紅葉に色づく沼田公園(2015年10月撮影)。沼田城の本丸・二の丸などの跡が公園になっている。
QurrenCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

群馬県 · 沼田市

沼田城

ぬまたじょう

Numata Castle

群馬県沼田市

城平山城続日本100名城 118番

この城らしさ

真田家が五重の天守を建てた崖の上の城。その地面は、公園の道の60cm下にいまも眠っている。

なぜ?

沼田城は真田信幸(信之)⁠のころに五重の天守を持つ城になりましたが、1682年に幕府の命令で取り壊され、堀も埋められました。地上にはわずかな石垣しか⁠残っていませんが、2018〜2023年度⁠の市の調査で、本丸の公園の道の約60cm下に城の地面が残り、天守の柱を支えたと⁠考えられる礎石や⁠金箔瓦が見つかりました。[1][4]

見逃したくない3つ

01
本丸跡に残る石垣(2023年3月撮影)。沼田城の石垣は、石の表面が大きく見えるように積むなど見た目を重んじた造りと市は説明している。AbasaaPublic domainWikimedia Commons

西櫓台の石垣と⁠御殿桜

見る場所
沼田公園の本丸跡、西櫓台(にしやぐらだい⁠)
注目する部分
真田氏の時代の石垣と、その上に大きく枝を広げるエドヒガンザクラ⁠の古木「御殿桜」
ここが面白い
城が取り壊されたあとも残った、数少ない城の名残です。市は、石の表面が大きく見えるように積み、横に長い大きな石を弧を描くように並べるなど、見た目を重んじた石垣だと⁠説明しています。御殿桜は公園のシンボルで、4月に花を咲かせます。[1][3][4]
見られるか
外から見られる公園内から自由に見られる。石垣は変形が見られるため、市が観察を続けている。
02

捨曲輪から見渡す真田と⁠北条の攻防の⁠地

見る場所
本丸の外側の捨曲輪(すてぐるわ)
注目する部分
小川城・名胡桃城・明徳寺城・高王山砦の方角と、谷川岳や⁠武尊山などの山々
ここが面白い
沼田城は高い河岸段丘の崖の上にあり、川をはさんでまわりの城を見渡せました。北条氏と⁠真田氏がにらみ⁠合った城の位置関係が、ここから一目で分かります。[3][1]
見られるか
外から見られる遠くの山の見え方は天気しだい。
03
本丸跡の鐘楼(2015年10月撮影)。明治時代に町役場に建てられた鐘楼を1983年に復元したもので、真田信吉が造らせた城鐘の複製がつるされている。QurrenCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

鐘楼と⁠真田信吉の城鐘

見る場所
本丸跡の鐘楼。実物の城鐘は沼田市歴史資料館(テラス沼田2階)
注目する部分
鐘楼につるされた城鐘の複製と、資料館にある実物の鐘に刻まれた文字
ここが面白い
城鐘は1634年に真田氏2代の信吉が、領内と⁠城の安全を願って造らせ、三の丸の櫓にかけて時を知らせた鐘です。鐘には、この音が領民を安らかにし領主の長久を祈ると⁠いう意味の文が刻まれています。城が壊されたあとは寺の鐘になるなど流転しました。群馬県の重要文化財です。[1][3][5]
見られるか
一部見られる公園の鐘楼は複製。実物は沼田市歴史資料館⁠で展示。

訪問の目安

最寄り駅
JR沼田駅から徒歩約15分
登り
未確認
所要時間の目安編集部の目安
公園の城跡をひと回りして40分〜1時間⁠が目安。歴史資料館で城鐘を見るなら30分ほど足す
料金
無料
時間
3〜11月 9:00〜17:00、12〜2月 9:00〜16:00
立入り
自由に見学できる

沼田公園は見学自由・入園無料。公園内の旧生方家住宅・生方記念資料館⁠は入館料が必要。続日本100名城スタンプ⁠は公園内の沼田市観光協会案内所⁠にあり、案内所の定休日(水曜)⁠は沼田市役所観光交流課(テラス沼田5階)⁠で押せる。

確認日:

この城の物語

01
史実

高い河岸段丘の崖の⁠上

沼田は山に囲まれた盆地で、利根川・薄根川・片品川のまわりに高い河岸段丘(川がつくった階段状の地形)⁠が発達しています。沼田城はその崖の上の台地に築かれました。関東へ向かう道の要所にあったため、戦国時代には上杉・北条・武田の各氏が奪い合いました。[1]

02
史実

沼田氏が築き、⁠真田昌幸が奪う

最初に城を築いたのは、この地方の有力者だった沼田氏12代の万鬼斎顕泰で、1532年ごろと⁠いわれます。当時は倉内(蔵内)城とも呼ばれました。1580年、武田勝頼の命で沼田に進んだ真田昌幸が城を攻め取り、翌年には城を取り戻しに来た沼田景義を討って、沼田氏は滅びました。[1][2]

03
史実

名胡桃城事件のあと、⁠真田信幸の城に

その後も北条氏と⁠真田氏は沼田城をめぐって争いました。北条方が真田方の名胡桃城を奪ったことがきっかけで、豊臣秀吉が小田原を攻め、北条氏は滅びます。1590年、昌幸の長男の信幸(のちの信之)⁠が2万7千石の沼田城主と⁠なり、二の丸・三の丸や堀、土塁を整えて、五重の天守を建てました。天守の完成は1597年(一説に1607年)⁠と伝わります。[1][2]

04
史実

改易で城は壊され、堀も埋められた

真田氏は約1世紀沼田を治めましたが、1681年、5代の信利が江戸の両国橋の材木の切り出しの遅れなどを理由に領地を⁠取⁠り⁠上げられました。翌1682年、城はすべて壊され、堀も埋められました。その後、本多氏・黒田氏・土岐氏が藩主と⁠なり三の丸に屋形を建てましたが、天守が建て直されることはありませんでした。[1]

05
史実

公園になった城跡と、地下から出てきた天守の手がかり

1916年、旧沼田藩士の子の久米民之助が荒れた城跡を私財で買い取って公園にし、1926年に町へ寄付しました。いまは沼田公園と⁠して、本丸跡に西櫓台の石垣や⁠本丸堀の一部が残ります。市が2018〜2023年度⁠に行った調査では、天守台の盛土と⁠天守の柱を支えたと⁠考えられる礎石、さらにその下からもう一組の礎石が見つかり、天守が2つの時期に建て替えられていたことが分かりました。金箔瓦も2点確認されています。[1][4]

この城の人びと

年表

  1. ごろと⁠いわれる

    沼田顕泰が城を築く[1][2]

  2. 真田昌幸が沼田城を攻め取る[1]

  3. 真田信幸が2万7千石の沼田城主と⁠なる[1][2]

  4. 前年の真田氏改易を受け、城が取り壊され堀も埋められる[1]

  5. 久米民之助が城跡を買い取り公園と⁠して整える[1]

  6. 沼田市の史跡に指定される[2]

  7. 続日本100名城(116番)⁠に選ばれる[9]

建物と⁠遺構

天守の状態

天守は失われた

真田信幸の時代に五重の天守が建てられたが、1682年に城とともに取り壊され、再建されなかった。調査で天守台の盛土と⁠礎石と⁠考えられる石が見つかっている。

城全体のいま

本丸・捨曲輪と⁠二の丸・三の丸の一部が沼田公園(無料)⁠になっている。外側の曲輪の一部は小学校や⁠高校の敷地。地下には城の地面や⁠堀がよく残っていることが調査で分かっている。

主な建物

現存しない

天守

五重。1597年(一説に1607年)完成と⁠伝わる。1682年に破却。[1]

基本データ

種類
城
地形による分類
平山城平地の中の丘に築いた⁠城編集部記事
時代
中世・近世編集部記事
天守の状態
天守は失われた天守はあったが、今は残っていない(天守台などが残る場合がある⁠)編集部記事
築城者
沼田氏日本城郭協会
築城
天文元年(1532)⁠?日本城郭協会
主な城主
沼田氏、⁠真田氏、本多氏、黒田氏、土岐氏日本城郭協会
廃城
1682年Wikipedia
見られる遺構
土塁・堀・石垣・門・櫓・櫓台・曲輪編集部記事
文化財指定
沼田市指定史跡(沼田城跡)(1976年)⁠、群馬県指定重要文化財(城鐘)(1954年)編集部記事
名城選定
続日本100名城 118番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

沼田公園は見学自由・入園無料。公園内の旧生方家住宅・生方記念資料館⁠は入館料が必要。続日本100名城スタンプ⁠は公園内の沼田市観光協会案内所⁠にあり、案内所の定休日(水曜)⁠は沼田市役所観光交流課(テラス沼田5階)⁠で押せる。

住所

群馬県沼田市西倉内町594(沼田公園)[2][3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR沼田駅JR上越線

徒歩約15分 · 未確認

徒歩約15分(1.2km)⁠。バスなら約3分の「テラスぬまた・市役所前」で降りて徒歩約10分(750m)⁠。[3]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

沼田市観光案内所(沼田公園内)
時間
3〜11月 9:00〜17:00、12〜2月 9:00〜16:00
休館・休み
水曜(ゴールデンウィーク・お盆・祝日を除く⁠)⁠、年末年始(12月29日〜1月3日)
料金
無料[3][8]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

関越自動車道の沼田ICから約8分(3.7km)⁠。無料の駐車場が正面(観光案内所側、普通車45台・大型3台)⁠と⁠東(グラウンド側、普通車23台・大型3台)⁠にある。[3]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
見学自由(時間の決まりは公式に記載なし)[3]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
公園の城跡をひと回りして40分〜1時間⁠が目安。歴史資料館で城鐘を見るなら30分ほど足す
階段・坂・足もと
城跡は河岸段丘の崖の上の台地にある。公園内は遊歩道が整い、大きな坂の記載はない。駅から公園までの坂道の有無は公式資料で確認できなかった。[1][6]
車椅子・ベビーカー
公園内にバリアフリートイレ⁠が3か所ある。[6]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
公園内に4か⁠所(うちバリアフリートイレ3か所)⁠。[6]
英語案内・音声ガイド
市の調査成果の冊子『発掘された真田の城』には英文の説明もある。現地の英語表示は未確認。[7]
季節の楽しみ
4月は御殿桜と⁠約200本の桜、4〜7月はツツジ(約3,500本)⁠、7〜8月はオミナエシ、7〜10月はセンニチコウが咲く。初夏には、地下に埋まった二の丸の堀の跡がグラウンドの草の色の違い(クロップマーク)⁠として見えることがある。[3][4]
撮影のルール
未確認
工事・休館・立入制限
石垣には変形が見られ、市が観察を続けている。[4]確認日: 2026-10-03

周辺の楽しみ

博物館

沼田市歴史資料館

テラス沼田2階。真田氏の時代から近代までの沼田の歴史を展示し、⁠真田信吉が造らせた城鐘の実物がある。JR沼田駅から徒歩約12分。[5]

確認日: 2026-10-03

城下町

旧生方家住宅

沼田公園の二の丸跡に移された、17世紀末ごろの町家。東日本で最も古い部類の町家と⁠して国の重要文化財。入館は有料。[1][3]

確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

真田氏の歴史が好きな人、地上に残るものが少ない城跡を発掘の成果から読み解きたい人に向く。名胡桃城・岩櫃城と⁠あわせて「上州の真田の城」をめぐる旅にもよい。

ここを見ると⁠面白い

西櫓台の石垣と⁠御殿桜、捨曲輪からの眺め、鐘楼。歴史資料館では城鐘の実物と、⁠真田氏時代の城下町の地図や⁠ジオラマを見ておきたい。

訪ねる前に

天守も城の建物も残っておらず、いまは花の多い公園。五重の天守がどこにあったかは、市の冊子や⁠資料館の展示で確かめると⁠イメージしやすい。観光案内所は水曜休み。

楽しみかた

捨曲輪から名胡桃城の方角を眺め、⁠真田と⁠北条の攻防を思い浮かべたい。春の桜の時期は特ににぎわう。初夏にはグラウンドに埋まった堀の跡が草の色の違いとして見えることもあるので、探してみるのもおもしろい。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    沼田城跡(沼田公園)沼田市municipal確認日:
  2. 2
    沼田城跡(市指定史跡)沼田市教育委員会municipal確認日:
  3. 3
    沼田公園沼田市観光協会tourism確認日:
  4. 4
    発掘沼田城かわら版第3号(2026年3月号)沼田市教育委員会文化財保護課municipal確認日:
  5. 5
    沼田市歴史資料館沼田市観光協会tourism確認日:
  6. 6
    施設案内沼田公園沼田市municipal確認日:
  7. 7
    発掘された真田の城沼田城跡(調査・保存整備事業の成果2)沼田市教育委員会municipal確認日:
  8. 8
    スタンプ設置場所などの変更一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    続日本100名城一覧(116 沼田城)公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  11. 11
    Wikipedia「沼田城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  12. 12
    Wikidata Q11554573Wikidatawikidata確認日:
  13. 13
    OpenStreetMap node/2961506751© OpenStreetMap contributors (ODbL)osm確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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