神社は1875年、地元の人たちの願い出で建てられ、鎌倉幕府を倒した新田義貞をまつっています。城がなくなったあとも、この山頂が地域にとって大切な場所であり⁠続けたことが分かります。[6][12]
見られるか
外から見られる自由に見られる。

訪問の目安

最寄り駅
東武太田駅北口から徒歩約50分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
モータープール(西城)から実城まで遺構を見ながら往復1時間〜1時間30分(市の目安)⁠。ふもとから歩いて登るなら半日を見ておくと⁠よい
料金
無料
時間
9:00〜17:00(入館受付は16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡は山全体が公開されていて、園路を自由に歩ける(無料)⁠。日本100名城スタンプ⁠は山頂近くの南曲輪休憩所(中島記念公園)⁠にあり年中無休。ふもとのガイダンス施設にはスタンプはない。自転車(マウンテンバイクなど)での走行は遠慮するよう市が求めている。

確認日:

この城の物語

01
史実

平野にぽつんと⁠立つ山を丸ごと⁠城に

金山は、関東平野の北の端にぽつんと⁠立⁠つ標高239mの山です。平野からの高さは170〜190mあります。金山城は、山頂の実城を中心に、四方へのびる尾根を平らに造って曲輪とし、尾根を断ち切る堀切(ほりきり)⁠や土塁で守りました。山全体を使った城で、国の史跡の範囲は97.8ヘクタール⁠におよびます。[1][4][7]

02
史実

新田一族の岩松家純が1469年に築く

城づくりは1469年に始まりました。この年の2月25日に築城の地鎮祭が行われ、8月に新田一族の流れをくむ岩松家純が城に入っています。平安時代の終わりに新田氏が砦を築いたとも伝わりますが、市は、城の歴史は家純の命令による1469年の築城から始まったと⁠考えられる、としています。[2][4]

03
史実

家来が主君に代わり、大きな勢力にはさまれて戦う

1528年ごろ、家来の横瀬氏が主君の岩松氏を殺して実権をにぎりました(下剋上)⁠。横瀬氏はのちに由良と⁠名を改めます。由良成繁の時代、城は北の上杉氏と⁠南の北条氏と⁠いう大きな勢力の間にありました。1574年には上杉謙信が金山城を攻め、城を守る由良氏と⁠戦っています。実城からは1574年の年号を刻んだ瓦が出ていて、この攻撃に備えて建物を瓦ぶきにするなどの改修をした証拠と⁠市は見ています。[2][5]

04
史実

北条氏の城になり、1590年に役目を終える

1584年、由良国繁と⁠長尾顕長の兄弟が北条氏に⁠従わなかったとして責められ、兄弟の母・妙印尼をはじめ一族と⁠家臣が金山城にこもりました。その後、城は北条氏に明け渡され、北条氏は家臣を城の各曲輪に置き、改修も命じています。1590年、豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻めたとき、秀吉の家臣・前田利家らが金山城を受け取りました。北条氏が敗れたあと、由良氏は常陸国牛久(いまの茨城県)⁠に領地を与えられ、金山城は廃城になりました。[2][4]

05
史実

建物は残らず、山に石垣と⁠堀が残った

金山城は天守がつくられるより前の時代の城で、建物は残っていません。廃城のあと、江戸時代の金山は幕府が管理する⁠林(御林)⁠になりました。そのおかげもあって、山のあちこちに石垣や⁠堀切、土塁がいまも残っています。市は、約120年のあいだ落城しなかった城の跡だと⁠紹介しています。[1][4][6]

06
史実

発掘をもとに戦国時代の姿を整備

金山城跡は1934年に国の史跡になり、2002年に北城や⁠八王子山の砦などが追加されました。太田市は1992年度から発掘調査を始め、通路の形を中心に遺構を整備してきました。いまの整備は戦国時代の後半の城内を再現したものです。2006年に日本100名城⁠に選ばれ、2009年には山のふもとに建築家・隈研吾さんの設計によるガイダンス施設⁠が開館しました。[1][3][4]

この城の人びと

年表

  1. 築城の地鎮祭。岩松家純が金山城に入る[2]

  2. ごろ

    横瀬氏が主君の岩松氏を殺して実権をにぎる[2]

  3. 上杉謙信が金山城を攻める。この年の銘の瓦が実城から出土[2][5]

  4. 前田利家らが城を受け取り、北条氏の滅亡後に廃城[2]

  5. 国の史跡に指定(2002年に追加指定)[1]

  6. 太田市が発掘調査と⁠整備を始める[1]

  7. 史跡金山城跡ガイダンス施設⁠が開館[3]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

天守がつくられるより前の時代の山城で、もともと⁠天守はない(市の説明)⁠。

城全体のいま

金山全体が国史跡の城跡で、尾根沿いに石垣・堀切・土塁・池などが整備された園路を歩ける。本丸跡には新田神社が建つ。山頂近くまで車道(県道金山城址線)⁠があり、ふもとには無料のガイダンス施設⁠がある。

主な建物

跡地のみ

大手虎⁠口(石垣・石敷き通路)

発掘で見つかった石垣・通路をもとに復元整備。城門などの建物は⁠建てられていない。[1][8]

跡地のみ

日ノ池・月ノ池

復元整備された石組みの池。[4][8]

確認中

新田神社

城の建物ではない。1875年に本丸跡に創建され、新田義貞をまつる。[12]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
岩松家純日本城郭協会
築城
文明元年(1469)日本城郭協会
主な城主
岩松氏、由良氏、小田原北条氏日本城郭協会
廃城
1590年(天正18年)Wikipedia
見られる遺構
石垣・土塁・堀・虎口・井戸・曲輪編集部記事
文化財指定
国史跡(金山城跡)(1934年)⁠、市重要文化財(金山城跡出土の瓦)(1976年)⁠、市天然記念物(金山の大ケヤキ)(2009年)編集部記事
名城選定
日本100名城 19番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は山全体が公開されていて、園路を自由に歩ける(無料)⁠。日本100名城スタンプ⁠は山頂近くの南曲輪休憩所(中島記念公園)⁠にあり年中無休。ふもとのガイダンス施設にはスタンプはない。自転車(マウンテンバイクなど)での走行は遠慮するよう市が求めている。

住所

群馬県太田市金山町40-106ほか(史跡の所在地)[1]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

東武太田駅北口東武伊勢崎線ほか(浅草から特急りょうもう号で1時間20分)

徒歩約50分 · 急⁠な登り

ガイダンス施設まで徒歩約50分(2.8km、大光院から先は坂道)⁠、タクシーなら7〜10分。ガイダンス施設からハイキング道(西山コース)⁠で実城まで約30分。タクシーで山上のモータープール(駐車場)まで行く場合は約12分(4.6km)で、そこから管理用の舗装路を歩いて実城まで約15分。[1][3]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

史跡金山城跡ガイダンス施設
時間
9:00〜17:00(入館受付は16:30まで⁠)
休館・休み
月曜(休日の場合は翌日)⁠、12月29日〜1月3日
料金
無料[3]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

市営駐車場はすべて無料。山上の西城にあるモータープール⁠がいちばん山頂に近い(トイレあり、36台)⁠。ふもとには大光院駐車場(120台)⁠、金龍寺南(30台)⁠・金龍寺東(20台)⁠、東山公園親水広場入口(20台)⁠、臨時駐車場(30台)⁠、ガイダンス施設来館者専用(11台)⁠がある。北関東自動車道の太田桐生ICから約10分(ガイダンス施設まで⁠)⁠。[1][3][12]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
開園時間の定めは確認できなかった。山中に照明はなく、11〜12月は16:30ごろ⁠日⁠が沈むので、下山時刻に注意するよう市が呼びかけている。[1]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
モータープール(西城)から実城まで遺構を見ながら往復1時間〜1時間30分(市の目安)⁠。ふもとから歩いて登るなら半日を見ておくと⁠よい
階段・坂・足もと
山城なので坂や⁠石段が多い。ハイキング⁠道には険しいところもある。モータープールから実城へは管理用の舗装路もあり、徒歩15分。[1]
車椅子・ベビーカー
未確認確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
山上のモータープール⁠にトイレあり。ふもとは大光院境内、金龍寺公園にもある。[1]
英語案内・音声ガイド
現地の英語案内は未確認。太田市観光物産協会⁠のサイトに外国人向⁠けページ⁠がある。[9]
季節の楽しみ
山頂は初日の出の名所と⁠して元日に多くの人が訪れる(観光物産協会)⁠。[9]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
太田市内で熊が目撃されていて、金山を歩くときは十分注意するよう観光物産協会⁠が呼びかけている(2025年12月掲載)⁠。危険木の伐採などで道路や⁠登山道が通行止めになることがあり、市のホームページで知らせる。ぐんまこどもの国側の登山道は2024年2月⁠に一部だけ再開。[10][1]確認日: 2026-10-03

歩きかたの⁠例

モータープールから実城へ尾根の遺構めぐり 90分

  1. 山上のモータープール(西城)⁠に着いたら、まず反対方向へ3分の見附出丸(尾根のいちばん西の遺構)⁠へ
  2. 西城に戻り、西矢倉台、馬場下通路を進む
  3. 物見台から北の山なみを眺め、馬場曲輪へ
  4. 月ノ池を見てから、石垣にはさまれた大手虎口を上る
  5. 日ノ池を見て、南曲輪の休憩所(中島記念公園)⁠で100名城スタンプ
  6. 御台所曲輪の大ケヤキを見上げ、石段を上って実城(新田神社・山頂)⁠へ
  7. 帰りは管理用の舗装路を使うと⁠モータープールまで約15分

順路は太田市の案内による。往復1時間〜1時間30分⁠は市の目安で、休憩時間は含まない。

周辺の楽しみ

体験

大光院(呑龍様)

1613年、徳川家康が先祖とした新田義重の供養のため金山の南のふもとに建てた浄土宗の寺。「子育て呑龍」と⁠して親しまれる。境内にトイレ、北側に無料の大型駐車場がある。[12][9]

確認日: 2026-10-03

体験

金龍寺

金山城の大手のふもとにある曹洞宗の寺で、城主の横瀬・由良氏の菩提寺。本堂裏に由良氏の五輪塔と⁠新田義貞の供養塔(市重要文化財)⁠がある。[12][9]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

天守のある城だけでなく、戦国時代の山城そのものを歩いてみたい人に向く。石垣が好きな人には、関東の山城のイメージが変わる場所。車なら山の上まで行けるので、山歩きに自信がなくても主な遺構は見られる。

ここを見ると⁠面白い

いちばんの見どころは石垣にはさまれた大手虎口。尾根を断ち切る堀切や、物見台からの眺めと⁠あわせて、山の形をそのまま守りに使った城だと⁠実感できる。山頂の池や⁠瓦の話から、ただの⁠砦ではなかったことも分かる。

訪ねる前に

建物はなく、城跡は山の中。歩きやすい靴で行き、日没前に下山できるよう時間に余裕を持つ。熊の目撃情報もあるので注意を。歴史を詳しく知りたいなら、先にふもとのガイダンス施設(無料・月曜休館)⁠に寄ると⁠理解しやすい。

楽しみかた

攻める側になったつもりで、尾根の細い道や⁠堀切、曲がった虎口を通ってみると、どこで足止めされ⁠上から狙われるかが見えてくる。ガイダンス施設では、攻める側と⁠守る側の目線で城を解説したガイドブック(200円)⁠も売っている。

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    金山城跡太田市(文化財課)municipal確認日:
  2. 2
    金山城略年表太田市(文化財課)municipal確認日:
  3. 3
    史跡金山城跡ガイダンス施設・太田市金山地域交流センター太田市(文化財課)municipal確認日:
  4. 4
    金山城跡(国史跡)太田市(文化財課)municipal確認日:
  5. 5
    金山城跡出土の⁠瓦(市重文)太田市(文化財課)municipal確認日:
  6. 6
    金山の大ケヤキ(市天記)太田市(文化財課)municipal確認日:
  7. 7
    金山の地形と⁠地質太田市(文化財課)municipal確認日:
  8. 8
    史跡金山城跡太田市観光物産協会tourism確認日:
  9. 9
    金山周辺散策コース太田市観光物産協会tourism確認日:
  10. 10
    太田市内で熊が目撃されています。太田市観光物産協会tourism確認日:
  11. 11
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  12. 12
    史跡金山城跡リーフレット(令和6年7月版)太田市municipal確認日:
  13. 13
    金山史跡内および金山ハイキングコース⁠内での自転車の走行はご遠慮ください太田市(文化財課)municipal確認日:
  14. 14
    新田金山城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  15. 15
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  16. 16
    Wikipedia「新田金山城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  17. 17
    Wikidata Q1038062Wikidatawikidata確認日:
  18. 18
    OpenStreetMap way/91223279© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

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