小谷城跡から見下ろした湖北の平野と琵琶湖(2010年2月撮影)。湖に浮かぶのは竹生島。
BXS07451CC BY 3.0Wikimedia Commons

滋賀県 · 長浜市

小谷城

おだにじょう

Odani Castle

滋賀県長浜市

城山城日本100名城 52番

この城らしさ

浅井長政と⁠お市の方、そして浅井三姉妹が暮らした山の上の城。長政はここで信長に攻められ、命を絶った。

なぜ?

小谷城は北近江を治めた浅井氏三代の居城で、長政は織田信長の妹・お市の方と⁠結婚しました。のちに長政は信長と⁠敵対し、1573年に城は落ち、長政は城内の赤尾屋敷で自害しました。娘の茶々・初・⁠江(浅井三姉妹)⁠のふるさととしても知られます。[3][4][7]

見逃したくない3つ

01
山上の平らな曲輪「千畳敷」の跡(2008年7月撮影)。本丸の中でも広い区画で、城の中心となる建物があったと考えられている。ブレイズマンPublic domainWikimedia Commons

本丸の千畳敷と、残された石垣

見る場所
番所跡から約30分上った本丸跡と、その手前の黒金御門跡・大広間跡
注目する部分
城内でいちばん広いと⁠される平らな曲輪「千畳敷」と、木々の間に残る石垣、黒金御門跡の石段
ここが面白い
国の解説は、本丸・中ノ丸・山王丸・赤尾屋敷などに石垣が⁠なお残ると⁠記しています。石垣を多く使う城が広まる前の戦国時代の山城で、石垣が見られるのは見どころです。大広間跡は発掘調査から、浅井家の政治や⁠儀式の場だったと⁠考えられています。[2][3][4]
見られるか
外から見られる山道を歩いて見に行く。本丸より先は道が険しい。
02
赤尾屋敷跡に立つ「浅井長政公自刃之地」の石碑(2014年3月撮影)。HeartoftheworldCC BY-SA 3.0Wikimedia Commons

浅井長政自刃の⁠地(赤尾屋敷跡)

見る場所
京極丸の近く、重臣・赤尾清綱の屋敷跡
注目する部分
「浅井長政公自刃之地」の石碑
ここが面白い
1573年、信長の軍に攻められた長政は、この屋敷跡で自害したと⁠伝わります。お市の方と⁠三人の娘は城を出て助けられ、娘たちはのちにそれぞれ歴史に名を残しました。浅井家の終わりを今に伝える場所です。[4][7]
見られるか
外から見られる山道で行ける(本丸の近く)⁠。
03
小谷城跡から見下ろした湖北の平野と琵琶湖(2010年2月撮影)。湖に浮かぶのは竹生島。BXS07451CC BY 3.0Wikimedia Commons

山上から見下ろす湖北と⁠琵琶湖

見る場所
番所跡の近くや⁠山上の曲輪
注目する部分
眼下の平野、姉川の方向、遠くの琵琶湖と⁠竹生島
ここが面白い
小谷城は北陸道と⁠中山道をおさえ、琵琶湖にも近い要の場所にありました。国の解説も「はるかに姉川を見下ろし湖北一帯⁠の要害」と⁠書いています。浅井氏がなぜこの山を選んだのか、眺めで分かります。[2][3]
見られるか
外から見られる天気がよければ見える。

訪問の目安

最寄り駅
JR河毛駅から徒歩約30分
登り
急な登り
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから本丸まで往復で2時間半〜3時間。資料館も見るなら半日が目安
料金
高校生以上350円、小中学生150円、幼稚園以下無料(20名以上の団体は300円・130円)
時間
9:00〜17:00(入館受付16:30まで⁠)
立入り
自由に見学できる

城跡は自由に歩ける(入山料なし)⁠。積雪時は安全のため林道の通行を控えるよう案内されている。レンタサイクルでの林道通行は禁止。日本100名城スタンプ⁠は小谷城戦国歴史資料館(休館日の対応は資料館の案内を確認)⁠。

確認日:

この城の物語

01
史実

北陸道と⁠中山道をおさえる⁠山

小谷城は標高約495mの小谷山から南へのびる尾根に築かれた山城です。北陸道と⁠中山道の要所をおさえ、琵琶湖にも近い場所でした。山頂から尾根に沿って曲輪を連ねた大きな城で、山全体が城の一部でした。[3][4]

02
史実

浅井亮政が築き、三代の居城に

城は1525年ごろまでに浅井亮政が築いたと⁠考えられています(築城の年には諸説あります)⁠。亮政・久政・長政の三代が、ここから北近江を治めました。[8][7]

03
史実

信長との同盟、そして敵対

3代目の長政は信長の妹・お市の方と⁠結婚して織田家と⁠結びましたが、のちに朝倉氏とともに信長と⁠戦いました。1570年の姉川の戦いのあとも、信長は堅い小谷城をすぐには⁠攻⁠め⁠落とせませんでした。[4][7]

04
史実

1573年の落城と⁠廃城

1573年、信長の軍は小谷城を攻め、浅井氏は滅びました。長政は赤尾屋敷で自害したと⁠伝わります。城は羽柴(豊臣)秀吉に⁠与えられましたが、秀吉は琵琶湖のほとりの今浜(いまの長浜)⁠に長浜城を築いて移ったため、小谷城は⁠使われなくなりました。[2][4]

05
史実

山に残る遺構と、国の史跡

建物はなくなりましたが、曲輪・空堀・石垣などの遺構が山全体に残り、1937年に国の史跡に指定されました。ふもとの小谷城戦国歴史資料館では、浅井氏三代や⁠お市の方ゆかりの肖像画、城跡からの出土品、城の絵図などを展示しています。[1][2][4]

この城の人びと

年表

  1. この年までに築城と⁠考えられる。諸説あり

    浅井亮政が小谷城を築く[8][7]

  2. 姉川の戦い。浅井・朝倉軍が織田・徳川軍に敗れる[7]

  3. 信長に攻められ落城、浅井氏が滅ぶ[2][7]

  4. 秀吉が長浜城に移り、小谷城は廃城に[4][7]

  5. 国の史跡に指定[2][4]

建物と⁠遺構

天守の状態

もともと⁠天守なし

戦国時代の山城で、城郭協会の一覧では天守は「−」。本丸に城の中心と⁠なる建物があったと⁠推定されているが、天守と⁠して確かめられたものはない。

城全体のいま

小谷山の山林の中に曲輪・空堀・石垣が残る城跡。登山道が整備され、ふもとに小谷城戦国歴史資料館⁠と戦国ガイドステーション⁠がある。

主な建物

跡地のみ

本丸跡(千畳敷)

城内最大と⁠される曲輪。石垣が残る。[2][4]

跡地のみ

黒金御門跡・大広間跡

本丸へ入る門の跡と、浅井家の政庁と⁠される曲輪。[4]

跡地のみ

赤尾屋敷跡

長政自刃の地と⁠伝わる。[4]

跡地のみ

山王丸・大嶽

本丸より奥の曲輪と⁠山頂部。道は険しい。[2][3]

基本データ

種類
城
地形による分類
山城山の上に築いた城。登りがある編集部記事
時代
中世編集部記事
天守の状態
もともと⁠天守なし天守は⁠建てられなかった編集部記事
築城者
浅井亮政日本城郭協会
築城
大永5年(1525)⁠頃日本城郭協会
主な城主
浅井氏日本城郭協会
廃城
1575年(天正3年)Wikipedia
見られる遺構
曲輪・堀切・土塁・石垣・竪堀・虎口・⁠堀編集部記事
文化財指定
国史跡(小谷城跡)(1937年)編集部記事
名城選定
日本100名城 52番日本城郭協会

旅の情報

立入り

自由に見学できる

城跡は自由に歩ける(入山料なし)⁠。積雪時は安全のため林道の通行を控えるよう案内されている。レンタサイクルでの林道通行は禁止。日本100名城スタンプ⁠は小谷城戦国歴史資料館(休館日の対応は資料館の案内を確認)⁠。

住所

滋賀県長浜市小谷郡上町・湖北町伊部(資料館: 〒529-0312 長浜市小谷郡上町139)[1][3]

確認日: 2026-10-03

最寄り駅と⁠行き方

JR河毛駅JR北陸線

徒歩約30分 · 急⁠な登り

資料館まで徒歩約30分(約2.2km)⁠、レンタサイクル⁠で約15分。ふもとの戦国ガイドステーションから番所跡まで約40分、番所跡から本丸まで約30分の登り。[1][3]

確認日: 2026-10-03

開館時間・料金

小谷城戦国歴史資料館
時間
9:00〜17:00(入館受付16:30まで⁠)
休館・休み
毎週火曜(祝日の場合は翌日)⁠、12月28日〜1月4日。展示替えや⁠警報発令時の臨時休館あり
料金
高校生以上350円、小中学生150円、幼稚園以下無料(20名以上の団体は300円・130円)[1][4]
確認日: 2026-10-03

車・駐車場

北陸自動車道「小谷城スマートIC」から。国道365号「郡上南」信号を山側へ入った突き当たりが資料館。小谷山林道で中腹の番所跡まで車で上れるが、道は狭く、シャトルバス運行期間⁠は一般車通行止め。[1][5]

確認日: 2026-10-03
公園・城域の開放時間
城跡は終日・無料(観光協会の案内)[3]確認日: 2026-10-03
所要時間の目安編集部の目安
ふもとから本丸まで往復で2時間半〜3時間。資料館も見るなら半日が目安
階段・坂・足もと
本格的な山道。ガイドステーション〜番所跡約40分、番所跡〜本丸約30分、本丸〜山王丸約20分、山王丸〜大嶽約60分(いずれも片道)⁠。本丸より先は険しく、登山の装備が必要。冬は積雪や⁠凍結がある。[3]
車椅子・ベビーカー
山城のため車いすでの城跡見学は難しい。シャトルバス運行日は番所跡まで上れる。[5]確認日: 2026-10-03
トイレ・休憩
資料館にトイレあり(祭り当日はイベント用に開放)⁠。山上は未確認。[1][6]
英語案内・音声ガイド
英語の案内は確認できなかった。
季節の楽しみ
春は桜、初夏は新緑、秋は紅葉。2026年は11月14日〜23日⁠の土日祝に、ふもとから番所跡までシャトルバスが走り、要所で語り部ガイドが案内する予定。[3][5]
撮影のルール
資料館の中は写真・映像の撮影を遠慮するよう求められている。[1]
工事・休館・立入制限
2026年10月4日(日)⁠は「小谷城戦国まつり2026」のため資料館は臨時休館(トイレのみ開放)⁠、周辺で交通規制があり資料館駐車場⁠は使えない。資料館の小谷城ガイドの予約受付は停止中。[6]確認日: 2026-10-03

編集部ガイド(見どころレビュー)

資料と⁠確認した情報をもとにした編集部の解説です。現地訪問の体験談ではありません。

こんな人におすすめ

浅井長政・お市の方・浅井三姉妹の物語が好きな人、山歩きをしながら戦国時代の山城を見たい人に向く。

ここを見ると⁠面白い

番所跡から黒金御門跡、大広間跡、本丸の千畳敷へと⁠順に上ると、城の中心へ近づいていく道の流れが分かる。赤尾屋敷跡の石碑と、山上からの湖北の眺めもぜひ。

訪ねる前に

城跡は本格的な山道で、本丸より先はさらに険しい。駅から歩くと⁠ふもとまで約30分かかる。資料館は火曜休館。10月4日は祭りのため資料館が休館する。

楽しみかた

まず資料館で浅井氏三代と⁠城の絵図を見てから登ると、どこに何があったか想像しやすい。秋のシャトルバス運行日なら中腹まで楽に上れる。

訪問者レビュー

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異説・未確認の⁠点

出典

  1. 1
    小谷城戦国歴史資料館(トップ・ご利用案内・アクセス)小谷城戦国歴史資料館official確認日:
  2. 2
    小谷城跡文化遺産オンライン(文化庁)heritage確認日:
  3. 3
    小谷城跡公益社団法人長浜米原観光協会tourism確認日:
  4. 4
    戦国の山城に⁠挑む!トレッキングコース長浜市(北近江豊臣博覧会)municipal確認日:
  5. 5
    小谷城シャトルバス2026公益社団法人長浜米原観光協会tourism確認日:
  6. 6
    小谷城戦国歴史資料館新着情報(戦国まつり臨時休館・ガイド予約停止)小谷城戦国歴史資料館official確認日:
  7. 7
    小谷城(補助資料)Wikipedia日本語版other確認日:
  8. 8
    日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  9. 9
    日本100名城・続日本100名城一覧公益財団法⁠人日本城郭協会jokaku確認日:
  10. 10
    Wikipedia「小谷城」Wikipedia日本語版wikipedia確認日:
  11. 11
    Wikidata Q2436937Wikidatawikidata確認日:

掲載の状況

  1. 候補を発見確認済み
  2. 城郭・城跡と⁠して確認確認済み
  3. 基本情報を掲載確認済み
  4. 詳細記事を掲載確認済み
  5. 写真の利用条件を確認確認済み
  6. 訪問情報を確認確認済み

近くの⁠城

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